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サウジアラビアが巨額の財政赤字に苦しめられている。サウジアラビアのモスク(資料写真)
サウジアラビアが原油増産凍結に合意できない理由 とにかくしのぎたい目の前のカネ不足
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47833
2016.09.09 藤 和彦 JBpress
まったく拍子抜けする内容だった。中国・杭州で開催された20カ国・地域(G20)首脳会議(9月4〜5日)における、ロシアとサウジアラビアの共同声明のことである。
複数のメディアが「5日夕方にロシアとサウジアラビアが原油市場に関する共同声明を発表する」との関係筋の発言を報じると、市場関係者がざわめき立った。2大産油国(ロシアの生産シェアは12%、サウジアラビアは11%)があえて共同声明発表の形をとる以上は、原油需給に何か大きな修正を迫るような動き、つまり原油の増産凍結に関する動きがあるのではないかと推察されたからだ。
しかし、増産凍結につながる具体的な話は何も出なかった。 記者会見でロシアのノヴァク・エネルギー相は「原油市場の安定化を目指した増産凍結について話し合った」と発言したが、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「増産凍結は望ましい可能性のうちの1つだが、現時点では必要ない」との考えを示した。
結局、共同声明は、「両国は、月内にアルジェで開催される国際エネルギー・フォーラムで協議を続けるほか、10月には石油・ガスで協力するための2国間の作業グループを設置し、11月のOPEC会合でも協議する」と、原油市場の安定化に向けて両国が今後も協力する方針を確認するだけにとどまった。
■果たして世界の原油需要は「堅調」なのか?
サウジアラビアが増産凍結に否定的なのは、「世界の原油需要が堅調である」と見ているからである。ファリハ・エネルギー相は「中国からの需要は非常に順調で、インドからの需要もとても良好だ」という。
サウジアラビアには、原油需要の拡大が最も見込める中国とインドでシェアをなんとしても確保したいという思惑がある。サウジアラビアは、中国ではロシア、インドではイラクやイランと激しいシェア争いを繰り広げている。手綱を緩めて両国でシェアを失ってしまうのはなんとしても避けたいところだ。
だが、インドの原油需要は相変わらず旺盛であるものの、中国の原油需要はますます怪しくなっている。
中国政府は9月2日、「昨年半ばから今年初めまでに戦略石油備蓄が22.5%増加し、2億3300万バレルになった」と発表した。備蓄水準が市場予想を上回る純輸入量の36日分に到達したことは、今後、備蓄向けの需要が大きく減少することを意味する。
民間の原油需要も減少に転じた兆しがある。エネルギー関連情報の主要配信社であるプラッツによれば、8月の中国の純国内石油需要量は日量1075万バレルで前月比5.9%減、2009年1月以来の減少幅だった。戦略備蓄向け調達の一服で6月以降原油輸入量の伸びが鈍化している中国だが、今後、原油輸入量は減少に転ずる可能性がある。
原油の最大需要国である米国でも、原油需要が変調をきたしている。米国では、5月の最終月曜日のメモリアルデーから9月最初の月曜日のレイバーデーまでを「ドライブシーズン」と呼び、ガソリンの需要期とされている。ところが今年8月のガソリン在庫はこの時期としては過去最高レベルに積み上がっており、その影響で、取り崩しが進むはずの原油在庫の調整が大幅に遅れている。
9月5日にドライブシーズンが終了し、不需要期を迎えた米国で、既に過去最大の水準にあるガソリンや原油の在庫が一段と膨れあがるのではないかと懸念されている。
■サウジ全体を覆う「カネ不足」
本来、サウジアラビアにとって、原油安の状況を打破できるかどうかは死活問題のはずである
サウジアラビアのムハンマド副皇太子は、G20首脳会議への参加直前に、最も重要な原油輸出国である日本と中国を訪問し、脱石油依存を掲げる「ビジョン2030」への積極的な関与を要請した。
サウジ国内で、ビジョン2030は、石油の富の分配で国を経営するやり方はそのままにし、その上で世界最大の国家ファンドを作り上げて新しいパイを増やす国家戦略だと捉えられている。冨の分配の恩恵にあずかれない疎外された人々(特に若者)にとって、新たな活躍の場が提供されることを意味するため、ビジョン2030を歓迎する声は多い。今のところは国内の不満を抑え込む強力な効果を発揮しており、政府としてはビジョン2030の実現をなんとしてでも成功させなければならない。
鍵を握るのはサウジアラムコの株式公開である(ムハンマド副皇太子は株式公開を日本と中国でも行う意向を表明した)。サウジアラムコの企業価値を高めるためには、原油価格の持続的上昇が不可欠である。このような観点から「サウジアラビアが原油安政策を転換させるのではないか」との観測が出ていた(9月2日付ロイター)。
それにもかかわらず、サウジアラビアはなぜ増産凍結合意に前向きになれないのだろうか。
その答えは国全体を覆う「カネ不足」にあると筆者は考えている。
サウジアラビア通貨庁(中央銀行)が8月28日に公表した統計によれば、7月末の外貨準備高は前月比60億ドル減の5550億ドルとなった。原油安で生じた財政赤字の穴埋めのため、政府による資産引き出しが進んでいる。2014年8月に過去最高の7370億ドルに達した後減少に転じた外貨準備は、今年だけでも7月までに530億ドル減少し、2012年2月以来の低水準となっている。
マネーサプライは昨年前半から7%も減少し、短期金利は2.3台と約8年ぶりの高水準となっている。サウジアラビア最大の銀行(National Commercial Bank)の株価も8月下旬に最安値を更新した。
2016年予算では約9兆円の財政赤字に陥る見込まれる状況下で、サウジアラビア政府は総額200億ドルを超えるプロジェクトを白紙に戻す方向で検討しているという(9月6日付ブルームバーグ)。総額570億ドルに上る数千件の事業を見直しており、このうち3分の1を取りやめる可能性がある。そうなれば新しいパイが増えるどころか既存のパイが急減すれば国内の不満は一気に高まってしまう。
ムハンマド副皇太子自身も認めているように、ビジョン2030はすぐに成果が期待できるものではない。目下のカネ不足を補うには、「原油をなるべく高い値段で少しでも大量に売る」しかないのではないだろうか。
■長期化するイエメン軍事作戦が財政を圧迫
サウジアラビアの財政にとって、もう1つ大きな問題がある。赤字財政の元凶である軍事予算だ。軍事予算に手を付けない限り、抜本的な改善は見込めない。
ストックホルム国際平和研究所によれば、2015年のサウジアラビアの軍事費の対GDP比率は13.7%で過去最高であり、53億ドル分がイエメンの軍事作戦に充てられた。中東湾岸諸国全体の軍事費の62%をサウジアラビアが占めるなど、サウジアラビアの「先軍政治」は群を抜いている(対立するイランの軍事費は12%を占めるに過ぎない)。
イエメン内戦は今年4月に停戦が発効したものの長続きせず、和平協議は行き詰まったままである。戦闘の激化に乗じてイエメン国内でアルカイダやIS(イスラム国)が勢力を伸ばしていることも気になるところだ。8月29日、ISはイエメン南部アデンにある政府軍の訓練施設で車両を使った自爆テロを行い、100人以上が死傷した。
イエメン情勢の混迷はサウジアラビアにも波及し始めている。
8月27日、シーア派武装組織「フーシ」が掌握するイエメンのサバ通信は「サウジアラビアに向けてミサイル1発が発射された」と報じた。サウジアラビア内務省は「イエメンから発射された1つの飛翔体によりサウジアラビア南部の送電設備で火災が発生した」ことは認めたが、その詳細を明らかにしていない。サウジアラムコの石油・ガスおよび精製施設はすべて通常通り稼働しているというが、イエメン軍事作戦の長期化はサウジアラビアの地政学的リスクを確実に上昇させている。
長引く原油安による財政への圧迫と、国内石油施設の脆弱性。サウジアラビアの今後の動向にますます目が離せなくなっている。
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