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山崎元のマルチスコープ
2016年12月28日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
本気で「非正規」をなくし、同一労働同一賃金を実現する方法
読みにくく、分かりにくい
同一労働同一賃金ガイドライン
政府は「同一労働同一賃金ガイドライン(案)」(12月20日付)を発表した。働き方改革の大きな柱として、特に非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の総合的な待遇改善を目指したものと受け取ることができる。
同じような能力・経験・成果を上げた労働者は、給与・賞与はもちろん、各種の手当等についても平等に処遇されなければならないという基本的な考え方の下に、「問題とならない事例」、「問題となる事例」を例示している。
意欲的な試みといえるが、その目指すところが達成されるかどうか、さらに、どのような影響が出るのかについては、予断を許さない。
企業の側で抜け道を作る方法がいくらでもありそうなので形骸化するかもしれないし、あるいは、「不利益を被った」という訴訟が多発して「平等化」が急速に進んだ場合には企業の負担が予想外に大きなものになる可能性がある。そして、企業は負担を感じた場合、当然これに対して適合的な経済行動を取るので、その結果が、政府の意図通りのものになるとは限らない。
ところで、このガイドラインは文書として読みにくいし、分かりにくい。
たとえば、前文には、「このような正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取り組みを通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から『非正規』という言葉を一掃することを目指すものである。」という一項目があるが、この文章は、そもそも「非正規」という働き方をなくそうとしているのか、現在よりもましな条件で温存しようとしているのかが分かりにくい。
冷静に見直すと、「非正規」の雇用形態で働いても納得できる処遇を得ることで、「多様な働き方」の一つとして各種の非正規雇用労働が残るので、非正規雇用労働者はむしろ増えるのかもしれない。「『非正規』という言葉を一掃することを目指す」という言葉の勢いとは異なる結果がもたらされそうだ。
経営者が経済合理的に判断すれば
正社員の処遇を下げるしかない
ガイドラインの考え方が今後法令化された場合の影響を考えるには、「問題となる例」として取り上げられている項目が重要だろう。
例えば、「基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているE社において、無期雇用フルタイム労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの職業経験を有することを理由として、Xに対して、Yよりも多額の支給をしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。」という事例が挙げられている。
「これまでの職業経験」と「現在の業務」の関連性に関する解釈は微妙だが、例えば出版社の雑誌編集部のような職場で、記者の仕事をしている正社員のXさんはそれまで単行本の編集や営業などの仕事をしており、有期契約で編集部にいてやはり記者の仕事をするライターYさんよりも、記者としての能力・経験が劣りつつも、Xさんの年収はYさんよりも遙かに多い、といった事例は、世の中にたくさんありそうだ。
こうした場合に、Yさんが「正社員Xさんとの処遇差は不当であるし、むしろ自分の方こそが高く処遇されるべきだ」と主張して訴え出て、労働基準監督署あるいは裁判所がこれを認めるという事例が一般的になった時に何が起こるだろうか。
成果と報酬の点に出版社が経済合理的に反応するなら、正社員Xさんの処遇を下げることだろう。政府がいくら、正社員の待遇を下げることで辻褄合わせをしてはならないと言っても、経営努力としてはXさんの処遇を下げる方法を探すのが普通だろう。
出版社が、政府の意に沿って、契約ライターの処遇を正社員並みにするとした場合、多くの雑誌がほどなく廃刊されるかもしれない。この場合、まずはYさんが職を失うことになる。
次の対応として考えられるのは、ライターに対して個人事業主として、あるいはライターの会社と出版社が業務を発注し・請け負う契約を結ぶことだが、社会保険や健康管理の面などで、ライターの労働条件が悪化してしまいかねない。有期契約であっても、社員として雇用される方が労働条件は有利かつ安全で好ましい。
正規・非正規の処遇差をなくすには
正社員を雇う負担を軽減すること
正社員と非正規労働者との差を解消しようとするなら、現在の非正規労働者の多くを無期契約の正社員として雇い入れることができるようにするべきだろう。
企業にとっては、正社員をいったん雇うと、解雇が困難で、長期にわたって雇い続けて人件費を払わなければならいことの負担が問題だ。将来、自社の製品・サービスに対する需要が縮小した場合でも、正社員の人件費は簡単には削ることができないので、正社員の雇用に対して消極的になる。
「非正規」を減らすためには、正社員を増やす必要があり、そのためには企業が正社員を雇う負担を軽減する必要があり、さらにそのためには正社員の「流動性」を高める必要がある。
第一に必要なのは、ルール化された金銭補償で正社員を解雇することを可能にする「解雇の金銭解決ルール」制定だろう。
企業の側では予測可能なコストで解雇できるので、需要の変動にも、また採用の失敗の可能性に対しても、これまでよりも積極的にリスクを取って、正社員を雇うことができるようになる。
また、特に中小企業では、事実上社長の一言でクビになって、泣き寝入りせざるを得なかったようなケースが少なくないが、解雇の際の補償が明確にルール化されると、社員が個々に交渉することなく、補償を手にすることができるようになる。
また、第二に、職探しも人材採用も容易になるように、転職市場の成長・拡大を促すべきだろう。人材情報へのアクセスを容易にしたり、転職への支援を拡大したり、といった人材マッチングの支援の他に、企業年金や退職金などで転職者や短期勤務者が不利益を被ることがなくなるように、制度的な歪みや不備をなくしていくことが重要だ。
市場で転職が行われやすくなると、不利な条件で働くよりも転職して待遇を改善しようとする行動が起こりやすくなるので、「同一労働同一賃金」の実現を後押しする経済的なインセンティブにもなり得る。
個人の処遇は労使の個別交渉で
ルールで縛ると柔軟性を欠く
ところで、個人の処遇は、企業と社員が、個別の交渉で決めていいのではないだろうか。業績・成果・経験・能力・人材の将来的な可能性・人材の確保など、企業側が社員の報酬を決める際に考慮したい要素は多数ある。ガイドラインにあるように、同じ業績・成果に対しては同じ処遇でなければならないことをルールで縛ると、柔軟な契約がしにくくなって、企業も社員も不利益を受ける可能性がある。
企業と社員が個別に報酬を決定する際に、企業は社員に対して納得的な基準を提示する必要が生じるが、この場合に、一番分かりやすいのが「同一労働同一賃金」的な考え方をベースとすることだ。
正社員(ガイドラインでは「無期雇用フルタイム労働者」)と非正規労働者の処遇を近づけることよりも、理想を言うなら、全労働者を一定の補償の下に解雇ができる現在よりも流動的な「正社員」として一律に扱うようにできれば、雇用形態の違いによる差を気にする必要がなくなる。
また、全ての正社員の雇用と報酬が柔軟に調整できるようになると、企業にとっても、社員にとっても、よりフェアで効率的な仕事の進め方が可能になるだろう。例えば、高齢でも仕事ができる人が、能力と意思に応じて働くことができるようになれば、政府が目指す高齢者の労働参加が容易になるし、「年齢による差別」である「定年」という制度も自然に廃止できるようになるだろう。
http://diamond.jp/articles/-/112833
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