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グーグル囲碁AI対プロ、最終戦は人工知能が勝利(AP/アフロ)
半導体の素人がAIで製造した半導体が、熟練技術者より「優れた品質」という時代へ
http://biz-journal.jp/2017/01/post_17669.html
2017.01.09 文=湯之上隆/微細加工研究所所長 Business Journal
■AIと囲碁棋士の対決は「人間と人間」の戦いだった
囲碁では「向こう10年は人工知能(AI)が人間に勝つのは無理」といわれていたが、その予測を覆して、グーグルが開発したAI「アルファ碁」が世界トップの囲碁棋士に勝利した。そのAIには、深層学習と呼ばれる技術が活用されており、「とうとうコンピュータが人間を破った」と大きく報道された。
ところが、日立製作所・研究開発グループの矢野和男技師長は、こうした報道は誤解を与える表現であると論じた(『日立評論』<日立製作所/2016年4月号>より)。矢野技師長は、「アルファ碁と囲碁棋士との戦い」を「AIと人間が戦った」のではなく「人間が人間と戦った」という斬新な見方をした。
矢野技師長によれば、「一方の人間(囲碁棋士)は、自分の経験と学習によって力を高める従来のアプローチをとった人である。すなわち、自らの身体や知力で戦う道を選んだ人である」という。そして、「他方の人間は、過去のあらゆる棋譜のデータからコンピュータを使ってシステマティックに学び、さらに、そのコンピュータ同士を何千万局も戦わせて、その棋譜からも体系的に学ぶ方法を選んだ人である」と見たのだ。
つまり、いずれも人の選択であり、それゆえ、矢野氏は「人と人の勝負だった」という見方をしたのである。そして、結果的に後者の選択をした人が勝った。これは、「未知の問題に(深層学習という)コンピュータを使った対処法を体系的に構築することが効果を上げた」からであると論じている。
■AIの本質とは何か
矢野技師長は、「ビジネスでも同じことが起きつつある」と述べ、これを「機械(コンピュータ)と人間との勝負」と見ると、本質を見誤ると指摘している。その本質とは、「この碁のプログラムの開発者チームの中に、碁がプロ級に強い人はいないという事実である」ことに集約される。
つまり、ビジネスにおいて、従来のコンピュータやAIを利用するには、その対象となる分野の専門的知識が必要不可欠だった。ところが、深層学習という機能を備えたAIを利用すれば、その分野の専門知識はさほど必要ない。囲碁でいえば、そのルールさえわかっていればよく、「囲碁が強いかどうか」は関係ないということである。
このロジックは、さまざまな技術、産業に適用できると推測される。それでは、私が専門としている半導体についてはどうか。半導体の技術に精通しているかどうかに関係なく、深層学習機能を備えたAIが半導体のプロセス開発を行い、AIが生産性や歩留りを向上させ、AIが半導体を製造するようになるのだろうか。
■半導体製造にもAIが侵入してくる
半導体製造の世界にも、センサー、ビッグデータ、IoT、そしてAIの技術がじわじわと侵入してくることはある程度、予想していた。
量産工場に数百台ある製造装置の1台1台に、多種多様なセンサー設置され、そのセンサーが検出する情報を基に、装置が自分で自分の故障診断をし始めるだろう。軽微なトラブルなら自分で自分を修復するようになるかもしれない。
そして量産工場にある数百台すべての製造装置のこのような情報がビッグデータとして収集され、深層学習機能を持ったAIが、生産性や歩留り向上を自動で行うようになるだろう。また、装置の保守点検を自動で行い、深刻なトラブルを未然に防ぐようになるかもしれない。
当初私はここまでは予測していた。しかし、元東京エレクトロンで現在Tech Trend Analysis代表の有門経敏氏から、「深層学習機能を持ったAIが、プロセスフローを構築し、半導体を製造するようになるのではないか」という予測を聞かされた時は、「それは無理だ」と思った。その理由は、プロセスフローの構築が高度な擦り合せ技術であるからである。
半導体メーカーでプロセス開発に関わっている方々も、恐らく私と同じように、「それは無理だ」と思うことだろう。しかし結果的に、矢野技師長の論文を読んで私は宗旨替えをした。今では、必ずやAIが半導体製造をする時代がくるだろうと確信している。
以下ではまず、最初は「無理だ」と思った理由を説明しよう。
■導体のプロセス開発の難しさ
半導体の製造は、設計、プロセス開発、量産に分かれている(図1)。プロセス開発では、設計結果を基にして、シリコンウエハ上にトランジスタや配線からなる3次元の構造物(チップ)を製造するための工程フローを構築する。工程フローは500〜1000ステップに及ぶ。そして、この工程フローを構築する技術を「インテグレーション技術」と呼ぶ。
インテグレーション技術がいかに難しいかを示すために、500工程からなるDRAMの歩留りYを数式で書き表してみたい。1枚の300mmウエハ上には1000個のDRAMチップが同時につくり込まれるとしよう。
まず、500工程中のn番目の工程歩留りYnは、0〜1の間の値を取る。完全に最適化された工程歩留りは1、最悪な工程歩留りは0となる。最終的なDRAMの歩留Yは、すべての工程歩留りの積になる。
・Y = Y1×Y2×…Y500 (Yn = 0〜1、n=1〜500) …(1)
式(1)から、一工程でも歩留りゼロの工程があれば、DRAMの歩留りYはゼロとなる。つまり、300mm ウエハの上の1000個のDRAMはひとつも動作せず、良品数はゼロとなる。
たとえば、熱処理の工程で、温度をほんの少し(数十℃)間違えただけで、その工程の工程歩留りはゼロになり、DRAMは1個も動作せず、歩留りYはゼロになるということである。
さらに厄介なのは、工程歩留まりが工程ごとに独立しているとは限らず、工程間に相互作用があるということである。すなわち、工程歩留りYnは、Y1、Y2、…Ynの関数fになっているのである。
・Yn = fn(Y1,Y2,…,Yn) 、fn=0〜1、n=1〜500 …(2)
すると、(1)と(2)から、DRAMの歩留まりYは、次のように書き表されることになる。
・Y =Y1×Y2×…Y500 = f1(Y1)×f2(Y1,Y2)×…×f500(Y1,Y2,…,Y500) …(3)
このように、工程間に相互作用があるため、プロセスフローの構築には、極めて高度な擦り合わせが必要になる。その上、このような工程間の相互作用は、微細化が進んだり、新材料や新構造を用いた場合に、思いもよらぬ工程で顕在化する。それゆえ、このようなプロセスフローの構築を、AIができるようになるとは思えなかったわけである。
■インテグレーション技術者はタレント
プロセスフローの構築ができるようになるには、つまりインテグレーション技術者になるには、半導体集積回路の構造とその動作、微細加工技術など十数種類ある要素技術、生産性や歩留り向上のための技術など、非常に幅広い分野の理解が不可欠である。その素質がある者が10年以上の経験を積む必要があるといわれるほどだ。ちなみに私は、技術者時代は単なる微細加工屋で、結局インテグレーション技術者にはなれなかった。
優れたインテグレーション技術者とは、いうなればタレントである。このようなことからも、AIが代替することは、まず不可能だろうと思っていたのである。
しかし矢野技師長の論文を読んで、過去のデータ、半導体製造の場合は過去に開発され製造された半導体集積回路とそのプロセスフロー、その開発や製造の際に起きた欠陥や不良をAIが片っ端から学ぶことができれば、そのAIが新しい半導体集積回路のプロセスフローを構築し、突如発生した欠陥や不良を見つけ出して解決案を自ら見出すことも、可能になると思い始めたのだ。
ここで重要なのは、矢野技師長も論文で指摘しているが、データである。どれだけたくさん過去のデータを学ぶことができるか、どれだけ開発や量産工場のデータを収集し学ぶことができるか、このデータの量に、AIに半導体製造が可能か否かが左右されるだろう。
■AIに適応する者が生き残る
「向こう10年は人間に勝つのは無理」といわれていた囲碁で、グーグルの「アルファ碁」が世界一の囲碁棋士に勝利した。何度もいうが、この本質は、「この碁のプログラムの開発者チームには、碁がプロ級に強い人はいないという事実である」ということだった。
これを半導体の世界に当てはめてみると、次のようなことになる。
半導体材料の専門知識のない者が、AIを使って半導体材料を開発することができるようになる、ということである。半導体製造装置の専門知識のない者が、 AIを使って半導体製造装置を開発できるようになる、ということである。半導体プロセスの専門知識のない者が、 AIを使って半導体プロセスを開発できるようになる、ということである。さらに、トランジスタの動作原理しか知らない者が、 AIを使って半導体製造の工程フローを構築できるようになる、ということである。
そして、「アルファ碁」の例から推測するならば、素人が AIを使って開発した半導体材料、半導体製造装置、半導体プロセス、半導体製造の工程フローが、熟練の技術者が開発した技術を上回ってしまうということである。つまり、未来の半導体の技術開発では、「いかにAIを使うか」ということが、優勝劣敗を決めることになる。このとき、「AIに、半導体材料、半導体製造装置、半導体プロセス、半導体製造の工程フローの開発ができるはずがない」という古いパラダイムに支配されている企業は淘汰される。
いつの時代も「パラダイムは変わる」ことが普遍の真理であり、生き残るのは、強い者でもなく、賢い者でもなく、適応する者であるからだ。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
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