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■患者を量産する大腿四頭筋訓練
これまで<エビデンスのない話>で述べてきたように、変形性膝関節症の直接原因は、膝関節をまたいでいる大腿筋群や下腿筋群の弛緩不全に相違ないと考えられる。よって、大腿四頭筋に負荷を与える訓練で、治療上、逆効果となるケースが生じても何ら不思議はない。実際、外来ではテレビに出演した著明な整形外科医の指導するスクワットを真似たり、他院で大腿四頭筋訓練を指導されて膝痛を悪化させた患者の来院が後を絶たない。そして、そういう患者に大腿筋群のMedical Dynamic Stretching(MDS)を施すと、その場で患者の痛みは激減するのである。その様はあまりに霊験あらたかで、わざわざ統計をとって、大腿四頭筋訓練と治療効果の程を比較するのが馬鹿馬鹿しい位だ。MDSの効果がかくも絶大であるということが、とりも直さず、大腿四頭筋訓練が変形性膝関節症を予防し、ひいては膝痛を軽減するという理屈が妥当性を欠いており、筋肉の慢性弛緩不全こそが、変形性関節症の直接原因であることを証している。では、どうしてこの大腿四頭筋訓練が、これまで疑われることなく推奨されてきたのだろうか。
■荷重軸の補正という概念
もともと、整形外科学はレントゲンをはじめ、画像診断技術の進歩と歩みをともにしてきた学問である。このため、学会発表も、画像上の異常を解析して薀蓄を垂れるのが手っ取り早い。実のところ、変形性膝関節症のレントゲンを眺めていれば、O脚やX脚がその発生要因になりそうなことは誰でも察しがつく。そこで、整形外科学の黎明期に、それを裏付けるべくレ線所見の解析が行われたのだ。その結果、O脚、X脚では、関節の中央を通るべき荷重軸が、それぞれ内側寄り、外側寄りにずれてしまっていて、関節軟骨にかかる力学的な負担の偏りが生じて変形を生じるという結論が導き出された。つまり、変形性膝関節症を予防するには、膝関節に荷重軸を近づける必要があると結論されたわけである。そこで言われ始めたのが大腿四頭筋訓練だ。膝伸展筋を強化することで、この荷重軸のずれを軽減できるという理屈である。
■歳のせいだと云う代わりの筋力低下
しかしながら、実際には、生来のO脚、X脚を持たず、その骨格が全く正常であっても、変形性膝関節症の患者と同様の症状を訴える患者が多数存在する。即ち、O脚、X脚は、変形性膝関節症に至る個別の素因に過ぎず、直接の原因ではあり得ない。それどころか、そもそもO脚、X脚は、筋肉の弛緩不全のアンバランスに由来した成長障害の一種とみなすこともできるし、高齢者のそれは、筋肉の弛緩不全によって生じた関節破壊の結果だともいえる。ゆえに、骨格に異常のない患者に大腿四頭筋訓練を施したところで何ら得るところはないはずなのだ。ところが、荷重軸の補正に関する理屈とともに、大腿四頭筋の筋力低下が関節の不安定性を招き、それが元で変形性膝関節症が生じるという結論が導き出されたため、O脚、X脚のあるなしに関わらず、膝の治療と言えば大腿四頭筋訓練と、不動の地位を確立するに至ったのだ。
だが、これは先に結論ありきの謬説である。変形性関節症の原因を、歳のせいだという代わりに筋力低下だとのたまってみただけの話なのだ。だから、変形性関節症の原因は、是が非でも筋力低下なければならず、かくのごとき屁理屈が辻褄合わせにこしらえられたに過ぎないのである。
■大腿四頭筋訓練が効く理由
確かに、側副靱帯損傷に起因する側方動揺性が顕著であれば変形は進行するだろうし、大腿四頭筋訓練は、膝関節の安定性の維持に関し、一定の効果はあるだろう。そこに科学的な根拠を見出すことも難しくはない。また、大腿四頭筋の筋力が膝関節の機能にとって、重要なファクターであるという認識そのものに異を唱えるつもりもない。しかしながら、現実的には、目立った側方動揺性がなくとも変形は進行するし、何より、この訓練で多くの患者が膝痛を増悪させてしまう。それらを例外として片づけてしまうにはあまりに高率で、この理屈の矛盾を指摘するための反例としては十分なはずであるが、この大腿四頭筋訓練が功を奏する場合も少なくないから事は厄介なのだ。逆説的なようだが、力を入れる練習の反復は、時として力の抜き方の練習にもなり得る。また、膝関節に動きを与えるエクササイズであれば、筋肉の収縮と弛緩をコントロールする神経伝達機能を活性化させることになり、MDSほどではないにしても、それに近似した効果の得られる場合もある。こうした理由で、大腿四頭筋訓練は多くの矛盾を内包したまま、整形外科の歴史の中で生きながらえてきたと考えられるのだ。
■大腿四頭筋訓練の変遷
さて、この大腿四頭筋訓練、その強化方法にも、いくばくかの変遷がある。もともと日常生活動作が誘因となって膝を患う高齢者に筋力強化を促すことになるので、当初、できるだけ関節に負担の少ない方法が考案されるに至った。それが、免荷状態における膝伸展位で大腿四頭筋に力を入れる等尺性運動である。それ自体は日常生活にはない運動であり、関節に荷重するわけでもないので、その効果や危険については、ほとんど顧みられることなく推奨されてきた。ところが近年、筋力を強化するという目的には、等尺性運動よりも、CKC(閉鎖性運動連鎖)であるスクワットの方が好都合であるというエビデンスが報告された。これにより、日常、階段の上り下りで膝を痛めたお年寄りを相手に、スクワットが指導されるようになったわけである。その結果、膝痛を抱える多くのお年寄りたちは絶望に打ちひしがれることになった。立っているだけでも痛みに耐えかねているというのに、スクワットなど、できるはずもないからである。
■筋力低下の原因は筋肉の弛緩不全
風吹けば桶屋が儲かるという理屈もここに極まれり。素人が考えても奇妙奇天烈、矛盾の明らかなこの治療、賢明な医師なら疑って然るべきであったにもかかわらず、そうはならなかった。何故、それが疑われなかったかといえば、それはやはり、整形外科医が、外科医であるからだろう。外科手術後の患者は押しなべて体に力を入れる方法がわからなくなっており、リハビリは専ら筋力強化とならざるを得ない。ゆえに、外科手術に携わる医師の視点では、筋力強化こそがリハビリであって、筋肉の弛緩を促すことが治療であるなどとは、思いもよらないのである。高齢者の筋力が弱いのは、弛緩不全のゆえに縮みしろが少なくなって力が出せないだけなのだ。だから、筋肉を鍛えるより、その弛緩を促した方が速やかに力が出せるようになるのである。MDSが大腿四頭筋訓練より、はるかに効果的であるのは、そのためなのだ。にもかかわらず、膝痛には大腿四頭筋訓練というこの理屈、学会ではエビデンス・レベルが高い、即ち信頼度が高いなどといわれている始末だ。この方法が無批判に推奨されてきた歴史を整形外科医は大いに反省材料にすべきであるし、遠くない将来、そういう時代が到来することになるだろう。
■原因と結果との取り違えがもたらした過ち
結局、何が間違っているかといえば、変形性膝関節症の原因と結果を見誤っていることにつきるだろう。レ線所見にみられる異常も筋力低下も筋肉の弛緩不全が招いた結果であって原因ではない。にもかかわらず、原因である筋肉の弛緩不全を悪化させる恐れのある方法が治療として選択されていることが問題なのだ。その結果、最終的に明らかな矛盾を露呈してしまったのが、この大腿四頭筋訓練ではないだろうか。筋肉の弛緩不全という概念が整形外科学に存在していないことが諸悪の根源なのである。
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