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DOL特別レポート
2017年1月13日 井手ゆきえ [医学ライター]
「死にたくなければ女医を選べ」日本人の論文が米で大反響
「女性医師(内科医)が担当した入院患者は男性医師が担当するよりも死亡率が低い」――。米国医師会の学会誌で発表された日本人研究者(米国在住)の論文が、現地のワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの有力一般紙がこぞって取り上げるほどの騒ぎとなった。『死にたくなければ女医を選べ!』という報道まであったという。果たして、女性医師に診てもらった方が安全なのだろうか。日本でも当てはまることなのだろうか。その論文を書いたハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏に取材してみた。(医学ライター 井手ゆきえ)
医師・歯科医師・薬剤師調査の概況(厚生労働省)によると、2014年12月31日現在の医師数は31万1205人で、このうち病院や診療所で働いている医師は29万6845人、男性医師が23万6350人、79.6%、女性医師が6万495人、20.4%だった。
診療科別では圧倒的に内科医が多く、全体の2割6万1317人を占めた。内科の男女比は男性81.1%、女性が18.9%で、ほぼ全体像をなぞっている。
さて、男女比に注目したのにはわけがある。
女性内科医が担当した入院患者は
男性が担当するより死亡率が低い
昨年12月、米国医師会の学会誌のJAMA Internal Medicineに「女性内科医が担当した入院患者は、死亡率や再入院率が低い」という調査結果が掲載された。
調査対象はメディケア(高齢者・障害者向けの公的保険)に加入している65歳以上の高齢者で、肺炎や心疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など日本でもおなじみの内科の病気で緊急入院した患者およそ130万人。
対象患者の入院後の経過と担当医の性別との関連を解析するため、メディケアに登録されたデータから病状や診療に関するデータを入手し、入院日から30日以内の死亡率(30日死亡率)と退院後の30日以内に再び入院する確率(30日再入院率)を女性医師と男性医師とで比較した。
この際、患者の重症度や年齢、入院の原因以外に持っている病気など患者の特性と、医師の特性(年齢、出身医学部など)、入院している施設をそろえるなど、結果に影響を与えそうな条件を補正したうえで比較を行っている。
条件を補正した後の30日死亡率をみると、女性医師の担当患者は11.1%、男性医師は11.5%、再入院率はそれぞれ15.0%と15.6%で、女性医師が担当した患者のほうが死亡率、再入院率ともに「統計学的に有意」に低いことが判明したのだ。
「どうせ、女性医師のほうが軽症患者を診ているんだろう?」という疑いの声が聞こえてきそうだが、同調査はこうした批判を事前に想定し、米国特有の職種である「ホスピタリスト」のデータも分析している。
ホスピタリストとは、入院患者の診療しか行わない病棟勤務の内科医のこと。勤務時間内に入院した患者を順番に担当するので、軽症患者を意識的に選ぶことはできないし、逆に「この先生がいい」と患者が医師を指定することも不可能だ。どの医者が誰を担当するかは「くじびき」のようなもので、必然的に各ホスピタリストが担当する患者の重症度は同じレベルにそろうと考えていい。
この結果、対象をホスピタリストに限定した場合でも女性医師が担当した患者の30日死亡率は10.8%、男性医師では11.2%、再入院率は女性医師14.6%、男性医師15.1%とこちらも「統計学的に有意に」女性医師のほうが低かったのである。
実はこの「統計学的に有意に」がミソ。つまり、偶然や計算上の誤差では説明がつかない「明らかな理由」で、女性医師に担当してもらったほうが命拾いする確率が高い、ということが示されたのだ。
研究者の一人が「この死亡率の差が真実であれば、仮に男性医師が女性医師なみの医療を提供すれば、メディケアの対象者だけでも年間3万2000人の命を救える」とコメントしたこともあり、日本と同じく「男性医師>女性医師」と見なす米国では、調査結果が公表されたとたん、ワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなど米国の一般紙がこぞって取り上げる騒ぎになった。
いったい男女の違いの何が、明らかな有意差につながったのだろうか。
慎重にガイドラインを遵守する女性
リスクを取りガイドラインを逸脱する男性
研究チームの一員であるハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏は「一般紙では『男性医師は3万2000人を殺している』とか『死にたくなければ女医を選べ!』みたいな極端な扱いをされてしまってちょっと困っています」と苦笑しながら、「例えば、医学部で受けた教育プロセスが同じで勤務先や診療スタイルも同じ、しかも周囲の評判に差がなければ男性医師よりも女性医師のほうが質の高い医療を提供している可能性がある」という。
津川氏の説明によると、一般に女性医師は、診療ガイドライン(GL)などルールの遵守率が高く、エビデンス(科学的根拠)に沿った診療を行うほか、患者とより良いコミュニケーションを取ることが知られている。また、女性医師は専門外のことを他の専門医によく相談するなど、可能な限りリスクを避ける傾向があるようだ。
「ここにあげた理由は先行研究で示されたことですが、今回の調査でも女性医師のほうが、より詳しい検査を行うなど慎重に診療を進めている可能性が示唆されています」
ただ、米国でも医療界は「男社会」で、医学部卒業生の男女比は1:1なのに、実際に働いている女性医師はまだ全体の3割ほど。給与面にも格差があり女性医師の給与は男性医師よりも平均8%低い。質の高い医療を提供できる女性医師が実力を発揮できる場は、かなり狭いのだ。
「現実に死亡率を0.4%下げようとしたら、並大抵のことでは達成できません。女性医師はもっと評価されてしかるべきです。一般の方も『男性、経験豊か』が良い医師だというステレオタイプの思い込みは捨てたほうがいい」
米国の調査結果を一律に日本に当てはめて良いかどうか議論の余地はあるが、ステレオタイプを見直したほうがいいのは日本でも同じ。
ただ、現時点で主治医の性別に一喜一憂する必要はない。第一、日本の内科医の8割は男性なので、残念ながら女性医師に当たる確率は少ない。むしろ男女によらず、様々な研究で示唆された女性医師の長所──エビデンスに基づく診療を心がけ、決して独りよがりにならない柔軟性と謙虚さを持ち合わせているか、を見極めるほうが現実的だ。
医師個人の医療の質を評価
科学的根拠に基づく選択が可能に
津川氏は医師個人を客観的に評価する目安になるエビデンスの創出を目指しており、今回の調査結果はその第一弾だ。今後は対象を他領域や外来患者にも拡げていくという。
「一般の方は病院を選ぶ際に、病院ランキング本や口コミを参考にしていると思いますが、評価の根拠は曖昧です。また、評判の良い病院で働いているからといって医師個人の医療の質が高いとは限りません。米国でも事情は同じです」
つがわ・ゆうすけ
ハーバード公衆衛生大学院(医療政策管理学)研究員。東北大学医学部卒業後、聖路加国際病院、世界銀行を経て現職。ハーバード公衆衛生大学院でMPH(公衆衛生学修士号)、ハーバード大学で医療政策学のPh.D.を取得。専門は医療政策学、医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学」において医療政策におけるエビデンスを発信している。
確かに、群馬大学附属病院の特定機能病院取り消し事例を目の当たりにすると、病院の機能評価=医師個人の医療の質ではないことは痛感する。
「同じ疾患を診ているにもかかわらず、医師の間で死亡率や再入院率にばらつきがあるなら、それは何故なのかを科学的に評価することで修正できるようになります。一般の人がエビデンスに基づいて医師を選択できる指標を提供する一方で、どの病院でどの医者にかかっても標準化された高い質の医療を受けられるというのが研究の最終的な目標ですね」。機会があれば、日本でも同様の研究を行いたいという。
医療者にとって「個人の評価」はあまり歓迎できないかもしれない。しかし、エビデンスに基づく評価基準とビッグデータの活用で医師の「診療成績」を見える化できれば、医療者と患者・家族の間にある情報格差が生み出している医師への過度な期待や極端な不信もなくなるだろう。患者・家族が求めているのは“神の手”ではなく、標準化された質の良い医療を「いつでも、どこでも」提供してくれる医師なのだ。
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http://diamond.jp/articles/-/114029
2016年11月25日 池田園子
暴言・逆ギレ「モンスター医師」恐怖の診療事例集
誰にとっても無縁ではいられない「お医者様」。医者嫌いな人でなくても、なんとなく嫌な思いをしたことのある人も多いのでは。ぶっきらぼうだったり、やけに偉そうだったり……くらいであればまだマシかもしれない。20〜50代男女が「ひどい」「心ない」「関わりたくない」と困惑する、患者として絶対に対峙したくないモンスター医師の事例を集めた。(取材・文/池田園子、編集協力/プレスラボ)
絶対に診てもらいたくない
モンスター医師
今季だと『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』に『メディカルチーム レディ・ダ・ヴィンチの診断』など、医療ドラマは話題作になることが多い。人が生きていくにあたり医療は欠かせないものであり、そこで主人公となる医師もある意味で身近な存在ゆえ、気になってしまうのだろう。
医師という選ばれし者しか就けない職業に対し、患者となる私たちは敬意を抱き、「先生」と呼ぶことも少なくない。確かに「神の手を持つ」と表現される医師、全国から患者が殺到する医師など、素晴らしい医師が数多く存在するのは確かだ。
しかし、言葉は悪いが、医師といっても玉石混交であるのも事実。実際に悪どい医師もいれば、「ヤブ医者」と揶揄される医師もいる。難関試験にパスした人間が必ずしも、全員優れた人であるとは限らず、恐ろしい話だが"ダメな人"が混じっていることはある。皆さんはこれまでの人生で、どのような医師と出会い、診てもらってきただろうか。
筆者は、これまでダイヤモンド・オンラインで、「モンスター◯◯」を度々取り上げ、実録として紹介してきた。今回は、通常の感覚では理解しかねるような「モンスター医師」のケースを20〜40代男女に聞いて集めてみた。こんなモンスター医師にあたったことはないだろうか。
患者の心を
平気で傷つける医師
まずは、モンスター度・初級(「筆者が集めたエピソードの中では比較的軽度であり、初級と分類してみた」と補足しておく)の事例から見ていきたい。
「低用量ピルを飲み始めた2年前の話です。初めて処方されたピルを飲むと不正出血が起き、その症状を相談するために、ピルを処方してくれた婦人科を受診しました。自宅から近い小さな病院です。そこで高齢の男性院長から告げられたのは『不正出血の症状が出る人なんて珍しい。100人に1人くらいだよ。ほかの病気でもあるんじゃない?』という、勝手な決めつけであふれる言葉でした。
専門家から『異常だ』的な発言をされたことに、苛立ちをおぼえました。私はピルについてすこし勉強していたので、不正出血の症状が出る人もそこそこいる、と知っていたんです。それに、そもそも初診で『ピルを飲むと不正出血の可能性はあります』とも言われませんでしたし。患者の心を平気で傷つける医師がいるんだな、と絶望したのを覚えています」(30代女性)
薬には必ずベネフィットとリスクがある。リスクは言い換えると副作用。診察時にそれを説明しないのも不親切であるし、なにより言葉を選ばずに発言する姿勢は、医師としていかがなものだろうか。
「大学生の頃、風邪っぽいなと感じたので、近所の内科に行ったんです。風邪気味である、いつからどんな症状が出ている……と詳細を説明していると、ぼくを一瞥もせずに『それくらいで病院に来てたらきりないよ。寝てたら治るでしょ』と衝撃の一言が。
しかも、その先生、すごく嫌そうな顔をしていて、『じゃ、次の方っ!』と、私のことをさっさと追い払おうとまでするんです。視線が合うことはただの一度もありませんでした。何様なんでしょうか……。
2〜3年前に、当時住んでいた街へ行く機会があったんですが、病院はなくなっていて、別のテナントが入っていました。近くの書店の店長に聞くと、経営が立ちゆかなくて、撤退したとか。院長があの態度だとつぶれて当然ですね」(30代男性)
医師は患者という客を相手にするという意味で、接客業的な要素も持っているといえる。しかし、患者の目も見ずに、邪険な扱いをする医師がいるとは、呆れるしかない。そんな上から目線なやり方が支持されるわけもなく、廃院したのは因果応報ともいえよう。
わざわざ検査したのに
検査結果を無視って何!?
続いて、モンスター度・中級(筆者独自の判断)の事例を見ていこう。
「自宅の近所に、昔かかりつけにしていた内科がありました。そこでは息子が2ヵ月のうちに2回もインフルエンザだと診断されたんですよね。検査結果は陰性だったにもかかわらず担当医が『今の時期はインフルエンザが大流行しているから、陰性が出ちゃったけど、インフルエンザだね』と、真面目な顔で言うんです。
本当のところは、普通の風邪だったんですが。結果を無視して診察するなんて、そもそも検査する意味、ありますか? と唖然とした気持ちになりましたね。ものすごく適当な医者もいるんだな、と悟ってからは、病院を替えましたね。また誤診されても困りますから」(40代女性)
世の中にはヤブ医者や適当なことを言う医師もいる、ということを示す事例だろう。検査結果をスルーして、自分の"感覚"だけに従って判断するなど、専門家のすることではない。素人でもできることだ。医師ならではの知識や知見をもとに、医師らしいふるまいをしてほしいと、私たち患者は願うのだが……。
「以前、月経になると本当に体がつらくて、仕事中もしんどすぎて、会社で横になりたいほどでした。トイレでぐったりすることもありました。でも、なんとなく産婦人科に抵抗があり、ずっと行けずにいたんです。産婦人科=妊婦が行く、というイメージが強すぎて。
ただ、そろそろ限界かも、なんとかならないか……と感じるようになりました。ネットでいろいろ調べた結果、妊娠していなくても気になることがあれば、気軽に産婦人科に行くべきだという記事を読んで、思いきって会社近くのウィメンズクリニックを受診したんです。
診察はけっこう年配の女性院長でした。その方に『月経中は寝込みたくなったり、会社を休みたくなったりするほどつらいです。吐き気を感じることもあります』など、悩みを打ち明けたんですね。
そうすると『おっしゃることはわかりますけど、月経は女性なら誰でも経験することですよね。皆、それなりにつらいこともあります。多少は我慢しないと。出産はもっと大変なんですから』と的はずれな回答をもらい、なんだこの人は!と怒りと悲しみを同時に感じたのを覚えています。
優しさの欠片もない答えしかもらえなかったので、後日別のクリニックへ行きました。月経中のつらさを打ち明け、かつそのときに傷つけられた話もすると、『そんなひどい医師がいるなんて』と一緒に怒ってくれました。いろいろな医師がいるんだな……と勉強になりましたね」(20代女性)
月経のつらさには女性によって個人差がある。それを「皆、それなりにつらい」「我慢するのがあたりまえで、皆もそうしている」と乱暴にまとめてしまうのは、はたして許されることだろうか。患者に寄り添う視線が皆無ではないか、と思えてならない。
「逆ギレ」する医師・歯科医師
「手術しても意味はない」と言う獣医師
最後は、モンスター度・上級(筆者独自の判断)の事例を見て締めたい。
「3年ほど前に歯列矯正をしていたときのことです。歯の裏側に矯正装置をつける裏側矯正という治療で、月1度通院して、装置の調整をしてもらっていました。大きな口をあけて、先生がワイヤーやゴムを調整し終わるのを待っているんですが、あるとき舌と唇に違和感が。
装置の調整を行う際に使っている治療器具で、舌と唇の一部が切れてしまったようでした。手を上げて『痛っ!』と叫ぶと、『もうちょっと口を大きくあけてくれないと困ります』とプチ逆ギレされたときは、戸惑いましたね。私、悪いことしましたか? と(笑)。
そもそも矯正歯科には、頻繁に通わなければならないですし、矯正装置を調整してもらった後も、ワイヤーが舌にあたって痛みを感じたり違和感が出たり、すぐに再調整してもらう必要が生じることもあります。
そのため、できるだけ自宅からすぐ行ける矯正歯科を……と選んだクリニックだったんですが、先生の腕が悪く、失敗でしたね。たぶん不器用なんだと思います。後から判明したことですが、患者からのクレームも少なくないクリニックだったようです」(30代女性)
ほかにも「逆ギレする医師」の事例は取材するなかで耳にした。確かに医師も人間であり、ときにはミスをすることはあるだろう(それが死や大事故につながるミスだと困るが)。ただ、そこで患者からミスを指摘されたからといって、キレるべきではない。それは単なる八つ当たりでしかないからだ。
「昔、実家で飼っていた犬が体調不良になったときに、近場の動物病院に連れていったところ『このワンちゃん、もう死んじゃいますよ。手術しても意味はないと思いますが、どうされますか?』と、びっくりするようなことを言われたんです。そのとき、ぼくは小学校高学年くらいで、涙ボロボロですよ……。
一緒にいた母親に『絶対に助かるよ。ほかの病院で診てもらいたい!』と号泣しながら訴えて、隣町の動物病院へ急行ところ、優しそうな医師から『手術をすれば治りますよ』と、まったく正反対のことを言われました。
信じられない気持ちでしたね。今でこそ『ペットも家族』といわれますが、当時のぼくもそう思っていました。あんなひどい言い方、人間に対してはしないでしょう。あんな医師に獣医を名乗る資格はない、とぼくは今でも思っているほどです」(30代男性)
獣医=動物が好きでその道を選んだのだろう、と想像できるが、なんとも心ない、暴言といっても過言ではない言葉を普通に吐く獣医がいるのだ。震災が起きたとき「ペットと一緒に避難したい」と涙ながらに訴える人もいるくらいである。家族の一員とみなされるペットに対し、簡単に「死ぬ」と宣言するのもおかしな話だ。
モンスター医師に
あたったら?
くり返しになってしまうが残念ながら、すべての医師が人としても、医療従事者としても優れているわけではない。なかにはとんでもない医師もいるのだ。周囲の噂や口コミで正しく判断し、モンスター医師を避けて通るのが理想だが、そうはいかない場合もある。緊急時のように切羽詰まっているときには当然、そんな余裕はないだろう。
もし、モンスター医師にあたってしまったらどうするか。方法は一つだ。それ以上深入りしないこと。つまりは、別の医師を探し、再診してもらうことだろう。モンスター医師とかかわっていると、誤診されたり、心身ともに傷つけられたりと、メリットになることは何ひとつ発生しないはずだから。
医療現場では最悪の場合、命を落とすこともある。そんな真剣勝負ともいえる現場で、あえて危ない橋を渡る必要はない。不安や心配の念を増大させる医師に遭遇してしまったら、そこから早々に立ち去る勇気と決断力を持ってほしいと思う。
http://diamond.jp/articles/-/109206
ニュース3面鏡
2016年10月21日 真野俊樹 [多摩大学大学院教授、医師]
「ドクターX」フリー外科医は実在したら活躍できるか
テレビドラマ『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』の視聴率が好調なようだ。米倉涼子氏が演じる大門未知子というフリーランスの天才外科医が、既存の権威主義的な医療界で痛快に活躍する物語だ。現在の日本の医療界では、大門未知子のようなフリーランス外科医は活躍しているのだろうか、また今後、増えるのだろうか。(多摩大学大学院教授、医師 真野俊樹)
「ドクターX」は再び大人気
現実に日本で活躍できるのか?
大門未知子は実在しうるが「極めて特殊な例になる」といえそうだ
シリーズ第4作となる、『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』の第1話が10月13日に放送され、平均視聴率20.4%(ビデオリサーチ調べ)をマークしたという。
「私、失敗しないので」「いたしません」などの名セリフで有名だが、果たしてドクターXは日本で活躍できるのであろうか?
「失敗しないこと」を担保するには、高度な技術がいるし、「断る」ことができるのには組織やチームに属していないことが条件(属していてもやめることが容易)になる。
番組は、相変わらずの人気であるが、最近、大門未知子ばりのフリーランス医師という言葉を聞くようになった方も多いと思う。
医局の人事権崩壊で
フリーランス医師が増加
フリーランス――。保守的な業界や医療界の場合、あまりいい響きではないのかもしれない。定職を持たない、常勤の勤務先がない、というイメージがあるからだ。しかし一方、高度専門職の場合には、フリーランスはマイナスばかりではない。自らの高度な技量を、市場原理に則った価格で販売し、対価を得る。さらに、会社の「社畜」にならず自由も獲得する。
大門未知子のドラマに人気が出るのは、自由と金の両方を獲得している爽快さ、にあると思う。実際、高度専門職である医師にもフリーランス医師が増加してきた。
山崎豊子の名作「白い巨塔」に描かれたように、医療界には大学病院の教授を頂点とするヒエラルキーのある組織、「医局」が存在した。教授は医師の人事権を握っていたために、医局の存在が極めて大きく、フリーランス医師は存在しにくかった。
ところが、2004年4月に医師の研修制度が変更となり、研修先の病院は研修医が自ら選べるようになるなど、医局の人事権が崩壊したために、現在はフリーランス医師が生まれやすくなっている。
しかし、学会などの重鎮の医師の間では、今なお「フリーランス医師はけしからん」といった発言が相次ぐ。
今後、大門未知子のようなフリーランス医師は増えるのであろうか。そして、その「医療の質」は大丈夫なのであろうか?
現在のフリーランス医師をみれば
大きく3種類に分類できる
フリーランス医師と言ってもさまざまだが、現在、日本で活躍している人をみれば、大きく3種類に分類できる。
1つ目は医療技術の専門性があまり高くない人。主に健康診断など技術よりコミュニケーション重視の医療に従事しているパターン。
2つ目は、定型的だが、質が求められる技術をうまくこなす人。内視鏡や麻酔、お産などが典型的だ。
3つ目は「神の手」(god hand)などともいわれる名医。難度が高かったり、特殊な手術をこなす医師である。大門未知子はこの3に当てはまる。
1つ目の類型については、健診は日本が世界に誇りうる制度であるし、医師の働き方の多様性という意味もあり、今回は触れない。
3つ目の類型も、そんなに数が多いわけではないし、多くは米国などの海外でのトレーニングに基づいたり、海外での勤務の傍ら日本で手術を行ったりする医師なので数が多くない。だが、高度な技術には高い需要があるので、大門未知子ばりの技術を持つスーパードクターならば、日本でも活躍できるだろう。
日本の医療において重要なのは、数が少なくない2番目の類型である。特に麻酔科や産科に多いという。現実的に「フリーランス医師は日本で活躍できるかどうか」という問題を考える場合、この類型が重要になる。
微妙なフリーランス医師の立場
本来は米国型医療の一つ
日本の医療制度は、後述する米国とは異なり、多くの医師への報酬が保険者から直接支払う仕組みにはなっていない。勤務医は病院からの給与である。開業医の場合は、勤務医とは異なり経営責任を伴うが、直接保険者から支払われる。この場合、基本は出来高払いなので、行った医療行為に対して支払われる公定価格になっている。
日本におけるフリーランス医師は、この中間ともいえる存在で、病院勤務をしておらず、独立した存在ではあるが、病院から支払いを受ける形になる。
フリーランスは、大学や病院といった組織から離れ、あくまでも手術の腕といった「技術」で勝負する。技術で勝負する医療の中心地は米国であり、フリーランス医師は米国型医療の一つの形と言えよう。
ここで、米国医療の様子をフリーランス医師の視点から見てみよう。
米国とは異なる実情
公的保険下では活躍しにくい
米国では、純粋な勤務医といわれる医師(ホスピタリストといわれる)が少なく、日本でいう勤務医の数は少なく、大半が独立した医師である。これは診療報酬体系の違いによる。つまり米国では、医師はDr Fee(独立請求権)という形で、保険者から直接、診療報酬の支払いを受けることができる。言い換えれば、米国のほとんどの医師はフリーランス医師であるということになる。
ただ、実情は必ずしも幸せではないようだ。
というのも、独立しているがゆえに、報酬の交渉はすべて自分で行わねばならない。日本のように、公定の診療報酬の8割とか場合によっては10割を、病院からもらうというわけにはいかない。
例えば、米国で公的な保険制度である高齢者医療保険(メディケア)の場合、支払われるDrFeeは公定価格であり、あまり高くはない(正確には、日本よりは高いが、独立した開業医として組織を運営するには必ずしも十分ではない)。
また、民間医療保険の場合には、自分のレベルの高さを個別に保険会社と交渉しなければならないので、非常に大変であり、そのために米国の医師は急速にグループ化した。
また、シンガポールや英国といった国でも、国の制度を離れた自費診療や民間医療保険下で、米国的に病院と契約するというフリーランス医師は存在するが、公的な保険制度下でのフリーランス医師はあまり聞いたことがない(米国は公的皆医療保険制度ではない)。
フリーランスの問題点
「チーム医療」への対応など
「米国と日本は違うのではないか」という意見もあろうが、それ以外にもフリーランス医師ならではの問題がある。
一つは、チーム医療が難しい点である。病院の指揮命令系統にはない業務委託であるとすれば、病院に雇用されている看護師などとのチーム医療は成立しにくい。
実は、米国でもこの点は問題視されており、「メイヨークリニック」などの世界的に有名病院では、「病院の理念に医師も共鳴すべきだ」という考え方のもとに医師を雇用している。
もう一つは、紹介される医師の「医療技術の質」をどう担保するのか、という点である。公的な保険制度がない米国では、お金の支払元である保険者(保険会社等)が医師を評価して、医師に支払う値段を決定する。
筆者は、お金次第で医療が変わってしまうこのやり方には必ずしも賛成するものではないが、フリーランス医師がまったく第三者の評価を受けないのも問題ではないかと思う。特に問題になるのは、現在、特に高度な医療で重視されているチーム医療の一員になれるかどうか、つまり「人物評価」の点である。
かつては、医局という大学病院を中心にした仕組みが、人物評価も含めて行っていた。ただ、あまりに俗人的であり不透明であった。しかも、現在は先述した通り、医局の人事権は著しくは低下している。
医師を仲介する人材紹介会社が
フリーランス医師紹介に意欲
さて、ドラマの大門未知子には、仕事をとってくるマネージャーがついている。民間企業の会社員の転職でも、人材紹介会社を使うケースはよくあるはずだ。
実は医師や看護師、薬剤師などの医療業界にも同じような紹介会社があり、医局の崩壊に伴う市場の拡大とともに参入が増加している。
医師の紹介会社は給与の20〜30%の紹介料をもらっている。医療関連が通常の紹介会社と違う点は、フリーランスの医師の紹介でも紹介料は結構な金額になるために、常勤の部長職などを紹介するだけではなく、フリーランスの医師を紹介する場合も多い。特に、先述した類型1や2のフリーランス医師の紹介に、紹介会社も目をつけている。
医師の紹介会社は、単価が高いこともあり、急速に市場を拡大している。このため、M&Aも盛んだ。例えば、大阪で麻酔科医の専門紹介サイトとして有名であった、医師が起業した「アネステーション」は、上場企業であるエムスリーに2016年8月13日に買収された。
筆者は、医療においても他業種と同様に紹介会社の存在は必要だと考えているが、米国のように第三者が医師を評価する仕組みがない以上、特に常勤医や第2の類型のフリーランス医師を紹介する場合には、医師の技術の評価し担保もした上での紹介を行うべきではないかと考えている。
筆者は一時期、民間企業に就職していたこともあり、紹介会社を経由して医師ではなく、あくまでも「会社員」としての転職も経験した。その折には、人物の評価も含めかなり詳細に調査されたことを記憶している。
逆に言えば、医師専門の紹介会社が医師を他の病院に紹介する場合には、「内視鏡が上手い」「麻酔の専門医である」といったスペックがわかりやすいために、チーム医療への参画も含め、人物評価が曖昧になりがちである。
大門未知子は実在しうるが
極めて特殊な例になる
私も医師であるので、1人の医師として考えた場合には、フリーランス医師は魅力的である。業務が明確であり、それに対する最大限のパフォーマンスが要求され、それをこなしていくという、まさに、古くはブラックジャック、近年では大門未知子を例とする医師の理想の一つだろう。
しかし、国民皆保険制度があり、財政上厳しくなっているという大きな流れでとらえた場合、フリーランスでの医師の存在は、自由診療の分野か、大門未知子のような第3類型の一部を除けば、難しくなっていくかもしれない。
結論は、大門未知子は実在しうるが「極めて特殊な例になる」である。“絶滅危惧種”であるフリーランス医師を増やすのであれば、医師紹介会社をはじめ、さまざまな雇用環境の変化が、一つのカギと考える今日この頃である。
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