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2019年3月26日 木原洋美 :医療ジャーナリスト
腰痛治療の80%が誤診、慢性痛の名医が嘆く医療界の現実
Photo:PIXTA
「慢性痛」の名医として知られる横浜市立大学付属市民総合医療センター・ペインクリニックの北原雅樹教授は、日本の腰痛治療は誤診があまりにも多く、「安易に手術を勧めるケースが多い」と嘆く。実際の医療現場で北原医師が体験し、理解に苦しむ誤診の実態を解説してもらった。(医療ジャーナリスト 木原洋美)
骨粗しょう症に気づかず
怪しい診断、手術を勧める
「日本の腰痛治療は間違いだらけ」と嘆くのは、慢性痛の名医として知られる横浜市立大学付属市民総合医療センター・ペインクリニックの北原雅樹教授だ。もっか北原教授のもとには、主治医の紹介状を手に日本全国から患者が殺到し、不本意ながら「(紹介状のない)初診患者さんお断り」にせざるをえない状況になっている。
『日本の腰痛 誤診確率80%』(集英社インターナショナル)、北原雅樹著、192ページ
つまり、患者のみならず医師からも大いに「頼りにされている」わけだが、「この状態で、なぜあの病気を疑わないのか」あるいは「この患者さんにどうして手術を勧めるのか」など、理解に苦しむ診療をしている症例がものすごく多いらしい。
そんな日々の体験から、昨年11月には『日本の腰痛 誤診確率80%』(集英社インターナショナル)なる著書まで上梓してしまった北原教授に聞いた、患者と家族が知っておくべき腰痛の真実をシリーズでご紹介する。
第1回は、本当に患者数が多い、高齢者の“何をやっても治らない”慢性腰痛についてだ。
まずは3つの症例を読んでほしい。
【症例1】
80代女性。紹介状には「認知症」とだけ記されていたが、MMSE※(ミニメンタルステート検査)を受けてもらうと14点で、重症であることが分かった。付き添いの50代後半の息子さんによると1年半ぐらい前から腰痛を訴えるようになり、整形外科を受診したが異常は発見できなかった。半年後、腰椎骨折が発見され、治療したが腰痛は消えない。その後転倒し、大腿(だいたい)骨と手首を骨折。手術を受けたがリハビリテーションをさせようにも、本人は痛がってやってくれない。車いすにも乗れず、寝たきり生活が続いている。どうしていいか分からず、息子さんは「わらにもすがる思いで来た」と言う。
先生はまず、本人に話しかけた。
北原「何が一番困っているんですか」
患者「うーん、分かりません」
北原「どこが痛いですか」
患者「私、痛いのかしら」
北原「じゃあ今日はどうして来たんですか」
患者「さあ、この子が連れてきてくれたの」
というわけで、本人には、腰痛で困っているという意識がないことが分かった。先生は次いで息子さんに質問し、症状を一通り聞いた後、告げた。
北原「申し訳ないけど“わら”にはなれませんよ。お母さんにとって一番重要なのは、とにかく運動してもらうことです。
お母さんは短期記憶力しか残っておられないので、5分前のことは忘れてしまいます。だから、『運動しないと寝たきりになりますよ』と言うと『寝たきりは嫌、運動する』と約束するけど、すぐにまた『痛いから嫌』の繰り返しになる。それでも運動してもらいたいので『運動しないと寝たきりになりますよ。痛くてもつらくても運動しましょう』とワードで入力してプリントアウトしましたので、これを壁に貼ってください。ご家族が言うよりは、医者からの指示の方が多少なりとも効力が高いかもしれません。
この1年半で認知症がかなり進んでしまったのは、恐らく動いていないせいでしょう。主治医の先生はよく分かっていて、認知症の薬以外余分な薬は出さず、なんとかリハビリテーションをしてもらいたいとおっしゃっています。信頼できる先生ですからどうか、この先生のもとでリハビリに励んでください。それが唯一最善の治療法です」
※MMSE:世界で広く行われている認知症のスクリーニング検査。30点満点で、21点以下は「認知症の疑いあり」、22点〜26点で「軽度認知障害(MCI)」と判断される。
【症例2】
90代男性。耳は少し遠いが、MMSEは29点で非常にしっかりしている。紹介状には「座骨神経痛」「手術を勧めたが、ご家族が納得しない」「鎮痛剤、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠導入剤、筋弛緩薬を処方」などと記載。
4〜5年前、何かの作業中に転倒し、尻もちをついた時から、痛むようになった。痛みが消えないため1年後に手術。1〜2年はよかったが痛みが再発したため、再手術を勧めた、とあった。
北原教授は本人に聞いた。
北原「痛みはどのような感じですか」
患者「ビリビリする感じです」
北原「困っていることは何ですか」
患者「特にありません」
北原「これまでどのような治療を受けてきましたか」
患者「薬以外では、神経ブロック注射と手術です」
北原「リハビリは行っていないんですか」
患者「リハビリって何ですか。受けたことはないですね」
次に本人と付き添いの息子さんに告げた。
北原「足の関節が硬くなっていますのでリハビリをしましょう。手術は不要です。鎮痛剤、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠導入剤、筋弛緩薬は止めた方がいいですね。主治医の先生への手紙に書いておきます。介護保険は使っておられますか」
息子「いいえ、うちは介護するほどじゃありませんから」
北原「介護だけでなく、リハビリにも使えるんですよ。」
息子「え、そうなんですか。分かりました」
【症例3】
80代、女性。原因不明の腰痛。セカンドオピニオンを求めて地方から来院。話を聞くと「過去に骨折したことがある」とのことで骨粗しょう症を疑い、現在治療してもらっている病院に照会したところ、骨密度が健康成人の60%しかなく、明らかに治療が必要な骨粗しょう症と判明。
さっそく、本人と付き添いのご主人に聞いた。
北原「骨粗しょう症ですね。主治医の先生からは何と言われましたか」
患者「いいえ、何も言われていません」
夫「骨粗しょう症だなんて、初めて聞きました」
北原「うわぁ、それはいけませんね。他の先生がやっていることを悪く言いたくないですが、それはいけない。ご主人、インターネットはやっていますか」
夫「いいえ、私はしていませんが、息子はやっています」
北原「では息子さんに、“骨粗しょう症専門医”でキーワード検索をしてもらい、家の近くにある専門医を受診してください。私の意見を書いた書類をお渡ししますので、その先生に渡してください。奥様の腰痛には骨粗しょう症が関係しているものと思われます。残念ですが、今の先生は骨粗しょう症の知識がないようです」
日本の腰痛治療には
引く発想が必要
以下に、3つの症例から北原教授が感じた問題点をまとめてみた。
(1)痛みから始まる「悪循環」
慢性痛治療の現場では、しばしば2パターンの悪循環が起きている。
・Aパターンは「痛み⇒薬の多用⇒脳への影響⇒生活水準の低下」
・Bパターンは「痛み⇒生活水準の低下⇒薬の多用⇒脳への影響」
症例1はBパターン。痛み⇒生活水準の低下が認知機能に対して悪影響を及ぼし、そのせいでさらに生活水準が低下して痛みが続いていた。
痛いからといって一日中動かずぼーっとしているのが一番いけない。
家族は「もっと薬を処方してほしい」と望んでいたが、不必要な薬の多用はさらなる悪循環をもたらすので、やめておくのが正解。
一方、症例2は、Aパターンに近い。薬が多用されているにもかかわらず、脳への影響が見られないのは幸いだった。手術は絶対やるべきではない症例だ。
(2)「座骨神経痛」の7割は誤診
腰痛の診断名で疑った方がいいものの1つに「座骨神経痛」がある。ある統計では、座骨神経痛と診断された患者150人中、本当にそうだったのは40〜45人。全体の7割にあたる100人以上が座骨神経痛ではなかった。
(3)手術さえすれば「リハビリは不要」という誤った認識
リハビリは手術と同じくらい重要。症例1の方も2の方も、リハビリを受けていなかったのには驚いた。手術した意味は、リハビリをしてこそ現れる。
(4)超高齢者に手術で全身麻酔はやるべきでない
症例2の患者は90代。腰痛も「ピリピリする程度」で決して重症ではない。その痛み自体も薬の多用による可能性があった。全身麻酔の手術は進めるべきではない。
(5)薬を多用する医者が多過ぎる
症例2の患者は、薬の多用が大きな問題だった。鎮痛剤(リリカなど)は軽度の認知障害につながる可能性がある。また精神安定剤(デパス/ベンゾジアゼビン)なども軽度の認知障害の原因となる可能性がある。
さらに言うなら、精神安定剤では痛みは取れない。「痛くて眠れない」のなら、適切な痛み治療が必要である。一方、「眠れないと痛みを感じてしまう」のなら、痛み治療ではなく睡眠障害の治療が必要だ。
軽度の認知障害が起こると、痛みに強くこだわったり、意識が低下したり、生活が昼夜逆転したりして、従来の社会生活が送れなくなり、外出もせず、ひどい場合には寝たきりになる。そういう患者は、薬を止めるだけで痛みが消えることがある。
(6)骨粗しょう症は痛みの原因になる
骨粗しょう症では、その8割以上で、腰や背中になんらかの痛みが生じる。高齢者、特に女性が腰痛を訴えたら、骨粗しょう症を疑うべき。
◇
「僕はメディカルバイオレンスと呼んでいるんですけどね(笑)。医者の方は、何かしないといけないという義務感があるから、治療法を足す。引かないんですよ、日本は足す医療がメインで引く医療がない。だけど今までやってきた治療がだめなんだから、そうじゃないこと、ということは治療法を減らすということが必要なんです」と、北原教授は指摘する。
>続編は3月27日に公開予定です。
◎北原雅樹(きたはら・まさき)
横浜市立大学付属市民総合医療センター・ペインクリニック診療教授。1987年、東京大学医学部卒業。医学博士。専門は難治性慢性疼痛。帝京大学医学部付属市原病院麻酔科、帝京大学医学部付属溝口病院麻酔科勤務後、米国ワシントン州立ワシントン大学集学的痛み治療センターに臨床留学。帰国後、筋肉内刺激法(IMS)を日本に紹介する。2006年より東京慈恵会医科大学ペインクリニック診療部長、2017年より横浜市立大学付属市民総合医療センターに移籍。IMS治療の第一人者としてテレビ、新聞、雑誌などでも幅広く活躍中。
https://diamond.jp/articles/-/197833
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