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「高血圧パラドックス」って何 軽く見ると痛い目に
日経Gooday
2019/2/18
高血圧と指摘されても放置している人は多いが、甘く見てはいけない。写真はイメージ=(c)PaulPaladin-123RF
日経Gooday(グッデイ)
高血圧は日本人の3人に1人が該当するとされる最も多い生活習慣病。放っておくと動脈硬化が進み、心疾患や脳卒中を起こすリスクが高くなることが広く知られている。ところが「血圧が高い」と指摘されても、積極的に医療機関を受診しようとしない人は多い――。2018年11月、大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授の楽木(らくぎ)宏実さんが行った講演「高血圧パラドックスの解消に向けて」(主催・日本心臓財団)から、「高血圧パラドックス」とは何かや、高血圧の怖さについて解説する。
■高血圧だと知りながら放置している人が多い
収縮期血圧(上の数字)が140mmHg以上、または拡張期血圧(下の数字)が90mmHg以上[注1]。これが高血圧の定義とされている。念のため補足しておくと、高血圧とは単に「血圧が高い」というだけではなく、糖尿病や脂質異常症と同じ生活習慣病の一つ。つまり、治療を必要とするれっきとした病気だ。ちなみに理想の血圧レベルは「120 / 80(上が120mmHg、下が80mmHg)」未満で、これより高いと高血圧のレベルまで至っていなくても心疾患や脳卒中の発症リスクは高まる。
2017年の国民健康・栄養調査によると、上の血圧が140mmHg以上の人(高血圧患者)は成人男性の37.0%、成人女性の27.8%を占めており、日本高血圧学会によると推定患者数は実に約4300万人。子どもも含めて、日本人の3分の1が当てはまるという。一方、2014年の患者調査によると、医療機関で治療を受けている高血圧患者は約1010万8000人しかいない。つまり約3000万人もの人が「高血圧なのに治療を受けていない」ことになる。
「高血圧は診断が簡単なうえ、いい薬もあるのに多くの人が治療を受けていない。これが“高血圧パラドックス”です。がんも問題ですが、このままでは心不全で亡くなる人も急増することでしょう」と楽木さんは話す。
なぜ、こんなことが起きているのか? それは高血圧という病気が多くの人に軽く見られているからに他ならない。LDLコレステロールなどと同じで、血圧が高くても本人は痛くもかゆくもない。しかし高血圧を放っておくと動脈硬化が進み、心疾患や脳卒中で命を落とすリスクが高くなることが確認されている。決して軽く考えるべきではないのだ。
■米国は高血圧の診断基準をより厳しく
実は健康な人たちの上の血圧(収縮期血圧)を調べると、95%が88〜147mmHgの範囲に入る。単純に考えれば147mmHg以上を高血圧と定義してもよさそうなものだ。しかし「大規模な疫学調査によると、上が140mmHgを超えると心疾患や脳卒中のリスクが2〜3倍になることが分かっています」と楽木さん。そのため日本高血圧学会では「140 / 90」以上を高血圧と定義している。なお欧州やアジアなど、ほとんどの先進国が日本と同じ基準を採用しているという。
例外は米国。かつては世界基準の「140 / 90」だったが、2017年に「130 / 80」に下げて話題を呼んだ。その結果、約7200万人だった米国の高血圧患者数は一気に1億人の大台を超えることになった。
その根拠となった「SPRINT(スプリント)試験」によると、降圧剤を用いた治療で、上の血圧が140mmHg未満を目指した人たちよりも、120mmHg未満を目指した人たちのほうが明らかに心疾患による死亡リスクが低かったのだという[注2]。
「収縮期血圧の理想は120mmHg未満。どこから線を引いて高血圧と定義するかという問題で、米国は130mmHgに下げた。日本は、診断基準は140mmHgのまま行く予定です」(楽木さん)
日本高血圧学会は、2018年9月に総会を開催し、「高血圧の診断基準は変えないが、75歳未満の成人の治療の目標値は140 / 90から130 / 80に下げる」という方針案を発表した。これまでは高血圧の診断基準を下回ればOKだったが、これからはより理想に近いレベルを目指して治療することになるわけだ。
■死亡のリスク因子、高血圧は第2位
よく知られているように、高血圧は動脈硬化を進め、脳卒中、心疾患、腎臓病などを引き起こし、死亡リスクを高める。
[注1]診察室血圧値の場合。家庭血圧値の場合は135/85mmHg以上が高血圧と基準が異なる
[注2] N Engl J Med. 2015 ;373(22):2103-16.
2007年に日本人の死亡に関わるリスク因子を調べた研究によると、高血圧はタバコに続いてリスクの高さでは第2位だった。高血糖やアルコールよりも高く、年間約10万人が高血圧を主因とする病気で命を落としている。特に心血管病に関しては高血圧のリスクが圧倒的に高い[注3]。
(出典:Ikeda N,et al.Lancet. 2011;378(9796):1094-105.)
つまり、高血圧は放っておくと命に関わる病気なのだ。「グレーゾーンならば食生活や運動など生活習慣の改善でいいと思いますが、高血圧と診断されたら降圧剤を飲むべき」と楽木さんはアドバイスする。高血圧の人が降圧剤を飲んで血圧を下げると、死亡リスクが低くなることに加え、認知機能の低下予防にもつながることが確認されている。
■血圧を下げすぎると危険という考えは「因果の逆転」
一方、「無理に血圧を下げる必要はない」という異論も後を絶たない。「年齢プラス90mmHgが正常」「血圧を20mmHg以上下げると死亡が増える」などというものだ。しかし、「これらの意見にはエビデンス(科学的根拠)がない」と楽木さんは言う。
「逆に年齢プラス90mmHgの人、例えば80歳で収縮期血圧が170mmHgの人は、治療したほうが死亡率が下がるというエビデンスがある。降圧剤でどこまで下げるかは考える必要がありますが、20mmHg以上下げると死亡が増えるという説は“因果の逆転”であり、詭弁(きべん)に過ぎません」(楽木さん)
「因果の逆転」とは何かというと、例えば酒量と死亡率の関係を見た疫学調査によると、酒量が増えるにつれて死亡率が高くなっていく。ところが、禁酒した人たちは「日本酒を毎日3合以上飲む」人たちよりも死亡率が高かった[注4]。このデータから「禁酒は危険」と考えるのが因果の逆転。原因は禁酒ではなく、「病気などの理由で禁酒せざるを得なかった人たちがこの群に多く含まれて死亡率を押し上げてしまった」と受け取るのが正しいだろう。同じく降圧剤を飲んでいる人の中で大幅に血圧が下がった人たちにも、降圧剤以外の理由があって下がっていた人が多く含まれていた可能性がある。もともとの血圧が高かったという点を見落としてはいけない。
2013年から行われている厚生労働省の健康日本21(第2次)[注5]では、「2022年までに40〜80代の国民全体の収縮期血圧の平均値を4mmHg低下させる」ことを目標にしている。正常血圧の人も含めた平均なので小さい目標値に見えるが、全体のレベルを下げるような国民全体での取り組みとしては、減塩や運動が大事である。2015年に施行された食品表示法によって、すべての加工食品に食塩相当量の表示も義務づけられた。おかげで減塩もしやすい環境になっている。
繰り返しになるが、高血圧は確実に死亡リスクを高くする。血管が詰まったり破れたりしてから後悔しても手遅れだ。減塩、禁煙、節酒、運動など血圧を上げない生活習慣を心がけるとともに、「140 / 90」以上の人はすぐに医療機関を受診して治療を始めたい。
[注3]Ikeda N,et al.Lancet. 2011;378(9796):1094-105.
[注4]日本公衆衛生雑誌. 2001;48 :95-108.
[注5]健康寿命の延伸などを実現するため、厚生省(現・厚生労働省)によって始められた国民健康づくり運動のこと
(ライター 伊藤和弘)
楽木宏実さん
大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授。1984年、大阪大学医学部卒業。米ハーバード大学ブリガム・アンド・ウイミンズ病院内科研究員、米スタンフォード大学心臓血管内科研究員、大阪大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2007年に大阪大学大学院医学系研究科老年・腎臓内科学教授に就任。15年より現職。大阪大学医学部附属病院副病院長。日本老年医学会理事長、日本高血圧学会副理事長、日本心血管内分泌代謝学会理事などを務める。
「高血圧パラドックス」って何 軽く見ると痛い目に
日経Gooday
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高血圧と指摘されても放置している人は多いが、甘く見てはいけない。写真はイメージ=(c)PaulPaladin-123RF
高血圧は日本人の3人に1人が該当するとされる最も多い生活習慣病。放っておくと動脈硬化が進み、心疾患や脳卒中を起こすリスクが高くなることが広く知られている。ところが「血圧が高い」と指摘されても、積極的に医療機関を受診しようとしない人は多い――。2018年11月、大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授の楽木(らくぎ)宏実さんが行った講演「高血圧パラドックスの解消に向けて」(主催・日本心臓財団)から、「高血圧パラドックス」とは何かや、高血圧の怖さについて解説する。
■高血圧だと知りながら放置している人が多い
収縮期血圧(上の数字)が140mmHg以上、または拡張期血圧(下の数字)が90mmHg以上[注1]。これが高血圧の定義とされている。念のため補足しておくと、高血圧とは単に「血圧が高い」というだけではなく、糖尿病や脂質異常症と同じ生活習慣病の一つ。つまり、治療を必要とするれっきとした病気だ。ちなみに理想の血圧レベルは「120 / 80(上が120mmHg、下が80mmHg)」未満で、これより高いと高血圧のレベルまで至っていなくても心疾患や脳卒中の発症リスクは高まる。
2017年の国民健康・栄養調査によると、上の血圧が140mmHg以上の人(高血圧患者)は成人男性の37.0%、成人女性の27.8%を占めており、日本高血圧学会によると推定患者数は実に約4300万人。子どもも含めて、日本人の3分の1が当てはまるという。一方、2014年の患者調査によると、医療機関で治療を受けている高血圧患者は約1010万8000人しかいない。つまり約3000万人もの人が「高血圧なのに治療を受けていない」ことになる。
「高血圧は診断が簡単なうえ、いい薬もあるのに多くの人が治療を受けていない。これが“高血圧パラドックス”です。がんも問題ですが、このままでは心不全で亡くなる人も急増することでしょう」と楽木さんは話す。
なぜ、こんなことが起きているのか? それは高血圧という病気が多くの人に軽く見られているからに他ならない。LDLコレステロールなどと同じで、血圧が高くても本人は痛くもかゆくもない。しかし高血圧を放っておくと動脈硬化が進み、心疾患や脳卒中で命を落とすリスクが高くなることが確認されている。決して軽く考えるべきではないのだ。
■米国は高血圧の診断基準をより厳しく
実は健康な人たちの上の血圧(収縮期血圧)を調べると、95%が88〜147mmHgの範囲に入る。単純に考えれば147mmHg以上を高血圧と定義してもよさそうなものだ。しかし「大規模な疫学調査によると、上が140mmHgを超えると心疾患や脳卒中のリスクが2〜3倍になることが分かっています」と楽木さん。そのため日本高血圧学会では「140 / 90」以上を高血圧と定義している。なお欧州やアジアなど、ほとんどの先進国が日本と同じ基準を採用しているという。
例外は米国。かつては世界基準の「140 / 90」だったが、2017年に「130 / 80」に下げて話題を呼んだ。その結果、約7200万人だった米国の高血圧患者数は一気に1億人の大台を超えることになった。
その根拠となった「SPRINT(スプリント)試験」によると、降圧剤を用いた治療で、上の血圧が140mmHg未満を目指した人たちよりも、120mmHg未満を目指した人たちのほうが明らかに心疾患による死亡リスクが低かったのだという[注2]。
「収縮期血圧の理想は120mmHg未満。どこから線を引いて高血圧と定義するかという問題で、米国は130mmHgに下げた。日本は、診断基準は140mmHgのまま行く予定です」(楽木さん)
日本高血圧学会は、2018年9月に総会を開催し、「高血圧の診断基準は変えないが、75歳未満の成人の治療の目標値は140 / 90から130 / 80に下げる」という方針案を発表した。これまでは高血圧の診断基準を下回ればOKだったが、これからはより理想に近いレベルを目指して治療することになるわけだ。
■死亡のリスク因子、高血圧は第2位
よく知られているように、高血圧は動脈硬化を進め、脳卒中、心疾患、腎臓病などを引き起こし、死亡リスクを高める。
[注1]診察室血圧値の場合。家庭血圧値の場合は135/85mmHg以上が高血圧と基準が異なる
[注2] N Engl J Med. 2015 ;373(22):2103-16.
2007年に日本人の死亡に関わるリスク因子を調べた研究によると、高血圧はタバコに続いてリスクの高さでは第2位だった。高血糖やアルコールよりも高く、年間約10万人が高血圧を主因とする病気で命を落としている。特に心血管病に関しては高血圧のリスクが圧倒的に高い[注3]。
(出典:Ikeda N,et al.Lancet. 2011;378(9796):1094-105.)
つまり、高血圧は放っておくと命に関わる病気なのだ。「グレーゾーンならば食生活や運動など生活習慣の改善でいいと思いますが、高血圧と診断されたら降圧剤を飲むべき」と楽木さんはアドバイスする。高血圧の人が降圧剤を飲んで血圧を下げると、死亡リスクが低くなることに加え、認知機能の低下予防にもつながることが確認されている。
■血圧を下げすぎると危険という考えは「因果の逆転」
一方、「無理に血圧を下げる必要はない」という異論も後を絶たない。「年齢プラス90mmHgが正常」「血圧を20mmHg以上下げると死亡が増える」などというものだ。しかし、「これらの意見にはエビデンス(科学的根拠)がない」と楽木さんは言う。
「逆に年齢プラス90mmHgの人、例えば80歳で収縮期血圧が170mmHgの人は、治療したほうが死亡率が下がるというエビデンスがある。降圧剤でどこまで下げるかは考える必要がありますが、20mmHg以上下げると死亡が増えるという説は“因果の逆転”であり、詭弁(きべん)に過ぎません」(楽木さん)
「因果の逆転」とは何かというと、例えば酒量と死亡率の関係を見た疫学調査によると、酒量が増えるにつれて死亡率が高くなっていく。ところが、禁酒した人たちは「日本酒を毎日3合以上飲む」人たちよりも死亡率が高かった[注4]。このデータから「禁酒は危険」と考えるのが因果の逆転。原因は禁酒ではなく、「病気などの理由で禁酒せざるを得なかった人たちがこの群に多く含まれて死亡率を押し上げてしまった」と受け取るのが正しいだろう。同じく降圧剤を飲んでいる人の中で大幅に血圧が下がった人たちにも、降圧剤以外の理由があって下がっていた人が多く含まれていた可能性がある。もともとの血圧が高かったという点を見落としてはいけない。
2013年から行われている厚生労働省の健康日本21(第2次)[注5]では、「2022年までに40〜80代の国民全体の収縮期血圧の平均値を4mmHg低下させる」ことを目標にしている。正常血圧の人も含めた平均なので小さい目標値に見えるが、全体のレベルを下げるような国民全体での取り組みとしては、減塩や運動が大事である。2015年に施行された食品表示法によって、すべての加工食品に食塩相当量の表示も義務づけられた。おかげで減塩もしやすい環境になっている。
繰り返しになるが、高血圧は確実に死亡リスクを高くする。血管が詰まったり破れたりしてから後悔しても手遅れだ。減塩、禁煙、節酒、運動など血圧を上げない生活習慣を心がけるとともに、「140 / 90」以上の人はすぐに医療機関を受診して治療を始めたい。
[注3]Ikeda N,et al.Lancet. 2011;378(9796):1094-105.
[注4]日本公衆衛生雑誌. 2001;48 :95-108.
[注5]健康寿命の延伸などを実現するため、厚生省(現・厚生労働省)によって始められた国民健康づくり運動のこと
(ライター 伊藤和弘)
楽木宏実さん
大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授。1984年、大阪大学医学部卒業。米ハーバード大学ブリガム・アンド・ウイミンズ病院内科研究員、米スタンフォード大学心臓血管内科研究員、大阪大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2007年に大阪大学大学院医学系研究科老年・腎臓内科学教授に就任。15年より現職。大阪大学医学部附属病院副病院長。日本老年医学会理事長、日本高血圧学会副理事長、日本心血管内分泌代謝学会理事などを務める。
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO40674680Q9A130C1000000