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<戦後71年目の経済秘史> (上)「禁じ手」再び待望論
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201608/CK2016081102000238.html
2016年8月11日 東京新聞
預金封鎖で父が変わったと語る内田イネ=東京都八王子市で
終戦から七十一年目の夏が訪れた。終戦は日本経済の破たんでもあり、人々は負の遺産から立ち上がるしかなかった。体験者が少なくなると共に風化しがちな当時の記憶をたどり、「いま」への教訓を探る経済秘史は−。
「皆さんの貯金の自由な払い出しは禁じられます」。終戦から半年後の一九四六(昭和二十一)年二月十六日、土曜日の夕。蔵相の渋沢敬三がラジオで国民に驚きの内容を語りかけた。
下ろせるのは最低限生活に必要な額だけ。手持ち現金も預金しない限り、新札導入で紙切れに変わる。「預金封鎖」の強権策だ。
半年でコメの価格が三倍上昇するなど悪性インフレが進行する中、お金を強制的に預金させて物価を抑え込む戦略だ。だが、インフレに歯止めはかからず、人々の預金は無価値同然になった。
「全財産を失った。悔しいったらなかったよ」。長野県高齢者生活協同組合が二〇〇九年にまとめた聞き取り調査に当時八十六歳の上地ミキエは語った。長野県松本市の老舗旅館のおかみだった。戦争で経営に窮して旅館を売却。代金五万円、現在価格で二千万円を預金していたが、紙切れ同様になったのだ。夫も亡くし戦後は「子どもを育てるため、結核療養施設のメシ炊きとしてがむしゃらに働いてきた」。
1946年2月17日の中部日本新聞の紙面
東京都八王子市に住む内田イネ(78)の父親は預金を失って自暴自棄に陥った。酒を飲んでは暴力を振るう父。家は極貧状態に陥った。「お金の価値が無くなるほど恐ろしいことはない」と、イネは振り返る。
戦争に続き人々の人生を狂わせた預金封鎖の原因は戦時中の借金財政。国は国債を大量に発行して日銀に売却、そのお金で軍備増強した。大戦末期の国の債務は国内総生産(GDP)比204%まで膨張。戦後、政府が軍人への退職金や軍需物資の未払い金を払い出すと世の中にお金があふれ、インフレとなって爆発した。
× ×
「打ち出の小づち」のように日銀を利用した戦中の反省から政府が日銀に国債を直接売ることは戦後、財政法で禁止された。
だが、いま国の債務がGDP比215%(昨年度末)と戦時も超える中、金融市場では当時を思わせる策を求める声が高まっている。
「ヘリコプターマネー」。政府が国債を日銀に売って得たお金を公共事業や現金給付を通じばらまく政策だ。禁じ手だったはずの政策が「亡霊」のようによみがえってきている。(池尾伸一、敬称略)
◆歯止め利かぬ「カンフル剤」
「ある街にヘリコプターが飛んできて、大量の紙幣をばらまいたらどうなるか。住人は急いで拾って、買い物に使うだろう。モノの値段はきっと上がるだろう」。「ヘリコプターマネー」は経済学者の故ミルトン・フリードマンが一九六九年に著書で示した政策だ。
デフレ脱却を掲げる黒田日銀はこれまで銀行が持つ国債を大量に買い取り、三百兆円を超えるお金を銀行に渡してきた。だが銀行は貸し出しに回さず日銀の口座に積んでおくばかり。これを打開しようと「日銀が国債と引き換えに政府に直接お金を渡し、政府が使うことで世の中にお金をばらまくしかない」との発想がクローズアップされる。
この政策を支持する米連邦準備制度理事会(FRB)前議長のバーナンキが今年七月来日し、首相の安倍晋三と会談。安倍が「政府と日銀が一体となって政策総動員する」と繰り返していることも「ヘリコプターマネー」導入の観測を呼ぶ。
導入論者は同政策をデフレから脱却するための一時的な「カンフル剤」と位置付ける。アベノミクスの理論的支柱である米エール大名誉教授の浜田宏一も「一回だけならやってみる価値はある」と雑誌にコメントした。
しかし、金融史に詳しい東大名誉教授の伊藤正直は「『一回だけ』で終わらせられるかは疑問」という。
× ×
第62臨時議会。衆院本会議で答弁する高橋是清=1932(昭和7)年6月3日(日本電報通信社撮影)
日銀による国債引き受けは一九三一(昭和六)年に蔵相になった高橋是清が始めた政策だ。当時の日本は米国の株式市場の暴落と直前の緊縮財政が重なり「昭和恐慌」といわれる深刻な不況に陥っていた。
首相や日銀総裁も務めた大物政治家として知られた高橋。発行した国債を、日銀に直接売って、膨大な資金を調達。そのお金を使って、農村の土木事業や、植民地・満州(中国東北部)の開発、軍備の増強を行ったのだ。
だが、不況が終わった後も軍の予算の増額要求は強まる一方だった。高橋は軍事費膨張を抑えようとするが、三六年二月「二・二六事件」で、自宅二階で青年将校らに銃殺される。
その後の内閣は、軍の要求のままに強制的に国債を乱発。最後は戦後に人々の預金が切り捨てられる形で国民にツケが回った。
伊藤は言う。「短期的な不況対策のはずが、止まらなくなった。いったん、安易にお金を調達し出すと、軍部の財政要求を抑えられなくなった経緯が、ヘリコプターマネーの危険性を示しているのではないか」
(池尾伸一、敬称略)
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