http://www.asyura2.com/16/hasan117/msg/112.html
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(回答先: 浜田宏一内閣官房参与は本当に「変節」したのか? 流布される「金融政策無効論」への反論(現代ビジネス) 投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 12 月 22 日 11:10:05)
物価の財政理論
『物価水準の財政理論』 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level)
anond.hatelabo.jp/20161116045208
2016/11/16 - 『物価水準の財政理論』というのはその名前がミスリードなもので、基本的には「まともな経済なら、現在の政府債務の実質価値は、将来にわたる…
[PDF]「物価水準の財政理論」の真意 - econ.keio.ac.jp
web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/c200303_2.pdf
本稿では、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」に関する議論を紹. 介する。この理論は、「物価変動は財政政策による現象である(通貨供給量は物価変動に影. 響を与えない)」というものである。特に、物価水準が政府の予算制約式(歳入= ...
政府の貨幣価値コミットメントと金融政策の限界 -金本位制から現代まで ...
www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/2003/report-172.html
ところで,人々の財政の将来に対する期待から生じる貨幣価値すなわち物価への圧力は、金融政策により緩和したり増幅したりする ...
一貫した理論的枠組みによって分析するには、FTPL (Fiscal theory of the price level:物価水準の財政理論)が有効である。
[PDF]注目される「物価水準の財政理論」 - みずほ総合研究所
www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/today/rt161114.pdf
2016/11/14 - C.A.Sims氏を中心とした「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level:FTPL)に代表されるように、. 物価水準に影響を与えるのは、金融政策以上に財政政策にあるとの考えが台頭し、財政政策の役割を再. 認識する見方が世界的な ...
[PDF]福井義高「FTPL(Fiscal Theory of the Price Level)の視点から見た国債 ...
www.carf.e.u-tokyo.ac.jp/research/zaisei/130208fukui.pdf
2013/02/08 - FTPL (Fiscal Theory of the Price Level). の視点から見た. 国債発行 ... The NNS model behaves like the flexible price RBC [Real. Business Cycle] model ..... 財政破綻が現実問題となった日米の状況下では、物価. 水準も利子率も中央 ...
[PDF]物価の変動メカニズムに関する2つの見方 - 日本銀行
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2002/data/ron0207a.pdf
貨幣的現象である」という命題でも知られている。これに対し、近年、「物価水準の財. 政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」と呼ばれる新しい理論が学界で議論され、. 注目を集めている1。この理論は、「インフレは貨幣的現象ではなく、財政的現象である」.
物価水準の財政理論
htn.to/sNj9y7
物価水準の財政理論(感想). 今井亮一. 2003年6月6日. 2003年6月9日(改訂). 最近話題の「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level、以下、FTPLと略)について、一言感想。 財政再建と財政支出のムダ告発の論客として知られる若手財政学者 ...
連続時間モデルにおけるFTPLの批判的検討
ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=en&type=pdf&id=ART0009853784
鑓田亨 著 - 2012 - 関連記事
流通速度Vと実質生産Tを一定とすれば、物価水準Pは貨幣供給Mに比例する。しかし、これ. だけではなぜ財政問題が通貨価値下落に通じるのか説明できない。FTPL(Fiscal Theory of the. Price Level:物価の財政理論)が注目を集めることになると予想される ...
物価水準の財政理論
(感想)
今井亮一
2003年6月6日
2003年6月9日(改訂)
最近話題の「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level、以下、FTPLと略)について、一言感想。
財政再建と財政支出のムダ告発の論客として知られる若手財政学者のD氏が、FTPLについて解説文を書いている。
その中で氏は、次のように言う。
@「名目公債発行額の増加分よりも、実質基礎的財政収支赤字の増加分が大きければ、政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)には、物価水準が下がらなければならない」
さらに氏は、次のように続ける。
A「1990年代に大量発行した国債は、いずれ現金償還の時期を迎える。その時にはインフレがピークを迎える」
これらを読んで、読者はどのような印象を抱くであろうか。
文字通り解釈すれば、基礎的収支を悪化させる政策、つまり公共投資の増額や減税が、デフレの原因であり、逆に国債を大量償還すればインフレになる、と取るのが正常な受け取り方であろう。
しかし、このような解釈はきわめて大きな誤解を招く。結論を先に言えば、D氏は、フローの政府予算制約式に密着してこのような結論を得ており、その限りでは「ほぼ」正しいが、本来、FTPLは、フローの政府予算制約式を和分ないし積分した、通時的予算制約式に基づいて解釈されなければならない。
というのは、D氏は「政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)」と言うが、政府が長期的に債務を果たすためには、通時的予算制約式が満たされなくてはならない。しかし、フローの政府予算制約式をいくら眺めていても、政府が債務を履行するかしないかはわからない。
通時的予算制約式に基づいて議論すれば、正しくは、
B実質的財政基礎収支の現在価値和の減少または政府債務の現在価値和の増加は今日の物価水準の上昇を招くが、前者の増加または後者の減少は今日の物価水準の低下を招く、
と言わなければならない。
早速、簡単なモデルで、以上のことを確認しよう。
まず、フローの政府予算制約式を書いてみる。
Bt+1-Bt=Gt+iBt-Tt (F)
ただしここで、Bは公債発行残高、Gは政府支出、Tは税収、iは名目利子率であり、添字のtはperiodを現わす。すべて貨幣表示、すなわち名目値である。
これを変形すると、
Tt-Gt=iBt-(Bt+1-Bt)
を得る。言葉で書けば
名目基礎的財政収支=名目公債費ー名目新規公債発行額
ここで、t期の物価水準をPtとする。実質政府支出をγ、実質税収をτと表すことにすると、
Tt-Gt=Pt(τt-γt)
であるから、次を得る。
Pt=[iBt-(Bt+1-Bt)]/(τt-γt) (P)
物価水準が正の値を取るためには、右辺の分子、分母は同じ符号を持たなければならない。それらが正の場合は、次のように言える。
今期の物価水準=[名目公債費−名目新規公債発行額]/[実質基礎的財政黒字]
もし、それらが負の場合には、次のようになる。
今期の物価水準=[名目新規公債発行額−名目公債費]/[実質基礎的財政赤字]
さてここで、名目公債費は前期の公債発行残高から自動的に決まるから、政府の操作可能変数ではない。そこで、この式の変化率を取ると、(だいたい)次のようになる。
今期のインフレ率=名目新規公債発行額の増加率−実質基礎的財政赤字の増加率
ここから直ちに、命題@が導かれるとD氏は主張する。@「名目公債発行額の増加分よりも、実質基礎的財政収支赤字の増加分が大きければ、政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)には、物価水準が下がらなければならない」と。
氏の主張は正しい。しかし、ここでは、政府が将来的に債務を履行するか否かは、何の役割も果たしていない。この式は、政府が長期的にsolventか否かにかかわりなく成り立つ。
次に、氏の命題Aを見てみる。今期は、前期の公債残高のうちΔBtを償還することにしよう。すると、式(P)は、次のように書き換えられる。
Pt=[iBt+ΔBt-(Bt+1-Bt)]/(τt-γt) (P')
ただしここで、D氏は、公債償還にあたって新規に公債を発行しない、と言っているから、分子の()内を(ΔBt+Bt+1-Bt)とする必要はないとしている。
ここから直ちに命題Aがしたがうように見える。分子が増え、分母は一定だから、今期の物価は上がる。
しかし、現在の日本は、基礎的財政赤字である。したがって、正しくは、こうなる。
Pt=[(Bt+1-Bt)-(iBt+ΔBt)]/(γt-τt) (P'')
すなわち、今期、まとめて公債を償還する場合、公債費が新規公債発行額を上回らない限り、今期物価の上昇ではなくて、低下が起こる。すなわち、氏の命題Aは成り立たない。償還額が大きすぎると、分母は正なのに、分子は負になってしまうから、そもそも、そういう解釈が成り立たなくなる。
D氏の文章を私が正しく解釈している限り、D氏の命題@は正しいが、命題Aは誤っていると結論付けられる。
ところで、D氏は、国債を大量償還する頃には、基礎的収支は黒字に転換していると仮定している可能性がある。すなわち、(P'')ではなく(P')が成り立つなら、氏の議論は正しい。
しかし、そもそも氏は、基礎的収支は赤字であるという日本の現状から議論を始めたのである。それなら、基礎的収支が赤字から黒字に転換するときに、物価水準に何が起こるかを説明しないと、議論は整合的とならない。
つまり、フローの政府予算制約式を操作して何か言おうとすることは、FTPLの使用法として、あまり適切でないと思われるのである。
(補筆、2003年6月9日) その後、D氏と直接議論をする機会を得た。
その結果、D氏は、国債を大量償還する頃には、基礎的収支は黒字に転換していると仮定していることがわかった。したがって、D氏の命題Aは正しい。
しかし、依然として、基礎収支が赤字から黒字に転換する場合の適切な物価決定式は、フローの政府予算制約式からは出てこない。
ところで、以上の議論では、公債の満期は一律に1年と決まっており、毎年借り替えてゆくことが暗黙のうちに仮定されている。
しかし、満期が一年以上の長期債が発行され、市場の国債の期間構造が複雑になっている場合には、単純に国債の発行増が物価水準を低下させることにはならない。
Cochrane (2001)は、長期債が流通している世界を考え、物価水準の長期債残高の分布による誘導型を導出している。
それによれば、長期債残高は、物価水準を長期的には上昇させるが、短期的には低下させる。
例えば、2010年に満期を迎える国債を、毎年追加発行する思考実験を考えよう。
すると、物価は、ベースラインに比べ、最初の年は下落し、2年目以降、上昇に転ずる。ピークは9年目であり、10年目に元の水準に戻る。
実際には、年々、逐次的に満期を迎える国債が発行されるのが普通であるから、新規の国債発行規模が十分に大きければ、物価水準が年々低下するということも起こり得る。
つまり、逆説的なことに、国債発行が、短期的にはデフレ要因として働く可能性があるのである。
Cochrane (2001)は、1980年代前半のアメリカで、レーガノミクスによって大量の国債が発行されたにもかかわらずインフレが沈静化したのは、このメカニズムによるのではないか、と言っている。
さらに、基礎的収支の現在価値を所与として、短期債を発行し長期債を買入償却する国債管理政策を行うことによって、インフレが起こるタイミングを早めることができる。
FTPLに関する詳細な議論は、日本語では、渡辺・岩村(2002)によって与えられている。
そこでは、政府のフローの予算制約式を和分し、発散項がゼロに収束する条件(横断条件)を課して通時的予算制約式を得ている。横断条件が、政府が長期的に債務を履行する条件であることは言うまでもない。その結果、次の表現が得られる。
現在の物価水準=[公的部門の名目コミットメントの現在価値]
/[公的部門の実質サープラスの現在価値]
ただしこれは、岩村(2002)が用いている表現である。言い方を変えると、次のようになる。
現在の物価水準=[公的部門の名目債務の現在価値和]
/[公的部門の実質基礎的財政収支の現在価値和]
したがって、いずれの表現においても、右辺の分子を減少させ分母を増加させる政策を行えば、現在の物価水準は低下する。これに対し、逆の政策を取れば、現在の物価を上げることができる。
右辺分子を減少させる政策とはどのような政策であろうか。岩村(2002)によれば、「名目コミットメント」とは,政府が将来にわたって約束したあらゆる給付を表す。国債に対する利払いや償還だけでなく、公的年金や公的医療保険による給付、預金保護や政府による債務保証などを、すべて含んでいる。
現在、政府はこれらの名目コミットメントを整理・縮小しようとする「構造改革」に取り組んでいるが、それは、現在の物価水準の低下を招く。
一方、右辺分母を増大させる政策とは何であろうか。言うまでもなく、増税や政府支出の削減がこれに当たる。これまた、現在、政府が実施を計画している政策である。
というわけで、現在の政府の構造改革や財政再建政策が、現在の物価水準を低下させていることは明らかである。
これを意識しているかどうか定かではないが、政府はもっぱら、自らの責任については知らぬ振りをして、日本銀行にデフレ対策を求めている。しかし、FTPLにおいては、中央銀行が供給する貨幣とは、政府による広義の名目コミットメントの一つにすぎない。中央銀行がいかなる政策を取ろうとしても、全体として政府がそれをオフセットする政策は、いくらでも実行できる。
年金や医療に対する将来不安が、国民に消費を手控えさせデフレを招く、と言われる。「不安」という言葉はともかく、確かに構造改革はデフレを招いているのである。
岩村(2002)は、構造改革、財政再建、デフレ解消という三つの目的を同時には実現できない、と言っている。構造改革と財政再建を同時に進めるなら、必ず今日の物価水準は低下する。
政府の名目コミットメントを縮小することが構造改革として必要であり、何よりも実行しなければならないのなら、一見、これと矛盾するようではあるが、政府支出の拡大や恒久減税を行って、基礎収支の現在価値和の低下を同時に進めないと、今日のデフレを防ぐことはできない。
参考文献
岩村充(2002)「公的コミットメントの整理とそのデフレ効果」、富士通総合研究所、Economic Review, Vol.6, No.3, 2002年7月。
河越正明・広瀬哲樹(2003)「FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について」, ESRI Discussion Paper No.35, 内閣府経済社会総合研究所。
土居丈朗(2000)「我が国における国債管理政策と物価水準の財政理論」、『経済分析 政策研究の視点シリーズ』, 16号, 9-35頁。
土居丈朗(2003)「「物価水準の財政理論」の真意」、三菱信託銀行。
渡辺努・岩村充(2002)「ゼロ金利下の物価調整」、財務省・財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』64号。
Canzoneri, Cumby, Diva (2001a), "Fiscal Discipline and Exchange Rate Systems," Economic Journal 111, 667-690.
Canzoneri, Cumby, Diva (2001b), "Is the Price Level Determined by the Needs of Fiscal Solvency?" American Economic Review 91(5), 1221-1238.
Dupor, Bill (2000), "Exchange Rates and the Fiscal Theory of the Price Level," Journal of Monetary Economics 45, 613-630.
Cochrane, John H. (1998), A Frictionless View of US Inflation, NBER Macroeconomics Annual 1998, MIT Press, 323-334.
Cochrane, John H. (2001), Long-Term Debt and Optimal Policy in the Fiscal Theory of the Price Level, Econometrica 69, 69-116.
Woodford, Fiscal Requirements for Price Stability, Journal of Money, Credit, and Banking, 66(3), 669-728.
※インターネットで、岩村充氏や土居丈朗氏を検索すれば、さらに有用な情報が得られます。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:UIJAuTuGCMAJ:htn.to/sNj9y7+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について
2003年5月
河越 正明(内閣府政策統括官(経済財政−運営担当)付企画官)
広瀬 哲樹(内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官)
要旨
1.趣旨、問題設定
政府の予算制約式が物価水準を決めると主張する理論、物価水準(決定)の財政理論(FTPL, Fiscal Theory of Price Level)が近年登場したが、その理論の受け取られ方は肯定的・批判的さまざまである。また、その理論が現実のデータ等をどの程度説明できるかといった実証分析はまだそれほどなされていない。まして、その理論を踏まえた政策提言について、政策当局者がその現実妥当性や信頼性をどのように判断してよいかは明らかでない。こうした状況にかんがみ、FTPLの理論・実証、さらには日本経済に対する政策的な含意について現時点で包括的な整理を試みた。
2.目的及び手法
理論面については、なるべく統一的かつシンプルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、理論的枠組みに対する疑問も紹介しながら検討した。実証分析については、FTPLが成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、政策論としては、FTPLのもつ流動性の罠についての脱出策について、を中心にそれぞれ批判的に検討した。
3.分析結果の主なポイント
今期の物価水準が政府の予算制約式から決定されるというFTPLの主張は、金融政策がマネタリー・ターゲットにしたがって運営される場合や、長期国債が存在する場合など、その理論の前提を変えるとそれほど明確でなくなる。実証分析においては、FTPLが成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、はっきりしない。
日本に関する政策論としては、FTPLが主張する処方箋を実際には実施済みだと解釈することが可能であり、それでも流動性の罠から抜けられないのはなぜかという疑問が残る。
4.おわりに
FTPLが政策オプションとして現実への妥当性を高めるためには、理論的な枠組みとしても、(1)民間経済主体の期待が絶えず裏切られる状況が均衡として成立することを是正するとともに、(2)物価に担わせている財の価格という役割と、政府債務の実質実効価値という役割の2つを切り離すことが必要だと考える。そのためには、従来のモデルに国債価格決定方程式、または価格決定式を導入することが必要となろう。
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全文の構成
概要
1ページ1.はじめに
2ページ2.FTPL理論の概要
2ページ2.1 完全予見のモデル
5ページ2.2 不確実性のある場合
7ページ2.3 貨幣なき貨幣理論(又は貨幣の税理論)
7ページ2.4 小括
7ページ3.FTPLの諸前提の再検討と拡張
8ページ3.1 Ricardian型財政政策ルール
8ページ3.2 代替的な金融政策のルール:マネタリー・ターゲットに変更
10ページ3.3 国債のデフォルトの可能性
10ページ3.4 HTPL, TTPL, CTPL,...
11ページ3.5 開放経済への拡張
13ページ3.6 長期国債の導入
15ページ3.7 時間的整合性の問題 (time-consistency)
16ページ3.8 小括
16ページ4.実証分析の論点
17ページ4.1 前史
19ページ4.2 NR型と R型の識別
21ページ4.3 資産効果
22ページ4.4 小括
22ページ5.デフレ克服についての政策的な含意
23ページ5.1 金融引き締めのパラドクス
24ページ5.2 流動性の罠
26ページ5.3 日本経済への含意
28ページ5.4 小括
28ページ6.結び
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http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis035/e_dis035.html
1
概要
本稿では、物価水準(決定)の財政理論(FTPL, Fiscal Theory of Price Level)について、
理論、実証及び政策的な含意をサーベイし、検討した。その際、なるべく統一的かつシン
プルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、理論的枠組みに対する
疑問も紹介しながら検討した。FTPLについては既にChristiano and Fitzgerald (2000) や
木村(2002)のようなサーベイも存在するが、前述の問題意識から、本稿は、実証や政策論
も含むより包括的なものになっている。
今期の物価水準が政府の予算制約式から決定されるというFTPLの主張は、金融政策ルール
や国債の満期構成等の前提を変えるとそれほどはっきりしない。実証分析においては、FTPL
が成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、はっきりしな
い。日本に関する政策論としては、FTPLが主張する処方箋を実際には実施済みであり、そ
れでも流動性の罠から抜けられないのはなぜかという疑問が残ることを示す。
Abstract
This paper surveys and reexamines Fiscal Theory of Price Level’s (FTPL, hereafter) theoretical
framework as well as empirical and policy implications. A simple theoretical model, which
unifies various models and notations scattered in the literature, is presented and reexamined through
changes in assumptions underlying the model. Manipulating the assumptions is quite useful to
show usefulness and limits of FTPL, which are critically surveyed here. This paper is intended to
be more comprehensive than other surveys like Christiano and Fitzgerald (2000) and Kimura (2002)
in that this comprises empirical results and policy proposals.
FTPL’s assertion that today’s price level is determined through government’s budget constraint
could be obscure if assumptions such as monetary policy rule and maturity structure of government
debt are altered. It remains to be seen whether Non-Recardian type fiscal policy, which is a
critical assumption of FTPL argument, is actually adopted. This paper casts a doubt on validity of
FTPL as a policy proposal to overcome Japan’s liquidity trap by arguing that the current Japanese
macro policies are, in fact, consistent with prescriptions given by FTPL. Hence, a question is
“Why has not Japan escaped the trap?”
キーワード:FTPL(物価水準(決定)の財政理論)、政府の予算制約式、流動性の罠;
はじめに
本稿では、物価水準(決定)の財政理論 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level) について、理論、実証及び政策
的な含意をサーベイし、検討した。FTPL は、Leeper (1991)、Woodford (1994, 1995) や Sims (1994)、Cochrane
(1998) 等によって展開されたが、Buiter (2002) の批判に見られるように、その理論の受け取られ方は肯定的・
批判的さまざまである。また、その理論が現実のデータ等をどの程度説明できるかといった実証分析はまだそ
れほどなされていない。まして、その理論を踏まえた政策提言について、政策当局者がその現実妥当性や信頼
性をどのように判断してよいかは明らかでない。こうした状況にかんがみ、FTPL の理論・実証、さらには日
本経済に対する政策的な含意について現時点で整理を行うことは意義あることだと考える。
その際、なるべく統一的かつシンプルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、検討し
た。FTPL については既に Christiano and Fitzgerald (2000) や木村 (2002) のようなサーベイも存在するが、前
述の問題意識から、本稿は、実証や政策論も含むより包括的なものになっている。1970 年代に、合理的期待
がマクロ経済学にはいってきた時に、それをどのように受容するかについてのさまざまな議論を経て、最終的
には一つのベンチマーク・ケースを提供するものとして取り入れられたように思われる。FTPL についても、
いたずらに批判するのではなく、まずはこの理論が新たにどのような視角を与えてくれるか、検討することが
重要であろう。
FTPL は、インフレは貨幣的な現象だとする Friedman 流の考え方とはだいぶ異なる。Friedman 流の考え方
に対する留保としては、Sargent and Wallace (1981) による “unpleasant monetarist arithmetic” の議論がある。
彼らは、いくら金融政策が慎重に運営されていても、放漫な財政運営の下では、財政赤字を monetize せざる
を得ず、その結果インフレが生じる可能性があることを示した。金融政策と財政政策は、政府の予算制約式を
通じて結びついており、相互の調整を図らなければならない。つまり、歳出は、税か、国債発行か、貨幣の発
行でファイナンスされる以外ない。歳出と税収が政治的な決定の下にある場合は、いくら貨幣発行を k %ルー
ルで縛っても、市場が国債を消化しきれなくなった時点で、貨幣の増発を余儀なくされ、その結果インフレが
生じる。ただし、この議論では、あくまでもマネー・サプライの増加によってインフレが生じるので、インフ
レの根本的な原因は財政政策にあっても、貨幣数量説とは必ずしも矛盾しない。
ここで取り上げる FTPL は、Sargent and Wallace (1981) と同様に政府の予算制約式を重視するものの、
貨幣発行の増加がなくともインフレが生じる としている点で、より強い主張をしている1。このアプローチの
長所の一つは、金利を目標に金融政策を行った場合に物価水準が不決定になる場合があることが知られている
が、これを回避できる点である。また、政策提言としても重要な含意を持つ。Sargent and Wallace (1981) の枠
組みにおいては、財政赤字を税収でファイナンスするか、貨幣の増発でファイナスするかは、しばしばチキ
ン・ゲームに喩えられる (Sargent, 1982)。ここから出てくる政策的な含意は、中央銀行の独立性を高めて、中
央銀行が政治的なプレッシャーに屈しないことが重要となる。しかし、FTPL が主張するように、マネー・サ
プライとは独立に政府の予算制約式から物価水準を決定されるのであれば、中央銀行の独立性だけで物価の安
定を図ることは不可能となる。
本稿の構成は以下のとおりである。次節で FTPL の理論の概要を示した上で、第 3 節ではその理論の前提を
変更した場合にどうなるか、再検討を加える。第 4 節では、FTPL の実証分析の論点を整理する。その上で、
第 5 節では日本経済の現状に照らし、FTPL がデフレ克服についてどのような政策的な含意をもつのか、検討
1
Carlstrom and Fuerst (2000) は、Sargent and Wallace (1981) を weak form of FTPL と位置づけている。
1
する。第 6 節は結びである。
理論の概要
本節では FTPL 理論の骨組みを、フォーマルな形で、しかしなるべく簡潔に示す。次節では、政策のルール
をはじめとするモデルの前提を変更するとどうなるかを検討するが、本節はその準備作業に当たる。
完全予見のモデル
家計部門
無限に生きる代表的家計を想定し、効用最大化を考える。効用関数は、MIU(Money-in-Utility)アプローチ
に従って定式化する 2。ここで
Mt と Bt はそれぞれベースマネー3と国債(満期が1期の短期債)の期末残
高、Rt はグロスの名目金利、τt は(ネット)移転支払とする。本論文では、原則として、小文字は実質値、大
文字は名目値を示す。ここで財は (非耐久) 消費財であり、翌期まで持ち越すことはできないと仮定する。代
表的家計は、以下のように、式 (2) の下で式 (1) を最大化するよう ct
Mt 及び Bt を決定する。
m
物価水準の決定
式 (23) のような財政政策の結果、式 (22) によって、均衡物価水準は P
0 R1A1sr¯
r
11
となる。式
(19) 及び (23) から得られた差分方程式は図1のように示すことができる。at にかかる係数 r はグロスの実質
金利であって1より大きいので、式 (19) は、図1に示すように、45 度線を下から切って交わる。この交点E
が定常状態における実質政府債務残高 a sr¯ r
1 煤
i0s¯ri
を示している。初期値が a
以外である
場合、図1に例示しているように発散し、こうした経路は横断性条件を満たさない(すなわち、式 (11) 及び
(16) が等号で成立しない)ので均衡経路ではない。均衡経路は、at a
t
0
1
2
であり、物価が 0 期
に a
となるように P
0 にジャンプしてその水準に 1 期以降も止まるというものである。
このモデルにおいては、式(13)の下で、式 (8) 及び (9) からは実質値しか決まらない。純粋金利ペッグ
(pure interest rate peg) の下で物価水準が非決定となること(indeterminacy)は、よく知られた結論である 7。
ここでは、NR 型財政政策のルールの下で政府の予算制約式が物価水準を決めている。換言すれば、式 (8) 及
び (9) と整合的な無数の物価水準から選択を行う道具が、均衡式としての政府の予算制約式である。
FTPL における物価水準の決定メカニズムについて考えるために、恒久減税が物価水準に与える影響を考え
よう。恒久減税によって、式 (23) において財政余剰の目標値が s¯1 から 0 s¯2 s¯1 に低下したと仮定しよう。
この結果、将来にわたる財政余剰の流列の割引現在価値を引き下げるので、物価上昇により、それに見合って
実質政府債務残高も低下する。なぜ物価が上昇するかといえば、恒久減税により将来にわたる可処分所得の流
列の割引現在価値が増加するという 資産効果 によって、消費が増加し、財市場で超過需要が生じるためと説
明される (Woodford, 2001)。第 4.3 節ではこのメカニズムを実証的な側面から検討する。
これまでの物価水準の決定に、貨幣の役割はなかった。Sargent and Wallace (1981) においては、国債の累増
の結果、国債の発行による財政赤字のファイナンスが困難となって貨幣供給の増加を招き、それがインフレ
の原因となることを示した。つまり、財政政策が貨幣供給量を通じて間接的に物価水準を決めているが、金
利ペッグ下の FTPL においては、式 (22) によって、貨幣を通じることなく もっと直接的に価格水準が決定さ
れる。
不確実性のある場合
貨幣なき貨幣理論(又は貨幣の税理論)
物価水準の決定に貨幣の役割がないのであれば、仮に決済手段の多様化等が進んで貨幣という実態がなく
なって、単に unit of account の役割しかない想像上のモノとなった場合でも、FTPL に従えば物価水準を決定
することは可能である。Buiter (2002) は、貨幣という実態がないにもかかわらず、その価値である物価水準が
決定されることの不自然さを、中世の錬金術の時代に火が燃える原因と考えられていた「燃素 (phlogiston)」
という想像上の化学物質の価格決定にたとえて強調している。
しかし、逆に Cochrane (1998, 2000) は、決済手段の多様化等が進んだ極限状態、Woodford (1998b) のいう
キャッシュレス・リミットにおいて9、貨幣需要がなくなっても物価水準が決定できるのはむしろメリットだ
と主張している。つまり、通常の貨幣理論のように、取引においてなんらかの摩擦があること等から貨幣需要
が生じ、他方その供給はもっぱら中央銀行に独占されているという仮定を置く必要がない。Friedman (1999)
は、こういう仮定に現実的妥当性がなくなった場合、何が価格水準を決定するのか、経済理論ははっきりした
解答を出せないと述べている。そして、技術進歩にともなうこうした問題を回避できる確率が高い解決策とし
て、税の支払いに銀行預金に裏打ちされた小切手 (checks against reservable bank deposits) を用いることだと
している (Friedman, 2000)。
実は、これは FTPL の貨幣理論として Cochrane (2000) が強調する点である。つまり、貨幣は税の支払い手
段として受け 入れられるからこそ価値があると考えるのである (Tax Theory of Money)。このように政府が人
為的に取引需要を生み出したために使用された貨幣としては、例えばフランス革命当時発行された assignats 10がある
(Sargent and Velde, 1995) 。
小括
以上、FTPL の標準的な結論をまとめれば、以下の通りである。 一般的に金利ペッグの金融政策の下で物価水準は不決定となるが、FTPL の下では均衡でのみ政府の予
算制約式が成立すると考えることによって、物価水準が決定される。この結果、金融政策は期待物価上
昇率をコントロールしても、財政政策が物価上昇率を決定する。 FTPL においては、たとえ貨幣がなくても物価水準が決定されるので、貨幣の役割がない点が含意され
る。この点は、Sargent and Wallace (1981) と異なる。
の諸前提の再検討と拡張
本節は前節で示した基本的なモデルの種々の仮定を再検討してその意味を吟味するとともに、緩めることに
よってどのようにモデルが拡張されるか、検討する。
9
理論的にはともかく、現実的には決済手段の多様化がどれほど進んでもキャッシュレス・リミットを想定することは困難である。
例えばデフォルト・リスクがあれば、決済のための現金需要が必ず必要となる。 10
これは、没収された教会財産を裏づけに発行され、国が税収 不足を補うために教会財産を売る入札において、(金等とともに)
assignats による代金の支払いが認められた。
7
小括
以上の第 3 節の検討をまとめれば、以下の通りである。 R 型の財政政策やデフォルト・リスクを考慮する場合には、政府の予算制約式から物価水準は一意的に
決定されない。すなわち、デフォルトがないと仮定した上で、価格水準の調整により成立する均衡式と
して政府の予算制約式を解釈することによって、FTPL の主張は成立する。 金融政策がマネタリー・ターゲットで運営されている場合は、政府部門の外で物価が決定されることに
より、FTPL の下では政府の予算制約式から物価が決定されると過剰決定となる可能性がある。 FTPL の解釈に従えば、国債は将来の財政余剰の流列に対する請求権であり、国債の価値である物価は、
株価の決定と同様に決定されると考えていることになる。 政府の予算制約式は、政策レジームに応じてその範囲を判断する必要がある。たとえば、産業政策いか
んでは企業の予算制約式を統合する必要があり、また、為替制度いかんでは他国政府の予算制約式と統
合して考える必要がある。 長期国債がある場合には、債券価格がいわば緩衝材となって、財政のショックが当期の物価水準に与え
る影響を小さくし、また、国債管理政策によってインフレのタイミングを調整することが可能となる。 時間的整合性の問題からみると、なぜ、物価上昇率の期待が常に裏切られるのに名目の政府債務を保有
するのかという問題がある。もし、国債がインデックス債だけになると、FTPL の主な主張は成立しな
くなる。名目の政府債務を家計に保有してもらうためには、R 型の財政政策を行う必要があるのではな
いか、という疑問が生じる。
実証分析の論点
政府の予算制約式が物価水準を決めるのは NR 型の財政政策が取られている場合であり、R 型の財政政策の
場合には決定されない。そこで FTPL の実証分析においては、果たして実際に NR 型の財政政策が取られてい
るか、そもそもどのように財政政策を R 型と NR 型とに識別するかが課題となっている。物価が財政政策で
16
決定されることを直接テストしたものはまだあまり見当たらない22。
以下ではまず、FTPL のいわば「前史」として、ソルベンシー・テストと財政当局の反応関数についての実
証分析のサーベイを行い、その分析結果をどのように解釈すべきか、FTPL を検証する観点から検討する。そ
の上で、まだ数は少ないものの、FTPL の実証分析をサーベイする。FTPL の実証分析においては、実質財政
余剰が予算制約式を満たす値でない時に、どの変数がどのように反応するかをみることがポイントになるが、
これは後述するように、一つの結果を R 型からも NR 型からも解釈できるため、識別が困難である。
前史
ソルベンシー・テスト
小括
以上、第 4 節の検討をまとめれば、以下の通りである。 FTPL の実証分析においては、財政政策が N 型か、それとも NR 型なのか、という識別が焦点となって
いる。政府の予算制約式は、事後的には常に成立するが、通常、事前的な均衡式が観測されないために
テストは困難である。 財政余剰に加わった正のショックが政府の債務残高を減らすというデータの規則性は、R 型財政政策で
は容易に解釈可能であるが、NR 型でも、もし、財政政策がインフレ率の平準化を目的としていれば、
解釈不可能ではない。しかし、実際に、日本においてインフレ率の平準化が財政政策の目標であったの
かどうかは疑わしい。 FTPL についてテストしたと主張する実証分析の中には、財政余剰に加わったショックが、はたしてマ
ネーサプライの増加を経ることなく、物価水準等の他の変数に影響を及ぼしたのかどうかを検証してい
ないので、本当に FTPL をテストしているのかどうか、疑わしい。 実質財政余剰に加わったショックは財市場においては資産効果を通じて顕在化するが、これまで経験的
に知られている資産効果は、通常観察される物価上昇率を説明できないくらい小さい。
デフレ克服についての政策的な含意
日本経済はデフレの中で停滞している。短期金利がほぼゼロとなるなど流動性の罠にはまってしまい、金融
政策を活用しようにももはや限界に達しているので、FTPL に脱出口を求める論者もでてきた。本節では、ま
ずテイラー・ルールに基づく金融政策の下でどのような財政政策が望ましいかを検討する。その後、(局所的
には望ましいルールとされる) 同ルールが大域的には流動性の罠を生む可能性があることを示す。その際に、
FTPL に基づけば NR 型財政政策によって、経済が流動性の罠から抜け出すことが可能となるという議論を日
本に適用することについて、批判的に検討する。
日本経済への含意
以上のような FTPL が導かれるデフレ克服に有効だという処方箋を、実際に日本経済を当てはめるといった
いどのような点が論点になるだろうか。そして、我々はこの処方箋を、ひいては FTPL について、どのように
考えるべきであろうか。
■ゼロ金利政策の評価 前節の議論は、流動性の罠に陥った場合に横断性条件が満たされないような特定の
政策ルールを採用し、流動性の罠を完全予見均衡から除く(つまり、そこから脱出する)というものであ
る。しかしそのためにはなにも NR 型財政政策をとらなければならないわけではない。Benhabib et al. (2002,
p.549-550) が示しているように、均衡財政 とゼロ金利政策というポリシー・ミックスでも流動性の罠から脱す
ることが可能である。
均衡財政の場合は、実質政府債務は物価上昇分だけ増減することになるので、均衡において等号で成立すべ
き横断性条件の式 (15) は、以下のように書き換えられる。
lim
T∞
aT
rT lim
T∞ a0
T
∏t0
R1
t (51)
つまり、デフレが継続する限りゼロ金利政策 Rt
1 がとられると、上式はゼロにはならず、横断性条件は満
たされなくなる。以上の議論を信じれば、現在の日本の政策はゼロ金利政策に加え財政赤字を出しているので
流動性の罠から脱出するのに、十分過ぎる位である。それでも、デフレが進行するのはなぜか。
■ 年度当初予算の目標である財政赤字 兆円枠の評価 2002 年度当初予算において、財政赤字を 30 兆
円に抑制したことについて、財政引締めであって、デフレ克服に逆行するという議論がある。デフレ克服のた
めに、NR 型財政政策をとるべしという論者もこれと同意見のようである38。構造財政収支を推計すれば、あ
る程度の引き締めになることは確かであろう39。
しかし、これが直ちに R 型の政策であるかというとやや疑問がある。30 兆円の財政赤字の結果、財務省に
よれば国債残高は 2001 年度補正後の約 395 兆円から 2002 年度には約 414 兆円に増加すると予測されていた。
つまり、約 5 %の増加である。Benhabib et al. (2002) によれば、
At1
At k (52)
という政府債務の k %ルールが、もし、
RπL
k Rπ
(53)
という関係にあれば、流動性の罠の下では式 (21) が成立せず、均衡ではなくなる。実際、日銀のゼロ金利政策
によって、まさに式 (53) が成立している。つまり、小泉総理の「税収 50 兆円のところ、30 兆円も国債を発行
していてどこが緊縮財政なのか」という主張は、FTPL のロジックに従えばデフレ克服策として正しい。 38
例えば、竹田 (2002, p.173) を参照。 39
OECD, Economic Outlook 72 (Dec. 2002) によれば、2002 年度の補正予算を含まないベースの構造財政赤字(対 GDP 比)は 2001
年 6.8 %、2002 年 7.1 %、2003 年 6.9 %、構造プライマリー赤字は 2001 年 5.4 %、2002 年 5.9 %、2003 年 5.5 %と推計してい
る。暦年ベースであるので、t 年の補正の有無は t+1 暦年の収支に影響する。2002 年は 2001 年度の 2 回にわたる補正予算の結
果、拡張的であり、2002 年度において補正がなく 30 兆円枠をまもることは 2003 年に構造赤字が縮小していることに現れている。
OECD の評価は、財政は broadly neutral というものである。
26
換言すれば、依然 NR 型の政策と解釈することが可能であり、国債 30 兆円枠は、日銀のゼロ金利政策とあ
いまって、デフレ克服のために必要にして十分な政策となる。これでデフレ克服が進まないことは、FTPL の
処方箋がどこか間違っているのではないか。
■国債管理政策の影響 普通国債残高の平均残存期間をみると、1998 年度末の 5 年 10 ケ月まで漸増してきた
が、それ以降急速に短くなり、2001 年度末では 4 年 11 ケ月となっている。これは、今期の財政余剰のショッ
クが、以前よりも今期の物価水準に反映されやすくなったことを意味する40。FTPL
に従えば、長期債の買
入消却を積極的に行うことによって、インフレを起こすタイミングを前倒しすることが可能となる。政府は、
2008 年度の 10 年債等の満期集中に備えて、国債の発行額及び償還額の平準化を目的に 2003 年 2 月から買入
消却を開始することとしているが41、これをもっと積極的に増額することはデフレの早期克服に有用なはず
である。他方、2003 年度から導入される物価連動債については、そもそも政府の予算制約式の左辺を実質値
で固定しようとするものであり、こうした操作の有用性を殺ぐものである。
このような観点から、国債管理政策についての提言はあまりないようである。本当に FTPL を信じるなら
ば、短期国債で調達した資金で、長期国債の買入消却を積極的に行えばよい。この結果、国債はすべて仮に 3
カ月ものになってしまったとすれば、そして借り換えを行わないのであれば、デフレは 3 ケ月後に克服できる
はずである。
■政府のバランス・シート 第 3.4 節で議論したように、FTPL によれば、政府のバランス・シートにどこま
で含まれるのかは、式 (22) の左辺の分子に影響するので、予算制約式を通じる物価水準の決定にとって重要
である。また実際、渡辺 (2002) は、政府・日銀が民間の「痛み」を引き取る方向の政策をとると、FTPL のメ
カニズムが働いて、デフレ脱却に有効だという42。
ここで興味深いのは、これまでの政府による債務承継の事例である。1998 年には、国鉄長期債務及び国有
林野事業の債務、計約 26 兆円を国の一般会計が継承した。仮にこの債務承継によって政府の予算制約式にお
いて左辺の名目の政府債務残高が増加し、かつ、右辺の財政余剰がそれに見合って増加しないと認識される
と43、FTPL
によれば、物価が上昇するはずであった。
また、2002 年 10 月のペイオフ解禁の延期の決定により、銀行預金に対する政府の保証がなくならずに継続
してことも FTPL のケーススタディーとなり得る。もし、FTPL が教科書通りに適用できれば、ペイオフ解禁
によって減少するはずであった政府債務が減少しなくなり、他の条件が一定の下で物価水準を引き上げるよう
に作用する44。
40
ただし、この平均残存期間短縮の評価は時間的整合性の観点からは、逆の評価も可能である。例えば、デフレ克服に政府が確信を
持っているとしよう。その場合、政府は市場には十分反映されていないものの長期金利の上昇予想を持っていることになり、長
期債発行によって市場にデフレ克服に確信を持っているというシグナルを送ることが可能となるかもしれない。これは、Missale,
Giavazzi and Benigno (2002)が分析したインフレ抑制時の国債管理政策の議論の応用である。 41
具体的には、2002 年度は 0.25 兆円程度、2003 年度は 1 兆円程度を予定。 42
渡辺 (2002) は、「デフレ克服に必要なのは、(中略)政府のバランスシートを民間並みに悪化させる財政出動であり、それは例えば
恒久減税である。」と主張し、日銀による銀行保有株の買い取りについては、「今回の買い取りでは日銀の資産保全が大きな前提と
して掲げられており、この効果(筆者注:デフレ圧力を弱める方向に作用する効果)をそぐものとなっている。」と指摘している。 43
「平成 10 年度予算及び財政投融資計画の説明」によれば、国鉄長期債務の一般会計が承継した 23.5 兆円の元本償還には、一部た
ばこ特別税が充てられ、「最終的には、年金等負担が縮小していくことに伴う確保される財源等で対応」するものの、当面は「一般
会計の歳出・歳入両面にわたる努力」で対応することとされている。同様に、国有林野事業の債務の処理策についても、一般会計
が承継した 2.8 兆円の債務の元本償還は「一般会計の歳出・歳入両面にわたる努力」で対応するとされている。 44
もっとも、物価にあまり影響しなかった理由も考えられる。例えば、(i) これらの債務はそもそも広義の「国」の一部であり、一般
会計で継承しようとしまいと、特段の違いはないと認識されたかもしれない、(ii) これらの債務の状況について広く知られるよう
になったのはその処理策が検討されるようになった 1996 年末からであり、1998 年時点では既に「織込み済み」のできごとであっ
たかもしれない、(iii) 債務承継の際に、国債発行、財政投融資の貸付け返済等の結果、どのようなキャッシュフローとなったのか
27
こうしたイベント・スタディーは、FTPL の実証分析上、他の実物経済があまり変わらないまま政府債務が
外生的に増加するという有意義な機会を提供してくれるように思われる。国債発行を伴う経済対策のイベン
ト・スタディーと比較すれば、経済対策の場合には、対策によって実施された公共投資等によって、実物経済
が変化する。したがって、物価はさまざまな実物ショックも受け、判定は困難となる。債務承継等のイベン
ト・スタディーについては、そうした実物ショックの影響は予め最小限に制御されていることが想定される。
こうした点についての詳細な検討は、別稿に譲りたい。
■財政拡大で物価上昇を起こすことができるか 松岡 (2002) は、式 (22) において、名目政府債務の動
きと物価の動きから、実質財政余剰の現在価値の期待値を逆算し、その値と OECD が推計した構造プラ
イマリー収支との動きを G7 諸国について調べた。その結果、日・米・英・伊においては、構造プライマ
リー黒字の減少の後で、将来の実質財政余剰の割引現在価値の期待値は有意に増加することを見つけ、他
の 3 国については無相関であった。つまり、拡張的な財政政策の実施(構造プライマリー黒字の減少)
は、将来の実質財政余剰の割引現在価値の期待値を減少させることにならない。このファインディング
は、たとえ FTPL が成立しても、拡張的な財政政策は物価上昇に結びつかない ことを意味していると解釈で
きる45。
小括
以上、第 5 節の主な検討結果をまとめれば、以下の通りである。 通常の場合、R 型の財政政策とテイラー・ルールによる金融政策というポリシー・ミックスが経済の安
定化に望ましい。 しかし、流動性の罠に陥ってしまうと、NR 型財政政策とマネタリー・ターゲットの組み合わせが望ま
しい。これは、こうした政策の組み合わせによって、流動性の罠の状態では横断性の条件が満たされな
いことが予見され、これが均衡でなくなるためである。 ただし、横断性の条件を満たさないようにするためには、均衡財政とゼロ金利政策という組み合わせで
も十分である。FTPL の下では、財政赤字のゼロ金利政策という日本のポリシーミックスは流動性の罠
からの脱却のために十分なはずである。 2002 年度当初予算における財政赤字 30 兆円枠という政策も、FTPL の観点からすれば流動性の罠から
脱却するのに十分なはずである。 FTPL が正しければ、現状よりもさらに拡張的な財政政策を行う必要はなく、短期国債で調達した資金
で長期国債を買入消却すればデフレを克服できるはずである。
結び
FTPL の教科書的な主張は、現在の名目政府債務を与件として、物価水準が政府の予算制約式において将来
の実質財政余剰の割引現在価値と実質政府債務が等しくなるように決定されるというものである。ただし、こ
をみると、物価にそれほど大きな影響のないオペレーションであった可能性もある。 45
松岡 (2002) は、FTPL の成立は疑わしいと主張し、その実証的な証拠として、本文で紹介したような分析結果を示している。しか
し、この分析は FTPL が成立するかどうかをテストしたものではないので、本文で述べたように、FTPL が成立したとしてもデフ
レ克服は困難だということを示すものと解釈するのが妥当だと考える。
28
の主張は、種々の仮定の下で NR 型財政政策が採られた場合に成立するものであり、現実の経済への適用を念
頭に置いた場合、以下の点に留意が必要である。
まず、金融政策が(金利ターゲットではなく)マネタリー・ターゲットで運営される場合には、物価は金融
政策によって決定されるので、物価水準が過剰に決定される可能性が出てくる。また、政府の債務に(短期債
でなく)長期債がある場合には、債券価格(すなわち金利)が変動することによって、実質財政余剰が変化し
ても物価が変動することには必ずしもならない。(また、国債がインデックス債だけになれば、理論の再構築
が必要となる。)
さらに、NR 型財政政策が行われていることが議論の前提だが、これが理論的にはともかく、どの程度現実
に妥当するか、不明である。NR 型財政政策が行われているかどうかは、実証分析上の大きな焦点であるが、
その識別のためには、均衡への調整過程において、物価水準が動くのか、財政政策が動くのかがわからなけれ
ばならず、これは通常、事後的には観察不可能である。ただ、実質財政余剰に対する正のショックは政府債務
を減少させるというファインディングは、R 型の政策がとられていると解釈するのがもっともらしい。国債管
理政策による物価上昇率の平準化を図る場合にはこうしたデータが生じる可能性もあるが、こうした議論は、
日本においては国債管理政策が物価上昇率の平準化をしていないという実証分析 (土居, 2000) があることに鑑
みると、そうした反論はあまり説得的ではない。
日本のデフレ克服との関係においては、FTPL に基づいて更なる財政拡大を主張する論者 (竹田 (2002)、渡
辺・岩村 (2002)、渡辺 (2002) 等) がいる。だが、FTPL に基づく処方箋がどれくらい妥当なものか、筆者は
(半信半疑ではなく)二信八疑である。たとえば、国債発行 30 兆円枠はゼロ金利政策と併せれば、「流動性の
罠」からの脱却に十分なはずである。FTPL 論者の主張に従い財政拡大を行った場合には、物価水準が上昇す
るのではなく、単にリスクプレミアムの増加による金利上昇を招く可能性が大きい。こうした形での金利上昇
は望ましいシナリオではない。
FTPL が政策オプションとして現実への妥当性を高めるためには、理論的な枠組みとしても以下の 2 点につ
いて検討する必要があると考えられる。まず、民間経済主体の期待が絶えず裏切られる状況が均衡として成立
することの是正である。FTPL においては、通常はデフォルト・リスクも考慮されない。モデルにおいて成立
する均衡は、ワルラス均衡であるが、さらにゲーム理論的な観点からこれらの均衡を再検討する必要があると
考えられる。次に、さらに根本的には、物価に担わせている財の価格という役割と、政府債務の実質実効価値
という役割の 2 つを切り離すことである。そのためには、従来のモデルに国債価格決定方程式、または価格決
定式を導入することが必要となろう。その際、Woodford の主張する資産効果を明示的に織り込んだ価格式を
定式化することが望ましい。こうした拡張を行えば、実証分析による現実妥当性のチェックは、(i) 財政政策
が R 型か NR 型か、(ii) 現在の名目政府債務を与件として、国債価格は将来の実質財政余剰をどの程度反映す
るのか、(iii) 実質政府債務がどの程度資産効果を生み出すか、(iv) 需要変化がどの程度価格水準を変化させる
か、という 4 段階の要素分解に基づいて行うことが可能となろう。現在不足しているのは、(i) と (ii) の分析で
ある。特に (i) は、このような4段階の要素分解によって分析が容易にならないので、特段の研究が必要とな
ろう。
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http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis035/e_dis035a.pdf
1
(日本銀行調査月報 2002 年 7 月号掲載論文)
物価の変動メカニズムに関する2つの見方
―― Monetary View と Fiscal View ――
企画室 木村武*
1.はじめに
物価の安定、すなわちインフレでもデフレでもない状態を実現することが、持続的な
経済成長を達成するうえで不可欠の前提条件であることは、今や各国共通の理解になっ
ている。それでは、物価はどのような要因によって決まるのであろうか。現実の物価の
短期的な動きは様々な要因によって左右されるが、少なくとも長期的には、中央銀行の
金利操作やこれを通じるマネーサプライの増減が物価に影響する重要な決定要因であ
ることは言うまでもない。そうした見方は、“Monetary View”と呼ばれ、「インフレは
貨幣的現象である」という命題でも知られている。これに対し、近年、「物価水準の財
政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」と呼ばれる新しい理論が学界で議論され、
注目を集めている1
。この理論は、「インフレは貨幣的現象ではなく、財政的現象である」
という“Fiscal View”を主張する。
前者の Monetary View に基づけば、政府・財政当局から独立した中央銀行を確立する
ことが物価安定の十分条件になる。現実にも、1990 年代以降、多くの国において中央銀
行の金融政策運営の独立性が強化されてきたが、その背後にある考え方は、主として
* 日本銀行企画室政策調査課(E-mail: takeshi.kimura-1@boj.or.jp)
本稿中で示された内容や意見、およびあり得べき誤りは、筆者に属するものであり、日本銀行の公式
見解を示すものではない。
1 「 物 価 水 準 の 財 政 理 論 」 に 関 す る 平 易 な 解 説 と し て は 、 Sims[1999] や Christiano and
Fitzgerald[2000a,b]を、厳密な解説は、Leeper[1991]や Cochrane [2000]、Woodford[2001]などを
参照。
2
Monetary View であると言えよう。しかし、同時に、物価の安定を実現するうえで、財
政当局の行動に対する何らかの歯止めやルールが必要であることも、従来から意識され
てきた。例えば、ユーロという統一通貨圏に参加することを認める条件として、マース
トリヒト条約では、財政収支や政府債務残高の対GDP比を一定の基準以内に収めるこ
とが設定された。このことが示すように、政府や財政当局の行動が物価に影響する可能
性は従来から意識されており、Fiscal View という考え方も決して目新しい考え方では
ないとも言える。
現在のところ、多くの新しい理論が登場する時と同様に、Fiscal View についても、
ある程度確立した共通の評価が得られるまでにはもう少し時間がかかるように思われ
るが、海外の学界では Fiscal View を巡って活発な議論がなされている。そのような議
論の状況を前提にすると、Monetary View と Fiscal View という、言わば2つのレンズ
を通して物価の変動について考察を巡らすことによって、わが国の物価動向についても、
新たな洞察が得られるかもしれない。本稿は、このような問題意識のもと、金融政策や
財政政策の物価安定に果たす役割に関して、Monetary View と Fiscal View の考え方を
紹介したものである。
2. 政府と中央銀行、民間部門の関係
本節では、まず、Monetary View と Fiscal View の違いを理解するための準備として、
政府と中央銀行、民間部門の関係について概観する。Monetary View と Fiscal View と
で、物価の変動メカニズムについて異なる見方となっているのは、両者が、政府と中央
銀行、民間部門の行動様式について異なる考え方に立っているためである。そこで、最
初に、これら3者の取引関係について説明し、それから、Monetary View と Fiscal View
について説明を進めることとする。
2.1. 予算制約式を通した関係
ここでは、本稿の分析目的にあわせて、現実の複雑な経済を以下のように単純化して
考える。
l 経済は、民間部門、政府、中央銀行の3つの部門から構成される。民間部門は、家
3
計、企業、金融機関から構成されるが、考察に際しては、これら3者を統合して民間
部門全体の予算制約に焦点をあてる。
l 経済には、貨幣市場と国債市場、財市場の3つの市場がある。政府、中央銀行、民
間部門は、これらの市場を通して取引きを行う。貨幣市場で取引きされるマネーは、
中央銀行の負債であるマネタリーベースである。中央銀行は、公開市場操作(オペ)
を実行することによって、民間部門の保有する国債を購入し、マネーを供給する。な
お、現実のマネーには、マネタリーベースのほかに、民間金融機関の預金があるが、
民間部門全体で考えると、同部門内の資金の貸借関係は全て相殺されるので、ここで
は、民間金融機関の預金は考察の対象外とする。
図表1は、国債やマネー、財の取引きに関して、政府と中央銀行、民間部門間の取引
関係を簡略化して示したものである。
(図表1)政府と中央銀行、民間部門間の取引関係
図表1の中で、民間部門の取引きに焦点をあててみよう。民間部門における財や資金
の流れは、次式に集約することができる。
中央銀行 政府
民間部門
国債市場 財市場
マネーの需要
公開市場操作
政府への納付金
国債の償還
国債の償還
税金+社会保障負担
―社会保障給付
消費(財の需要)
国債の発行
国債の売買
財政支出 (財の需要
)
生産(財の供給
)
資金や国債の流れ 財の流れ
貨幣市場
資金決済
マネーの供給
4
期初に民間部門が保有する
国債残高(元利合計)
+
期初のマネー残高
+
所得(生産)
財政支出
税金
+
社会保障負担
−
社会保障給付
(資金源) (資金の使途)
上式は、民間部門の予算制約式を表したもので、民間部門は、(1)式左辺に示された期
初の貯蓄残高(国債およびマネー)と当期の所得の合計を、右辺の内訳で示された項目
(税金等、消費、貯蓄)に振り分けることを示している2
。
ここで、財の供給と需要が一致するという市場均衡式(生産=消費+財政支出)を上
記民間部門の予算制約式(1)式に代入して整理すると、次のようになる。
この(2)式は、中央銀行と政府を統合した部門――これを統合政府と呼ぶ――の予算制
約式を表している。統合政府とは、中央銀行と政府との間に何らかの特別な関係を念頭
においたものではなく、単に、民間部門以外の部門を総称したものである。(2)式の第
1項と第2項からなる財政余剰とは、税金とネット社会保障負担から財政支出を差し引
いたものである。財政余剰がマイナスであれば、民間部門にとっては政府からの受取り
よりも支払いの方が小さいことを意味し、政府にとっては民間部門からの受取りよりも
支払いの方が多いことを意味する。そして、政府は、その不足資金を国債の発行でファ
イナンスする。民間部門は、政府によって発行された国債を購入するが、これは、保有
国債の残高増加となって表れる((2)式の第3項)。一方、中央銀行は、公開市場操作
2 家計が直接国債を保有していなくとも、家計の貯金は、銀行預金を経由して国債で運用されている。
マネー残高
の変化
税金+社会保障負担−社会保障給付
+
消費
+
期末のマネー残高
+
期末に民間部門が保有する国債残高
=
当期初の
貯蓄残高
当期末の
貯蓄残高
− = 0
民間が保有
する国債残
高の変化
+
中央銀行の公開市場操作(オペ)
によってウェイトが変化
+
財政余剰 資金調達の方法
(1)
(2)
5
(オペ)――国債とマネーの交換――の実施によってマネーを供給するが、これは、民
間部門が保有する国債とマネーのウェイトの変化となって表れる((2)式の第3項と第
4項)。中央銀行が民間保有の国債のほとんどをオペで吸収してしまえば、中央銀行が
財政赤字のファイナンスをマネーの増加によって行ったことになる。逆に、中央銀行が
オペによってマネーを増加させなければ、国債は全て市中消化されることになり、場合
によっては、財政赤字が民間資金をクラウド・アウトすることもある。
なお、上記の説明から既に明らかなように、民間部門の予算制約式(1)式と統合政府
の予算制約式(2)式は、表裏一体の関係にある。これは、経済を民間部門と統合政府の
2部門に分割して考えた場合、民間部門と統合政府間の取引きが(1)式に反映される時
には、同時に、その取引きは (2)式にも反映されるからである。
2.2.消費者の合理性と政府のソルベンシー条件
民間部門と統合政府の予算制約式(1)(2)式は、毎期必ず成立する。そこで、毎期の
予算制約式を将来にわたって積み上げると、次のような異時点間の予算制約式が得られ
る。下記2式は、物価水準でデフレートし、実質ベースで表示したものである。
(民間部門の異時点間の予算制約式)
―――――――――――――――――― +
= + +
(統合政府の異時点間の予算制約式)
―――――――――――― = +
民間部門の異時点間の予算制約式(3)式の左辺は、現時点における実質資産残高と将
来所得の割引現在価値の和であり、民間部門が今後将来にわたって使える資金の総額を
表している。一方、(3)式の右辺は、その資金使途を表したものであり、将来にわたる
民間部門保有の国債残高 財政余剰の割引
現在価値
マネー残高の変化の
物価水準 割引現在価値 (4)
民間部門保有の国債とマネーの残高合計 所得の割引現
在価値
マネー保有に伴う
機会費用の割引現
在価値
物価水準
(3)
税金とネット社会
保障負担の割引現
在価値
消費の割引現在
価値
[実質ベース]
[実質ベース] [実質ベース]
[実質ベース]
[実質ベース] [実質ベース]
6
税金とネット社会保障負担、マネー保有に伴う機会費用3
、そして、消費に振り分けられ
る。
(3)式の左辺と右辺が一致するということは、「消費者は生涯を終えるまでに資産を
余すことなく全て使いきる」ことを意味しており、経済学では、この条件を「横断性条
件(transversality condition)」と呼んでいる。仮に、(3)式の左辺が右辺を上回ると、
これは、消費者が生涯を終える際に資産を使い残すことが見込まれる状況を意味する。
この場合、合理的な消費者は、右辺が左辺に一致するようになるまで、消費を増やすこ
とによって効用を高めることができる。逆に、(3)式の右辺が左辺を上回ると、これは
資産見合い以上の支出を消費者が計画している状況を意味する。この場合、合理的な消
費者は、資産に見合った水準になるまで、現在から消費支出を抑制するよう支出計画を
見直す。その結果、(3)式の左辺と右辺は等しくなる。このように考えると、(3)式の
左辺と右辺が一致するという横断性条件は、消費者の合理性を担保した条件と解釈でき
る。
次に、統合政府の異時点間の予算制約式(4)式について説明する。(4)式は、「既に
発行された国債のうち、民間が保有する国債の実質価値は、将来にわたる財政余剰とマ
ネー残高の変化の割引現在価値に等しい」ことを示している。これをよりわかり易く言
えば、「政府は、民間から借りたお金を必ず返済しなければならない」ということであ
り、経済学では、この条件を「政府のソルベンシー条件」と呼んでいる。政府は、「将
来にわたる財政余剰」を財源として、国債の償還を行うが、中央銀行が公開市場操作で
民間から国債を購入しマネーを民間に供給すれば、その分だけ、財政余剰を財源とした
国債の償還負担は減少することになる。(4)式の導出プロセスから示されるように、
「政府が借金を必ず返済しなければならない」という政府のソルベンシー条件は、「消
費者が生涯を終えるまでに資産を使いきる」ために満たされなければならない条件であ
る。
3 マネー保有に伴う機会費用とは、民間部門が利子の付かないマネーを国債のかわりに保有すること
によって発生する逸失利益のことである。この逸失利益は、中央銀行の公開市場操作を経由し、国債
とマネーを交換したことによって発生するもので、中央銀行側からみれば、通貨発行益(シニョレッ
ジ)と呼ばれるものである。通貨発行益は、中央銀行が無利子のマネーを債務として発行し、国債運
用によって得た収益であり、最終的には納付金として政府へ移転する。
7
3.物価の決定に関する2つの理論
3.1. Monetary View と Fiscal View の違い
以下では、2.で説明した概念を用いて、Monetary View と Fiscal View の違いを説明
する。Monetary View と Fiscal View のいずれの見方でも、民間部門と統合政府の異時
点間予算制約式(3)(4)式は成立する。しかし、両者は、(3)(4)式を、事後的に必ず
成立する単なる「恒等式」とみなすのか、それとも「物価を決める均衡式」としてみな
すのかで大きく異なっている。すなわち、Monetary View は、(3)(4)式を「恒等式」
とみなし、一方の Fiscal View は、(3)(4)式を物価を決める「均衡式」としてみなし
ている。
3.1.1. Monetary View
Monetary View は、(3)(4)式を恒等式としてみなす。そして、物価水準はマネーの
需要量と供給量のバランスによって決まると考える。Monetary View の基本的な考え方
は、「貨幣数量説」によって説明できる。すなわち、貨幣数量説は、物価水準が次の貨
幣数量方程式(5)式に基づいて貨幣市場で決まると考える。
MV=PY (5)
ただし、M:マネー、V:流通速度、P:物価水準、Y:実質生産(=実質所得)
(5)式は、名目所得(PY)が生み出される過程で、経済に投入されているマネー(M)が
一定の期間に何回流通するか、その関係を表したものである。その回転数が流通速度
(V)である。
Monetary View における経済の均衡の決まり方を具体的に説明すると、次のようにな
る。
l 実質生産(Y)は、利用可能な生産要素と技術によって決まる潜在産出量に長期的に
一致する。流通速度(V)を一定であると仮定すると、中央銀行がマネー(M)の供給量
を決めれば、貨幣数量方程式(5)式に基づいて、物価水準(P)が決まる。
l 物価水準(P)が決まると、既に発行された民間部門保有の政府債務の実質価値
(B / P )も決まる。政府は、中央銀行が決めるマネー(M)の先行きの推移と民間部門
保有の政府債務の実質価値(B/P)を所与としたうえで、予算制約式(4)式を満たす
ように、現在から将来にわたる財政余剰を調整する。
8
―――――――――――― = +
つまり、(4)式は、政府にとって文字通り制約式として機能するため、事後的には恒
等式として必ず成立する。2.で説明したように、統合政府の予算制約式(4)式と民
間部門の予算制約式(3)式は表裏一体の関係にあるので、(4)式が恒等式として機能
する時には、(3)式も恒等式として機能する。
ここで、数量方程式(5)式に基づいて、物価水準(P)が貨幣市場で決まるということ
の意味について、もう少し具体的に説明しよう。(5)式を変形すると、次式のようにな
る。
M = ―――
右辺は、「流通速度(V)が一定であるとすると、マネーの需要は名目所得(PY)に比例
する」ことを示している。マネーの需要が名目所得に比例して増えるのは、所得が増え
ると、取引量も増えるため、取引きのために必要なマネーも増えるからである。ここで、
中央銀行が左辺のマネーの供給量を増加させたとしよう。すると、人々が保有したいと
考えるマネーよりも大きくなるので、人々は、余分なマネーで財を購入しようとする。
その結果、財の需給が逼迫し、物価(P)が上昇する。物価(P)が上昇すると、名目の所
得額も増加し、その分、名目のマネー需要も増加する。そして、物価(P)の上昇は、マ
ネーの供給と需要が一致するようになるまで続くことになる。
上記のプロセスにおいて、マネーの増加が物価の上昇をもたらす最もオーソドックス
なルートは、金利チャネルである。すなわち、中央銀行が公開市場操作でマネーの供給
を増やすと、名目金利が低下し、それが民間部門の支出活動を活発化させることで、物
価が上昇する。ただし、名目金利の低下余地がない場合に――すなわち、ゼロ金利制約
に直面した場合に――、金融政策がなお有効性を有するかどうかについては、見解は分
かれている。仮に、ゼロ金利制約の下では金融政策が有効でないならば、マネーが増加
しても、物価の上昇にはつながらない。
政府の対民間債務残高(B) 財政余剰の
割引現在価値
マネー残高の変化
物価水準(P) (ΔM)の割引現在価値
前掲
(4)
PY
V
(6)
マネーの供給量 マネーの需要量
9
3.1.2. Fiscal View
Fiscal View は、Monetary View とは逆に、貨幣数量方程式(5)式を恒等式としてみ
なす。そして、民間部門と統合政府の異時点間予算制約式(3)(4)式が物価を決める均
衡式として機能すると考える。Fiscal View における経済の均衡の決まり方を具体的に
説明すると、次のようになる。
l 中央銀行は将来にわたるマネー(M)の推移を決定する。したがって、マネー残高の
変化(ΔM)の割引現在価値も決まる。一方、政府は、中央銀行が決めたマネー(M)
の推移とは独立に、将来にわたる財政余剰の推移を決定する。既に発行された政府の
対民間債務残高(B)は所与なので、将来にわたる財政余剰とマネー残高の変化(ΔM)
の現在価値が決まれば、政府の予算制約式(4)式に基づいて、当期の物価水準(P)
が決まる。
l 実質所得(Y)は潜在産出量に長期的に一致する。したがって、実質マネー(M/P)
と実質所得(Y)を所与として、流通速度(V)が(5)式から事後的に決まる。
政府の予算制約式(4)式が物価を決定する均衡式として機能する背景には、民間部門
の合理的な支出行動がある。ここで、もう少し具体的なイメージが持てるように、政府
による恒久減税の実施を例にとって、その影響について考えてみよう。恒久減税とは、
将来の増税を伴わない減税であり、財政余剰の割引現在価値を低下させるものである。
恒久減税が実施されても消費者が何ら支出を増やさなければ、貯蓄が増加し、消費者は
最終的には、資産を使い残してしまうことになる。つまり、民間部門の異時点間予算制
約式(3)式は成立せずに、(7)式のような不等号が成立することになる。
―――― + > ↓+ +
同じことを、統合政府の予算制約式で表現すると、次の不等式になる。
―― > ↓ +
これらの不等式は、消費者が資産を使い残して生涯を終えることを意味し、政府は借り
たお金を全額返済せずに済むことになる。こうした状況は、消費者にとって合理的なこ
とではない。恒久減税が実施されれば、消費者は資産の使い残しがなくなるように、消
B+M 所 得 の
現在価値
消費の
P 現在価値 (7) 税金等の
現在価値
マネー保有に伴う
機会費用の現在価値
民間部門
の資産残高
B
P
財政余剰の (8) 現在価値
マネー残高の変化
(ΔM)の現在価値
政府の対民間
債務残高
恒久減税の実施
恒久減税の実施
10
費を増やすことが合理的である4
。つまり、恒久減税は、生涯にわたる可処分所得の増加
という資産効果を経由して、消費の増加をもたらす。消費支出の増加によって財市場の
需給が引き締ってくれば、物価(P)が上昇する。物価(P)が上昇し、(7)(8)式左辺の
資産の実質価値が低下すれば、(3)(4)式の予算制約式が満たされるようになる。より
正確に言えば、財政余剰の現在価値の低下に対して、(3)(4)式が成立するようになる
まで、消費支出の増加に基づく物価の上昇が続く。これが、民間部門と統合政府の予算
制約式(3)(4)式が物価決定の均衡式として機能することの意味である5
。こうした考え
方によれば、物価水準はマネーの供給量によって決まるものではなく、現在から将来に
わたる財政余剰の推移によって決まるということになる。
なお、Fiscal View で想定されている物価変動メカニズムは、財政余剰の現在価値の
変化を背景とした資産効果に基づいたものである。したがって、経済がゼロ金利制約に
直面し金融政策の有効性が低下したケースでも、上記の物価変動のメカニズムは影響を
受けない。この点も、Monetary View とは異なる特徴と言えよう。
3.2.財政赤字の変動が物価に及ぼす影響
このように、Fiscal View は、物価の変動メカニズムについて、伝統的な Monetary View
とは、全く異なる見方を提示している。それでは、いずれの見方が正しいのであろうか。
実は、これらの見方は、中央銀行と政府の行動原理について、異なる仮定をおいている
ために違いが生じている。それぞれの見方を整合的に解釈するための鍵は、「経済の中
で、誰が政府のソルベンシー条件を満たすように自らの行動を調整するか」という点に
ある。言い換えると、政府の債務返済能力を維持するように、政府自らが財政政策を変
更するのか、それとも中央銀行が金融政策を変更するのか、あるいは、民間部門が支出
行動を調整するのかによって、物価の変動メカニズムが異なるということである。
4 家計が子孫に遺産を残す場合でも、ここでの議論は成立する。すなわち、合理的な家計には、最適
な遺産水準があると考えられ、恒久減税が行われても、消費を何ら変化させなければ、遺産が最適水
準を上回ってしまう。しかし、それでは、子孫に資産を残し過ぎることになるため、家計は遺産が最
適水準に低下するまで、消費を増やす。
5 こうした Fiscal View のメカニズムは、価格の伸縮性如何に関係なく成立する。例えば、
Woodford[1996]は価格の粘着性を前提に、Woodford[2001]は価格の伸縮性を前提に分析している。な
お、価格が伸縮的な世界では、実質所得(生産)が潜在GDPに常に一致するので、(7)式における
実質所得の現在価値は一定である。価格が粘着的な世界では、実質所得(生産)が潜在GDP から乖
離するため、(7)式の実質所得の現在価値は変化する。
11
このことの意味を具体的に理解するために、当期の財政赤字が拡大した時に――例え
ば、政府が減税を実施した時に――、経済がどのように変動するかを考えてみよう。こ
こで、政府のソルベンシー条件とは独立に自らの行動を決定する主体を、ゲーム理論の
用語に従って Leader(先導者)と呼び、政府のソルベンシー条件を満たすように、自ら
の行動を調整する主体を Follower(追随者)と呼ぶことにする6
。想定し得るケースと
しては、中央銀行が Leader か Follower か、政府が Leader か Follower かによって、次
の4つのケースを考えることができる(図表2参照)。
(図表2)誰が政府のソルベンシー条件を満たすように行動を調整するか?
Leader
財政余剰のパスとは独立に、
中央銀行がマネー(金利)の
パスを決定する。
Follower
財政余剰のパスを所与とし
たうえで、中央銀行が、政府
のソルベンシー条件 を満た
すようにマネーを調整する。
Leader
マネー(金利)のパスとは独立に、
政府が財政余剰のパスを決定す
る。
(ケース1)
民間部門が政府のソルベン
シー条件を満たすように、支
出を調整する。
(ケース3)
中央銀行が、政府のソルベン
シー条件を満たすようにマ
ネーを調整する。
Follower
政府は、いかなる経済の変動に対
しても、自らのソルベンシー条件
を満たすように、財政余剰のパス
を内生的に変化させる。
(ケース2)
政府のソルベンシー条件を
満たすように、政府自らが財
政余剰のパスを内生的に変
化させる。
(ケース4)
中央銀行と政府の双方がソ
ルベンシー条件を満たすよ
うに政策を調整する。
(ケース1)政府も中央銀行も Leader の場合
このケースは、政府が減税を実施しても、中央銀行が財政余剰の推移とは独立に――
すなわち、減税財源のマネー・ファイナンスを政府から強いられることなく――金融政
策を決定するケースである。この場合、政府も中央銀行も、政府のソルベンシー条件を
全く意識せずに、Leader として自らの政策を決定するため、代りに民間部門が政府のソ
ルベンシー条件を満たすように支出行動を調整することになる。こうしたケースは、中
央銀行に独立性が付与されていても、政府の財政政策の裁量性を拘束するルールがない
6 Leader と Follower という用語は、ゲーム理論のシュタッケルベルグ均衡の概念にならったもので
ある。
中央銀行
政府
12
場合に起こり得る。財政赤字や国債残高のGDP比率に上限を設けるなどした財政健全
化に向けたルールがないと、民間は、「今日の減税は明日の増税を伴わない、すなわち
恒久減税が実施された」という予想を形成し易くなる。そして、そうした予想は、財政
余剰の現在価値の低下による恒常所得の増加をもたらし、消費の増加につながる。その
結果、財市場の需給逼迫化から物価が上昇し、国債の実質価値が低下する。こうした経
済変動は、民間が政府のソルベンシー条件を満たすように――言い換えれば、民間が自
らの横断性条件を満たすように――、支出を調整した結果である。言うまでもなく、こ
れが、Fiscal View の想定する世界である。
(ケース2)政府が Follower で、中央銀行が Leader の場合
このケースは、中央銀行の独立性が確保され、また、財政政策の裁量性を拘束する
ルールがある場合に起こる。例えば、財政赤字や国債残高のGDP比率に上限が設定
されている場合、政府は減税を行っても、将来、上限を守るために増税をしなければ
ならない可能性が高い。したがって、民間部門は、そうしたルールが政府によって遵
守されると信用すれば、「今日の減税は明日の増税」という予想を形成する。この予想
は、財政余剰の現在価値は変化しないという予想であり、民間部門の恒常所得は全く
変化しないため、支出も変化しない。これは、財政変動の経済効果を否定した、いわ
ゆる「中立命題(Ricardian Equivalence Theorem)」の想定する世界である。この世界
では、財政政策は経済に対して常に中立的であるため、中央銀行がマネーの供給量を
適切にコントロールすれば、物価もコントロールできる。インフレやデフレが発生す
るとすれば、それは、マネーの供給量が適切にコントロールされていないためである。
そうしたインフレやデフレは、Monetary View によって説明できる。
(ケース3)政府が Leader で、中央銀行が Follower の場合
このケースは、中央銀行に独立性がなく、また、政府の裁量的な財政政策を拘束す
るルールがない場合に起きる。すなわち、Leader である政府が減税を実施すると、中
央銀行が Follower として、政府のソルベンシー条件を満たすように、マネーを増加
させる。そして、マネーによる財政赤字のファイナンスは、インフレをもたらす7
。こ
のインフレのそもそもの原因は、政府が財政赤字を拡大させたことにあるが、財政赤
7
このケースは、Sargent and Wallace[1981]によって、「マネタリストの不愉快な算術」として分析
された。
13
字を中央銀行がファイナンスしてしまうからこそ、インフレが発生する。その意味で、
このインフレも「貨幣的現象」であり、Monetary View によって説明可能である。
(ケース4)政府も中央銀行も Follower の場合
このケースでは、今日の減税が、明日の増税とマネーの増加のいずれによってファイ
ナンスされるか定まらない。あるいは、明日の増税とマネーの増加のそれぞれがどの程
度ファイナンスに寄与するか定まらないケースである。この場合、民間の先行き予想が
定まらないので、物価の水準は一意には定まらない8
。
このように、物価の変動メカニズムは、中央銀行と政府の行動パターンの組み合わせ
によって異なるものと考えられる。図表3は、上記4つのケースを改めて整理したもの
である。重要な点は、どれか1つのケースが普遍的に成立するというわけではなく、物
価がどのようなメカニズムで変動するかは、中央銀行と政府の行動パターンの組み合わ
せ次第で変わり得るということである。
(図表3)今期の減税に対して、民間は何を予想し、その結果、何が起こるか?
Leader Follower
Leader
(ケース1)
民間は「今日の減税は明日の増税を伴わ
ない」と予想する。財政余剰の現在価値
の低下によって恒常所得が増加するの
で、消費が増加し、物価が上昇する。
(ケース3)
民間は「今日の減税はマネーの増加でフ
ァイナンスされる」と予想する。その結
果、物価が上昇する。
Follower
(ケース2)
民間は「今日の減税は明日の増税」と予
想する。財政余剰の現在価値は変化しな
いので、恒常所得も変化せず、経済には
影響を与えない(中立命題)。
(ケース4)
民間は、今日の減税が、明日の増税とマ
ネーの増加のいずれによってファイナ
ンスされるかわからない。したがって、
物価の水準は一意には定まらない。
Fiscal View Monetary View
政府が Leader として財政余剰の推移を決定し、政府のソルベンシー条件を満たすよ
8 言い換えると、民間の予想次第で、物価が上昇する場合も下がる場合もあり得るという状況が発生
する。
中央銀行
政府
(財政当局)
14
うに、民間の行動変化を誘発する財政政策は、「非中立型財政政策(Non-Ricardian
Fiscal Policy)」と呼ばれる。一方、経済に発生したいかなるショックに対しても、政
府が Follower として自らのソルベンシー条件を満たすように、財政余剰をコントロー
ルする財政政策は、「中立型財政政策(Ricardian Fiscal Policy)」と呼ばれる。中立型
財政政策は、政府の行動が民間部門の恒常所得に影響を与えない政策であり、「中立命
題」が前提とする政策である。既述の通り、財政赤字や国債残高のGDP比率に上限を
設定した財政ルールは、中立型財政政策の典型例である9
。逆に言うと、そうした財政ル
ールが設定されていない状況で、政府が財政政策を行うことは、非中立型財政政策と解
釈することができる。経済にショックが発生しても財政余剰を全く変化させない政策―
―つまり、政府が何のアクションもとらない政策――も、非中立型財政政策の一種であ
る。
4.金融政策と財政政策の物価安定に果たす役割
前節では、中央銀行と政府の行動パターンの組み合わせによって、物価の変動メカニ
ズムが異なることをみた。それでは、物価の安定は、前掲図表2における中央銀行と政
府の行動パターンの4つの組み合わせのうち、いずれのケースにおいて達成されるであ
ろうか。中央銀行に Leader としての独立性がないケース3とケース4では、金融政策
によって物価の安定は達成できない。残るケース1とケース2のうち、どちらのケース
において、物価の安定は達成されるであろうか。つまり、中央銀行に Leader としての
独立性が与えられた時に、政府も Leader として非中立型財政政策を運営すべきであろ
うか、それとも、Follower として中立型財政政策を運営すべきであろうか。この点を明
らかにするために、以下では、経済がゼロ金利制約に直面しない平時の状況にある場合
とゼロ金利制約に直面する場合とに分けて考察する。
4.1. 平時において物価安定を達成するための政策の枠組み
4.1.1. 中央銀行の独立性は物価安定の十分条件か
政府が税収や歳出を調整することによって財政余剰の現在価値を変化させると、消費
9
詳しくは、Woodford[2001]を参照。
15
者は生涯を終えるまでに資産を使いきるように支出を変化させる。その結果、財市場の
需給が変化し、物価水準が変化する。したがって、財政以外の要因で総需要が変動した
場合――例えば、世界景気の低迷により純輸出が減少した時――、政府がその影響を相
殺するように財政余剰の現在価値を調整することができるならば、非中立型財政政策は
経済活動の落込みや物価の下落を防ぐことができる。しかし、実際には、需要変動の影
響を相殺するように、政府が機動的な非中立型財政政策を実施することは難しい。なぜ
なら、同政策が経済に及ぼす影響は、「財政余剰の現在価値に対する民間の予想
..
」に基
づくものであり、裁量的な非中立型財政政策の繰り返しは、民間の予想を混乱させ、所
期の目的を達成できなくするためである。また、裁量的な財政政策は、意思決定から効
果発現までのラグが長く、景気循環の振幅を拡大させ易いといった問題も従来から指摘
されている。
こうした点を考慮すると、政府は、財政政策を経済に対して中立的になるように維持
することが望ましいということになる。つまり、政府が中立型財政政策を採用したうえ
で、中央銀行が Leader として金融政策の運営にあたることが、物価安定のために望ま
しい政策の組み合わせと言える10。金融政策は財政政策に比べ機動性が高く、そうした
特性を活かして、経済の変動に対してシステマティックに金融政策が運営されれば、民
間の期待形成も安定化する。中央銀行が Leader として金融政策を遂行するということ
は、インフレ率やGDPギャップで表される経済情勢に基づいて政策判断を行うことを
意味する。言い換えると、財政赤字のファイナンスを容易にするという考慮が、金融政
策の判断基準になることはないことを意味している。金融政策ルールとして有名なテイ
ラー・ルールは、インフレ率とGDPギャップに基づいて政策金利を決めるものであり、
これは Leader としての中央銀行の行動原理を表した典型例と言えよう。
以上の考察を踏まえると、前掲図表2のケース2の組み合わせ、つまり、中央銀行が
Leader、政府が Follower という組み合わせが、平時における物価安定策としては望ま
しいことになる。ここで重要なポイントは、中央銀行に Leader としての独立性があっ
ても、それだけでは物価安定の十分条件にはならないということである。なぜなら、政
府も Leader として非中立型財政政策を運営した場合には、ケース1が実現し、金融政
策だけでは物価の安定を達成することが困難となるためである。物価安定のためには、
政府が財政ルールを遵守し、財政余剰の現在価値に対する民間の期待を安定化させるよ
10 より理論的な説明に関しては、Woodford[2001]を参照。
16
う、Follower として行動することが必要となる。言い換えれば、中立型財政政策を維持
するような制度的枠組みがなければ、独立した中央銀行が金融政策の運営を行っても、
物価安定の実現が保証される訳ではない。このように考えると、Fiscal View の意義は、
「インフレやデフレが財政的現象である」ことを指摘した点にあるのではなく、むしろ、
「インフレやデフレが究極的に中央銀行によってコントロールできる貨幣的な現象で
あるようにするためには、政府が中立型財政政策を採用することが重要である」ことを
明らかにした点にあると言えよう。
4.1.2. 欧米における財政ルール
図表4は、欧米で現在採用されている財政ルールを整理したものである。これらのル
ールは、政府の裁量的な財政政策を抑制するために、フローの財政収支やストックの政
府債務残高に何らかの制約を設けたものであり、中立型財政政策と解釈できる。つまり、
中央銀行に Leader としての独立性が付与されたもとで、政府が Follower として行動す
るような制度的枠組みが設定されていると解釈できよう。
(図表4) 欧米諸国における財政ルール
英国
ブレア政権は、1998 年度の予算案作成にあたって、「財政安定化規律(Code of Fiscal
Stability)」を発表したが、その中で、以下の2つの財政政策ルールにコミットした。
@ゴールデン・ルール:単年度ではなく、景気循環を通して、経常収支(=経常支出
−経常収入)を均衡あるいは黒字に維持する。
Aサステイナブル・ルール:景気循環を通して、ネット公債残高の対GDP比を安定
的かつ健全な水準に維持する(安定的かつ健全な水準については 40%が目処とされ
ている)。
ユーロ
域内国
1992 年2月に調印されたマーストリヒト条約では、1997 年までに、@一般政府の財政
赤字対GDP比を3%以下に抑えること、Aグロス政府債務残高の対GDP比を 60%
以下とすることが義務づけられた。1997 年以降は、安定成長協定(Stability and Growth
Pact)により、一般政府の財政赤字対GDP比を3%以下に抑えることを目処としつ
つ、中期的な均衡財政を維持することが義務づけられている。
米国
1985 年のグラム・ラドマン・ホリングス法により、毎年の財政赤字削減目標を制定し、
1991 年度の収支均衡が目標として掲げられた。その後、1990 年包括財政調整法により、
歳出について以下の2つのルールが導入された。
@キャップ制:裁量的支出について、国防、非国防国内、非国防国外の各項目に上限
を設定。
APay-as-you-go ルール:義務的支出について、新たな支出増加を伴う政策を策定した
場合には同額の財源補填策を必要とする。
17
ちなみに、インフレーション・ターゲティングを採用している英国では、上記の財政
ルールを設定しているほか、大蔵省が財政政策の目的を「短期的には財政の自動安定化
装置を活用することなどによって金融政策をサポートすること」(HM Treasury[1999])
と明記している11。また、欧州中央銀行も、金融政策の有効性を達成するうえで、ユー
ロ域内各国における財政ルールを重視した健全な財政政策の運営が非常に重要である
ことを強調している(ECB[2001]参照)。
また、米国において、近年物価安定が維持されてきた背景として、金融政策と財政政
策の両方の要因が指摘される。金融政策については、政策金利がテイラー・ルールによ
って概ねトレースできるなど、システマティックに運営されてきたことはしばしば指摘
されるところである。しかし、Fiscal View の考えに立つと、そうしたシステマティッ
クな金融政策運営に加え、米国政府が中立型財政政策を採用してきたことも重要な要因
として指摘される12。
4.2.ゼロ金利制約時における財政政策の役割
4.2.1. 景気刺激的な非中立型財政政策の役割
政府が中立型財政政策を採用し、中央銀行が物価の安定を実現するという経済政策の
枠組みは、金融政策の主たるトランスミッション・メカニズムである金利チャネルが有
効に機能するという通常の経済を前提としている。しかし、そうした政策の枠組みは、
ゼロ金利制約に直面し流動性の罠13に陥った状況においても、うまく機能するであろう
11下記は、HM Treasury[1999]の該当部分の抜粋である。
Given the central importance of economic stability, the key objectives of the Government’s fiscal policy are:
・over the medium term, ……(中略)……
・over the short term, supporting monetary policy, where possible, by:
--- allowing the automatic stabilizers to play their role in smoothing the path of the economy in the face of
variations in demand; and
--- where prudent and sensible, providing further support to monetary policy through changes in the fiscal
stance. For example, it is likely to be more appropriate to change the fiscal stance in this context if the
economy is projected to be some way from trend.
12 例えば、Christiano and Fitzgerald[2000a,b]を参照。
13「流動性の罠」には幾つかの解釈が存在するが、ここでは単純に、「名目金利に低下余地がない状
況、すなわち、ゼロ金利制約を受けた状況」と定義する。例えば、この定義に従えば、近年のわが国
では、短期金融市場はほぼ流動性の罠に陥っているということができよう。なお、ケインズが定義し
た流動性の罠とは、長期金利が極限まで低下し、そこから先はむしろ金利上昇によるキャピタルロス
を恐れて、人々が長期債投資よりも貨幣を保有することを選好する状況を指す。わが国の現在の状況
が、ケインズの定義した流動性の罠に相当するか否か、すなわち、長期金利に一段の下げ余地が存在
するか否かは評価が難しいように思われる。
18
か。ゼロ金利制約によって金融政策の有効性が著しく低下した時に、中立型財政政策を
運営するということは、負の需要ショックの発生による税収減を補うために、増税ない
し歳出の削減を行うことを意味する。これは、負の需要ショックがもたらすデフレ・イ
ンパクトを拡大させる可能性を高める。
既述の通り、Fiscal View の物価の変動メカニズムは、財政余剰の現在価値の変動を
背景とした資産効果に基づいたものであり、経済がゼロ金利制約に直面していても機能
する。Fiscal View は、このような考え方に基づき、ゼロ金利制約に直面した経済がデ
フレの罠から脱却するための処方箋として、「政府が中立型財政政策から非中立型財政
政策へ政策転換すること」が望ましいと考える14。通常の経済においては、財政余剰の
現在価値を変化させて、経済の安定を実現しようとする非中立型財政政策は、民間部門
の期待を不安定化させることから望ましくない。しかし、Fiscal View によると、ゼロ
金利制約によって中央銀行の物価の制御能力が低下した場合には、財政政策にも物価安
定を達成するうえで重要な役割があることになる。すなわち、政府が財政余剰の現在価
値を低下させる非中立型財政政策へ転換することによって、デフレ圧力を抑制するとい
う役割である。これは前掲図表2でいうと、ケース1に相当する15。
概念的には以上のような整理が可能であるが、ここで留意する必要があるのは、財政
余剰の現在価値の低下は、単に「今日の減税」や「今日の財政支出の増加」で実現する
ものではないということである。それらの政策が将来の増税予想を生み出す場合には、
財政余剰の現在価値は減少しない。財政余剰の現在価値を低下させる「非中立型財政政
策」とは、概念的には「明日の増税」という予想を伴わないようにして実行される「今
日の減税」や「今日の財政支出の増加」を指している。
なお、財政赤字を拡大させる景気刺激的な非中立型財政政策を実施すると、名目の政
府債務残高は一時的に増加する。しかし、Fiscal View が想定する世界では、財政余剰
の現在価値の低下が物価や名目GDPの上昇をもたらすので、政府債務残高が増加して
も、政府債務残高のGDP比率は上昇するとは限らない。むしろ、同比率が低下する可
能性もある。
14 流動性の罠における財政政策の役割について、Fiscal View に基づき分析した研究としては、
Benhabib et al.[2000]や Woodford[2001]を参照。
15 中央銀行がゼロ金利制約に直面しても、ゼロ金利政策の実施が景気の悪化に対処したものであっ
て、財政赤字の穴埋めのために行うものでなければ、中央銀行は Leader である。したがって、この
ケースは、前掲図表2では、ケース3ではなく、ケース1に該当する。
19
4.2.2. 理論上の留意点
ゼロ金利制約下での非中立型財政政策に関して、理論上の留意点を3点指摘しておこ
う。
第1に、ゼロ金利制約時に財政赤字を拡大させる(財政余剰を低下させる)ことが望
ましいという Fiscal View の主張は、流動性の罠下での財政政策の役割を重視した伝統
的なケインジアンの主張と同じである。ただし、伝統的なケインジアンの主張では、経
済主体の将来予想という視点を欠いており、「当期の財政赤字の規模」が重要とされる。
これに対して、Fiscal View は、経済主体の将来予想を明示的に取り入れ、「将来にわた
る財政余剰の現在価値がどう変化するかという民間の期待」が重要であることを強調す
る点で、伝統的なケインジアンの主張とは異なっている。すなわち、伝統的なケインジ
アンでは、非効率な公共投資であっても、今期の財政赤字が拡大すれば、有効需要の増
加につながると考える。しかし、Fiscal View では、そうした非効率な公共投資が将来
の納税負担の増加につながると民間部門が予想してしまうと、財政余剰の現在価値が実
質的に減少することはないため、需要は創出されず、したがって、物価の上昇も期待で
きないということになる。
第2に、民間部門のフォワード・ルッキングな期待形成を前提にすると、政府は、非
中立型財政政策への転換をゼロ金利制約に直面してから宣言するよりも、平時における
中立型財政政策の景気弾力条項として事前にコミットしておく方が、政策効果は強まる
と言える16。なぜなら、経済情勢と関連付けた弾力条項を事前に設定しておけば、経済
に強い下方ショックが発生した場合でも、民間に財政余剰の現在価値の低下予想が生ま
れ、経済の大きな悪化を防ぐことが可能となるためである。
第3に、経済が実際に流動性の罠にはまり、景気刺激的な非中立型財政政策を発動す
る場合、将来どのような状況になれば、中立型財政政策に復帰するかを事前にコミット
しておく方が政策の有効性を強めることが理論上示唆される。すなわち、経済がどのよ
うな状況になれば、平時の中立型財政政策の運営に再転換するかを、非中立型財政政策
を発動する際にコミットすることである。例えば、「経済が安定成長軌道に乗るまで減
税を継続し、それを達成した段階で中立型財政政策にレジーム転換する」というように、
経済情勢に関連付けた出口政策にコミットすることが一案である17。こうしたコミット
16 例えば、Sims[1999]を参照。
17 経済情勢と関連付けずに、終了時期だけをコミットしてしまうと、予期せぬショックによって、
達成期限の先延ばしを繰り返すことになり、コミットメントのクレディビリティーが失われる可能性
20
は、「財政余剰の現在価値が十分低下したと国民に納得してもらうまで、非中立型財政
政策を継続する」ことを約束することに等しく、政策の有効性やクレディビリティーを
高めることになる18。また、そうした出口政策にコミットしておかないと、将来におい
て中央銀行が物価をコントロールできる状態が保証されないので、財政規律の緩みなど
から将来の物価が不安定化するリスクがある。その結果、インフレのリスク・プレミア
ムが拡大し、長期金利が上昇することによって、現在の政策効果を減殺してしまうと考
えられる。財政規律の喪失懸念をもたらさないようにするためには、将来の物価を中央
銀行がコントロールできる財政環境を整備しておくこと、言い換えれば、中立型財政政
策への再転換をコミットしておくことが重要となる。
5.おわりに
以上、Monetary View と Fiscal View の紹介を行うとともに、金融政策と財政政策の
物価安定に果たす役割について理論的な整理を行った。重要な点は、Monetary View と
Fiscal View のうち、いずれか1つの見方が普遍的に妥当するということではなく、物
価がどのようなメカニズムで変動するかは、中央銀行と政府の行動パターンの組み合わ
せ次第で変わり得るということである。中央銀行の独立性が確保されていない状況では、
マネーの供給量が財政余剰の変動に左右され得るため、金融政策だけでは物価安定の達
成が困難となる。しかし、中央銀行の独立性が確保されても、政府の財政政策が裁量的
に行われる場合は、財政余剰の現在価値が変動する結果、民間部門の支出が変化し、物
価が不安定になる可能性がある。
そして、Monetary View と Fiscal View の2つの見方を重ねあわせてみると、「インフ
レやデフレが究極的に中央銀行によってコントロールできるようにするためには、財政
政策の役割も重要である」というインプリケーションが得られる。すなわち、政府は、
がある。
18 中立型財政政策に将来戻ることが予想された場合、現在の非中立型財政政策が景気刺激効果を持
つのかという疑問もあろう。単純化のために、現在(1期目)と将来(2期目)の2期モデルを考え
てみると、2期目において中立型財政政策が採用されることが予想されていても、1期目の財政余剰
の現在価値(1期目の財政余剰と2期目の財政余剰の現在価値の和)を低下させることは可能である。
すなわち、2期目の財政余剰を変更することなく、1期目の財政余剰のみを低下させることによって、
1期目の財政余剰の現在価値は低下する。
21
@平時においては、民間部門の行動調整を誘発しない中立型財政政策を実施すること、
Aただし、流動性の罠に陥り金融政策の有効性が低下しているケースでは、景気刺激効
果を有する非中立型財政政策に転換すること、が理論的には望ましいことが示された。
(ゼロ金利制約下の様々な政策提案)
近年、わが国では、経済活動が総じて停滞している中、物価は緩やかな下落を続けて
いる19。このような状況のもとで、様々な政策提案が行われている。ここでは、そうし
た様々な政策提案の具体的評価には立入らずに、それぞれの政策提案が Monetary View
や Fiscal View に照らして、どのように位置付けられるかを整理する。
第1の政策提案は、「積極的な金融政策」である。これは、マネー(マネタリーベー
ス)をより積極的に増加させることで、金融緩和効果を高めようというものである。し
かし、既述の通り、ゼロ金利制約下では、Monetary View の最もオーソドックスなトラ
ンスミッション・メカニズムである金利チャネルが機能しないため、金融政策単独で物
価をコントロールすることは難しい。また、金利チャネル以外のトランスミッションを
経由することで――例えば、金融資産間のポートフォリオのリバランスを起こすことで
――、金融政策の有効性が引続き確保されている場合でも、財政余剰の現在価値の増加
懸念があると物価の上昇圧力はなかなか生まれ難い。現在、わが国では積極的な金融政
策が採用され、マネタリーベースは非常に高い伸びを示しているが、物価は依然緩やか
に下落している(BOX1参照)。このことは、@Monetary View がゼロ金利制約下では
妥当しないことを示しているのか、Aそれとも、政策効果がトランスミッションのラグ
からまだ現れていないだけなのか、Bあるいは、増税懸念や年金不安など財政余剰の現
在価値の増加懸念が物価上昇圧力を減殺しているのか、見解は分かれよう。
第2の政策提案は、「積極財政」である。積極財政とは、伝統的には減税や歳出増と
定義される。これらによって、財政余剰の現在価値が低下すれば、物価は上昇すること
になる。ただし、財政政策のスタンスが経済に対して刺激的か否かを評価するためには、
表面的な財政赤字の規模ではなく、景気変動の影響を調整した構造的財政収支をみる必
要がある。また、当期の構造的財政収支が赤字であっても、現在価値でみた場合に、財
政が景気刺激的であると評価できるかどうかを考えなければならない。例えば、近年に
おける日本の財政状況をみると(BOX 2参照)、財政余剰のマイナス幅(財政赤字)
19 わが国の物価動向や物価安定を巡る論点整理については、日本銀行調査統計局[2000]や白川・門
間[2001]を参照。
22
が拡大し、一般政府の対民間債務残高のGDP 比は、1991 年にボトムをつけた後かなり
高い水準にまで上昇している。Fiscal View に基づいて物価動向を分析する際には、こ
うした財政収支の変動のうち、景気循環要因を除く構造的な財政赤字はどれだけあるか、
そして、そうした財政政策のスタンスが、財政余剰の現在価値の低下予想につながって
いるのかどうかを考える必要がある。現在の財政赤字の拡大が将来の増税懸念や年金不
安を惹起するのであれば、財政余剰の現在価値に対する民間の予想はむしろ増加するこ
とも可能性として考えられる20。その場合、今期の減税や歳出増加が、かえって、逆効
果となることも考えられる。
第3の政策提案は、「財政再建」である。財政再建は、財政赤字や政府債務残高の
GDP 比率の目標達成を目指して、増税や歳出削減を実施することと定義される。一般
的に言うと、ゼロ金利制約によって金融政策の有効性が低下したもとでは、こうした緊
縮的な財政政策の実施は、財政余剰の拡大を通して、総需要減少の影響を大きくし物価
を下落させると考えられる。ただし、非効率な財政支出が多くなされている場合や過度
な納税負担が将来に先送りされているような場合には、現時点の歳出削減や増税が、財
政支出の効率化や課税の平準化を通して、財政余剰の現在価値を低下させることも考え
られる21。その場合、恒常所得の増加をもたらし、民間部門の支出増加や物価水準を高
めることになる。
第4の政策提案は、「経済構造改革」である。積極財政や財政再建は、将来にわたる
財政余剰の推移自体を変化させることによって、財政余剰の現在価値に影響を与えるが、
経済構造改革は、潜在成長率の上昇など経済の供給サイドの変化を通して、財政余剰の
現在価値に影響を与え得る。例えば、財政余剰の将来にわたる推移が変わらなくても、
それを割り引く際の割引率である均衡実質金利が潜在成長率の上昇によって高まれば、
財政余剰の現在価値も低下する。このことは、民間部門が将来の納税負担が重いと感じ
るかどうかは、将来の成長期待に依存することを考えれば、理解できよう。
以上は、いずれも理論的・概念的な整理であり、これから直ちに何が望ましい政策で
あるのか結論が出るわけではない。積極的な金融政策について言えば、マネタリーベー
20 実際、日本では、1990 年代後半以降、増税懸念や年金不安が国民の間で高まり、それが消費抑制
の一因となっていることが、各種アンケート調査によって窺われる。例えば、日本銀行情報サービス
局「生活意識に関するアンケート調査」(http://www.boj.or.jp/)を参照。
21 財政再建が景気回復をもたらし得ることに関しては、Bertola and Drazen [1993]、Blanchard[1990]、
Giavazzi and Pagano[1990,1995]、Perotti[1999]を参照。
23
スの増加が、ゼロ金利制約下でも物価の上昇をもたらすかどうかがポイントになろう。
積極財政については、@財政赤字の規模が膨らんだ下でも、財政余剰の現在価値の低下
を目指した政策が、金融市場の信認を得られるか、Aそして、政策の経済効果が現れる
までに民間の信認を維持し続けることが可能か、B経済情勢との関係でどの程度即効性
や持続性のある方策が打ち出せるか、といった点がポイントとなろう。また、財政再建
については、財政余剰の現在価値を低下させることも理論的には可能であるが、現実に
どういった影響が出るかは、実行される財政再建の内容によって変わり得よう。経済構
造改革については、潜在成長率の上昇が見込まれるようになるまでに長期の期間を要す
る可能性があり、即効性のある方策とは必ずしも言えない面がある。その場合、他のど
の政策オプションと組み合わせることが望ましいのかといった点がポイントとなろう。
いずれにせよ、Monetary View と Fiscal View による議論の整理は、経済政策運営を
考える際に、1つの視点を提供しているように思われる。
以 上
24
下図は、マネー(マネタリーベースとM2+CD)とCPIの推移を示したものである。
70〜80 年代を大局的に捉えれば、マネーとCPIの間には正の相関がある。つまり、両者
の伸び率がともに非常に高い局面やともに低い局面を含むような長期の時系列でみれば、緩
やかな正の相関が観察される。しかし、近年では、マネーが伸び続ける中、CPIは横這い
ないし下落傾向が続いており、正の相関が窺われていない。
-5
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
マネタリーベース
M2+CD
CPI
(前年比%)
7 0 7 1 72 7 3 7 4 75 7 6 7 7 78 7 9 8 0 81 8 2 8 3 84 8 5 86 87 8 8 89 90 9 1 92 93 9 4 95 9 6 9 7 98 9 9 0 0 01 0 2
(年)
90
100
110
120
130
140
150
160
170
180
190
200
210
220
9 0 9 1 9 2 9 3 9 4 9 5 9 6 9 7 9 8 9 9 0 0 0 1 0 2
マネタリーベース
M2+CD
CPI
(1990年=100)
(年)
(出所)総務省「消費者物価指数」、日本銀行「金融経済統計月報」
[BOX1.マネーと物価]
25
本文では、説明を単純化するために、政府債務を中央政府の国債のみに限定して説明した。
しかし、現実の世界で、民間部門と経済活動の面で関係のある政府とは、中央政府のほかに、
地方政府と社会保障基金を含んだ「一般政府」である。したがって、本文中(4)式の左辺分
子の「政府の対民間債務残高」は、国債ではなく、「一般政府」の債務として考えることが
適当である。
左下図が示すように、日本では、一般政府の対民間債務残高のGDP比が、91 年にボト
ムをつけた後、最近では財政赤字の拡大を背景に、非常に高い水準にまで上昇している。
なお、統合政府の異時点間の予算制約式(4)式において、政府の対民間債務残高の実質値
と等しくなるのは、将来にわたる財政余剰やマネタリーベースの変化幅の割引現在価値であ
り、右下図で示した各期の実績値ではない。
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
50
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01
50
60
70
80
90
100
110
120
130
140
150
一般政府の対民間債務残高[左目盛]
(参考)一般政府のグロス債務残高[右目盛]
(年)
(GDP比、%) (GDP比、%)
-8
-6
-4
-2
0
2
4
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01
財政余剰
マネタリーベースの変化
(年)
(GDP比、%)
(注)一般政府の対民間債務残高は、「一般政府のネット債務残高−日銀の保有国債残高+日銀への政府の預け金」
を示したもの(末残ベース)。財政余剰は、「一般政府のプライマリー・サープラス」を示したもの。マネタリ
ーベースの変化幅は、平残前年差を示したもの。
(出所)OECD「Economic Outlook」、日本銀行「金融経済統計月報」
一般政府の債務残高 マネタリーベースの変化幅と財政余剰
[BOX2.日本の財政状況]
26
参考文献
白川方明・門間一夫、「物価の安定を巡る論点整理」、『日本銀行調査月報』、2001 年 11 月号
日本銀行調査統計局、「わが国の物価動向――90 年代の経験を中心に――」、『日本銀行調査月
報』、2000 年 10 月号
Benhabib, Jess, Stephanie Schmitt-Grohe, and Martin Uribe, “Avoiding Liquidity Traps,” mimeo, New
York University, 2000
Bertola, Giuseppe and Allan Drazen, “Trigger Points and Budget Cuts : Explaining the Effects of Fiscal
Authority,” American Economic Review, 83, 1993
Blanchard, Oliver, “Comment,” NBER Macroeconomics Annual, 5, 1990
Christiano, Lawrence J. and Terry J. Fitzgerald, “Price Stability: Is a Tough Central Bank Enough?,”
Economic Commentary, Federal Reserve Bank of Cleveland, 2000a
Christiano, Lawrence J. and Terry J. Fitzgerald, “Understanding the Fiscal Theory of the Price Level,”
Economic Review, 36(2), Federal Reserve Bank of Cleveland, 2000b
Cochrane, John, “Money as Stock: Price Level Determination with No Money Demand,” NBER Working
Paper, No.7498, 2000
European Central Bank, “Fiscal Policies and Economic Growth,” ECB Monthly Bulletin, August 2001
Friedman, Milton, Inflation : Causes and Consequences, Asia Publishing House, 1963
Giavazzi, F. and M. Pagano, “Can Severe Fiscal Contractions be Expansionary? Tales of Two Small
European Countries,” NBER Macroeconomics Annual, 1990
Giavazzi, F. and M. Pagano, “Non-Keynesian Effects of Fiscal Policy Changes : International Evidence
and the Swedish Experience,” NBER Working Paper, No.5332, 1995
HM Treasury, “Analyzing UK Fiscal Policy,” http://www.hm-treasury.gov.uk, 1999
Leeper, Eric, “Equilibria under Active and Passive Monetary and Fiscal Policies,” Journal of Monetary
Economics, Vol.27, 1991
Mankiw, N. Gregory, Macroeconomics, Worth Publishers, 1992
Perotti, Roberto, “Fiscal Policy in Good Times and Bad,” Quarterly Journal of Economics, Vol.114, 1999
Sargent, Thomas J. and Neil Wallace, “Some Unpleasant Monetarist Arithmetic,” Quarterly Review,
Federal Reserve Bank of Minneapolis, Fall 1981
Sims, Christopher A., “The Precarious Fiscal Foundations of EMU,” De Economist, 147, No.4, 1999
Woodford, Michael, “Control of the Public Debt: A Requirement for Price Stability?,” NBER Working
Paper, No.5684, 1996
Woodford, Michael, “Fiscal Requirements for Price Stability,” NBER Working Paper, No.8072, 2001
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2002/data/ron0207a.pdf
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