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仕事は「好き嫌い」でする方が成功する理由 『「好き嫌い」と才能』  深層中国〜中国流「中抜き社会」が生まれるワケ
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 8 月 29 日 16:34:58: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

【第9回】 2016年8月29日 flier
仕事は「好き嫌い」でする方が成功する理由
『「好き嫌い」と才能』

要約者レビュー


『「好き嫌い」と才能』
楠木 建著
東洋経済新報社 512p 1800円(税込み)
 傍からは「よくそんな大変なことができるね」と言われるが、本人は好きでやっているだけなので、大変という実感はない。それどころか、好きで続けているうちに成果が出て、人の役に立てるのだと自信が生まれる。すると、ますますそれが好きになってのめり込み、我を忘れ、才能が結実する。これぞ「好きこそものの上手なれ」を体現する好循環だ。

 本書は、ロングセラー『ストーリーとしての競争戦略』でお馴染みの楠木氏が、さまざまな分野で道を極めている19名の経営者やプロフェッショナルを相手に、その類まれなる才能をいかに開花させたのかを掘り起こす対談集だ。ローソン代表取締役の玉塚元一、元プロ陸上選手の為末大、音楽プロデューサーの丸山茂雄など、錚々(そうそう)たるメンバーが登場する。

 プロフェッショナルの才能の根底には、その人独自の「好き嫌い」がある。彼らはインセンティブ(外的報酬)ではなく、内から湧き上がるドライブ(動因)に突き動かされているため、逆境に立たされようと何のその。渋々、努力している人たちを尻目に、たちまち壁を突破し、道を極めていくのだ。とかく「良し悪し」で評価されがちな仕事の世界に「好き嫌い」の軸を持ち込み、各分野のプロがプロたる理由をつまびらかにしていく、ユーモアたっぷりな楠木節は圧巻としか言いようがない。

「好き嫌いで食っていけるほど世の中は甘くない」。そんな固定観念をバッサリと斬ってくれる痛快な一冊だ。「努力の娯楽化」の真骨頂が今ここに! (松尾 美里)

著者情報

楠木 建(くすのき けん)

 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略。著書に、『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』(ともに東洋経済新報社)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation、Management of Technology and Innovation in Japan(ともに共著、Springer)など。

評点(5点満点)


*評点基準について
本書の要点

・ローソン代表取締役の玉塚氏は、「逃げてはいけない分厚い壁」に向き合うことが好きだという。

・糸井重里事務所での仕事はCFO篠田氏の天職である。「要するに、こういうこと」を見つけて言語化し、それが人の役に立つことを実感できる環境に、大きな喜びを見出している。

・グライダーアソシエイツの杉本氏は「ちょっと先の未来に必要と思われるもの」を大事にしている。

・ヤマトホールディングス代表の木川氏は銀行時代の倒産危機などの修羅場を糧に、改革を断行してきた。「粛々と手堅く」という経営は大嫌いなのだ。

要約本文

■「壁に向き合う」のが好き(玉塚 元一)
◇現場最適が大事

 ローソン代表取締役社長の玉塚氏は、向き合わないといけない壁から逃げたくないという思いが並外れて強い人物である。

 経営者になるための修行としてコンサルタントをしていた頃、ファーストリテイリングの柳井氏から、こう告げられた。「経営者や商売人なんて、コンサルタントがなれるもんじゃない。(お客様が)何も買わないで出ていってしまった。商品が魅力的じゃないのか。価格が高すぎるのか。それを悩み続けながら、胃の痛む思いをしながらやらない限り、経営者にはなれないんだ」。玉塚氏は大きな衝撃を受けたという。

 そんな玉塚氏が大事にしているのは「現場最適」だ。ローソンの商売は、お客様との接点である現場をいかに良くするかがすべてである。だからこそ、トップがいなくてもうまく回る仕組みをつくれる人材を育てることを重視している。

 組織が巨大化すると、本社は現場の発想から離れてしまいがちだ。そこで、机上の空論を叩き壊し、顧客接点のカイゼンに組織のエネルギーを注ぎ込みたいと、玉塚氏は意欲を見せる。

◇巨象相手でも戦い方はある

 慶應のラグビー部時代、玉塚氏は、泡を吹いてぶっ倒れるほどの厳しい練習を乗り越えてきた。ラグビーの強い高校から選手を呼べない大学であったために、逸材とは呼べないメンバーを鍛え抜くというポリシーだったのだ。その甲斐あって、関東大学対抗戦では全勝優勝という快挙を成し遂げた。この経験が「努力すれば巨象を倒せる」という玉塚氏の信念のベースになっている。

 また、企業再生会社リヴァンプでの経験から、商売には波があり、気合と根性だけでやっていくのは難しいと学んだ。現状を理解したうえで、それを否定し、組み直すという戦略が重要なのである。

 現在、彼が率いるローソンは二番手だ。しかし、コンビニの基本動作としてのオペレーションをしっかりやることを前提に、差別化につながる施策をスピーディーに進めることで、色々な戦い方ができると考えている。

◇二人の強烈な経営者との出会い

 玉塚氏は、日本を代表すると言っても過言でない強烈な経営者二人から大きな影響を受けてきた。一人は、ファーストリテイリングの柳井氏である。彼は生粋の商売人で、稀代のアントレプレナーだ。一方、玉塚氏をローソンへ呼び寄せた新浪氏は、マクロの視点もディテールへのこだわりも持ち、大きな絵からブレークダウンして今やるべきことをやる人である。

 全く違う個性を持つ経営者と至近距離で働けたことに、玉塚氏は感謝しているという。彼らは玉塚氏にとって「逃げてはいけない分厚い壁」であり、それこそが玉塚氏の大好物なのだ。彼は、正しいと思ったことをやり切るという信念を貫き、今日も壁へと立ち向かっている。

■「要するにこういうこと」が好き(篠田 真貴子)
◇世間の良し悪しに翻弄された正統派CFO時代

「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」でお馴染みの糸井重里事務所にてCFO(最高財務責任者)を務める篠田氏は、これまでゴリゴリの正統派CFOキャリア一直線だった。バブル末期、彼女が日本長期信用銀行に入行したのは、みんなが「良し」とする選択肢だったからだ。配属先で待っていたのは山のような事務作業。ゴム印をまっすぐ押すのもままならないほど不器用な篠田氏は「この仕事に向いていない」と気づき、海外のビジネススクールへ留学する。しかし、卒業生に人気な投資銀行業務に興味が持てず、進路に迷い、最終的にはインターンを機にマッキンゼーへ入社することとなった。

 篠田氏が好きなのは、クライアントの様々な課題を「要するにこういうこと」と抽象化して、解決策を提案し、クライアントから反響を得ることである。マッキンゼーの仕事はそんな彼女にとって楽しいものだった。

 しかし、多忙なコンサルタント生活に、彼女はいつしか葛藤を抱き始めた。大量のデータ分析という兵隊感あふれる激務も、その後約束されるであろう「シャンパン付きの昼メシ」にも、全く燃えなかったのだ。そのため、昇格にもコミットできず、挙句には会社から「ここにいても時間の無駄じゃない?」と言われてしまう。社会的な良し悪しの「良し」を全て試しても、自分の道が見つからないという焦りとともに、彼女は退社を決めた。

 次に篠田氏が向かったのは、スイスの製薬会社ノバルティスファーマだ。ここで、米国水準の事業会社としてのファイナンスのイロハを身に付けた。篠田氏が面白味を見出したのは、事業戦略という抽象的なものから、「営業所の経費」といった具体的なものまで全体像が見えることである。「専門分野ではなく事業全体を見たい」という喜びのツボは変わらない。

◇子育ては「良し悪し」と「好き嫌い」の戦い

 篠田氏は二人の子どもを育てている。彼女曰く「仕事がなかったら育児は無理」だったという。子どもを預けて仕事に熱中し、大人だけで話せる時間がある。これが彼女の精神のバランスを保つうえで貴重だったのだ。

 もちろん子どもには愛情をかけているが、それと子育てという行為が好きかどうかは別問題だ。子育てにおける母親の役割は、「こうすべき」という世間の「良し悪し」に縛られているが、本来はそこに「好き嫌い」の軸があるべきだと篠田氏は語る。

◇ついにたどり着いた天職

 その後、順調にキャリアを重ねつつも、篠田氏は「部下が増えるほど嬉しい」という、影響力の拡大を褒賞とする大企業的な世界に違和感を覚えていった。そこで浮上した選択肢が、糸井重里事務所である。「ほぼ日」のファンだった彼女は、財務の知識が必要なプロジェクトを手伝い始めたのだ。彼女の知識や分析力が非常に重宝され、糸井氏から直々入社を打診された。篠田氏は、具体的な物事から「要するに、こういうこと」を見つけて言語化し、それが人の役に立つことを強く実感できる環境に、無上の喜びを感じた。こうして、ようやく天職にめぐり合えたのだ。

■「ちょっと先を見る」のが好き(杉本 哲哉)
◇生き方がキュレーションメディア

 インターネットリサーチ事業を行うマクロミルと、スマートフォン向けキュレーションアプリ「antenna*」を手がけるグライダーアソシエイツ。杉本氏は、この2社を起業したシリアルアントレプレナーだ。彼は、良いと思ったものを人に薦めるのが大好きで、今乗っているクルマも、あちこちで薦めて4人に買わせたという。まさにキュレーションメディアのような生き方だ。

◇儲かる商売でないと、楽しめない

 2000年当時、ネットベンチャーというと、新技術や斬新なアイデアといった、飛び道具を前面に出す会社が多かった。一方、マクロミルはそれと対極的な戦略をとっていた。そのコアとなるのは、顧客に提出するデータの大本となる、アンケート回答用パネルの質の高さである。まずは儲かるビジネスの構造をつくり、泥臭く営業を重ね、面白さよりも「お金がきちんと回るか」を優先したのだ。儲からなければ楽しめない。そんな杉本氏の発想は、リクルートの新規事業で、資金の大切さを痛感した経験がもとになっているという。

◇ちょっと先の未来に必要なもの

 2012年から始めた「antenna*」には、杉本氏の好き嫌いが出ている。だが、杉本氏によると、大手企業が参入しづらく、「ちょっと先の未来に必要と思われるもの」を手掛けているという点で、マクロミルの事業とも共通項があるという。

 例えば、ヤフーニュースやスマートニュースなどが時事ニュースを扱う一方、「antenna*」はエンタメ、カルチャー、ファッションなどに特化することで、大手マスメディアとは一線を画すポジショニングをしているのだ。「本物のコンテンツを、若い人がふれるデバイスに届けたい。正義はわれにあり」という気概で杉本氏は臨んでいる。

 また、スマホユーザーを抱え込むなら、趣味やカルチャーのほうがマーケティングに活かせ、広告の配信先やプロモーション先に価値を提供できるという読みもあった。時事ニュースへの興味は誰もがある程度持っているため、その人のポリシーや業種などと関連が薄い。すると、何の時事ニュースに興味があったのかを収集し、類型化しても、調査サンプルとしての価値は薄いと見たのだ。競合企業が、時事ニュースを配信して、顧客データベースの獲得に血眼になっている間に、あえて「antenna*」は主戦場を避けている。このように、杉本氏は、独自の立ち位置で畑を耕しているのだ。

【必読ポイント】
■修羅場で腹をくくるのが好き(木川 眞)
◇修羅場になると生き生きする

 ヤマトホールディングス代表取締役社長の木川氏は、これまで富士銀行でキャリアを積んできた。最初の10年は金融自由化のタイミングで、日本で初めて金融環境の予測に携わるなど、ストラテジスト的な仕事を楽しんでいた。しかし、人事部時代の32歳のときに大病で3ヵ月間銀行を休むという挫折を味わった。ほぼ毎晩タクシー帰りという忙しさによる過労も影響していた。木川氏は「人生を棒に振ったかな」と思うほどの悔しさを感じたが、これがバネとなり、「好きなことをやって悔いなく生きる」という価値観につながった。

 その後バブルが弾け、修羅場の10年が始まった。銀行の生死を左右するピンチがたびたび訪れ、木川氏は人事部長として、「銀行のため、行員のため」という考え方にならざるを得えなかった。修羅場は人を「鈍化」させる。自分の好みは消え、「やるか、やらないか」の判断だけが求められた。しかし、木川氏は、究極の緊張感の中で進むべき道を決めるという修羅場の連続に、生き生きしたという。

 富士銀行の倒産危機やアメリカ同時多発テロ事件で幹部社員12人が犠牲になったこと、そしてみずほ銀行発足とともに生じたシステム障害。逃げ場のない日々だったが、数々の修羅場は彼の肥やしになっている。

◇「粛々と手堅く」な経営は大嫌い

 2005年にヤマトグループに入社してからも、カリスマ経営者、小倉昌男氏の後任だからといって現状維持に徹するのではなく、攻撃的に投資をし、時には既存の路線を一部否定しつつも改革を進めてきた。「粛々と手堅く」という経営は大嫌いなのだ。

 当時のヤマトグループは数百億の利益を出していたが、人口減少を見越すと5、10年後には危ぶまれる状況だった。修羅場慣れした木川氏にとっては、マイナスの状況を好転させるのは好きな領域だ。待ってましたとばかりに心躍った。そしてさっそく、世界中にネットワークを広げるべく、羽田空港付近に「羽田クロノゲート」をつくるなど、戦略転換に2000億円をかけるという桁違いの大投資を始めた。変革においては、目に見える行動が物を言う。金融業界と比べて行政のしがらみがないため、現在の木川氏はまさに水を得た魚のようだ。今後はロジスティックだけでなく決済や金融にも果敢に挑戦したいという。思い切ってリスクをとり、腹をくくってきた銀行時代の経験が生きている。

一読のすすめ

 要約では19名のプロフェッショナルの中から4名の対談の一部を紹介しているが、他の対談も刺激と学びに満ちたものばかりである。

 目標に到達するまでのプロセスを心底楽しめる人は、強い。「好きなことを伸ばそう」というメッセージは、読者の心に火をつけてくれるはずだ。世間の「良し悪し」に違和感を覚えている方にとって、まさに救いとなる一冊ではないだろうか。
http://diamond.jp/articles/-/100103


 

深層中国 〜巨大市場の底流を読む 第82回
中国流「中抜き社会」が生まれるワケ〜大乱戦の市場をどう生きるか

経営・戦略 田中 信彦 2016年08月26日
 中国で暮らしていると、この社会はつくづく「中抜き社会」だなあと思う。
 例えば何か売れている商品があると、その商品を別ルートから独自に入手して中間マージンをカットし、安く売る人がすぐに現れる。時には極端な類似品やニセモノも混入し、それをすごい数の人がやるので市場は乱戦になり、値段はあっと言う間に下がる。こういうことが日常的に発生している社会である。

 ネット社会、デジタル社会になってその傾向は一層強まっている。これは「業界の掟(おきて)」を尊重して集団の利益を守るという戦い方をしてきた日本の伝統的な商業モデルとは相当に異質なものがある。そこには日本人、日本企業にとってチャンスもあれば、困難さもある。今回はそんな話をしたい。

「素人お断り」の看板

 東京・日本橋馬喰町界隈の繊維問屋街を歩くと、そこには店先に今でも「素人お断り」「小売はいたしません」といった看板や張り紙をした店がたくさんある。御徒町の宝石問屋街などでも同様の掲示をみかける。すべての店がそうではないが、多くの店はプロでなければ商品を売りませんという意思表示をしている。

 そこではまず前提として「素人」と「その道のプロ」が別のものとして認識されている。何を基準に素人とプロを分けるのか、正確なところは知らないが、おそらく自分の店舗(実店舗かネットショップ)を持っているか、そしてそこから一定以上の収入を定期的に上げているかといったことが判定基準になるのだろう。

 いずれにしても日本の「卸」でものを買うにはプロとして小売を営んでいるという「身分」のようなものが必要であって、それがなければ取引してもらえない。お金を払えばよいというものではないのである。

 一方、中国で「卸売市場」に行ってみると、そこでは商品を買うのに何の制約もない。工場の仕入れ担当者も来れば、近所のおばさんも来る。「卸売市場」と書いたが、中国語で「卸売」に相当する単語は「批発(發)、pifa」と言う。「批」とは「ひとまとまりの」とか「多くの、多量の」という意味で、一定の数量がまとまっていることを示す。「発」は「送る、出す」といった意味なので、「批発」とは直訳すれば「まとまった数の商品を売る」といった意味になる。

 つまりここで問われているのは「量」である。その人はどれだけの量を買うのか。「批発市場」とは「とりあえず一定数量をまとめて買うことが標準とされている市場」ということであって、その人が「何者であるか」は問われない。量を多く買えば、そのぶん取引条件は良くなり、1個でも買うことはできるが、単位当たりの値段は高くなる。それだけである。だから厳密に言えば、「卸売」と訳すのは正確ではないかもしれない。日本語の「卸」が意味するところの一種の排他性は含んでいないからである。


「量」の多さで決める中国社会

 そもそも日本の「卸」の概念がなぜそうなっているのかと言えば、同じ業界の人たちが団結して利益を守るためだろう。皆がルールを守って「素人」との直取引を自粛し、安値競争を避ける。いわば「中抜き禁止」である。好意的に解釈すれば、悪性の競争を排し、安定的な利益を確保することで良質な製品をリーズナブルな価格で長期的に供給することができる。悪く言えば、高い価格を維持し、自分たちの利益を増やすための一種の談合、カルテルとも言える。

 一方の中国社会では、そこにあるのは「量」の概念だけで、買った商品の転売が目的であろうが、自分で使おうが、それは問わない。だから中国人には「素人お断り」「小売はしません」といった考え方は理解しにくい。なぜ「卸」と「小売」を分けて考える必要があるのか。商売とは「いくらの値段で」「どれだけの数を売るのか」が問題であって、売る相手が誰か、そして売った後の商品を客がどのように処分しようと関係ないではないか――というのが基本である。

 「その人が何者か」という属性を判断基準にする日本と「買う量」で判断する中国。ここには規範やルールを重視する日本と、現実重視、効率第一の中国という2つの社会の判断基準の違いが鮮明に現れている。

「爆買い」はプロか素人か

 一時は一世を風靡した感のある「爆買い」だが、最近その言葉を聞くことも少なくなった。統計によれば来日中国人の数そのものは増えているので、要は一頃ほどものを買わなくなったということだろう。「爆買い」のさらなる増加を見込んで投資をしたものの、思惑通りに客が訪れず、アテが外れたといった内容のニュースも聞こえてくる。

 この「爆買い」現象の日本での受け止め方を見ていて気がついたのは、ここでもやはり前述した「卸」と「小売」を明確に分け、「プロ」と「素人」を区別して考える日本社会で習慣になっている思考パターンが強く表れていることだ。

 「爆買い」に対する日本社会の見方は当初、かなり好意的なものだったと思う。日本に興味を持ち、日本に来てくれることが単純にうれしいという気持ちに加え、観光客の消費が経済のプラスになるとの期待があった。それはその通りなのだが、その見方の前提には「旅行客=素人」という、日本人にとっては極めて当たり前の感覚があったと思う。

 日本人が「爆買い」に強い関心を示し、メディアがこぞって大きく報道したのは、それが旅行者という「素人」の日常的な経済行為であると認識していたからである。素人が自分のポケットマネーでかくも多額の買い物をする現象が驚きなのであって、仮に輸入を業としている人が仕入れに来て大量に商品を買ったとしても、別に面白くもなんともない。

 ところが来日客が増え、「爆買い」の実態が明らかになるにつれ、そこには「プロ的」な実利目当ての購入が多く混じっていることが見えてきた。大量に買った商品を自分のネットショップで販売したり、ブローカーに転売したり、その買い物客自身がブローカーそのものだったり、そういう状況があることがわかってきた。次第に「あれは買い物ではない。仕入れだ」。そういう見方が伝えられ始め、日本の人々、特にメディアの「爆買い」に対する視線は急速に冷めていった。

 日本社会は中国人客が「素人」として買い物をするのなら非常に好意的である。しかし、いったんその人が「プロ」であり、転売のための商品を仕入れているのだと知ると、その視線は一転、厳しいものになる。同じ商品を同じ値段で買っているのに、途端に「あいつら実は転売目的なんだよ」などと言ったりする。自分で使う商品を買うお客と、転売するための商品を買うお客では、同じお客でも扱いが違うのである。こうした感覚は私にとって、ちょっとした驚きであった。

 転売目的で商品を買う客に対して日本人が冷淡なのは、発想のどこかに「素人」が商売をすることに対する違和感があるからだろう。つまり素人とプロは違うのである。善し悪しは別として、日本社会の意識では、素人は素人、プロはプロと、それぞれの社会的な棲み分けや果すべき役割の境界が明確に分かれており、それを踏み越えるのはいわば「オキテ破り」のように映る。


「買い物」と「仕入れ」の境界線

 しかしこれはあくまで日本人の視点であって、中国人的発想に立ってみれば、その買い物が「個人のお土産か、仕入れか」という議論はほとんど意味をなさない。

 例えば、ある日本人が海外旅行でお買い得な商品を見つけたとする。そんな時、日本人は「うーん、これ確かに安いけど、たくさん買っても余ってしまったら無駄になるし、誰かにあげるとしても喜ばれるかどうかわからない。今回のおこづかいの予算をオーバーするから、やっぱり1つにしておこう」といった話に往々にしてなる。

 ところが中国人が同じような状況に遭遇したらどうするか。まずスマートフォン(以下スマホ)で中国のショッピングサイトに接続してその商品の相場を確認し、もし大幅に安ければ大量に買い込む。お金が足りなければ誰かに借りて買う。「こんなに安いのに買わなければ損だ。自分でも使うし、友人や知人、親戚一同に配れば喜ばれる。余ったらネットで売ればこれだけ利益が出る。もし自分で売り切れなければ、どこかの店に卸してしまえばいい」などといった感じで頭を巡らす。これがごく普通の思考回路である。

 話をいささか単純化してはいるが、要するにそこでは「自己使用」と「友人らへのお土産」「販売用の商品」の区別は明確ではない。とりあえず観光で日本に来たとはいっても、チャンスがあればお金を増やすタネを仕込めれば、それを避ける理由はない。

 このように中国人は自分の人生を非常に柔軟かつ融通無碍に認識していて、臨機応変、即断即決の行動を取る。「こうでなければ」「こうであるべき」という規範に左右される部分が少ない。こうした特性がいかんなく発揮されたのが「爆買い」の場面だったと思う。

国境を超えた究極の中抜き商売

 日本社会の「プロと素人」「卸売と小売」を明確に分けて考えるという思考パターンは、当然それにはそのメリットがある。しかし一方で中国の市場を理解し、中国での商売を進めるうえでの障害になっている面がある。

 例えば、ある商品を中国で販売しようと思った時、日本人はよく「販路開拓」という言い方をする。つまり商品を売るにはまず「販路」をつくる。そこで無意識のうちに前提になっているのは、日本風の「卸」と「小売」という概念である。そして、そこには「業界のオキテ」のようなものが存在しているかのように考える。

 しかし中国社会にはそうした概念自体がない。やや冗談めかして言えば「13億総商売人」で、すべての人が消費者であると同時にブローカーであり、目の前に収益機会があると見るや、あっと言う間に小売業にも卸売業にも変身する。こういう社会だから、売れる商品が登場すると、実にありとあらゆるルートから商品が市場に湧き出てきて、時にはニセモノ商品も混入し、大乱戦が起きて統制が取れなくなる。日本的な「卸」「小売」の秩序を前提にした発想は通用しないのである。

 かつて日本のあるメーカーの紙おむつが中国で人気を呼び、日本国内の店頭在庫が消えて一般の消費者が買えなくなるという騒動が起きた。ご記憶の方も多いと思う。どうしてそんなことが起きたかというと、このメーカーの紙おむつは人気商品で、中国国内では日本の約2倍の値段で売られていたため、その間の利ザヤを狙った業者が日本の店頭で大量の紙おむつを買い占めたのが原因だった。

 そこに収益機会があるとなれば、ありとあらゆるルートを活用して日本中の店頭から商品を買い占めてしまうほどの動きが出る。日中さまざまな個人や業者が協力し合って大量の商品を中国全土に流す仕組みが出来上がる。これが「13億総商売人」の社会の凄味である。

 新聞報道によれば、こうした事態に対応するため、このメーカーは中国最大のショッピングサイト「タオバオ(淘宝网)」などを運営するアリババグループなどと契約、日本で生産した商品をネット経由で中国の消費者にダイレクトに販売することにした。メーカー自身による国境を超えた究極の「中抜き」商売である。その効果はてきめんで、商品の内外価格差は一気に縮小し、日本国内での買い占めもなくなった。

 中国の流通事情を深く知り、既存のルートに頼らない新たな販売の仕組みを大胆に構築したことで、このメーカーは販売網を自社でコントロールできるようになった。このような取り組みが今後、広まっていくだろう。

「中抜き」が当たり前の世界

 もともと中国でこれほどのスピードでECが社会全体に普及したのは、日本のようなメーカー、卸売、小売といった販売ルートの確固たる秩序が存在していなかったからである。既存の強力な流通体系がなかったから、抵抗勢力がなく、いわば国を挙げての圧倒的規模の「中抜き」システムともいうべきECが市場を制覇した。もともと「中抜き」的体質が強かった中国社会に、まさにジャストフィットしたのがECの仕組みだったということだ。

 先のメーカーはそれを思い切って活用した例である。これからの中国での商売は、メーカー主導の伝統的な「販路開拓」ではなく、「13億総商売人」的な中国人の気質を活用することがカギになる。自社で販売網を抱えるのではなく、SNSなどのコミュニケーションツール上に個人が持つショップなどで「売りたい人に売ってもらう」といったような仕組みが中心になっていくだろう。

 そういう思い切った手法に取り組むには、「個人」と「プロ」の境界があいまいで、誰もが収益機会に敏感な中国社会の発想を理解することが必要だ。日本社会の旧来の発想が正規軍どうしの戦いだとすれば、中国の商売はゲリラ戦だ。現地の地理に詳しくないと勝ち目がない。このモードに頭を切り換えなられないと、中国での商売はなかなか難しいと思う。


(2016年8月26日掲載)
https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/10600-82.html
 

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