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同一労働同一賃金が導入されれば、今の正社員の地位は危うくなる?(写真:kou/PIXTA)
「同一労働同一賃金」、本当の狙いは何なのか 実は非正規処遇の改善のさらにその先にある
http://toyokeizai.net/articles/-/152928
2017年01月13日 山田 久 :日本総合研究所 チーフエコノミスト 東洋経済
安倍晋三政権は「働き方改革」を最重要課題に位置付け、「同一労働同一賃金」の実現を目玉政策に掲げている。2016年12月20日には政府によってガイドライン(指針)案が示された。今後、それを基に法制化が行われるとともに、関係者の意見や国会審議を踏まえて、ガイドラインも最終的に確定するとしている。
そもそも現政権が同一労働同一賃金を掲げたのはなぜか。字面通りには、社会問題化されてきた正社員と非正規社員の二重構造にメスを入れ、非正規の労働者の処遇改善を行うためだ。もっとも、このわかりづらい用語がスポットライトを浴びることになった政治的なタイミングもまた、見落とせない。首相が同一労働同一賃金の実現への取り組みを表明したのは2016年1月の施政方針演説だった。
アベノミクスが失速のリスクに晒され、2015年秋に「一億総活躍社会」というスローガンを打ち出して、仕切り直しを図った流れを受けたものである。重点政策としてきた賃上げの成果が十分でない中、最低賃金引き上げとの両輪で取り組み、政権支持につながる経済好循環を後押しする狙いがあったといえるだろう。
■会社人の総合能力が評価されてきた
ここで同一労働同一賃金が政策課題になることは、とりも直さず、それがわが国では実現していないことを物語る。では、「同じ仕事をすれば同じ賃金を払うべき」という、ある意味で当然ともいえるルールが、日本で成立してこなかった理由は何か。
原因は日本の雇用システムの特異性に求めることができる。その基本は、仕事内容や勤務地を定めず、会社という運命共同体の一員になるというものだ。この場合、企業における従業員のランクを決めるのは、その時についている仕事よりも、企業特有の技能や社内人脈から構成される、いわば「会社人」としての総合能力だ。
このため賃金は仕事よりも「人」につく。一方、パートや契約社員はあくまで一時雇用が建前で、賃金は就いている仕事で決まる。この結果、そもそも正社員には、同一労働同一賃金が成り立たない。正規・非正規間では賃金の決め方自体が異なり、当然、処遇の均等が成り立つ術もない。
ちなみに欧州では、職種や地域ごとに使用者団体と労働組合が締結する労使協約によって賃金表が決められ、企業ごとにすべての「職務」が賃金等級に格付けされる。さらに労使協約は非組合員にも適用される仕組み。結果として、正規も非正規も同じ基準で、仕事に応じて賃金が決められるシステムになっており、同一労働同一賃金が成り立つ状況にある。
もっとも、欧州の現実をみる限り、必ずしも職務内容の同一性を問うことはない。合理的な説明がつかない格差は認めないという、不利益取り扱い禁止原則によって、柔軟な運営がされている。たとえば、勤続年数や学歴、職業資格による賃金格差は認められている。政府もそうした欧州の実態を参考に検証し、冒頭で触れたガイドライン案を示した。
内容をより具体的に追ってみよう。政府のガイドライン案では、いかなる待遇差が不合理か不合理でないか、具体例が示されている。一定の条件下では、非正規に対する「賞与」支払いや通勤手当・食事手当など「諸手当」の同一支給の必要性を示しており、一定程度、非正規の処遇改善が期待できるものだ。
これは裏を返せば、企業の人件費負担増を意味する。非正規処遇改善のための原資を、正社員の賃金の引き下げで捻出する動きが出てくる、といった懸念の声もある。だが、正社員の賃金引き下げは、不利益変更法理によって容易にできるものではない。
■基本給は同一でも、処遇差は是認?
今回の案は欧州と日本の労働慣行の違いを勘案し、どちらかといえば保守的な形の提示になっている。総じてみれば、正社員処遇への影響は、限られたものにとどまるだろう。賃金の大半を占める「基本給」については、能力に応じた同一支給の必要性を指摘しているものの、キャリアコースの違いやペナルティーを伴う負担の違いによって”処遇差を設けることは問題にならない”としており、大枠では現状是認のスタンスといえるからだ。
これでは非正規処遇改善の効果は十分とはいえない。あくまで今回を出発点と位置づけ、今後、一段の取り組みが必要といえよう。ただ、杓子定規に進めていくと、職務分離によって正規・非正規間で過度に仕事の区分が行われ、かえって非正規の低賃金を固定化させる恐れもある。よって、産業別や職種別に検討会を立ち上げ、より具体的なケースについて継続して議論を行い、可能な限り格差をなくしていくという方向で、労使が対話を重ねていかなければならない。
加えて重要なのは、これまで多くが不明瞭だった、非正規の評価や昇給の仕組みについて、正社員の制度と整合性をとりながら整備していくことだ。非正規の現状の賃金を引き上げるという静態的な視点だけでは不十分。非正規が正社員に転換できるルートを整備するなど、キャリア開発面での格差是正という動態的な視点も必要である。
もっとも、同一労働同一賃金のより深い意義は、実は非正規処遇の改善のさらにその先にある。なぜなら、現行の雇用システム自体の見直しが不可避な状況下、同一労働同一賃金こそ、再構築すべき雇用システムにおける、公平処遇の原理に位置づけられるべき原理だから。つまりその意義はむしろ、”正社員のあり方の見直し”につなげることにあるのだ。
日本が本格的な人口減少局面に突入する中、人手不足を補うために女性やシニアの活躍を促進するとともに、生活水準の維持・向上に必要な労働生産性の引き上げに向けて、低生産性産業から高生産性産業への人材移動を促すことは不可欠になる。それには、正社員の雇用維持を最優先し、非正規にとって十分なキャリア形成機会を得られず賃金も伸びない、現行の雇用システムのあり方を見直す必要がある。そのための方向性として、欧州型、とりわけ北欧型の雇用システムのエッセンスを導入することが有効である。
欧州の正社員は、職種を決めて企業に雇われるのが基本で、日本よりも転職や再就職をしやすい。キャリア形成は企業任せでなく、自ら主体的に行い、やりたい仕事や生活とのバランスを考えて、企業を移ることも例外ではない。ここで重要なのは、欧州においては、政府および労使が協力して実践的な職業能力資格を整備し、企業のニーズを十分に組み入れた高等職業教育制度が設けられていることである。
特に北欧では、労使が国家レベルで合意して非営利の支援組織を設け、企業をまたぐ形で労働移動をきめ細かくサポートする仕組みが整備されている。比較的活発に労働移動が行われ、正社員の欠員が生じて非正規を正規化できる余地が生まれ、非正規のキャリア形成にもつながっている。また欧州全体では、実践的で企業横断的な職業能力認定制度が整備され、非正規であっても能力形成の機会を得やすい。
■雇用の流動化、労働移動が進んでいく
企業間の雇用の流動性があり、非正規にも能力開発・キャリア形成の機会が与えられるので、欧州では不採算事業の撤退に伴う余剰人員の整理が比較的スムーズに行われる。生産性が高くかつ労働時間が短くて済み、男性の育児・家事参加が一般化して女性活躍は進んでいる。欧州における同一労働同一賃金とは、正規・非正規間のみならず、性別や年齢、国籍を問わず、多様な人材が公平に処遇されることで、様々な属性を持つ人々が能力を十二分に発揮できるための処遇の原理に位置づけられている。
以上のように、同一労働同一賃金への取り組みの真の意義は、それを契機に、雇用システムに欧州型の要素を取り入れ、雇用のあり方そのものを見直していくことだといえるだろう。わが国の正社員のあり方について、安心して転職・再就職できる環境を整えたうえで、欧州のように、職種を自ら選択できるようにしていく。
それは、生活とのバランスや個人のキャリア形成からすれば、滅私奉公的な日本型の正社員の働き方を見直し、欧州型の職種を選べる働き方に近づくことを意味する。異なる就業形態間の相互転換もスムーズになるだろう。つまり、同一労働同一賃金を、処遇のあり方にとどまらず、雇用のあり方全般を見直すきっかけとする。そうすることで、あらゆる属性の人々にとって仕事と生活を両立し、本物の働き方改革が展望できるのであり、そこまで視野に入れた取り組みが求められているのだ。
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