日本初上陸の「空売りファンド」の標的は伊藤忠商事だった! 「東芝並みの不正会計」を喧伝し揺さぶるが… 産経新聞 8月14日(日)11時52分配信 2016年3月期連結決算の最終利益で初の総合商社首位となった伊藤忠商事が、米国の投資ファンドからの「不正会計の恐れがある」という想定外のやり玉に挙げられている。ファンドは7月27日付のリポートで、「伊藤忠は15年3月期の最終利益を少なくとも1531億円相当水増しした」などと主張。リポートが材料視されて一時は株価急落に見舞われた伊藤忠は「適切な会計処理を実施しており、当社の見解とは全く異なる」と真っ向から反論し、「法的対応も選択肢の1つ」と対抗措置をちらつかせる。「空売り」と呼ばれる投資手法と「不正」を訴えるリポートの合わせ技で利益を狙う海外ファンドの日本初上陸に、日本の証券市場では波紋が広がっている。 ■「空売り」が専門、伊藤忠株は一時急落 リポートは7月27日、東京株式市場で午前の取引が始まる前に公表された。日本語版は44ページもあり、読み手が「まさか」と目を疑うような表現がいくつも並んでいた。 「弊社の見解では、伊藤忠は財務報告の訂正と不正会計の存在を認めることを命じられる次の日本企業となる可能性が高い」 「弊社は伊藤忠が東芝と同規模の会計スキャンダルを引き起こすことになると考えている」 その日、伊藤忠株は売り込まれ、一時は前日比126円50銭(10.0%)安の1135円50銭まで急落し、年初来安値を更新。「売ったのは個人投資家やヘッジファンドなどの短期筋が中心だった」(ネット系証券)ようだ。 このリポートを手掛けたのは、「グラウカス・リサーチ・グループ」という米国の投資ファンドだ。11年に設立され、本拠はカリフォルニア州にあるが、テキサス州にも拠点があるという。これまでに米国や香港、東南アジアで23件の投資実績があるとしている。 日本企業が対象のリポートは伊藤忠が初めてだ。リサーチ・ディレクターを務めているソーレン・アンダール氏は「推計で500〜600時間かけてリサーチした」と語る。 日本でグラウカスの知名度はさほど高くないが、「空売り」専門のファンドだ。空売りとは、投資家が証券会社から株を借りて売却し、値下がりしたときに買い戻して利益を得るもので、株価の下落局面で稼ぐ手法だ。 グラウカスのやり方はこうだ。まず空売りのポジション(持ち高)を膨らませた上で、特定の企業の不正を訴えるリポートを公表する。リポートの内容が嫌気されてその企業の株価が下落した後に株を買い戻せば、空売りをしていたグラウカスは利益を得られる。グラウカス自身の説明によると、23件の投資実績のうち5件では対象企業の経営者が訴追され、1社が上場廃止になったとしている。そんなグラウカスに、日本企業としては初めて“ロックオン”されたのが伊藤忠だった。 グラウカスは8月8日、リポート公表後として初めて、幹部のアンダール氏が日本メディア向けに記者会見し、「自分たちの意見には自信を持っている」と強調した。現在も伊藤忠株の空売りポジションを維持しているとしたが、伊藤忠株の一時的な急落でいくらもうけたかなどは言及を避けた。他の日本企業を標的とするかについても「現時点でヒントを与えることはできない」とけむに巻いた。 ■伊藤忠、決算会見で怒気を含んだ反論 伊藤忠の会計処理をめぐり、グラウカスが「問題がある」としているのは次の3点だ。(1)コロンビアの石炭事業への出資に関して15年3月期に不適切な投資区分の変更を行い、1531億円相当の減損損失の計上を意図的に回避した(2)中国中信集団(CITIC)を持ち分法適用会社として利益を連結業績に取り込んでいるが、CITICは中国政府系で伊藤忠は重要な影響力を持てないため不適切だ(3)中国や台湾で食品事業を手掛ける頂新グループを持ち分法投資対象から外したことで、15年3月期に600億円の再評価益を計上したのには強い疑問がある−というものだ。 こうした主張に対し、伊藤忠は7月27日と8月1日に計3回、反論コメントを文書で出していたが、8月2日に東京証券取引所で開かれた16年4〜6月期決算の発表記者会見では、鉢村剛最高財務責任者(CFO)が報道陣の質問に答える形で反撃に出た。鉢村CFOは「すべての会計について(監査法人から)適正意見を得ている。(グラウカスが要求している)社内で第三者委員会を立ち上げるような事態だとはまったく思っていない」と一蹴。自社の過去の会計処理には「一点の曇りもないと思っている」と言い切った。 東証での質疑応答では、報道陣からは決算内容に関する質問は出ず、やりとりはすべてグラウカスのリポートをめぐる問題に費やされた。鉢村CFOは時折、怒気を含んだような強い口調で、グラウカスが問題視した3点を個別に、長い時間を割いて全面否定。「騒げば騒ぐほど株価へのインパクトが出て、彼らの日本市場での知名度を上げることになるので、同じ土俵で話をするのは必ずしも良いことだとは思っていなかった」と適度な距離感をどう取るかに苦慮しつつも、あえて会見でグラウカスの主張に反論を試みた理由については「普通の株主や中長期の株主が正しくない見解を受けて狼狽して市場が混乱するのは本意ではない」と説明した。 さらに、法的対応を講じるかどうかについては、「選択肢の1つではあるが、意見も聞きながら対応したい」と含みを持たせた。 ■「ただの『売りあおりリポート』」の声も グラウカスのリポートをめぐっては疑問を呈する声も出ている。例えば、調査リポートと銘打っておきながら、最終ページの「免責事項」には「リポートに含まれる内容はすべてグラウカスの見解を示すものであり、事実の提示ではない」と書いてある点だ。ある証券アナリストは「これでは単なる『売りあおりリポート』じゃないか」と吐き捨てる。 これについては伊藤忠の鉢村CFOも「リポート内容に責任を取らない特殊なファンドが、当社に悪影響を及ぼすだろうという内容をベースに自分たちの考えを主張して、その内容については免責事項がたくさんあるので、判断は(投資家が)やってくださいというトーンだ」と語り、不満を隠さなかった。 双方の言い分はまったくかみ合わないが、市場関係者の間では冷静な見方が多い。三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、グラウカスがリポートを公表した翌日の7月28日、「リポートには株式市場にとってニュースとなるようなものはない」と指摘した上で、伊藤忠株の投資判断を改めて「オーバーウエート(強気)」とした。野村証券も8月2日、グラウカスが問題視した3点について、「少なくとも会計基準に明らかに準拠していないとまでの感触は得られなかった」とした。 グラウカスは投資家に伊藤忠株の「強い売り」を推奨し、目標株価はリポート公表前日の終値の半値である631円とした。だが、伊藤忠株は7月27日に年初来安値を更新した後はその水準を一度も下回らずに推移しており、むしろ戻り基調にある。今のところはグラウカスのもくろみ通りとは言いがたい。 それでも、空売りとリポートの合わせ技というやり方は日本ではこれまでなじみがなかっただけに、証券市場では波紋が広がった。東証を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)の清田瞭(あきら)最高経営責任者(CEO)は7月28日の会見で、「倫理的にいうと若干疑問を感じるところもある」と指摘。さらに「何か不自然なものがあるかどうかについては、手口から調べることができる」と述べた。 今後の展開はどうなるのか。前出の証券アナリストは「反論コメントや会見での発言内容を踏まえれば、伊藤忠がグラウカスの主張を受け入れて過去の決算を見直すとは考えにくい。この問題は、このまま収束に向かっていくのではないか」との見方を示している。(森田晶宏) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160814-00000546-san-bus_all
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