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金融庁の「お客さま本位」な行政方針が官庁文書なのに面白い
http://diamond.jp/articles/-/107181
2016年11月9日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] ダイヤモンド・オンライン
■投資家目線に立った金融庁発の面白い読み物
どんな文書であっても、書き手に伝えたいことがあって、書き手自身の言葉で書かれた文書は読んでいて楽しい。金融庁が先月発表した「金融行政方針(平成28事務年度版)」は、官庁の文書には珍しく、書き手が何かを伝えたがっていることが伝わってくる文書だ。
9月に発表された「金融レポート(平成27事務年度版)」もそうであったが、「金融行政方針」でも、金融庁が、もっぱら金融システムの健全性と金融業界の発展にだけ重点を置いた従来の政策方針から、金融業の顧客の視点に立つ方向に転換しようとする姿勢が伝わってくる。
これは、投資家、もっと広く金融機関の顧客の側である国民にとって、大変好ましい変化だ。
それでは、金融機関の監督官庁である金融庁が、これから何をしようとしていて、それが金融機関の顧客である個人にとってどのような意味を持つことになりそうなのかを検討してみよう。
金融ビジネスの顧客、特に投資家の目線で今回の金融行政方針を読むと、まず目につくのが、リスク資産への投資促進に向けた金融庁の積極性だ。投資の中でも、特に「長期」「積立」「分散投資」の三点を強調しており、文章を読むと、運用会社のセミナー資料を読んでいるような錯覚を覚えるほどだ。
具体的な施策としては、「積立NISA」と称する制度を導入しようとしている。(1)節税可能枠が毎月5万円(年間60万円)と通常のNISAの半額である代わりに、(2)積立投資に向いた商品を金融庁が指定して積立投資を行う前提で、(3)節税可能な投資期間を20年とするものだ。
若い会社員などの資産形成を考えた場合に、積立投資が手がけやすく、毎月5万円程度までの金額が現実的だとの考えによるものだろうが、積立投資で、長期投資をすることが好ましいのだという、独特の投資教育の意思が感じられる。
■「積立投資でリスクを軽減」は誤解を招きやすい
積立は、貯蓄の習慣として優れており、これとリスク資産への投資を組み合わせることは資産形成のための方法として悪くないが、レポートの本文を見ると投資に対する理解に関して少々心配な文面がある。
まず「投資期間の分散(積立投資)により高値掴み等のリスクを軽減できる」と書いてあるが、積立投資は、リスクをゆっくり取るだけのことであって、必ずしも効率が良くない。例えば、60万円の現金を持っていて、リスク資産に追加投資する額として自分にとって最適だと思う方がいる場合、60万円を一括で投資してしまう方が、機会ロスが小さい。また、積立で投資したとしても、すでに積み上がった投資額についてはリスクが減るわけではない。加えて言うなら、長期投資を前提としているのだから、一時的な高値掴みを気にする必要はほとんどない。
また、等金額投資と等口数投資の優劣は、時系列リターンの相関の正負に依存するが(注:相関が負の場合、即ち、値上がり・値下がりが逆転しやすい傾向がある場合に等金額投資が有利)、リスク資産のリターンの時系列相関の正負は一定しないので、いわゆる「ドルコスト平均法」が投資方法として有利であるとの認識は間違いだ。
投資の考え方としては、(1)まずは現時点で最適な金額にサクっと投資するのが良く、(2)毎月の積立で投資可能になった金額が増えた時にその金額が最適額に追加されるならリスク資産に投資して構わない、というに過ぎない。
一方、金額を決めて積立を行うことは、貯蓄(運用にはリスク資産への投資も含む)の実行のための習慣としては優れているので、これを活用することは良いことである。
「単なる気休めであっても、これで投資しやすく思う人がいるならいいではないですか」という意見があることは筆者も承知しており、現実にそれで困らないケースが多いとも思うが、金融庁は金融論的知識を正しく認識しておく方がいい。
「積立投資なら大丈夫」という通念は、時に金融ビジネスのマーケティングに過剰に利用されることがあるからだ。今後、銀行等で手数料の高い投資信託を「積立」で売り込もうとする営業が拡大する可能性があるし、筆者の聞き知っている例では、投資家に積立で投資信託に投資させて取得価格を分かりにくくさせて、投信の乗り換え勧誘をスムーズに勧めることを一つの「手口」としている、ファイナンシャルアドバイザーがいる。
■「長期投資でリスクが縮小する」というのも完全な間違い
もう一点、「長期で保有することにより投資リターンの安定化が可能となる」という文章も、長期投資でリスクが縮小するという誤解を生みかねないので「危ない」。
運用期間を長期化させたリターンを「年率」で見るとブレ幅は縮小するが、同じデータの「運用資産額」を見ると運用期間の長期化と共に資産額が取り得る上下の幅は拡大していく。投資家にとって問題なのは、計算上の年率リターンではなく運用資産の額なので、「長期投資でリスクが縮小する」という認識は完全な間違いだ。
現実の投資では、リスク資産にリスクに見合った超過リターンが期待できるとするなら、運用期間が短期であっても長期であっても、「有利さ」は変わらない。長期投資ではっきりと有利なのは「売買コスト」を長期間に均すことができる点だけだ。
例えば、2000万円を20年間運用できるとしよう。リスク資産に全額投資して、運用開始1年後にこれが1800万円に減っていたとしよう。この場合、「1800万円を向こう19年リスクに晒すことの可否」を改めて考えることが正しく、「一年前に立ち戻って、20年の長期投資なのだから、自分の2000万円は大丈夫なはずだ」と信じ込もうとすることは正しくない。
なお、「分散投資」の有効性には、特段の反論はない。分散投資は、投資家がリターンを下げずにリスクを減らすことを「自分の努力で」できる有効な手段だ。投資対象をグローバルに分散することも概ねいいことだ。ただ、「世界経済の成長の果実を享受することが可能」という認識はいくらか“素朴”に過ぎる。仮に低成長な国や企業に投資するとしても、低成長が十分織り込まれた株価で投資するなら、リスクに見合うリターンが期待できるはずだ。
長期・積立・分散投資は、概ね結構なのだが、金融庁の投資に対する理解が、運用会社のマーケティングパンフレットや、金融機関に迎合的なファイナンシャルプランナーの意見のようなレベルにとどまっているとすると心配だ。
短期間での勉強は大いに買いたいが、情報ソースが悪いのではないだろうか。
■積立NISAにはプラス・マイナス両面がある
さて、新たに導入されようとしている「積立NISA」だが、毎月の積立額が5万円までの若いサラリーマンなどにとってちょうど利用しやすい制度になる可能性は大いにある。「20年」という期間は魅力だし、元々のNISAにあるロールオーバー(5年の非課税期間をさらに5年延長する技)のような面倒な手続きがない点もいい。
長期の積立投資に適した商品を金融庁が選定するという点は、随分思い切った制度設計だが、プラス・マイナス両面があろう。
分配金が大きな投資信託や、手数料が高い投資信託、テーマファンドなど投資対象が偏る投資信託などが「長期投資には不適切」だとして除外されることになるだろうが、こうした商品は、そもそも長期だけでなく短期でもダメな商品なので、「金融庁が認定しなかったダメ商品」というレッテルを貼ること自体に何の問題もない。一部の不良な金融業者の反発に対して、金融庁が腹をくくればいいだけの話だ。
問題は、長期の積立投資に真に適した運用商品が果たしてどれだけあるかだ。「20年」というと大きな環境変化があっておかしくない期間だ。例えば、20年と言わず10年前であっても、現在のマイナス金利政策のような環境は想定できなかっただろうし、かつてなら有効であった株式と債券との分散投資の効果に疑問が生じるような現状を予想できなかっただろう。
バランスファンド(株式と債券両方に投資するファンド)が必ずしも有効だとは言えないし、そもそもバランスファンドの場合、NISAでの節税運用の効果を最大限に使えないという問題がある。
この期間に完全に「持ちきり」でいいとのお墨付きを与えることができる商品とは果たしていかなるものなのだろうか。積立NISA以外の運用資産の額や状態にもよるはずでもあり、答えは意外に難しい。金融庁の出す答えが大変楽しみなので、筆者の答えは書かないことにする。
率直に言うなら、乗り換え先の商品がノーロード(販売手数料ゼロ)であることを条件に、一年に一度程度の他商品へのスイッチングを認めるのが無難ではないだろうか。「20年」という期間は、それだけ長く、大きく不確実性を秘めている。
また、積立NISAについては、確定拠出年金との棲み分けが少々問題だ。掛け金が所得控除される節税効果を考えると、確定拠出年金の節税効果の大きさは圧倒的であり、多くの資産形成層の人々にとって、まず、選ぶべきは確定拠出年金からになる公算が極めて大きい。
顧客に対する誠実義務、金融庁用語で言う「フィデューシャリー・デューティー」を重んじるなら、「まず、確定拠出年金を最大限に使って、できることなら、さらに積立NISAもやりましょう!」というキャンペーンが正しいことになるが、確定拠出年金の所管は厚労省であり、金融庁としては今一つ力が入りにくいキャンペーンになるかもしれない。
付け加えるなら、「NISA」、「ジュニアNISA」に加えて「積立NISA」という制度の建て付けは、いささか複雑に過ぎるように思う。例えば、NISAを年間の投資額と累積の投資額に上限を決めて、期限を無期限として、全ての制度を一本化するようなシンプルな制度設計がいいのではないか。
もちろん、公的年金の支給額がこれから縮小されることを考えると、確定拠出年金もNISAも使える枠がより大きい方がいいし、高齢者の労働参加を促したいと考えている安倍政権との政策の整合性を考えると、金融庁の所管ではないが、確定拠出年金の拠出可能年齢を70歳まで引き上げることを最も要望したい。
■「日本型金融排除」は無理強いにならないか
最後に、投資家目線というよりも、金融マン目線からの注目という意味で蛇足になるが、今回の「金融行政方針(平成28事務年度版)」で、大いに目を惹いたのは、「日本型金融排除」という金融庁の思い切った造語だった。
これは、事業の将来性等を評価するなら本来は貸すことができる先に、銀行が担保や保証がないか不十分であるかを理由に十分な融資を行っていない現象を指す言葉であるらしい。
金融庁作成の冊子の冒頭にある「主なポイント」によると、銀行側の認識は「融資は拡大したいが、融資可能な貸出先は少なく、銀行間の金利競争が激しい」というものである一方、顧客側では「銀行は担保・保証がないと貸してくれない」と思っているような状況下で、「金融機関の取り組みが十分でないため、企業価値の向上等が実現できていない状況」を指すとされる。
金融庁は、こうした状況が生じていないか、実態把握に努める意向のようだが、これはなかなか微妙な問題だ。
金融がビジネスである以上、事業を評価した上で、リスクに見合う以上の収益が得られる見込みが十分ある先には是非融資したいと、金融機関は前々から考えていたはずであり、これができていないということの原因は、金融機関の心掛けや金融検査のあり方以前に、金融機関の「能力の限界」にこそあるのではないだろうか。
金融業の要諦の第一は「貸してほしいと自ら言う者に対して、簡単にお金を貸してはいけない」ということだ。特に、ミドルリスク・ミドルリターンのゾーンの判断は難しい。それは、かつての、日本振興銀行や新銀行東京のビジネスモデルが上手く行かなかったことにも現れている。
監督官庁として、金融機関を励ますことは構わないが、能力を超えたリスクテイクを強いてはいけないと、老婆心ながら一言付け加えておきたい。特に、「ビジネスモデルの持続可能性に大きな課題」が認められる金融機関に無理を強いるのは危険だろう。
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