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伊藤忠本社(撮影=編集部)
伊藤忠、不正会計疑惑に異例の大反論…情報流布の米ファンドへ「法的措置を検討」
http://biz-journal.jp/2016/08/post_16340.html
2016.08.17 文=編集部 Business Journal
東京株式市場が新しい時代を迎えた。米空売りファンド、グラウカス・リサーチ・グループが7月27日、市場が開く前に伊藤忠商事株を「強い売り推奨」するリポートを公表。目標株価を631円とした。リポートが出る前(7月26日)の株価は1262円であり、同社株は半値に暴落するという衝撃的な内容だ。「伊藤忠の記録的な利益は幻影にすぎない」とまで言い切った。
グラウカスは上場企業の不正に関する独自の見解を提示し、空売りすることで知られているが、このリポートを受けて伊藤忠の株は大きく売られた。27日の午前中に一時、前日比126円50銭(10.0%)安の1135円50銭まで下げ、年初来の安値を更新した。その後は下げ渋り、終値は79円50銭(6.3%)安の1182円50銭だった。短期筋の売りが膨らんだため、出来高は4162万株(前日は625万株)と6.6倍、売買代金は489億円。データが残る1997年以降で最高額となった。東証1部の売買代金では、任天堂、トヨタ自動車に次いで3位。
グラウカスは日本企業に襲い掛かると予告していたが、伊藤忠にとっては寝耳に水のプチ・パニックとなった。
「グラウカスが数カ月前から日本企業の調査をはじめ、3〜4銘柄に絞り込んでいるとの情報が流れていた。時価総額の大きい企業で、会計上の減損処理が不十分なところに目をつけて餌食にするとみられていた。具体的には、総合商社やメガバンク、小が大を飲み込むかたちで欧州の企業を買収したメーカーなどの名前が取り沙汰されていた」(市場筋)
グラウカスはリポートで「弊社は伊藤忠に空売りポジションを保有しており、同社の株価が下落すれば相当の利益が実現する立場にある」と明らかにしている。44ページにわたる日本語のリポートの免責事項には、「直接的または間接的な空売りポジションを有している」と書いてある。
空売りとは、証券会社から株を借りて売る手法。株価が下がったところで買い戻して儲ける。
「外資系証券会社が貸株をしているのではないか。リポートを出した初日に、伊藤忠株は一時10%下がった。仮にここで買い戻したとしても、『相当な利益』が実現したかどうかは不明だ」(市場筋)
グラウカスのリポートが出てから伊藤忠の目標株価を下方修正した証券会社は2社。ゴールドマン・サックス証券が1500円から1150円に引き下げた。JPモルガン証券は1650円から1530円とした。いずれにしてもグラウカスの主張する631円の2.4倍〜1.8倍の目標株価である。
一方、野村證券、みずほ証券、大和証券、SMBC日興証券や三菱UFJモルガン・スタンレー証券は1400〜1900円(野村)の目標株価を据え置いている。
グラウカスの“売り崩し”は、はたして成功したのだろうか。
■伊藤忠は猛反論
10%の下げから少し戻したが、8月12日現在の株価は1212.5円(安値は1206.0円)。リポートが出る前に比べて3.5〜4%安い水準だ。
株価が足踏みしている間に、総合商社の4〜6月期連結決算が出揃い、3月1日から三井物産より高かった伊藤忠の株価が逆転を許した。
8月2日、16年4〜6月期決算を発表した伊藤忠商事の鉢村剛CFO(最高財務責任者)は、グラウカスが不正会計を行っていると指摘したことについて20分間に及ぶ大反論を展開した。
「騒げば騒ぐほど、彼等のネームバリューを上げることになる。我々が心配するのは、一般の株主や中長期に伊藤忠の価値が上がると信じている株主が、狼狽してマーケットが混乱すること。それは本意ではないので、(グラウカスの指摘に反論を)申し上げておく」
「(グラウカスは導き出した)結論については責任を取らないと言っている。責任を取らない結論をベースに、伊藤忠の株価が下がることにポジションを張って、このリポートを出している。それで株価が下がったことで、彼等は利益が出ている」
「空売りファンドとは同じ土俵には乗らない。こういう事象に対して、どういう対応をすべきなのか。日本にとっても初めてのケースだ。対応を間違えれば、日本のマーケットへの影響は極めて大きい。そもそも(空売りの)ポジションを持ってからリポートを出すという倫理観はどうなっているのか。こうした点を考え、対応を考えていかなければならない」
「私どもに一点の曇りもない。こういう対応を許していいのかというのは、伊藤忠だけの問題なのか。証券市場全体の問題なのか、日本全体の問題なのかという問題意識を持っている」
■「小粒だが無視できない存在」
グラウカスは日本では馴染みがない。11年の設立で、米カリフォルニアとテキサスに拠点を持つ。運用規模は1億ドル(100億円)以下と小さい。8月8日に都内で主要マスコミ10社程度の経済記者とインターネットを通じて記者会見した、調査責任者のソーレン・アンダール氏が共同創業者といわれている。過去5年間の投資実績22件を公表していて、対象は米国や香港市場に上場する中国企業が目立つ。
在米のアナリストは「小粒だが無視できない存在」と評する。グラウカスは22件のリポート公表後の株価下落率は平均で50%としている。
「実際には初回リポート開示日の株価下落率は10数パーセント、10日後で10%弱のマイナスにとどまっているとみられる。日本進出も入念に準備してきたようだ」(市場筋)
伊藤忠に対するリポートを公表した翌日、返す刀で香港市場に上場している徳普科技発展(テック・プロ・テクノロジー・デベロップメント)が標的になった。アルミニウム電解コンデンサーを製造・販売している会社だ。7月28日、テック社は商いを伴って急落。午後に前日比2.07香港ドル(91%)安の0.20香港ドルと、10年10月以来、5年9カ月ぶりの安値をつけた。終値は80%安の0.31香港ドル。グラウカスが「業績を著しく誇張している」などとするリポートを発表したのが株価暴落の引き金となった。
グラウカスの投資判断は「強い売り」。目標株価はゼロと、無価値としたのだ。カウンターパンチを浴びてテック社は、あえなくKO(ノック・アウト)された。切れ味は鋭いのである。株価はその後も低迷したままだが、同社の時価総額はリポート発行直前で2000億円程度。伊藤忠とは比べるべくもない企業規模である。
■台湾当局が告発
失敗した事例もある。台湾証券取引所に上場していたAsia Plastic Recycling Holding Limitedに関して、14年4月24日、28日、5月1日の合計3回、「売り上げ等に水増しがあった」などという趣旨のリポートを公表し、台湾の証券取引市場に「会計不正」の情報を流布させた。これによりAsia Plasticの株価は14年4月24日から5月2日までの間に約31%下落した。
台湾の金融監督管理委員会は「グラウカスは悪意を持って風説を流布した」とコメントし、同委員会はグラウカスを台湾地検に告発した。
また、同年10月には、台湾証券取引所やその他の政府機関からの資金で設立された「財団法人証券及び先物投資保護センター」がグラウカスのレポートは「意図的な株式相場の変動を図る目的で風説を流布させ、取引市場における正常な価格形成機能を歪めた」として、グラウカスを訴えたのだ。
同投資保護センターによる訴訟提起に対し、グラウカス側は応訴せず、口頭弁論の日にも裁判所に出頭しなかったため、欠席裁判でグラウカス側が15年3月31日に敗訴した。裁判所は、グラウカスはAsia Plastic社株の下落で損失をこうむった投資家に損害賠償責任を負う、との判決を下した。
グラウカスは控訴せず、すでに同判決は確定済みのようだ。もっとも、グラウカス社は台湾には見るべき資産を有しておらず、現状としては投資家は勝訴判決を得たにもかかわらず、賠償は受けられずにいるようだ。
8月8日のインターネット上の記者会見で、ソーレン・アンダール氏は、台湾の訴訟の件は「一部報道であるようだが、そのような事実はない」と否定した。
「アンダール氏は席上、これまでリポートで取り上げた23社のうち1社から提訴されたがすぐに和解したことを明らかにした」(8月8日付ロイター通信)。
和解したのは米国での訴訟とみられている。ロイター通信によると「金融庁や証券取引等監視委員会、日本取引所グループの自主規制法人から調査を受けた事実はない」と同氏は述べたという。これは日本取引所グループの清田瞭・最高経営責任者(CEO)が7月28日の定例会見で、「(空売りした後にリポートを出したのなら)倫理的に、若干、疑問がある」と発言したことを受けて、関係機関の動きを牽制したものと受け止められている。
■風説の流布に該当するのか
金融商品取引法では、株式相場の変動を図る目的で虚偽の情報を流すことは禁じられている。しかし、グラウカスは日本語で44ページのリポートを出し、主張の根拠を詳しく説明している。いわゆる風説の流布には該当しないというのが法曹関係者の見方だ。日本取引所の自主規制法人や金融庁、証券取引等監査委員会も様子見の状態。本格的な調査に乗り出す動きはみせていない。
台湾のケースでは、証券取引所や金融監督管理委員会が主体的に動いて、司法の場で判断を仰いだから勝訴したといわれている。伊藤忠は「法的措置を含めて検討する」と岡本均専務が述べた。
「金融当局や取引所が動かない限り、強行策は無理だろう」(市場筋)
グラウカスは今秋にも日本企業を標的にしてリポートの第2弾を出すものとみられている。そのリポートで標的となった企業の株価が伊藤忠以上に急落すれば、市場関係者の関心は一斉にそちらに向く。
(文=編集部)
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