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高まる現金廃止論は危険思想!国民の財産毀損やプライバシー侵害横行のおそれ
http://biz-journal.jp/2016/09/post_16667.html
2016.09.19 文=筈井利人/経済ジャーナリスト Business Journal
2月20日付本連載記事で、世界的な金融緩和策の「次の一手」として、現金が廃止されるおそれがあると述べた。その心配は的外れではなかったようだ。政治にも影響力のあるエリート経済学者が近著で、現金をなくせば税逃れや犯罪の防止、マイナス金利政策の効果強化などに役立つと主張し、現金廃止に向けた世論の喚起に動いた。
その経済学者は、同記事でも触れたケネス・ロゴフ氏。米ハーバード大学教授で、国際通貨基金(IMF)エコノミストを務めた経験もある。8月に上梓した著書の題名はずばり、『現金の呪い(The Curse of Cash)』という。ロゴフ教授は同書で、硬貨や小額紙幣を除く現金の廃止を提言する。理由は大きく2つある。
1番目は犯罪防止である。同教授によれば、世界に出回る現金の80〜90%を占めるのは高額紙幣で、おもに地下経済で流通し、租税回避、犯罪、汚職に利用される。現金の使用を制限すれば、犯罪やテロをなくすことはできなくても、大きな一撃を与えることができるという。
2番目は、中央銀行によるマイナス金利政策の効果を高めることである。ロゴフ教授は、マイナス金利は総需要を一時的に高め、銀行が融資を増やすきっかけになると評価する。そのうえで、マイナス金利が十分に効果を発揮するには、現金をため込ませないようにしなければならないと主張する。
米ブルームバーグの報道によると、同教授は出版記念の会見で、自分の意見には政府関係者も賛同していると述べた。中央銀行関係者にも関心を示す人々がいる。同書のカバーにはバーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が推薦文を寄せ、「非常に興味深い、重要な書籍」と称える。
■増えるタンス預金
政府や中央銀行関係者が現金廃止論を歓迎する背景には、ロゴフ教授が指摘するように、マイナス金利や超低金利政策がきっかけとなり、国民の間にタンス預金などのかたちで現金をため込む動きが広がっていることへの焦りがある。
日本では今年1月、日銀がマイナス金利の導入に踏み切って以来、自宅で現金を保管する人が増えたのを背景に、金庫の販売が急増している。同じくタンス預金の増加などを受け、2016年度に印刷される1万円札の枚数は前年度の1.17倍の12億3000万枚になる。
欧州でもマイナス金利を背景に金庫がブームになっている。米ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、ドイツ最大の金庫メーカー、バーグベヒターは今年上半期の家庭用金庫の売り上げが前年同期比25%増と急増した。ドイツ国内を中心に個人の需要が大きく伸びたという。競合他社も国内での売上高が2ケタの伸びを記録した。
欧州中央銀行(ECB)は14年以降、金利をゼロ以下に引き下げることでユーロ圏の物価を押し上げようとしてきた。預金者は今後、預金手数料を課されるおそれがある。一部の企業や大口個人預金者はすでに預金手数料を支払っているという。
8月に7年5カ月ぶりの利下げに踏み切り、政策金利を過去最低の0.25%とした英国でも、銀行預金を引き出して現金に換える動きが強まっている。欧州連合(EU)離脱を決めた6月の国民投票後、現金の伸びが年率8%に高まり、年初からそれまでの2倍のペースに加速した。
■国民生活を脅かす懸念
キャッシュレスは便利だし、現金廃止は税逃れや犯罪防止に役立ち、金融政策の助けにもなるといわれれば、つい賛成したくなるかもしれない。しかし以前の本連載でも述べたように、現金廃止は普通の国民生活を脅かすおそれが大きい。
第1に、タンス預金の自由が奪われる。銀行預金がマイナス金利で目減りしたり、金融システム不安で銀行破綻のおそれがあったりする場合には、現金を手元に置くのは合理的な資産保全の手段となりうる。現金廃止はその手段を奪ってしまう。
第2に、プライバシー侵害のおそれが強まる。現金がなくなると、あらゆる売買は銀行預金や電子通貨で行われることになるが、これらはすべて記録が残り、政府はさまざまな口実でその記録を閲覧できる。記録が外部に漏洩する懸念もある。
前出ウォール・ストリート・ジャーナル記事によると、ドイツ人は現金志向が強い。ナチスや旧東ドイツ秘密警察「シュタージ」の経験から、政府に詮索されることへの恐怖を知っているからだ。現金の存在をドイツ憲法で保証するよう求める運動もあるという。
日本でも終戦後まもなく、政府が国民に紙幣を強制的に預けさせ、預けなかった分はただの紙切れにするという暴挙に出たことがある。財産税を徴収するため、タンス預金をやめさせ、国民の財産を丸裸にして把握するのが狙いだった。
もし現金が廃止され、国民が金融機関の預金しか利用しなければ、財産を把握する手間は大いに省ける。それが喜ばしいと感じるのは、政府関係者だけだろう。
犯罪が市民生活に対する脅威だとしても、現金廃止がもたらす脅威はそれよりはるかに大きい。政府・中央銀行と親しいエリート経済学者が現金廃止を熱心に唱えるのを耳にしたら、用心したほうがいい。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)
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