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米国とサウジアラビアの同盟関係のひび割れから世界経済は戦後最大の危機を迎えることになるかもしれない(写真はイメージ)
米バブル市場はサウジアラビアからの一撃で崩壊か 米国が恐れるサウジアラビアの米国債大量売却
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47902
2016.9.16 藤 和彦 JBpress
日本経済新聞(9月2日付、電子版)は、米エネルギー市場調査会社ストラテジック・エナジー・アンド・エコノミック・リサーチのマイケル・リンチ社長のインタビュー記事を掲載した。リンチ氏は日本ではあまり名前が通っていないが、原油市場分析の分野では世界的に評価が高い。
そのインタビューの内容で興味深かったのは、リンチ氏が「ピークオイルはもう来ない」と述べ、2000年代に一世を風靡した「ピークオイル」論にとどめを指したことだ。
■今後、長期にわたり原油価格に下押し圧力
ピークオイル論とは1950年代に米国地質調査所のハバート氏が提唱した説で、「世界の原油生産量はピークに達した後に、釣り鐘のような曲線を描いて急激に低下する」というものだ。
1972年にローマクラブが「成長の限界」を発表した当時、原油の「寿命」はあと30年と言われていた。その頃は、原油埋蔵量は2兆バレルで既に1兆バレルを産出しているため、残り1兆バレルの原油は早晩枯渇すると見られていた。国際エネルギー機関(IEA)も2010年に「在来型の原油生産量は2006年にピークを迎えていた可能性が高い」としている。
しかし、ピークを迎えたはずの米国の原油生産量は、2014年に過去最高を更新した。以前は商業ベースに乗らなかったシェールオイルの生産量が急増したからだ。
現在は、シェールオイルをはじめとする非在来型の採掘可能な原油埋蔵量が拡大している。リンチ氏は「世界の原油埋蔵量は11兆バレルあり、既に産出した分を除いても、今後250年以上、世界の需要を賄える規模」と述べている。
新たな油田も発見されている。2000年にはカスピ海北東部でカザフスタンのカシャガン油田が発見された。カシャガン油田は、過去30年間に発見された油田の中で世界最大規模である。2013年9月に生産が開始され(日量37万バレル)、最終的には日量150万バレルの生産を目標としている。また、ブラジルのプレソルト層(海底の岩塩層)の深海油田も生産を開始した。
OPECはカシャガン油田の増産を受け、9月2日に発表した月報の中で「来年、OPEC非加盟国の原油生産が増加するため、世界的な供給過剰が持続する」との見方を示した。IEAも9月13日に公表した月報で、「今年第3四半期に中国とインドの需要が劇的に減速したことなどから、原油市場の供給過剰状態は来年も継続する」と見通している。
このように、原油埋蔵量の増加、新油田の発見、中国・インドの需要減退などによって、長期にわたり原油価格に下押し圧力がかかることは避けられないだろう。
■米国が恐れるサウジアラビアの米国債大量売却
加えて今後、原油価格の大きな下押し圧力の1つとなりそうなのが、米国の金融市場で懸念されるビッグバンである。サウジアラビアの動向次第で、深刻なビッグバンが引き起こされるかもしれない。
9月9日、米国株式市場は6月24日以来の大きな下げに見舞われた。米国の在庫減で急上昇していた原油価格も、一転急落した。株式市場の下げは、日米欧の長期金利の上昇が直接の原因である。
長期金利の上昇(国債価格の下落)の原因の1つとして、筆者は9月9日に米下院で可決されたある法案に注目している。「2001年の米同時多発テロの遺族がサウジアラビア政府に対し賠償金を請求できる」法案(テロ支援者制裁法)のことだ。
5月17日、米上院がテロ支援者制裁法を全会一致で可決すると、オバマ政権は法案阻止のために必死の努力を行ってきた。しかし、努力も甲斐なく下院も全会一致で法案を採択した。
オバマ政権が法案成立に反対するのは、「テロ支援者制裁法がサウジアラビア政府との関係に悪影響を及ぼす」と危惧しているからだ。そしてもう1つの理由は、サウジアラビアによる米国債売却を防ぎたいからである。
法案が成立すると、遺族はサウジアラビア政府から多額の賠償金を得る道が開ける。そうなるとサウジアラビアは、米国内に保有する金融資産が凍結される可能性が高い。そのためサウジアラビア政府は今年4月、「テロ支援者制裁法が成立したら、米国内で保有する7500億ドルの金融資産を売却する」と警告を発していた。
サウジアラビアは、1168億ドル(今年3月時点)という巨額の米国債を保有している。資産売却の容易さから見て、サウジアラビア政府が最初に手をつけるのは米国債だとされている。実際に、米情報サイト「Zero Hedge」(9月9日付)は「テロ支援者制裁法の米下院成立で米国債10年物に売りが出た」と報じた。
サウジアラビアとしては、武器購入のためにも米国債を売却したいところだ。
9月7日付けロイターは「米国政府はサウジアラビア政府に対して総額1150億ドルの武器売却を提案した」と報じている。この史上最大規模の武器売却には、米国のイラン接近に不満を抱くサウジアラビア政府との関係改善に資する狙いとともに、米国の軍需産業における雇用対策の意味合いもあるとされている。
一方、サウジアラビア政府に多額の武器購入に応ずる資金はあるのだろうか。サウジアラビア政府は長引くイエメンへの軍事介入を早期に終結させるために米国の最新鋭の武器は「喉から手が出る」ほど欲しいだろうが、ない袖は振れない。この資金を捻出するために米国債の売却に手を付けざるをえないのではないか。
もしそうだとすれば、米ホワイトハウスがテロ支援者制裁法を阻止しようがしまいが、サウジアラビア政府の米国債の大量売却は近いうちに現実になってしまうだろう。
■ビッグバンで米国経済は再起不能に?
日本ではあまり報じられていないが、米国経済はバブルそのものである。
9月12日付けブルームバーグは「バブルが起きているのは明らか、でも破裂の兆しなし」との論説記事を掲載している。米国では、リーマン・ショック以前よりもニューヨークやサンフランシスコなどの主要都市の住宅価格が急騰し、旺盛な建設需要で労働者不足が深刻化しているという(9月8日付ロイター)。市場関係者は「中央銀行が紙幣を刷り続ける限り、このバブルは膨張を続けるはずだ」と鼻息が荒い。
しかし今年上期には、貸付総額が1.1兆ドルにまで膨れあがったサブプライム自動車ローンの焦げ付きが急増している。リーマン・ショックの直前、サブプライム住宅ローンのピークは約1.4兆ドルだった。リーマン・ショック時よりも格段に膨張した債券バブルを前に、市場関係者の間で「ボンドマゲドン(ボンド+アルマゲドン)」の襲来が囁かれ始めている。サウジアラビアからの一撃(米国債の大量売却)が巨大バブルの崩壊(ビッグバン)の引き金にならないと誰が断言できるだろうか。
ビッグバンが起これば著名投資家のビル・グロース氏が指摘しているとおり、米経済は二度と普通に歩けなくなる恐れがある。世界経済全体も同様の運命をたどるだろう。
9月5日、米格付け会社S&Pは「信用度最低の『最弱リンク』企業の数が急増し、リーマン・ショックから数カ月後の水準に迫っている」と警告を発した。そのうちシェール企業が25%を占め、最大手のチェサピーク・エネジーなども8月にこのランクに加わった。ムーディーズも9月12日、「シェール企業の破綻件数は昨年の2倍に上るが、倒産したシェール企業からの債権回収率は壊滅的な水準にある」と指摘する。
ジャンク債市場はシェール企業の苦境にもかかわらず高値が続いてきたが、9月に入り急にぐらつき始めている(9月13日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。このような状況でビッグバンが起きれば、まずジャンク債市場が深刻な打撃を蒙る。ジャンク債市場の崩壊は社債市場全体に広がる可能性が高い。
冒頭に紹介したリンチ氏は、「原油価格は2017年末まで1バレル=40ドル前半と低水準が続く。だが、投資が減って需給が引き締まるため、2020年末には原油価格は同80ドルにまで達する」との予測を述べている。
しかし、米国の金融市場でビッグバンが起きれば、バブル崩壊後の日本のように世界の原油需要も減少し、リンチ氏の予測を超えた低油価時代が続くのではないだろうか。
1945年2月以来の米国とサウジアラビアの間の同盟関係のひび割れから、世界経済は戦後最大の危機を迎えることになるのかもしれない。
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