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バーバリーを失った三陽商会の「落日」 経営陣が陥ったビジネスの罠
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50325
2016.11.30 週刊現代 :現代ビジネス
「最高のパートナー」。そう思っていた相手に裏切られた。業績は急降下、浮上のきっかけはつかめない。こんなはずじゃなかった——。どんな企業も陥る可能性のある、ビジネスの「罠」に迫る。
■見通しが甘すぎる
「まだ三陽商会がバーバリーのライセンスをどうするかについて交渉を行っているとき、杉浦(昌彦)社長と食事をしました。酒を飲みながら彼は、『(バーバリーは)残ってくれるはずです。私は自信を持っています』と言っていた。
ところが結果はこの有り様。社長をはじめ経営幹部は、無意識のうちにどこか自分たちにとって都合のいいシナリオを描いてしまっていたのではないでしょうか」(三陽商会関係者)
1942年創業、アパレルの名門・三陽商会がいま「落日」と呼ぶべき状況に陥っている。10月28日に会見で発表された'16年1〜9月の業績は、売上高が前年同期比で35%減の478億円、ピーク時に比べると半分にまで落ち込んだ。営業損益も83億円の赤字。
さらに来年8月までに計250ヵ所の売り場を閉め、10のブランドを廃止することを発表した。加えて250人の早期退職も実施するという。「聖域なき大リストラ」を迫られているのだ。
落日は現場にもハッキリと現れている。
東京・銀座の中心を貫く中央通りを新橋方面に向かって歩くと、右手に9階建ての「三陽銀座タワー」がある。すべてのフロアに、「ポール・スチュアート」「ブルーレーベル・クレストブリッジ」など三陽商会のブランド店舗が入っているが、平日の夜には各フロアに2〜3人の店員がうろついているだけで客はほとんどいない。
ビル入り口ではロボットのPepperが「秋冬の新作は……」と空虚な声を発している。そこから300mほど歩いたユニクロは、アジア圏からの観光客を含め、多数の客でにぎわっているにもかかわらず。
三陽商会がこれだけの苦境に陥った理由は誰の目にも明らかだ。'15年6月、イギリスの有名ブランド「バーバリー」が同社からライセンスを引き上げたからである。
同ブランドの製品が売り上げの半分以上を占めるといわれた三陽商会は、その「屋台骨」を失って以降、まるで舵を失った船のように漂流、迷走してきた。三陽商会の現役社員が憤る。
「経営幹部は『バーバリーロス』で売り上げが落ち込んだ昨年来、『'16年10月末までに新しい中期経営計画を出す』と言ってきましたが、先日、それが来年2月まで延期されました。
ある幹部は『夏季休業があったから』などと言っていましたが、休みを言い訳にしている場合じゃない。あまりに危機感が薄い。
そもそも前回の中期経営計画からして見通しが甘すぎる。バーバリーがライセンスを引き上げることが決まった'14年5月に出されたその計画では、'15年12月期こそ売上高が1000億円を割るものの、'18年には1000億円を回復するという予想を立てていた」
■いつのまにか邪魔者に
こうした「中期経営計画」の予想が象徴するように、三陽商会は様々な段階で、現実よりも遥かに甘い想定を出してきた。
「これまでの実績があるから」と楽観的シナリオにすがりついた結果、「バーバリー後」の準備に失敗。そこにはいくつもの「誤算」があった。
第一に、冒頭の関係者が語る通り、社長を筆頭に三陽商会の幹部は、バーバリーが同社を「切れない」と思い込んでいた。アパレル関係者が言う。
「三陽商会は'70年以来、バーバリーのライセンスを、10年契約→20年契約→20年契約と長期契約で獲得してきました。そして、そのブランド名を使って製品を製造。その品質は『本国の製品より優れている』と言われるほどでした。
つまり、バーバリーはその製品のクオリティで日本市場に名前を売ることができ、三陽商会は売り上げが立つ。両社は『バーバリー商会』と言われるほどの蜜月関係だったのです」
伝統あるバーバリーのチェック柄をスカートに使い、本国から反発を受けながら爆発的なブームを起こしたのも、三陽商会だった。まさかこれだけの良きパートナーが裏切ることはない——。
それだけではない。中国市場という要素も、「バーバリーは裏切れないだろう」と三陽商会に思わせていた一因だ。前出の三陽商会関係者が言う。
「あまり知られていませんが、'10年、三陽商会が立ち上げたブランド『バーバリー・ブルーレーベル』などを香港で売り出したことがありましたが、アジア人の体格に合わせたデザインが受け、バカ売れしたのです。
それゆえ、中国という巨大市場に進出するうえで、バーバリーにとって三陽商会は最高のパートナーであるはずだと経営陣は思っていた」
だが、ビジネスの世界では、朝言っていたことが夜にはひっくり返る。結果的にバーバリー側は、三陽商会よりも「ブランド」を重視した。神戸大学大学院経営学研究科の保田隆明准教授が語る。
「バーバリーは近年、これまでの戦略を見直し、世界でブランドの統一感を強化していく方針に転換しました。中国人をはじめとする訪日観光客が増え、三陽商会がつくった『バーバリー製品』を見て『日本のバーバリーは、ほかの国のものと違う』といった声が聞かれるようになったためです。
ブランドの価値に敏感になっているバーバリーにとって、三陽商会は『バーバリー』の名を冠した製品を独自につくり、ブランドの一貫性を損なう、いわば『邪魔者』となってしまった」
■第二の誤算
実際、交渉時のバーバリー本体の最高経営責任者であるクリストファー・ベイリー氏は、ライセンス引き上げについてこう語っている。
「情報が一瞬の間に世界中を駆け巡ってしまう時代に、異なるリージョン(地域)で異なる製品やプロモーションが展開されていては、ブランドは一貫性を保てない。不可避の決断だった」
これを「バーバリーの裏切りだ」と断じるのはたやすい。しかし、バーバリーの売上高全体に占めるライセンス収入の割合はわずか2%弱に過ぎないことを考えれば、それは十分に予想できたことだ。同社の'16年上半期の業績は、ライセンス売上高は三陽商会を切り離したために54%減だったが、全体の売上高は4%減に留まっている。
しかも、過去にもアパレル業界では、同様のことが起きてきた。
「デサントは'98年末、アディダスにライセンスを引き上げられ、'98年に1029億円あった売上高は'01年に628億円まで落ち込んでしまいました」(証券アナリストの佐々木加奈氏)
三陽商会は、自分たちがその二の舞になる可能性を想定できたはずだ。
無論、三陽商会も、バーバリーが逃げ出す可能性を完全にゼロだと見積もっていたわけではなく、「もしも」のことを考えていた。しかし一方で彼らは、たとえ「バーバリー」の名を失ったとしても十分にやっていけると考えていた節がある。それが第二の誤算だった。
「三陽商会のバーバリー製品のなかでも、実質的に同社が開発した20〜30代向けの『バーバリー・ブルーレーベル』『同ブラックレーベル』は大きな売り上げを立てていた。その様子を見ていた経営幹部たちは『ブルーレーベル』といった名前だけで十分に消費者に訴えられると考えていたのです。
このブランドは、創業者の娘で、かつて役員も務めた長門道子さんやデザイナーの鶴博幸さんがつくりあげた大切な存在。
杉浦社長本人も、立ち上げの際には、社内で『ブランドは総合力だ』と説いて回り、普及に努めたといいます。思い入れの強いブランドだったからこそ、『バーバリーの名前がなくてもやっていける』と思ってしまったのではないか」(前出・三陽商会関係者)
こうしてバーバリー本体との交渉を行っていた小山文敬副社長(当時)は、「ブルーレーベル」「ブラックレーベル」について、バーバリー独特のチェック柄は使い続けていいという許可を得たものの、「バーバリー」の名前は使えない契約を結んだ。
そして、後継として新たに「ブルーレーベル・クレストブリッジ」「ブラックレーベル・クレストブリッジ」という、「バーバリー」の名前を取り去ったブランドを立ち上げたが、冒頭の数字が示す通り、業績は不振。これまで製品が売れていたのは、「バーバリー」という名称のおかげだった。
しかも、「クレストブリッジ」は三陽商会にとって足枷になっている可能性すらある。前出の現役社員が言う。
「『クレストブリッジ』はそれまでは行っていなかった発表会を始めるなど、会社は投資を行っていますが、本来別のブランドに投入すべき資源まで、こちらに割いてしまっているように思います」
■負の遺産だけ残った
まさに「バーバリーの呪縛」である。今後、「バーバリー後」に向けてさらなる戦略を立てなければならない三陽商会だが、ほかにもバーバリーに頼っていたがゆえの弱みが少なくない。三陽商会の取引先の関係者が言う。
「バーバリーブランドを持っていた三陽さんは、服の『売り方』に関して、ほとんど百貨店任せでした。いちばん驚いたのは、マーケティングの『ペルソナ』を想定していなかったこと。つまり、購買層の年齢、性別、所得などのシミュレーションをしていなかったのです。良くも悪くも、『モノづくり』の会社なのでしょうが、百貨店がジリ貧の中、どうしていくのか……」
別の取引先関係者もこう語る。
「三陽さんは一時、コストを抑えるために52週MD(マーチャンダイジング)という、1週毎に商品生産計画を立てる手法を取り入れようと模索したことがありましたが、これを導入すると、どうしても製品の品質が下がってしまう。それを嫌って社員の一部が辞めたため、断念したことがありました。もちろん品質を高めるのはいいことですが、コストのことも考えなければならない段階にきているでしょう」
三陽商会は今後、バーバリーの後継となる「マッキントッシュ ロンドン」などのブランドを浸透させていかなければならないが、市場全体が縮小するなか、それは至難の業だ。デサントが売上高1000億円まで復活するには16年という期間を要した。
パートナーを失った三陽商会を待ち受けるのは、さらなる試練だ。
「週刊現代」2016年12月3日号より
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