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日本企業よ、現実離れしたテロ対策に踊らされるな
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160918-00010000-wedge-int
Wedge 9月18日(日)12時10分配信
海外展開部門の危機管理責任者に任命された時、貴方が最初に味わう気持ちは、どうしようもない無力感となるだろう。だが、そう感じた貴方のセンスは悪くない。なぜならば、日本で紹介されているテロ対策の情報は、根本的なところで誤っているからだ。
■間違いだらけの「テロ対策」情報
海外事業所で勤務する社員とその家族をテロの脅威から守るためには、どうすれば良いのか。「企業 テロ対策」と検索した時、貴方が最初に目にするのはおそらく、検索結果トップに表示される『海外に進出する日本人・企業のための爆弾テロ対策Q&A』だ。このQ&Aは、外務省領事局が作成した資料で、日本人や企業が被害を受けた爆弾テロの事例とともに、爆弾テロを避ける、あるいは被害を局限するためのノウハウが記載されている。
しかし、そのノウハウを日々実践することは容易ではない。一例を挙げれば、自爆テロ実行犯の特徴について、「自爆を前にして、緊張から振る舞いが神経質で特異な印象を受けることが多い」とされているが、人種や文化風土が異なる地ではすべてに特異な印象を持つこともあるだろう。また、車両設置爆弾の対策は7カ所を21の方法で点検するとされているが、出退勤や外出の都度これを行うのは正直言ってかなりのストレスだ。
確かに、この外務省の資料に記載されたノウハウは爆弾テロ対策の基本だが、これを日々実践できるのは十分な訓練を受けた兵士ぐらいではないのか。貴方が、この資料を基にしてテロ対策のSOPを作ったとしても、海外駐在員は冷淡な反応を示すに違いない。「そんなことは分かっているよ…」と。
だが、無力感に打ちひしがれるのは、少し待ってほしい。冒頭で述べた日本のテロ対策の根本的な誤りとは、テロ対策を行う上で最初に行われなければならない、“狙われた”ものなのか“巻き込まれた”ものなのかが峻別されていないことなのだ。
外務省資料に記載された日本人や企業が被害を受けた爆弾テロの12の事例を峻別すると、“狙われた”ものは、1995年に起こったモスクワの日本料理店のトイレに仕掛けられた爆弾が爆発(負傷者なし)した事件のみ。残り11件は、欧米権益などを狙った爆弾テロに日本人が“巻き込まれた”ものだ。そして、モスクワの事件にしても、日本権益を狙ったものであるか否かは、実ははっきりしていない。
“狙われた”ものであれば、適切な対策を自発的にとることで避けることもできるし、あるいは「撤退」という最終決断を下すこともあり得る。しかし、“巻き込まれた”ものであれば、「君子危うきに近寄らず」というリスク回避の基本原則で行動したとしても、運悪く遭遇してしまうこともある。むしろ、日本人のテロ被害者の多くは、運悪く巻き込まれてしまったのだ。
危機管理責任者の貴方がなすべきことは、海外駐在員や家族を狙う“標的型テロ”の類型や手段を知り、それを防ぐ、あるいは回避する対策をとること。運という不確定要素が支配する“巻き込まれ型テロ”については、駐在員たちにリスク回避の基本原則を意識して行動してもらうしかない。
■日本人を狙うテロは「誘拐」
今年5月に公安調査庁が公表した『国際テロリズム要覧』によれば、欧米における「ホームグロウン・テロリスト」や帰国した「外国人戦闘員」の存在により、中東やアフリカのみならず、世界中で国際テロの脅威が増大しているという。このように、世界中がテロ危険地帯となった現在だからこそ、国際テロ組織が、「なぜテロを起こすのか」という発火点を見つめ直す必要がある。
国際テロ組織における「テロ」とは、企業における事業と同じく、成果を上げれば資金を呼び込み、組織を拡大できる活動だ。アルカイダが衰退し、ISが台頭した大きな要因は、米国主導の対テロ戦争の結果、活動を締め上げられたアルカイダがテロを起こすことができず、支援者からの資金提供が減少したからだといわれる。テロは、何も思想信条を具現化するためだけではなく、資金獲得のためのPR事業という側面もあるのだ。このため近年のテロの特徴は、「テロによる目的の完遂」よりも「テロ自体が目的」となっている。
では、具体的に日本人や企業を狙うテロの類型・手段について、『国際テロリズム要覧』から導出してみよう。1976年以降、国際テロによる日本人の被害は、爆弾テロや襲撃による死傷者193人、誘拐の被害者62人に上る。一見すると、爆弾テロや襲撃による死傷者が圧倒的に多いが、これは巻き込まれ型テロの被害者であり、欧米権益へのテロの犠牲になったものだ。今年7月にバングラディシュの首都ダッカで起こった日本人7人が犠牲になったテロも、これに含まれる。
一方で、日本人を狙う標的型テロのほとんどは、誘拐という形で行われている。被害者62人のほとんどは、身代金目的で誘拐されたもので、交渉が失敗して殺害されたものは6人と1割に満たない。しかし、誘拐されても身代金を払えば解放されると安心はできない。2001年のニューヨーク同時多発テロ以前は、誘拐後に殺害された日本人の割合は、わずかに4%だったが、同時多発テロ以降は6割を超え、ISが台頭した13年以降に限れば、全員が殺害されるに至っている。
つまり、貴方が立てるべきテロ対策は、誘拐防止に尽きるといえる。そして、ISが跋扈する地帯での誘拐は絶対に避けること。それは、すなわち死を意味するからだ。
■誘拐を防ぐ3つのキーワード
日本人への具体的な脅威が誘拐だとすれば、企業が対策を立てることによって、海外に赴任する社員や家族の安全を確保することができる。冒頭で外務省が作成した爆弾テロ対策資料について批判したが、外務省は『海外における脅迫・誘拐対策Q&A』という資料も作成している。同資料によれば、日本人を狙った誘拐は多発しており、報道されない事例を含めればその数は更に多くなるという。
海外での誘拐は、人里離れた場所で発生する「地方型誘拐」と、都市部で発生する「都市型誘拐」に区分されるが、ほとんどの誘拐は、(1)誘拐する対象の選定、(2)実行のための事前調査、(3)計画に基づいて拉致、(4)監禁という手順を踏むことが共通する。
中東やアフリカの危険地帯で活動する欧米企業では、民間軍事会社(PMC)と契約したり、軍や情報機関のOBを雇い入れて、テロ組織による内通者の送り込みや盗聴、監視などの事前調査に対して、カウンターインテリジェンス活動を行うこともある。また、PMCに施設を警備させたり、VIPをボディーガードすることは、かなり一般的だ。
■軍隊生活を経験した社員の割合
そして日本企業との大きな違いは、軍隊生活を経験した社員の割合が高いということだろう。軍隊に行けば、基本的な銃器の取り扱いや襲撃など戦術の訓練を受ける。このため、敵の立場から、ソフトターゲットは誰か、誘拐計画をどのように立てるかを考えることができるため、自然と現実的な対策をとることが可能だ。また、現地雇用のスタッフや雇人に対して、一定の距離を置いて接するという文化的な背景も、誘拐対策には有利に働いている。
貴方の会社が、PMCと警備契約したり、対テロ技術をもつ日本人を迎え入れることは、少々敷居が高いだろう。しかし、国際テロ組織による誘拐が、すなわち死を意味する今日、社員や家族の誘拐は絶対に避けなければならない。そのために貴方がとるテロ対策の第一歩は、海外生活での基本である「目立たない」、「用心を怠らない」、「行動を予知されない」を意識させることだ。これだけでも、誘拐のリスクは大きく低下するのだから。そして、これを実践させることが、巻き込まれ型テロを回避するためのベストな対策にも結びついていく。
高橋一也 (ジャーナリスト)
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