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サービス産業のマクロ構造改革で日本を元気に
観光、医療業に共通する「生産性向上を妨げる歪み」
御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」
2016年11月14日(月)
御立 尚資
(写真:one - Fotolia)
高度成長期、日本の製造業は特筆すべきレベルで、生産性を向上させてきた。この原動力としては、何よりも個々の企業での生産性向上の努力があったことは言うまでもない。ただ、忘れてはならないのは、これらのミクロの経営改善に加えて、マクロの構造的な要素も大きく寄与したことだ。
たとえば、激しい労働争議を乗り越え、労使共同で生産性を高め、その果実を会社と従業員が分け合うという慣行を作ったこと。あるいは、バリューチェーン全体の生産性を高めるべく、系列という構造を作り、活用したこと、などである。
さて、ここのところ、ようやくサービス産業の生産性向上の重要性が広く認められるようになってきた。そもそも、日本のGDPの7割以上をサービス産業が占め、さらに医療介護のように、今後も国内各地域で、需要の伸びが見込めるサービス業領域が複数存在する。日本の経済成長のためには、サービス業が極めて重要だということだ。
ところが、人口減少・高齢化の影響で、働き手が不足する時代が長期にわたって続く状況になっているにも関わらず、多くのサービス産業領域では低生産性が温存され、良質な雇用と賃金を提供できていないため、需要があっても採用が困難で、人手が足りないという状況に陥っている。たとえば観光業では雇用者の75%が非正規雇用だし、介護分野の現場の賃金レベルの低さは、ご承知の通りだ。
この状況を脱し、(特に地方での)安定雇用と賃金増を持続的にもたらす、さらには日本の成長率を底上げするためには、なんとしてでもサービス産業の生産性を上げることが不可欠だ、という共通認識が出てきたということなのだと思う。
少し古いデータだが、RIETI(経済産業研究所)の岩本晃一氏の分析によれば、2000年から2006年の間の日本の宿泊・飲食業の平均労働生産性は、米国を100とした場合、28に過ぎないという。実に、7割以上生産性が低い、ということになる。
こういった大きな流れやそれをサポートする分析もあり、さまざまな政府の会議でも、サービス産業の生産性を上げるための方策が議論の俎上に乗り始めた。これ自体は、非常に好ましいと思うのだが、気になるのは、その内容が、「個々の企業の生産性向上(たとえば、先進事例の紹介)」と「サービス人材の教育(たとえば、観光MBAの複数の大学への設置)」に偏っていることだ。
競争原理が働かない公的・公設病院への赤字補てん
前述したように、生産性の向上にはミクロ要因だけではなく、マクロの構造要因も大きく関わっている。個々の企業の生産性向上支援は、ミクロ要因への働きかけそのものだ。人材の話は、ミクロとマクロ両面に関わるが、これ以外にも、たとえ耳触りが良くなくとも、解決しなければならない、マクロの構造要因がいくつもある。それらに正面から向き合わなければ、サービス産業の生産性向上、特に他の先進国並みへの向上はとてもおぼつかないと思う。
たとえば、医療現場の生産性。個々の病院の経営努力をうながし支援するという政策は確かに重要だ。しかし、病院間の競争を歪ませるような構造的要因を取り除くために、何をしていくか、という議論も必要だ。
日本は皆保険制度をとっているため、そもそも競争があまりない業界だと誤解されがちだが、フリーアクセス(患者はどの病院でも自由に選べる)制であるため、患者を集める上での病院間の競争は、実は熾烈だ。この一定の競争が、医療の質を担保しながら、経営努力をうながす、というプラスの効果を持ってきたことは評価しなければならない。
しかし、病床数の3割を占めるともいわれる公的・公設病院、たとえば県立病院・市民病院と私立病院とは平等な条件で競争していない。
2年に一度の診療報酬改定は、だれが医療費削減の痛みを受けるかで、大騒ぎになるのだが、仮に病院の診療報酬が下がったとしよう。大学病院を含む、私立の病院は自ら収益改善努力をしないと赤字になってしまうのだが、かなりの割合の公的・公設病院は、赤字が出ても本当には困らない。
なぜなら、地方公共団体から、赤字の補てんを受けるからだ。いくつかの数字があるが、少なくとも年間7000億円というレベルの税金が、こういった公的・公設病院の赤字補てんのために支出されている。一方、近隣の病院が保有しているから、という理由で、高額の医療機器が購入され続け、医療スタッフの給与レベルも民間よりはるかに高いことが多い。
もちろんすべての公的・公設病院がこういう状況にあるわけではない。必死で経営努力をしているところ、過疎地で厳しい経営条件の中で、地域医療を守っているところ、なども当然存在している。
しかし、全体として見ると、公的・公設病院は、明らかに医療サービスの生産性向上を妨げるマクロ構造要因になっているのが現状だ。ここに踏み込んでいかない限り、本当の意味での医療サービスの生産性向上施策にはならないと思う。
進まない旅館・ホテルの新陳代謝
別の例で言えば、観光の中での宿泊業。個々の旅館やホテルの生産性をどう上げるか、という議論は始まった。おおいに期待したいところだ。
しかし、この分野でも考えるべきマクロの構造要因がある。
第一に、需要偏差。日本の宿泊業は収益力が高い企業でも、365日のうち、100日黒字だったら良い方、といわれている。お盆、ゴールデンウィーク、年末年始のように、ピーク期に需要が集中し、それ以外の時期は少々価格を下げても、埋まりづらいという需要構造があるからだ。
このため、ピークに合わせて正社員を雇用することが難しく、正社員比率を低めに押さえて、あとはパート・アルバイトで対応するという経営姿勢が主流だ。当然ながら、一部の時期しか雇用されないパート・アルバイトは、十分な教育訓練も受けられないし、熟練して生産性を上げることもできない。
長らく言われてきた休暇の分散化、そして年休の完全取得、こういった政策の優先順位を上げないと、生産性はなかなか上がっていかない。
第二に、新陳代謝の不備。バブル期後期にリゾート法が施行され、箱ものとして大きな団体旅客に適した旅館・ホテルを作るために、多額の融資がなされた。残念ながら、その後の個人旅行化の流れもあり、こういった旅館・ホテルの多くは経営危機に陥り、なんとか生きながらえた企業も施設のメンテナンスなどへの投資ができない状況にある。
本来は、こういった限界的な企業がうまく退出する支援をすることで、時代にあった経営をする新規参入者が増え、また、ゴーストタウンのようになった一部の温泉地の景観も回復することが可能だ。
しかし、中小企業を守る、という旗印で、地域金融機関や保証協会から、緩めの条件での融資が継続され、いわばゾンビ企業が数多く生き残る状況になっている地域がかなりある。役割を終えた旅館・ホテルがスムーズに退出するための税制上の支援や金融監督行政のあり方シフトこそ、マクロの生産性向上阻害要因を取り除くことになるはずだが、こういった議論はまだまだ大きな流れになっていない。
生産性向上、そしてその果実を使った雇用と賃金の改善。大きな目標として、これに異論を唱える向きは少ないだろう。しかし、具体的にこれを実現するためになすべきことは、耳に優しい個別企業支援だけでなく、これまでの構造的課題を解決することに一歩踏み出す、ということだと思う。
さかんになってきたサービス産業改革の議論が、より健全かつ本質的なものになることを強く願っているし、自分自身でも積極的に関与していきたいと思っている。
このコラムについて
御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」
コンサルタントは様々な「レンズ」を通して経営を見つめています。レンズは使い方次第で、経営の現状や課題を思いもよらない姿で浮かび上がらせてくれます。いつもは仕事の中で、レンズを覗きながら、ぶつぶつとつぶやいているだけですが、ひょっとしたら、こうしたレンズを面白がってくれる人がいるかもしれません。
【「経営レンズ箱」】2006年6月29日〜2009年7月31日まで連載
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/213747/110800036/
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