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水戸川真由美さんと長男の裕くん。親子でダンスパフォーマンス活動にも参加。裕くんは高校3年生で就労先も探し始めているところだ(撮影/古川雅子)
新型出生前診断の増加は障害児排除につながらないのか〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161024-00000154-sasahi-life
AERA 2016年10月31日号
簡単な血液検査による「新型出生前診断」を受ける人が増えている。命の選別をし、障害児を排除する動きにつながらないのか、懸念も広がる。相模原事件を受け、改めてこの社会の空気を考える。
神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者の多くが殺傷された事件から、3カ月になる。
ダウン症候群(以下ダウン症)のある息子を育てる父親(43)はこう話す。
「障害のある子の親として、テロ事件と同じぐらいに受け止めている」
事件以前から、ダウン症のある人やその家族らが危機感を募らせてきたのが、妊娠中の胎児に医学的な問題があるかどうかを調べる「出生前診断」技術の新たな広まりだ。
日本では2013年から「新型出生前診断」とも呼ばれる「NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)」が臨床研究として導入された。調べられるのは、「13トリソミー」「18トリソミー」「ダウン症候群」という三つの染色体異常だ。
●「確定」の9割超が中絶
他の検査で染色体異常が疑われる場合に、出産時の年齢が35歳以上の妊婦といった条件をつける形で実施される。検査を受けられる医療機関は全国で74施設(16年10月現在)と限られているが、NIPTを受ける人の数は、年々増加の一途を辿る。
妊婦にとっては血液を採取するだけという負担の軽さから、胎児の障害の有無を調べたうえで産まない選択をする「選択的中絶」を助長するのではないかと懸念されている。実際、3年間で検査を受けた3万人超のうち、羊水検査などで染色体異常が確定したのが417人。その94%にあたる394人が人工妊娠中絶を選択している。
1960年代以降、超音波検査、羊水検査、母体血清マーカー検査といった出生前診断の技術が次々に開発され、「選択的中絶」が技術上は可能になった。これらの技術が「不良な子孫の出生を防止する」といった優生思想につながるのではないかという懸念もある。
テクノロジーが生み出す脅威に加え、相模原の事件を皮切りに障害のある人全般への風当たりが強まったら……。いま、ダウン症の人をはじめとする当事者たちは揺れている。
日本ダウン症協会代表理事の玉井邦夫さんは、「出生前診断という技術に関して、個々人の判断に協会として何らコメントするつもりはない」と前置きしたうえでこう訴えた。
「ダウン症のある子どもは生まれてくる必要がない、という社会的通念を作り出すような検査体制には反対します。想像してみてください。さまざまな障害のある子どもと泣いたり笑ったりしながら生活してきた子どもと、『そんな子はいなくていい』という考えを当然として育ってきた子ども。どちらに将来の社会をつくってほしいですか」
事件直後から、メディアには「事件は社会の写し鏡」「内なる優生思想は私たちの中にもある」といった内省の声が上がった。実際、出生前診断による「選択的中絶」が広がり、就労現場には生産能力がないとみなされた人がはじき出される「無駄排除」の風潮がある。そうした空気は、加害者と底流ではどこかつながっているのではないだろうか──。
●「次」を急かされ傷つく
生活保護の人の相談活動も行う弁護士の足立恵佳さん(41)は、こういう現代の風潮には、障害のない人たちにとっても生きづらいギスギスした世の中で、「自分自身もいつ転落するか……」という恐れが反映されているのではという。
「多様性を包み込む『インクルーシブ』という言葉は躍っていても、現実の企業社会では、労働者は経済価値をはかられ、『マタハラ』もある。病児を抱えて共働きなどできないような空気が蔓延しています。出生前診断というと、妊婦さんの『選択』がクローズアップされがちですが、むしろ今の妊婦さんは、排除する側にも、される側にも、どちらにもなりうるリスクを背負わされて困っているように見えることもあります」
都内でヨガスタジオを主宰する女性(37)には、生まれてからダウン症だと診断された長女(8)がいる。今年、小学2年生になった。
出産後、女性は医師からのこんな言葉に傷ついた。
「お母さん、若いから『次』がんばりましょうよ」
女性自身、当初は家族にどんな未来が待ち受けているのかを想像できず、長女の障害と向き合えるまでに時間が必要だった。けれど目の前には、懸命に生きようとする娘がいた。悪意はないにせよ、その命を素通りして「次」を急かすような医師の言葉は、「『この子と』どう生きる?」を模索する家族として、決して励ましにはならなかったと言う。
●自分責めうつ状態に
精神科医の香山リカさんのもとには、出生前診断で「選択」をした人が、「私の選択で一つの命を失ってしまった」と自分を責め、うつ状態になって診察室を訪れることがあるという。
胎児の染色体の異常を指摘されたある女性が事前に提供された情報は、心臓奇形や知的障害の可能性など医学的なリスクの羅列だった。ところが、妊娠12週から21週の期間に行う「中期中絶」に踏み切ったところ、対面した赤ちゃんはとてもきれいで、その姿を目にした瞬間に、後悔の気持ちで胸が押しつぶされそうになったという。
香山さんは、産む、産まないどちらの選択をしたとしても、「選択後」のその人の人生に寄り添うような医療者の言葉と、情報提供の大切さを説く。
「胎児異常による人工妊娠中絶は、日本の法律上では違法扱い。なので、実質的には母体保護法の『経済的理由』(経済的に育てられないから)に押し込める形で、妊娠した女性の希望、もしくは医師の裁量で人工中絶が行われているんです。妊婦さんが自己決定するにしても、判断の手がかりとなるような適切な情報がなければ選べないし、後で大きく悔やむことになりかねません」
NIPTについては、遺伝カウンセリングや周産期医療の提供体制を整えたうえで行う検査であることを日本産科婦人科学会は定めている。さらに、日本医学会に登録することが原則であることも、厚生労働省は周知している。
●なし崩しではいけない
ところが、民間業者が主体となり、無届けで検査を行う施設が出てきた。今年9月からイギリスの検査会社と提携する日本の業者を窓口として、NIPTの検査の提供を開始したことが発覚。そのあっせん業者のホームページを見ると、「国内価格の半額」「年齢制限なし」「性別の判定も可能」などと宣伝文句が並び、遺伝カウンセリングは行われていない。電話で予約を受け付け、採血は、東京では産婦人科医ではなく放射線科医が院長を務めるクリニックで行われていることもわかった。
三宅秀彦・京都大学医学部附属病院遺伝子診療部特定准教授は、こう指摘する。
「出生前診断は、なし崩し的に行われていい検査では決してありません。遺伝カウンセリングもなく、漠然とした不安から検査を申し込む人がいて、業者もそれを機械的に受け入れるような状態が放置されれば、日本にも同様のクリニックが増え、さらには通販のように医療の手を離れる事態にもなりかねません」
14年のデータでは、年間約100万件の分娩のうち、4分の1にあたる約27万件が高年出産とされる35歳以上の妊婦の分娩だった。また、ここ数年の統計では、従来行われている羊水検査や母体血清マーカー検査の実施件数はともに年間約2万件。おおまかに算出すると、何らかの出生前診断が実施された割合は、全出生の約5%、高年出産では2割程度にのぼる。
もしも将来、NIPTがメジャーな検査として普及していった場合、さらにこの割合は増え、出生前診断が「一部の人が限定的に受けている個人的な検査」という前提は崩れるだろう。
●その子がいるだけで
前出の三宅准教授は言う。
「超音波で顔が見えるぐらいに育ったおなかの赤ちゃんとお別れするような選択を突きつけられたら、誰しもやすやすとあきらめられるわけでは決してないんです。でもそうした選択を、女性個人ではなく社会が強制しだすようになれば、社会の流れはがらりと変わってしまう。海外では出生前診断は、障害者に対する福祉コストの抑制を目的とした医療経済の文脈で語られることが多いですが、日本はこの先『社会による選択』を志向していく国になっていくのでしょうか」
日本ダウン症協会の理事を務める水戸川真由美さん(56)は、おなかの子に不安を感じる女性に寄り添う活動を始めた。産前産後ケアの専門家「産後ドゥーラ」として、出生前診断をめぐる相談も受けたからだ。
最近、羊水検査でダウン症と判定が出た妊婦と出会い、相談にのった。妊娠の継続か中断かは、依頼者の選択に沿い、一方の選択を強制することはない。この女性は悩んだ末、今年6月に出産した。赤ちゃんにダウン症はあるが、水戸川さんは最近、赤ちゃんを抱っこして幸せそうな女性の表情をみて、とても温かな気持ちになったという。
「どんな子どもであれ、生きている意味は絶対あるし、本人の気持ちもある。特に特殊な才能があるわけじゃなくても、その子がいるだけでまわりに与える影響ってすごくあるんですよ。私自身、そうわかるまでには時間がかかりました。でも、こういうことって、直接話す機会があったりすると、実感としてわかってもらえるんですよね」
水戸川さんには、3人の子どもがいる。長女の恭子さん(32)は体が不自由で知的障害もある。言葉は発せられないが、感情表現は豊かだ。長男の裕(ゆたか)くん(18)はダウン症があるが、毎日バスを乗り継ぎ、特別支援学校の高等部に一人で通っている。
取材の折、水戸川さんと裕くんのユーモアあふれるやりとりは、親子漫才のようだった。裕くんが食べていたポテトを、「分けて」とせがむ母。裕くんは仕方ないなという表情で「はいはい」。「えー、これだけ?」と口を尖らせる母を一瞥して、裕くんはニヤリ。
水戸川さんも、2人の子どもの障害を最初から100パーセント受け入れられたわけではない。でも、今は、子育てで頼れるところは人に頼り、自身は支援活動や仕事に駆け回る。
●草の根で変えていく
各地でダウン症のある人や家族の暮らしぶりを知ってもらう活動も始まった。
「ヨコハマプロジェクト」(横浜市)は、冊子「ダウン症のあるくらし」を発行。4千部は医療機関や市民などに行きわたる。親子で本を読む、きょうだいで野球をする、母娘で料理に励むなどの何げない日常を写し取った写真集だ。障害のある赤ちゃんを育てていくこと、学業や就労に関する情報も盛り込まれている。
NPO法人「アクセプションズ」(東京都江東区)は、今年11月、渋谷の街中をダウン症のある人と歩く「バディウォーク東京2016」を開催予定だ。理事長の古市理代さん(47)の長男裕起くん(12)も毎年歩くコアメンバー。古市さんは、にこやかに語った。
「私たちは、ダウン症のある人のボジティブな面を知ってもらいたいと思っています。たまたま町で会った人が、『あー、ダウン症のある子も素敵なんだね』と。そういう視線がポツポツと社会に根ざしてくれれば。たとえ妊娠に不安を持ったとしても、『きっと大丈夫。生まれてきてほしい』とすっと思える人が増えたらいいですね。真の意味でインクルーシブな社会をつくることって、草の根から実現していくんじゃないかと考えています」
(ライター・古川雅子)
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