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医師だって人間だけど、普通のひとでは務まらない。命を左右する職業に私たちは、どうやって報いるべきなのだろうか(撮影/写真部・松永卓也)
それでも医師になる 現役545人アンケートで見えた格差〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160927-00000247-sasahi-hlth
AERA 2016年10月3日号
年収1千万円、2千万円は当たり前。病院を白衣で闊歩し、先生と呼ばれ、地位も名誉も保証された夢の職業、医師。しかしその声を集めると、専門科ごとに少なからぬ格差があった。
度を超えたハードワークだ。毎朝8時に病院に出勤し、患者の診断や治療法について話し合う「カンファレンス」に備える。日中は診療や手術に追われ、夜は会議や自身の研究、論文執筆、学生の指導にあてる。退勤時間は午前2時。平日の4日間、一日18時間労働をこなしている。残る平日の1日と土曜の午前は、外勤として違う病院で働き、休日は土曜午後と日曜日のみ。
これが、東京都内にある有名私立大学病院の外科に勤めるAさん(40代・男性)の日常だ。准教授という役職にあるが、正規の月間給与は額面で約45万円にすぎない。
正規の給与を、一般に「アルバイト」と呼ばれるほかの病院での外勤で補う。1コマ半日勤務で5万円、週に3コマをこなせば、15万円ほどの収入になる。
「学会や勉強会があれば、外勤には行けません。外勤で月に40万〜50万円入ればいいほうです」
現在の年収は1400万円程度。世間から見れば十分な高収入だが、医師の年収からすると、決して高い額ではない。しかも、これだけの重労働を続けてだ。
少子高齢化や医療制度の変革を受け、医療界は揺れている。医師たちは今、何を考え、どのように働いているのか。AERAは9月初め、医師専用コミュニティーサイト「MedPeer(メドピア)」の協力のもと、現役医師にアンケートを実施し、医師の実態を探った。回答を寄せたのは、20代から60代までの全国の現役医師545人。30代から50代がボリュームゾーンだ。
●半数は「収入に満足」
今回のアンケートによると、開業医、勤務医とも年収1500万円以上が半数を超える。
「給与が安すぎる」(30代・内科・勤務医)、「経営不振で常に恐怖」(50代・眼科・開業医)という声もあるが、半数近くが現在の収入に「ある程度満足している」「満足している」と答えた。
もちろん、内容は一様ではない。勤務医と開業医で比較すると、よく言われるように、勤務医より開業医が高い傾向にあった。年収2千万円以上の割合は勤務医が21%なのに対し、開業医は34%を占める。
専門科による差もある。勤務医の中で比較すると、年収1500万円以上の割合は産婦人科では6割超、外科でも6割近くを占めるが、眼科では3割に満たない。
また、全体でみると、収入1千万円未満の医師も全体の18%、600万円以下も5%いる。
前出のAさんは、今回のアンケート結果から考えれば、平均収入以下ということになる。では、医師としての実績に乏しいかというと反対で、専門分野の臨床と研究の最先端に立っている。腹腔鏡技術を用いた手術も多数行うなど、日本でトップクラスの実力を持つ医師の一人だ。
積んだキャリアに後悔はない。「専門分野は一通りこなせるので、自分の腕でいつでもどこへでも行ける」との自負もある。ただ、実績や地位とかけ離れた形で収入が決まる現状には、不満だ。
「はやっている開業医ならいざ知らず、勤務医は2千万円稼げればいいほう。特に、大学病院の給与は総じて高くない。私大病院が国立大学病院より安い理由は、経営を考えねばならず、人件費が削りやすいからでしょう。労働時間と社会貢献度を考えれば、正直、5千万円は欲しいところ」(Aさん)
●病院はコンビニじゃない
日本の医療システムの構造そのものに、問題意識を持つ医師も少なくない。
研修1年目のBさん(25・男性)もその一人だ。
「日本の医療は、医療従事者の責任感と我慢で成り立っていると思います」
Bさんは、研修先の救急科で救命のため奮闘する医師たちの姿に感銘を受け、将来は地元に帰り、救急医療に尽くしたいと考えている。一方で、医師たちの労力や医療費が無駄に費やされる現場も何度も目にした。
「深夜、泥酔して病院にやってきて検査を要求する患者も、救急車をタクシー代わりに使っている患者もいました。コンビニのように、24時間望む医療を受けられて当たり前、医師がそこにいて当たり前、という患者側の意識には疑問も感じます」
長時間労働が常態化しているため、人生設計もままならない。「子育てとの両立は難しい」(20代・皮膚科・男性)という意見も多数寄せられた。
現在、産休を取得している内科医のCさん(43・女性)は、妊娠のハードルの高さを実感した。生理不順に悩んでいた後輩から、相談されたことがある。
「排卵日が近いので、早く帰っていいですか」
Cさんは快諾した。
「翌日、彼女から外科医の夫が帰ってこなかったと聞きました。『子どもがいるから帰ります』ならまだしも、『子づくりしたいから早く帰る』は、仕事が仕事なだけに、言いづらいですよね」(Cさん)
自身はつわりの時期に吐きながら診察し、出張もこなした。5月に第1子を出産し、復帰後はフルタイムで働くつもりだ。
「実家に近い都心で、託児所を併設しているか、子育て支援の環境が整っている病院を探すつもりです」(同)
今回のアンケートでも、多くの医師が自由回答に「忙しすぎる」と訴えた。「医師は肉体労働者」との声も複数あがった。
「漆黒に限りなく近い職種」(30代・病理・勤務医)、「生活の質は相当悪い」(50代・小児科・勤務医)という意見もある。
勤務医の一日当たりの勤務時間は8時間以上が8割、10時間以上が3割を占める。診療科別にみると、産婦人科が最も勤務時間が長く、10時間以上が4割超を占める一方、眼科では2割に満たない。
「自分や家族の時間より仕事を優先することを当たり前に求められる」(30代・内科・勤務医)に代表されるように、人命を預かる責任感からだろうか。「カネじゃない、やりがいだ」(50代・内科・勤務医)、「寿命を削ってやっている」(30代・産婦人科・勤務医)など、真摯な意見も目立つ。
●「時間なので帰ります」
責任感ゆえにハードワークが続く就労環境は、万人にとって持続可能であるはずがない。医師の中にも、仕事は仕事と割り切り、私生活を優先する層も増えている。
山陽地方の大学病院に勤める血液内科医のDさん(42・女性)は、こんな体験を何度もした。
退勤時間が近づいていたが、患者の容体が安定していない。Dさんが、帰ろうとしている後輩の若い担当医に声をかけると、予想もしない返事が返ってきた。
「ぼくは一度診ました。時間なので、帰ります」
担当医なら残って様子を見るのが当然と考え、Dさん自身もそうしてきた。朝7時に出勤し、退勤は日付をまたぐことがほとんど。「この医師には当直を任せられない」と、自ら残業を買って出たこともある。
「人の体は、予定表通りには動かないものなのに」と、Dさんは嘆く。
医師たちの意識の変化を、医師のためのキャリアコンサルタントの中村正志さんも感じ取っている。
「どの業界も同じでしょうが、忙しくなく、ワーク・ライフ・バランスを取れる科や病院に行きたいという若年層の相談が目立ちます。熱量の低い医師が増えたという印象があります」
●しがらみ離れ待遇改善
これまで医師たちは、学んだ大学の医局を中心にキャリアを積んでいくのが一般的だった。医局から様々な関連病院に派遣され、医局のあっせんする外勤をこなす。就業先が豊富で、キャリアを築きやすいというメリットもあるが、上下関係など閉鎖的な側面もあり、医師の負担は重くなりがちだ。
経験を積んだ後、医局を離れる決断をしたのは、認定内科医の資格を持つEさん(38・女性)だ。今春、所属していた都内の私大病院の医局を抜け、民間病院に移った。
これまで、医局の関連病院を都市部、地方と2、3年ごとにまわっていた。体力の限界を感じるようになったのはここ数年。朝から翌日の夕方までの当直勤務がつらかった。
「年下の医師が離職しないよう大切に育成される一方で、自分のような中堅にしわ寄せが来ているとも思いました。円満に転籍できるよう、半年前から調整しました」(Eさん)
民間病院に転籍すると、ワーク・ライフ・バランスは大幅に改善した。
「いまの病院は、9時5時の常勤で当番制。患者の急変時に病院に呼ばれるオンコールもなく、当直はすべて外勤の医師が行ってくれます」(同)
しかも、年収は200万〜300万円ほど上がったという。
中村さんによると、Eさんのようなキャリア構成のルートは珍しくないという。
「開業しないなら、卒業後10年ほどを目安に、医局に残って教授を目指すか、条件のよい民間病院に転籍するかを決めることになる。女性のほうが早く決断する傾向にあるようです」
最初から医局に頼らず、地方への赴任を選択した医師もいる。
血液内科の森甚一医師(35)は、大学卒業後、出身大学の医局に入らず、当時学生間で人気だった都立病院で初期研修と後期研修を受けた。その後、自分で東京大学大学院を受験した。
研究漬けの大学院生活の傍ら、知人に紹介された福島県いわき市へ外勤に通った。「人口あたりの勤務医数が少ない市町村のひとつで、80歳過ぎの医師が当直している現場もあった」(森医師)という。
大学院を修了するとき、外勤先のときわ会常磐病院に誘われ、常勤医になった。着任以来、患者は引きも切らずやってきて、地方の専門医療の必要性を痛感した。
いわき市で働く週5日は、帰宅すれば論文を書くなど、仕事漬けなのは東京勤務のころと変わらない。週末は東京の自宅で家族と過ごすが、子どもが寝付けば文献を読み、学会にも参加している。収入は以前の1.5倍程度になった。
「東京は医師が多く、若い医師も都市部に行きたがるから、自分の代わりはいくらでもいる。ところが、少し地方に行けば、どこも慢性的に人手不足で需要があり、医師の待遇を整えてくれる病院もある。今は、いわき市で新しい科の立ち上げに全力を尽くします。結局、働くことが好きなんでしょうね(笑)」(同)
●不安が増す外科医
変わるのは、医師の意識だけではない。世界の中でも著しく進む少子高齢化が、患者の数や病気の内容といった外部環境を大きく変えることが予想される。いま経営が「安泰」の診療科がずっとそのまま、とは限らない。
アンケートでは、今後経営が厳しくなると予想する診療科も尋ねた。
ワースト1位は産婦人科だ。出生数減少によって、患者の絶対数が減ることや、医師1人当たりの訴訟件数が整形外科と並んでトップクラスという訴訟リスクを理由に挙げる医師が多かった。分娩は時間をコントロールしづらいため、時間外の呼び出しも多く、医師の負担自体も大きい。
「労働環境が医療界でも際立って過酷」(30代・男性・勤務医)
「不眠不休の科は敬遠されるでしょう」(40代・男性・開業医)
「言葉を選ばずにいえば、3K(きつい・汚い・危険)」(40代・女性・勤務医)
ワースト2位は小児科。少子化に加え、モンスターペアレントを懸念する声が多かった。
「不況により、教育レベルに問題のある親も増えている」(40代・男性・勤務医)
「手間がかかるのにもうからない」「夜間対応が大変」といった声も寄せられた。
ワースト3位は外科。かつては花形だったが、志望者が激減している診療科だ。
「諸外国に比べて、手技の対価が極端に安価」(40代・男性・開業医)、「患者が大病院に偏る」(60代・男性・勤務医)、「ロボット技術の発達により、仕事がなくなる」(40代・男性・勤務医)といった意見があがった。
ワースト4位の内科は、医師数がもっとも多い診療科だ。総数は10万人を超える。各学会ごとの認定から「日本専門医機構」による認定へ移行が準備されている「新専門医制度」の影響を大きく受けると予想されることや、「団塊の世代がいなくなれば(医師が)余る」(60代・男性・勤務医)といった声が寄せられた。
将来性に期待できる科はどこなのか。
●将来性ある科は「なし」
アンケートでは「なし」が133人でまさかのトップで、2位の内科の3倍以上と、大きく引き離した。「人口減が進み医師数過剰の時代がくる」など、今後医療業界が厳しくなると考える医師が多いようだ。
2位の内科は高齢化と、急増する地域での看取りのニーズが背景にある。「薬漬け、検査漬けでどんどん稼げる。心臓カテーテルを行う循環器内科は大変だと思うが、普通の内科はウハウハ」(50代・男性・勤務医)といった冗談とも本音ともつかぬ声も。
続くのは整形外科、老齢医療で、現場の医師らが高齢社会を強く意識していることがわかる。
国の医療費抑制政策などもあり、医師という職業に不透明な部分があるのは事実だ。
「金持ちになりたいなら、他の職業を勧める」(30代・男性・勤務医)、「昔ほどうまみのある職業ではない」(40代・男性・勤務医)と、シビアな視点の医師もいる一方で、医師を志望する若い世代に、こう助言する医師も多かった。
「人の命と人生を預かる仕事。覚悟を持ってきてほしい」(30代・男性・勤務医)
(編集部・熊澤志保)
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