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日経ビジネスオンライン
小学校“中退”の発明家はこうして生まれた
小学校“中退”の発明家、道脇裕の「人生をネジろう」
2016年11月14日(月)
齊藤 美保
ゆるいシャツとパンツに、無造作な髪型。取材開始の予定時刻から1時間遅れてやってきたその人物は、悪びれる様子もなく朴訥とした語り口でこう話し始めた。
「ネジをですね、再発明したんですよ」
道脇裕という人物に初めて会ったのは2015年8月。「考え事をしていたら、全く違う駅で降りてしまったんです」と話す道脇氏は、一言で言うと、ものすごく変わった人物だった。
「小学校はほとんど通っていません」「食事より発明の回数のほうが多いと思います」「平均睡眠時間は2~4時間くらいです」「アイデアは無限に浮かんできます」
こちらが思わず面食らうような発言が次々と口から飛び出す。何度もメモを取る手を止め「本当ですか?」と聞き返すが、「驚くことですかね」とむしろ尋ね返される。
この人、一体何者なんだ――。
これが、ネジロウ(東京都港区)の社長、道脇氏と初めて会ったときの印象だ。
ネジロウの道脇裕社長。2015年8月、初めてネジロウのオフィスに取材に訪れたときに撮影した写真だ。カメラマンが何度も「笑顔をください」と言ったが、なかなか笑ってくれなかった。奇跡的に笑顔が出た写真がこちら。(写真:陶山 勉)
「絶対に緩まない」ネジを開発
2009年、道脇氏は自身が開発した緩まないネジ「L/Rネジ」を商品化するためにネジロウを立ち上げた。L/Rネジの軸には、通常のネジにある螺旋(らせん)状の溝がなく、代わりに右螺旋と左螺旋の役割を同時に果たす特殊な溝が刻まれている。この軸に、互いに機械的に結合する右回転のナットと左回転のナットを同時に締め付けると、ナット同士が結合。振動などでネジが緩もうとしてもそれぞれのナットが逆方向に動くため「決して緩むことはない」(道脇社長)と言う。
取材中、記者がL/Rネジのプラスチック模型を触っていた際に、間違えて2つのナットを結合させてしまったことがあった。数万円する模型だったが、「一度結合してしまったら二度と緩められないので、もう使い物になりません」とのこと。つまり、そのくらいネジは緩まない。ちなみに記者がこの後、何度も頭を下げ謝罪したことは言うまでもない。
そんな緩まないネジ、L/Rネジがいよいよ本格的に市場に投入される。10月24日、ネジロウは金属加工製品商社の井上特殊鋼と大型のL/Rネジの製造・販売に関する業務提携を締結した。インフラ関連や工場の生産設備など、大型ネジの需要がある現場での採用を目指す。第一弾として、山崎機械製作所(滋賀県湖南市)が使用している大型熱間鍛造用の生産設備に試験設置した。
約2年間、井上特殊鋼と共同で大型ネジの耐久・強度試験などを繰り返した結果、最大直径100mmまでのネジ規格を作成した。
ようやくスタートラインにたったL/Rネジ。しかし、記者の中ではいまだに釈然としない思いがあった。初めて会ったときに感じた、「この人、一体何者なんだ」という問いの答えがまだ見つかっていなかったからだ。
なぜ小学校を“中退”したのか、なぜ緩まないネジを開発できたのか、なぜアイデアが次から次へと浮かんでくるのか――。初対面の頃から変わらず、いまだに道脇裕という人物を掴み切れずにいる。
どんな環境が、この奇才な発明家を生み出したのか。これまで語られたことのない、道脇裕誕生のルーツを辿ってみた。
本は読むものではなく、「見るもの」
王貞治が通算756号のホームランで世界記録を達成した1977年。道脇氏は群馬県桐生市の祖父宅で誕生した。
道脇:今は亡き父は化学企業の研究所所長、母は東京外語大学物理学担当の助教授(現名誉教授)の理系一家です。また、祖父は群馬大学の名誉教授で前橋工科大学初代学長も務めました。祖父の伯父は錆びない金属や貝の付着を防止する船底用塗料などを発明した人物だったと聞いています。僕が理科や数学を好んだり、発明に没頭したりした理由の一つは、そうした先代の血が流れていたからだったと思います。
1歳頃、東京都の片田舎に引っ越す。母、姉と3人で壁の薄い長屋で過ごしたという。
実は僕、就学前まで耳がよく聞こえませんでした。生まれたときヘソの緒が首に巻き付いていたため呼吸ができず、蘇生処置を受けなんとか一命を取り留めたそうです。これが原因かは分からないのですが、生まれたときから難聴を患っていました。
そのため、文字が苦手でした。耳が聞こえないので発音の仕方がよく分からなかったんです。教授の息子と言うと、小さい頃からたくさん本を読んでいたと思われるかもしれませんが、僕は幼少期に本を読んだ記憶がありません。その代わり、ひたすら本を「見て」いました。挿絵や説明図が載っているページを、穴が開くほどずーっと長いこと眺めていたことを今でも覚えています。中でも母が持っていた図鑑や実験の本が好きでした。
その後、数年かけて病院で治療し、聴力は徐々に聞こえるようになっていきました。
10歳までを多摩市で過ごす。小学校低学年はとにかくやんちゃな少年だった。
道脇:家から2km強ほど離れた場所にある小学校に通っていたのですが、通学路なんて無視して帰り道は毎日行きと異なるルートで帰っていました。知らない道を通るのが好きだったんです。歩くのは道に限りません。田んぼや川べり、丘や崖を登ったり、下水道の中を通って帰ることにハマっていた時期もあります。地図や方位磁石なんて持っていないので、きっとここを曲がったら家の近くに出られる、ここが行き止まりならあっちを回れば帰れるなどと、頭の中で家までの地図を思い浮かべながら帰っていました。ランドセルの中に入っているのは懐中電灯とロープだけ。勉強道具は常に学校に置きっぱなしにして帰っていました。周囲には、学校に勉強道具を置きっぱなしにすれば忘れ物をする心配がなく合理的だ、と説明していました。もちろん家で勉強などしません。
小学校低学年で身に付いた分解癖
家に帰れば、ひたすら分解をしていました。近所のゴミ捨て場に捨ててあった物などを手当たり次第拾い集め、分解しては組み立て、また壊し、を繰り返していました。ビリッとする程度の感電は日常茶飯事でしたが、さすがにテレビを分解しているときは母に高電圧で危ないからやめなさいと怒られました。当時のテレビはブラウン管でしたので。
車のパーツやレジスターなど、自分の体重よりも重い物を引きずりながら家まで持って帰り分解したこともあります。一体どういう仕組みでこれは動いているのか、この部品はどんな役割をするのかなどを自分なりに調べ、頭に叩き込んでいきました。好きな形のバネやレバー、電気抵抗、キャパシタなどは、まるで宝物のように大切に手元にとっておきました。
正確な年齢は覚えていないが、端午の節句の際に撮影した写真という。この頃からとにかく分解癖があったそうだ。
勉強はよく出来ました。なぜと聞かれても上手く答えられないのですが、帰り道のルートを頭の中で考えたり、色々な電子機器を分解したりしている間に自然と発想力や計算力が身に付いていたのだと思います。実験がたくさんできる理科は好きでしたが、算数の授業は一番退屈でした。
記憶力もこの頃からよかったと思います。必要性を感じると自然に覚える、と言ったほうがいいかもしれません。逆に、必要だと感じられなければ全く覚えられないんです。大人になった今でも、ふと自分が今どこにいるのか急に分からなくなってしまうことが多々あります。考え事をしながらふらりと電車を降りて、あれ、ここどこだ、となってしまう。もしかしたら齊藤さん(記者)と初めて会った日もそうだったのかもしれません。あの時は大変失礼しました。
母の研究室に通い始める
大学教授の母から、勉強しろと言われたことは一度もありませんでした。と言うよりも、研究で忙しかった母は平日も帰ってくるのがとても遅かったので、僕が毎日泥だらけで遊び呆けていることは知らなかったかもしれません。
母は本当に研究熱心で、休日にも関わらず一日中大学の研究室で過ごしていることもよくありました。小学校への入学前後くらいでしょうか。あまりにも休日家にいるのが退屈だったので、母に「僕も研究室に連れて行ってほしい」と自分から言い出しました。恐らくこれが、僕の発明家人生の始まりだったと思います。(続く)
このコラムについて
小学校“中退”の発明家、道脇裕の「人生をネジろう」
「どんなことがあっても絶対に緩みません」
東京・港のとあるアパートの一室。そう言われて手渡されたのは、ボルトに2つのナットが付いた大きなネジの模型。NejiLaw(ネジロウ、東京都江東区)が開発した緩まないネジ、「L/Rネジ」だ。
2010年に米航空宇宙規格(NAS)に準拠したネジの耐久試験をしたところ、合格ラインの17分をはるかに超える3時間たっても全くネジは緩まない。それどころか、試験装置が先に壊れた。
「2000年のネジの歴史を変えた」
耐久試験の噂は瞬く間に広がり、東京都ベンチャー技術大賞、かわさき起業家大賞、グッドデザイン賞など様々な賞を総なめにした。
この緩まないネジを発明したのは、ネジロウ社長の道脇裕氏。10歳頃には「今の教育システムに疑問を感じる」と小学校を勝手に“中退”し、それ以来、学校にはまともに通っていない。子供時代は大学教授だった母親の研究室で実験などにふける毎日を過ごした。学歴はゼロに等しい。しかし、その発想は余人の追随を許さない。
“小学校中退”の天才発明家。その破天荒な人物像に迫る。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/16/111100012/111100001
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