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働き方改革が目指す「同一労働同一賃金」はなぜ実現しないのか
http://diamond.jp/articles/-/112527
2016年12月26日 八代尚宏 [昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現在ビジネス研究所長] ダイヤモンド・オンライン
働き方改革のコアとなる「同一労働同一賃金」のガイドラインが公表された。この目的は「非正社員の待遇改善を実現する方向性を示す」とされているが、いかにして正社員との賃金格差を欧州諸国並みに是正するかという、具体的なプロセスは示されていない。
報告書では、(1)正社員と非正社員の賃金決定基準の明確化、(2)個人の職務や能力等と賃金との関係の明確化、(3)能力開発機械の均等化による生産性向上、等があげられている。いずれも当然の原則だが、仮にそれらが実現したとして、どのような道筋で賃金格差が是正されるのか。企業に対して明確化を求める割には、政府の意図は明確ではない。
このガイドラインの本来の目的を実現するためには、書かれている内容よりも、書かれていないことの方に大事なポイントがある。
競争的な労働市場では、賃金の低い企業から高い企業へと労働者が移動することで、賃金格差は自然に解消される。同一労働同一賃金が実現しないのは、そうした労働移動を妨げる障壁があるためで、それが何かを示し、取り除くための処方箋を描くのが、本来のガイドラインの役割である。
このカギとなるのが「雇用の流動化」である。しかし、この肝心の点が報告書ではほとんど触れられていない。これは、(1)賃金は正社員主体の労働組合と使用者との合意で決める、(2)労使協調をもたらす固定的な雇用慣行の堅持、(3)その範囲内で非正社員にできる範囲のことだけするという「労使自治の原則」が、暗黙の前提となっているためだ。
そもそも、過去の高い経済成長期に普及した「正社員中心の働き方」という成功体験へのチャレンジが、本来の働き方改革の核心ではなかったのか。日本の働き方は、特定の企業内での円満な労使関係にもとづいている。その反面、企業の保護の外にある非正社員との格差は大きい。労働者の高齢化が進む中で、定年退職後に1年契約で働く高齢者数は急速に増えており、非正社員比率が4割を超すのは時間の問題である。
■「雇用保障・年功賃金」を
どう見直すかがカギ
およそ病気の原因が分からなければ治療はできない。賃金格差の是正には、その要因についての共通理解が肝要である。日本の短時間労働者の時間当たり賃金はフルタイムの正社員の6割弱と、欧州主要国の8〜9割と比べて大きい。これは主として若年層で小さく中高年層で大きい、正社員の年功賃金カーブから生じている。この年功賃金を所与として、どうすれば非正社員との賃金格差を縮小できるのだろうか(参考・2016年2月5日付記事「『同一労働同一賃金』実現は、正社員にも無縁ではない」http://diamond.jp/articles/-/85778/?page=2)。
仮に勤続年数の等しい非正社員に正社員と同じ年功賃金を適用しても大きな意味はない。有期雇用の非正社員にとって、年功賃金のメリットが生じる前に雇用が中断され易いからである。
むしろ正社員の賃金が、例えば40歳台で特定の職種に特化した「ジョブ型」に転換し、フラットな形へと変わる選択肢を広げれば、元々、特定の職種に就くことを前提に雇用される非正社員との賃金差は縮小する。
報告書では定年制には触れていない。定年制とは、本来は熟練労働者である高年齢者を、一律に解雇するという制度である。なぜ企業はそんなことをするのかというと、企業への貢献度を上回る年功賃金が大きな負担となるからだ。特定の職種について社員の賃金と生産性が見合っているジョブ型であれば、労働力不足時代に何歳になっても辞めてもらう必要性は乏しい。これは年齢にかかわらず働き続けたい多くの社員にとっても大きなメリットとなる。
今回のガイドラインでは、過去の高い経済成長期に形成された「雇用保障・年功賃金」をどう見直すのかの基本的スタンスが曖昧なままである。これでは欧米の職種別労働市場を前提とした同一労働同一賃金の実現は極めて困難である。
■労使自治の原則を巡る
日米労働法の違い
日本の労働法には、最低賃金と労働時間以外の規制は原則としてなく、労使自治の原則に委ねられている。同一労働同一賃金の法制化は、この大原則への侵害との批判がある。
米国の労働法も労使自治に基づいているが、「差別の禁止」という、より大きな原則があることが違いである。解雇は原則自由だが、人種や性別を理由とした解雇は厳しく罰せられる。これに「年齢による差別」も加えられ、日本のような一定の年齢に達したことだけをもって解雇する定年退職制は明確な違反行為である。
最近、定年後再雇用されたトラック運転手が、定年前と全く同一の仕事にもかかわらず、賃金が大幅減になったことを不当として訴えた。これは社会常識に反した訴えと受け止められたが、米国なら同一労働同一賃金の論理どおりの要求と言える。
この本来の争点は、トラック運転手という典型的なジョブ型の職務にまで年功賃金を機械的に適用したことにある。熟練労働者を企業内に閉じ込めるための仕組みによって、定年による解雇が必要となるという矛盾が生じる。仮に、40歳頃からのフラット賃金であれば、会社も不足しているトラック運転手の賃金を下げる必然性はなくなる。
報告書の「個人の職務や能力等と賃金との明確化」とは、こうしたジョブ型の働き方への移行という意味であろうが、それを明確化しなければ、ガイドラインの役割を果たせない。また、企業に要求するだけでなく、労働力が長期的に減少する今後の社会で、定年制という「年齢差別」を、いつまでも放置している政府の責任が問われるべきであろう。
■低成長時代には見合わない
年功昇進という過剰な制度
ガイドラインでは、非正社員の業績・成果が正社員と等しければ同一賃金とされる。しかし、それには「特定の仕事に賃金が結び付く」職務給が大きな前提となる。現行の「特定の人に仕事をつける」年功昇進の仕組みのままでは無理である。もはや年功給が賃金の大きな割合を占めている企業は少ないであろうが、賃金の高いポストへの年功昇進に変化がなければ、年功的に決まる賃金の実態は変わらない。
正社員と非正社員の間だけでなく、大企業と中小企業、男性社員と女性社員等の賃金格差の主因も、年功賃金カーブの差から生じている。この年功賃金の根拠として、労働者の生活費が年齢とともに高まることに見合った「生活給」という説明がある。しかし、これは労働者が「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」というもので、夢の世界の話である。
より合理的な年功賃金の説明としては、企業内訓練を極度に重視する日本企業では、大企業の男性正社員ほど、頻繁な配置転換を通じて、より賃金の高い高度な業務に就けられる機会が多いことがある。その場合、年功賃金カーブの差は、個人の労働生産性の差に対応することになり、同一労働同一賃金と必ずしも矛盾するものではない。日本的雇用慣行を擁護する論者は、こうした暗黙の前提に立っているものとみられる。
しかし、最近の日本経済における情報通信技術の発展等の下では、長期間にわたって企業内で形成された熟練が急速に陳腐化するリスクも大きい。企業内訓練は社員への投資であるが、現在の低成長期には過去の高成長期と比べた投資の収益率は平均的に低下している。これまでの社員の生涯を通じた企業内訓練は、現在では過剰投資の面も大きい。
企業内訓練を通じた労働生産性の上昇は、年齢が高まるほど個人間のばらつきも拡大する。過去の高い成長期に大企業を中心に普及した年功賃金は、今日の低成長期には社員間の生産性に見合わない賃金格差の主因となる。日本企業でも個人の仕事の概念を明確化して、これまで避けてきた人事評価に本格的に取り組む時期に来ている。
■正社員の賃金決定基準の明確化へ
求められる企業の説明責任
ガイドラインの柱のひとつに「正社員の賃金決定基準の明確化」がある。これを実現するために有効な手段として、企業内で類似の業務の社員間の賃金格差の説明を企業に対して義務付けることが、当初案では盛り込まれていた。この「働き方改革」の数少ない目玉が、最終的に落ちてしまったことは残念である。
これは企業にとって負担増となるという批判は近視眼的である。市場の需給関係で賃金が決まる非正社員に対して、企業内で決まる正社員の賃金決定の仕組みの合理化は、働き方の多様化が進むほど、その効率的な活用を図るために不可欠となる。
欧米企業は社員の人事評価に多くの時間とコストをかけているが、これは多様な人種・国籍の社員からの「差別されている」という訴えに対抗するためでもある。日本企業も、人事評価に欧米並みのコストをかけることは、公平性の観点だけでなく、長期的には能力主義人事への道を開くことで、企業自体にも大きなメリットがある。
今後の低成長期には、「黙って上司に従って働けば、長期的に損はない」という過去の経験が成り立たない。短期間内に、会社への貢献に見合った評価と処遇を求める部下を説得できるだけの高い仕事能力を管理職に求めれば、欧米型の「給与に応じて働く」仕組みに近づくことになる。
今後、増え続ける中高年社員と減る一方の管理職ポストとのギャップが大きくなる下で、人事部による一方的な割当方式では、社員の不満を高めるだけである。管理職に昇進することが社員にとってメリットだけでなく、大きな負担にもなることが明確になれば、自分の本来の職務に専念できるジョブ型社員へのニーズも増えるであろう。
企業の内部労働市場にも、管理職ポストの需給メカニズムを導入することが、本来の働き方改革の基本と言える。これは結果的に「非正社員という言葉をなくす」という安倍総理の思いに結び付くことにもなる。
(昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現在ビジネス研究所長 八代尚宏)
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