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前向きに読み解く経済の裏側
金融庁の「銀行は担保より借り手の事業性を見ろ」は危険
2016/12/26
塚崎公義 (久留米大学商学部教授)
金融庁は10月に発表した金融行政方針の中で、銀行に対し、担保や保証がなくても事業に将来性がある先、信用力は高くないが地域に無くてはならない先、などに積極的に融資するように促しました。これに対しては、銀行業界に戸惑いの声も大きいようです。
「信用力は高くないが地域になくてはならない先」に対しては、地方自治体が保証をするのが筋であって、保証なしに銀行が貸し出すのは営利企業のすることではありません。従って、本稿では今ひとつの事業性について考えて見ましょう。
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事業性の判断が出来る銀行員は極めて少数
駅前商店街の魚屋に融資する際、魚屋の地元での評判が良かったとしても、安心できません。主人が病気になって廃業する、周辺人口が減少する、近所に大型スーパーが建つ、といったリスクがあるからです。
技術力のある大企業の下請けでも安心はできません。大企業自体が傾く可能性もありますし、海外に工場を移転して下請けを切る場合もあり得るからです。
シャープが外資に身売りし、パナソニックプラズマディスプレイ(パナソニックの子会社)が特別清算する時代です。銀行員にいくら目利きの能力があったとしても、担保を採らずに中小企業に融資をすることは、余程の天才でなければ困難だと言えるでしょう。
目利き能力のない銀行員に無理やり目利きをさせれば、判断を誤って大量の不良債権を発生させかねません。理想を追い求めすぎると怪我をするのです。それだけではありません。本当に怖いのは、後述のように、「危険な借り手しか借りに来ない」という状況に陥りかねない事なのです。
銀行は担保と保証に頼ったビジネスをしていれば良いのです。担保はないけれども事業性はあるベンチャー企業は、ベンチャーキャピタル等の投資家に任せれば良いのです。ベンチャーキャピタルを支援する事こそ、金融庁に求められていることなのです。
本当に怖いのは、危ない借り手しか借りに来ないこと
仮に、「担保や保証は不要で、借り手の事業の将来性を見て融資します」という銀行が設立されたとします。しかし実際には行員の目利き能力は低いため、事業性の判断はできないとしましょう。仕方がないので新銀行は、「すべての借り手に融資すれば、借り手の倒産確率は5%程度だろう」と考えて金利を5%に設定するとします。
世の中には、「確実に7%儲かる堅実な会社で、しかも担保がある会社」が多数ありますが、そうした会社は旧来型の銀行に担保を提供して5%より安い金利で借りてしまいますから、新銀行には見向きもしません。そこで、そうした会社の話は忘れることにしましょう。本当は、一番借りて欲しい会社なのですが……。
世の中には、「確実に7%儲かる堅実な会社、ただし担保なし」と、「100借りれば、確率5割で150か80になる」ようなハイリスク・ハイリターンな会社が同じ数だけ存在しているとしましょう。しかし、そのことは銀行は知りません。
金利が5%ですから、両方のタイプの会社が銀行から融資を受けます。堅実な会社は、金利を支払います。ハイリスク・ハイリターンの会社も、半分は金利を支払います。つまり、全体の4分の3の会社は、銀行に5%の金利を支払うわけです。しかし、残りの半分(つまり全体の4分の1)の会社は、金利も払わず、80しか返済しませんから、銀行に20の損失を与えます。結局、銀行は赤字になってしまいます。
そこで銀行は、金利を10%に引き上げます。すると、堅実な会社は借りに来なくなり、ハイリスク・ハイリターンの会社だけが借りに来ます。借り手の半分は10%の金利を払いますが、残りの半分は銀行に20の損失を与えますから、銀行の赤字はむしろ膨らんでしまいます。
もしかすると、最悪の場合には、銀行が事業の将来性を評価できないことを知った詐欺集団が、事業性のありそうなプレゼンテーション資料を用いて銀行から融資を引き出し、計画倒産する可能性さえも否定出来ないことになります。
何が問題かと言えば、最も借りて欲しい会社(堅実で担保もある借り手)は最初から借りに来ず、次に借りてほしい会社(堅実だが担保のない借り手)も途中から借りに来なくなり、ハイリスク・ハイリターンな借り手(及び詐欺師)だけが最後まで借りに来る、という「逆選択」が起きることです。来て欲しい客は来ず、来てほしくない客だけ来る、というわけですね。
借り手をハイリスク・ハイリターンに誘導してしまう可能性も
さらに悪いことが起きる可能性もあります。今まで堅実な商売をしていた企業が、ハイリスク・ハイリターンな企業に変身してしまいかねないのです。ハイリスク・ハイリターンな企業にとって銀行借入は、「勝てば自分の儲け、負ければ銀行の損(自分の損は資本金だけ)」というギャンブルになり得るからです。
多くの銀行が金融庁の指導に従った結果として、多くの企業がハイリスク・ハイリターンなビジネスを始め、失敗した場合の損失を銀行に押し付けるとすれば、銀行業界の将来は真っ暗かもしれません。
目利き能力のない人に、目利きの得意な人と同じ仕事を要求するのは、怪我のもとです。銀行員は、目利き以外の分野では、総じて優秀ですが、目利きの能力は決して高くありません。それは、そうした訓練をほとんど受けていないからです。
「高度成長期には、創業間もないソニーやホンダの事業性を見極めて融資をした立派な銀行員がいたのに、今はいないのか」と嘆く人がいるかもしれませんが、それは違います。当時も今も、目利きの得意な少数の銀行員と、目利きの苦手な多数の銀行員がいます。
当時は、目利きの得意な銀行員がソニーなどに融資し、それ以外の銀行員は担保と保障に頼った融資をしていました。今もそうです。それを、「目利きが得意でない銀行員も、担保に頼らず目利きをしろ」と言うのは、「高度成長期の銀行を見習え」ということとは全く異なるのです。
世の中には、様々な仕事があるのですから、適材適所を目指しましょう。銀行員に適した仕事は、他にいくらもあるのですから。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8531
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