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人民元の流出阻止図る中国政府vs. 売り急ぐ国民
中国では資金流出をめぐる政府と国民の攻防が激しさを増している
資金流出が加速する中、中国政府は個人の外貨両替限度額を見直すべきかどうか判断を迫られている
By INGLING WEI
2016 年 12 月 8 日 18:00 JST
【深セン】専業主婦のシェン・ジアさん(36)の新年の抱負は、2017年になったらすぐにできるだけ多くの人民元を米ドルと交換することだ。
他の中国国民と同様に、シェンさんは年間5万ドル(約570万円)相当の人民元を外貨に両替できるが、元相場が下落したことで数カ月前に今年分の枠を使い切ってしまった。シェンさんの家族や親戚も同じだ。
中国政府が資金流出と外貨準備の減少を必死で食い止めようとしている中、個人の年間外貨両替限度額が再び見直される可能性が出ている。
元売り圧力は弱まっていない。中国人民銀行(中央銀行)が7日発表した11月末の外貨準備高は690億ドル減って3兆0520億ドルとなり、11年3月以来の低水準に落ち込んだ。減少は5カ月連続で、その幅は今年1月(約1000億ドル)以来の大きさを記録した。
海外旅行でドルを使おうと考えているシェンさんは「みんな人民元はもっと下落すると予想している。だから急がなければ」と話した。
資金流出の加速が見込まれていることで、中国政府は外貨両替限度額を見直すべきかどうか判断を迫られている。政府関係者らは、非公式にその可能性を否定しながらも、この問題を懸念していることを認めている。
ある政府顧問は「人民元の一方的な下落が続くと人々が考えれば、当然、彼らはもっと外貨と交換したがるだろう」と語った。
ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの中国担当エコノミスト、ハリソン・フー氏は、今後、家計の外貨購入制限が強化される可能性が高いと予想。「『(金融当局の)窓口指導』を受けて、銀行は暗黙の数量規制を課すかもしれない」と述べた。
個人の外貨両替限度額は、幅広い金融自由化の一環として、07年に2万ドル相当から5万ドル相当に引き上げられた。限度額の引き下げは、経済についての悲観的なメッセージを送ることになり、人民元のろうばい売りを招くリスクを高める。だが引き下げなければ、今ある資金が大量に流出して元相場に打撃を与え、人民銀行は外貨準備のさらなる取り崩しを余儀なくされかねない。
今のところ中国の外為当局は、外貨両替限度額が引き下げられるとの臆測を退け、資金を国内にとどめるための別の方法を試みている。国務院(内閣)は先ごろ、中国企業による海外投資の抑制を目的とする新しい規則を制定。また、規制当局は銀行に対し、外国企業と国内企業両方の国外送金額を大幅に制限するよう指示した。
さらに当局者らは、資金流出を防ぐために「良心に訴える」という手段に出た。先月末、中国共産党の機関紙「人民日報」には、人民元を外貨に交換する「大衆にやみくもに従わない」よう国民に呼び掛ける記事が掲載された。
人民銀行が15年8月に突然、人民元を切り下げた後、同年末に資本逃避の不安が広がり始めた。同行はこれを食い止めようと、元相場を下支えするために大規模な市場介入を行った。今年初めに新しい為替制度が制定されたのも元相場の安定化が目的だった。
国際通貨基金(IMF)が特別引き出し権(SDR)の構成通貨に人民元を正式に採用した直後の10月上旬以降、中国政府は元安を容認する姿勢を強めている。米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利してからドルが急上昇したことで、ドルに対する元の下落率は年初来で6%に達している。
元安が続く中、米国に留学している学生の親など、所得は人民元で受け取っているが支払いはドルで行わなければならない中国人にとって、外貨両替枠を早急に使うことが急務となっている。アナリストと銀行関係者によると、中国では、例えば家族の誰かが海外で不動産を購入できるように、この枠を使わないで取っておくことが多い。
企業も外貨を多めに保有しようとしている。北米市場で製品を販売している深センの玩具メーカーのオーナー、ドゥー・ヤーリアンさんは、ドル建ての利益を人民元と交換するのをできるだけ先延ばししている。他の多くの輸出業者と同様に、ドゥーさんも元相場がさらに下落すると利益が得られるデリバティブ取引を行っている。
世界の大手金融機関が参加する国際的な組織である国際金融協会(IIF)は、今年1?10月の中国からの資金純流出額は5300億ドルと試算している。だが一部のアナリストは、中国では人民元をドルと交換せずに、直接海外に送ったり持ち運んだりする企業と個人が増えているため、純流出額はIIFの試算を上回っているとみている。
先週末に北京で開かれたフォーラムにおける人民銀行の顧問、盛松成氏の発言内容を記録したものによると、同氏は人民銀行に対し、人民元に対する市場の信頼を維持するために外貨準備の一部を使用するよう提案した。
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インド中銀、利下げ見送りの代償は
By ANJANI TRIVEDI
2016 年 12 月 8 日 18:31 JST
――WSJの人気コラム「ハード・オン・ザ・ストリート」
***
インド準備銀行(中央銀行)は現金によってまひ状態に陥っている。市中では現金が不足し、銀行では現金があふれている。
中銀は7日、主要政策金利であるレポ金利を6.25%に据え置くという予想外の決定をした。11月9日にナレンドラ・モディ首相が突然、高額紙幣を廃止したことで経済が停滞したため、利下げは確実だというのが大方の見方だった。
中銀は実際のところ、経済成長見通しを下方修正している。だが、景気停滞と物価上昇が同時に起きるスタグフレーションに苦しんだ時と同様、インフレも警戒している。
高額紙幣廃止の計画が実行されて以降、1700億ドル(約19兆2500億円)もの現金が銀行に滞留していることから、中銀は利下げではなく、異常事態に陥った金融システムを修復しようとしている。
中銀は11月26日に現金準備率を4%から100%に引き上げるという場当たり的な措置をとった。今月7日にはさらに現金を吸収するため、政府の承認を得て6000億ルピー相当の特別債券の入札を実施した。また、現金準備率の引き上げ措置を10日に撤回すると発表した。
このことは、混乱しているインドの銀行にとっていくらか助けになるはずだ。一部の銀行は、手元資金が膨らんだため預金金利を引き下げた。だが預金は貸出金ほど圧縮することができない。銀行の預金残高に対する貸出金残高の割合を示す預貸率は、11月前半時点で大幅に低下していた。
実体経済は、打撃を受けていることを如実に物語っている。同国メディアの各種報道によると、消費財の販売は落ち込み、農産物の流通は滞り、不動産取引は干上がっている。高額の旧紙幣から新紙幣への交換は今年末まで続くため、経済への打撃はさらに拡大しそうだ。
すべての条件が同じであれば、利下げは避けられないはずだ。だが中銀は現金逼迫(ひっぱく)に対処しようとしている。利下げしないことの代償は痛みを伴うものになりそうだ。
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なぜ中国のスーパーから淡水魚が突然消えたのか
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
「禁止薬物検査」告知で浮かび上がった活魚売場の闇
2016年12月9日(金)
北村 豊
2016年11月19日、“北京物資学院”と“中国商業法研究会”が共同で主催する「第11回中国経済・法律フォーラムおよび市場流通法制フォーラム」が、北京市“通州区”にある北京物資学院で開催された。このフォーラムで中国の環境汚染に関する講演を行った“首都経済貿易大学”法学部教授の“高桂林”は、中国が直面する土壌汚染について次のように語った。
毒の環境と毒の米と
【1】中国は世界の9%にも満たない耕地面積で、世界人口の22%以上の人口を養っているというのに、環境問題が絶え間なく出現し、土地面積は絶えず減少している。大多数の農村地区や貧困地区では、その食物は主として地元政府からの配給に頼っている。但し、統計によれば、中国では2015年の食糧不足が3000万トンにも達したのに、土壌の重金属汚染を受けた食糧が毎年1200万トンに上り、その損失額は毎年200億元(約3300億円)に及んでいる。
【2】2014年に発生した湖南省の“鎘米(カドミウム汚染米)”事件<注1>の例を見れば分かるように、現在中国が直面している土壌汚染の問題は、従来から言われている環境汚染や生態破壊といった問題だけでなく、土壌汚染に起因する食品の安全に関わる事故が大衆の健康に危害をおよぼしていることに直接的かつ具体的に反映されている。土壌汚染とは、重金属、農薬、抗生物質や持久性の有毒有機物などの汚染物質が土壌に入り、土壌の自浄能力を上回って、土壌の物理的、化学的、生物的な性質を改変させ、農産物の生産量や品質を低下させて、人体の健康に危害をもたらす現象を指す。
<注1>湖南省のカドミウム汚染米事件は2013年に発生し、翌2014年に改めて問題が発生した。2013年の事件については、2013年5月30日付の本リポート「広東省の人々を不安に陥れたカドミウム汚染米」参照。
【3】土壌汚染は潜伏性と持久性という特徴を持ち、汚染物質が一旦土壌に入ると、土壌の中で数世紀にわたってその属性を持続し、主として皮膚接触、汚染された水、汚染された農作物の3ルートを経て人体に入り、人体細胞に病変を発生させる。土壌汚染の特徴は、これと同時に食品の安全に関わる問題の防止に困難をもたらしている。土壌と大気、水などの自然資源が相互に作用して、汚染速度や範囲を激化させ、汚染処理時にその難度とコストを増加させる。例えば、ごみ埋め立て場が作り出した土壌汚染は雨水を通じて地面に浸透して地下水を汚染し、汚染された地下水は河川へ流入したり、灌漑を通じて灌漑地区の土壌を汚染させる。
香港紙「東方日報」が2015年4月1日に報じた中国の土壌汚染に関する記事には以下の記述があった。
(1)湖南省は、古くから中国の米の主産地として知られ、“九州糧倉(中国の食糧倉庫)”<注2>と呼ばれていたが、今なお米の生産量は全国生産量の約60%を占めている。しかし、湖南省は非鉄金属の生産量が国内最高レベルの省の一つであることから、近年行われている非鉄金属の大規模な無秩序開発により土壌の重金属汚染が深刻化し、一部の米サンプルのカドミウム含有量は国家基準を21倍も上回っている。重金属が土壌に蓄積されると、土壌から放出されるまでには最短でも10年、長ければ100年が必要になる。
<注2>“九州”とは「中国全土」を指す。古来、中国は九つの州に分けられていたことに由来する。
(2)あるネットユーザーは、中国政府は口では「人権の第一要素は生存権だ」と言うが、もし庶民の「食べる」、「飲む」、「呼吸する」という基本的な生存活動すらも脅かされるなら、「人権はどこにあるのか」とインターネットの掲示板に書き込んだ。これを受けて、ある環境保護に関わる人物は次のように述べた。すなわち、“毒大米(毒の米=カドミウム汚染米)”だけでなく、中国の庶民が吸っているのは毒の空気であり、飲んでいるのは毒の水で、庶民は毎日24時間常に毒の環境の中に身を置いており、空気から土壌、さらには水まで汚染され、食道がんや肺がんを引き起こし、中国は総合的な汚染を形成している。
こうして見ると、中国の環境汚染は極めて深刻な状況にあり、土壌汚染によって米を含む食糧や野菜、果物などの食品類は安全性に問題があり、人体の健康に危害をもたらす危険性が高いということが言える。しかし、問題はそれだけにとどまらないのだ。
中国政府“国家食品薬品監督管理総局”(以下「国家食薬総局」)は、11月3日付で『経営面に重点を置いた水産物の特別検査を展開する通知』を同総局のウェブサイトに掲載した。この通知は“食品安全監督管理二司(食品安全監督管理二局)”が、北京市、遼寧省、河北省、山東省、上海市など12の省・市政府の食品薬品監督管理局に宛てたもので、11月から12月にかけて、北京市、瀋陽市(遼寧省)、石家荘市(河北省)、済南市(山東省)、上海市など12の大中都市で、水産物の品質安全およびその経営面における禁止薬物の違法使用に対する重点検査の実施を通知したものだった。
通知を合図に水槽が空に
国家食薬総局のウェブサイトにはこの種の通知が多数掲載されているし、同ウェブサイトは関係者以外で見ている人は少ないので、同通知は一般には知られていなかった。ところが、同通知の掲載から2週間が過ぎた11月17日頃から、北京市内で不思議な現象が出現し始めた。それは北京市内にある“物美(wu mart)”、“京客隆”、“超市発”など、多数の大型スーパーマーケット(以下「大型スーパー」)の“活魚(生きた魚)”売場から次々と淡水魚が消えたのである。活魚は一般に透明な水槽に入れられて販売されているが、その水槽の中に淡水魚は影も形もなかった。この現象は北京市のみならず、済南市でも見られた由で、済南市内の大型スーパー5軒で活魚売場の水槽から淡水魚が姿を消したと報じられた。
中国の海鮮レストランなどでは、水槽の中で泳いでいる魚を客自身が選んだり、店側が選んだ魚を客に見せて了解を取り付けた後に、その魚を調理して客に提供するのが通例である。近年では中国人も海水魚を大量に食べるようになったが、魚が生きていて新鮮であることを確認できる活魚では、何と言っても河や湖に生息する淡水魚が主流であり、今ではその多くを養殖に頼っているとは言え、淡水魚の人気は高い。従い、魚料理が好きな人は活魚の淡水魚を店から買って帰り、自宅で調理して食べる。活魚は“清蒸(調味料を使わずに蒸籠で蒸すこと)”するのが一般的であり、魚が蒸し上がったら千切りにしたネギを乗せ、加熱した油と醤油をさっとかけて食べるのだが、これが非常においしい。
淡水魚には、養殖が容易な“黒魚(ライギョ)”、“鯽魚(フナ)”、“鯰魚(ナマズ)”、“青魚(アオウオ)”、“鯉魚(コイ)”、“草魚(ソウギョ)などと、養殖が難しい“鱅魚(コクレン)”、“鰱魚(ハクレン)”、“鱸魚(スズキ)”<注3>などがあるが、代表的な料理魚として“四大家魚(四大料理魚)”と呼ばれているのは、アオウオ、ソウギョ、コクレン、ハクレンである。
<注3>“鱸魚(スズキ)”は海水魚だが、夏季には河川に入り、淡水魚になる。
さて、活魚売場から淡水魚が消えたことは消費者を驚かせて話題となり、多数のメディアが大型スーパーを取材したが、活魚売場の水槽は空っぽで、淡水魚の姿はそこになかった。これが報じられると、北京市では地元の水域で水質汚染が発生したことに起因するのではないかとの流言飛語が飛び交い、消費者に動揺が広がった。これを知った“北京市食品薬品監督管理局”(以下「北京市食薬局」)は、「北京市の水域に汚染はなく、水産物の合格率は9割に達している」と発表してデマを打ち消そうとしたが、消費者は誰も信じようとしなかった。
11月23日に雑誌「財経」のウェブサイト“財経網(ネット)”が、国家食薬総局から得た情報として、上述した12の大中都市において水産物関連の重点検査を実施する旨の通知が出されていること、国家食薬総局の“食品安全監督管理二司”が北京市内の市場で抜き取り検査の実施を予定しており、その抜き取り検査は家畜・家禽・水産物に対する抗生物質や禁止化合物の使用取り締まり活動の一環であることを報じた。この結果、活魚売場から淡水魚が消えたのは大型スーパーが取り締まりを警戒してのものであることが明らかになった。北京食薬局が言明している通り、北京市水域で産出された水産物の合格率が9割に達しているなら、北京市内の市場で抜き取り検査を行う必要があるのか、また、大型スーパーはどうして淡水魚を活魚売場から撤去したのか。それは北京市内の大型スーパーが販売する活魚の淡水魚には問題があるということなのか。北京の消費者の不信感は募るばかりであった。
原因はマラカイト・グリーン?
ところが、北京市では11月25日になると大型スーパーの活魚売場に淡水魚が突然復活したのだった。一度は活魚売場から姿を消した淡水魚が数日から1週間後に再度姿を現したのはなぜだったのか。消費者には何の説明もなく、その理由は不明のままだったが、唯一明白なことは、国家食薬総局が北京市内の活魚市場で抜き取り検査を行おうとしたのに対して、北京市食薬局は水産物の合格率は9割に達していると防御線を張っており、両者の立場は相対立していることである。
かつて商売をやっていたという北京市民は、メディアのインタビューに答えて、次のように述べた。すわなち、彼は過去に北京市内の多数の市場で商売を行ったが、どこの検査部門も“好処費(賄賂)”を取り、政府の検査があるようなら事前に商人へ連絡する。また、“北京市衛生監督所”は無作為に抜き取り検査するのではなく、全て商人が事前に準備した物を検査していたに過ぎなかった。今回、大型スーパーが活魚の淡水魚を水槽から撤収したのは、北京市食薬局の局員から事前連絡を受けたことによるものだと思われる。市場に需要があれば、カネを儲けたくない商人はいないはずであり、今の様に養殖技術が進み、交通・輸送条件が相当に良くなり、活魚が四季を通じて供給されるというのに、消費者が活魚を購入したくても買えないというのは異常としか言いようがない。
今回、活魚売場から淡水魚が消えた理由は何だったのか。この疑問に対する政府側の説明は一切無かったが、多数のメディアは今回の騒動の原因となったのは“孔雀石緑(マラカイト・グリーン)”の濫用と関係あるのではないかという疑念を報じた。マラカイト・グリーンは青緑色の塩基性有機色素で、着色力が強くて安価な染料として使われると同時に、殺菌消毒作用を持つことから真菌、細菌、寄生虫の殺菌・殺虫剤としても使われる。
カナダ、アメリカなどが禁止した後も
20年以上前には、マラカイト・グリーンは多くの国々で使用され、魚や魚卵の水カビ病に有効であるだけでなく、魚の鰓腐れ病(エラぐされびょう)や旋毛虫症(せんもうちゅうしょう)などにも効果があることから重宝された。だが、1990年代になるとマラカイト・グリーンに強い毒性や残留性があり、がんや奇形、突然変異などの副作用を引き起こすことが確認され、1992年にカナダがマラカイト・グリーンを魚の殺菌剤として使用することを禁止し、1993年には米国のFDA(食品医薬品局)が食用水産物からマラカイト・グリーンが検出されてはならないと規定した。
ところが、中国ではその1993年にマラカイト・グリーンが国内へ導入され、効果が強く、手軽で便利で安価な水産物用殺菌剤として、瞬く間に水産養殖業者の必需品になった。その後、中国でもマラカイト・グリーン使用による弊害が多数確認されるようになり、2002年に中国政府はマラカイト・グリーンを食品使用禁止薬物に指定した。しかし、たとえ政府が禁止しようとも、利益優先の商人たちは相変わらず秘密裏にマラカイト・グリーンを使用し続けて今日に至っている。
中国人は活魚を好むため、魚が活発に飛び跳ねれば跳ねるほど、魚が新鮮だと考える傾向にあるが、養殖で育てられた魚に活発に飛び跳ねることを期待するのは困難であり、一部の活魚は数日かけて省を跨いで運ばれて来るので、市場へ到着した頃には疲れ果てて、飛び跳ねることなど不可能な状態になっている。これでは売り物にならないので、そこで登場するのがマラカイト・グリーンなのである。疲労困憊の魚たちがいる水にマラカイト・グリーンを少量加えれば、あら不思議、息も絶え絶えだった魚たちがたちまち“生龍活虎(元気はつらつ)”に変化するのだ。
しかも、マラカイト・グリーンは購入に何の手続きも必要なく、ネット通販の卸売りで500gの袋入りが20元(約330円)前後と非常に安い<注4>。さらに、マラカイト・グリーンを水に添加した活魚は添加しない活魚に比べて口当たりが良いのだという。但し、水槽にマラカイト・グリーンを投入するのは輸送業者なのか、あるいは運送業者から魚を受け取った後の商人なのかは分からない。
<注4>販売業者の注意書きには、工業用途に限定し、食品・飼料の加工に用いることは厳禁で、これに従わない場合は自己責任と明記されている。
メディアの記者が天津市“溏沽(タングー)区”にある魚養殖場を訪ねたところ、そこの経営者は自分が養殖した魚は恐くて食べたことがないと言い放ち、「養殖池に薬を使わなきゃ、魚は全て死んでしまう」と述べたという。また、天津市にある魚養殖場の周辺には多数の薬瓶が散乱していたと報じている。
中国では全国各地の魚市場で活魚からマラカイト・グリーンが検出されたという新聞報道が散見される。2002年に食品使用禁止止薬物に指定されているにもかかわらず、マラカイト・グリーンは依然として密かに使用されているのが現状である。2016年11月7日に北京食薬局が発表した『2016年国家食薬総局食品安全監督抜き取り検査状況に関する公告(第12期)』には、7〜8月に北京市内にある多数の大型スーパーで売られていた活魚に安全基準を超えるマラカイト・グリーン、カドミウム、動物用の抗菌剤である「エンロフロキサシン」が検出されたことが明記されていた。
魚汚染も人災
11月25日以降、北京市内にある大型スーパーの活魚売場が淡水魚の販売を再開したのは、マラカイト・グリーンを含む禁止薬物の使用を停止して、国家食薬総局による突然の抜き取り検査への対処が終わったからと考えられる。それにしても魚養殖場の経営者が絶対に口にしないと断言する魚を食べさせられる消費者は良い面の皮だし、賄賂の見返りに禁止薬物を使う業者に対して抜き取り検査の情報を事前に流す役人の腐った根性には呆れて物が言えない。
中国に行くと“水煮魚(魚を唐辛子と花椒を加えた油で煮る四川料理)”、上述した“清蒸魚”、“紅焼魚(魚を醤油で煮る料理)などの美味しい魚料理を食べるのが楽しみだが、マラカイト・グリーンに代表される禁止薬物に汚染された魚だけは遠慮したいものである。土壌汚染も人災ならば、魚汚染も人災である。中国の庶民は一体何を食べれば安全なのかと疑心暗鬼に陥っている。中国政府が早急に抜本的な改革に取り組まないと、国民の健康はさらに蝕まれ、取り返しのつかないことになりかねない。
このコラムについて
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/120700077/
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