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シンガポールの名所マーライオンの向こうに金融街のビル群が見える〔PHOTO〕gettyimages
「私は奴らに殺されかけた」ある日本人資産家の告白〜『プライベートバンカー』その知られざる正体
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49354
2016年08月06日(土) 週刊現代 :現代ビジネス
文:ジャーナリスト 清武英利
節税のため海外移住する富裕層の資産運用を担うプライベートバンカー。その中には超えてはいけない一線を踏み越える者もいた。近著『プライベートバンカー』でその闇を追った著者が内実に肉薄する。
■カネ持ちの年寄りを狙う
100万ドルを詐取された資産家は、バンコク・スワンナプーム空港にサンダルを突っ掛け、娘の手を引いて現れた。
油っ気のない白髪に白いひげ。洗いざらしの半袖シャツを第二ボタンまで開けている。小学生の娘はピンクウサギの着ぐるみ風ウェアを着て、古希を超えた父親の腕にぶら下がり、無邪気にまとわりついて声を上げた。どこにでも連れていく、たった一人の肉親である。
空港の駐車場にはメルセデスベンツの四人乗りオープンカーが停めてあった。銀色に輝くカブリオレを見るまで、この二人が約20億円の金融資産を抱える富裕層だとはどうしても信じられなかった。
彼は究極の節税手法を知って、2004年に日本で経営していた病院を売り払い、タイに移住してきている。チェンマイで現地女性と再婚し、初めて子供を授かったが、妻はオランダ人に寝取られてしまったのだという。
「まだまだ頑張らないといけないのですね」
私が声をかけると、元病院長はハンドルを切りながら話を引き取った。
「娘がまだ幼いのでね。私が死んだらいろんな人間が寄ってたかって(財産を)取りにきますよ。何をされるかわからない、そんなのがウヨウヨいるんです。だから、長生きをせざるを得ない。とにかく全力を尽くして長生きをせざるを得ないんです。係累がいるということは、本当に大切なことなんですね。ところが、私にはその信じられる人がいない」
誰も信じられない、という気持ちは、金融資産を預託していたシンガポールの敏腕プライベートバンカーに裏切られたことで募る一方なのだ。その怒りと人間不信が、私のインタビューを受けるきっかけになったようだ。
健康第一と言いながら、ベンツのアクセルを踏むと、元病院長は一気に若返る。暴走に近いスピードで道路を突っ走り、空港から約30分でバンコク中心部のタワーマンションに着いた。ガードマン付きのゲートが開き、制服のコンシェルジュたちが控える玄関を通って高層階に着く。2LDKの部屋は家政婦を雇っていないためか雑然としていて、そこに腰を落ち着けると、封印されていた事件について話し始めた。
彼は、シンガポールの新聞「聯合早報」オンライン版のコピーを手にしている。記事にある2015年9月15日のシンガポール裁判所の判決は、日系の新聞も報じない事実である。
〈カンボジアにあるゴム農園の購入を巡って、一人の銀行職員が(元病院長の)書類を偽造し大騒ぎとなっている。実に100万米ドル(約141万シンガポールドル以上)をプノンペンの銀行口座に流そうとし、最後は牢獄でゴールを迎えることになった。
日本国籍の被告・梅田専太郎は、3件の文書偽造で詐欺罪となり、裁判官から禁固3年を言い渡された。41歳の被告はシンガポールの永住者であり、Bank of Singapore(シンガポール銀行=BOS)のエグゼクティブディレクターだった。その職務は、日本市場を開拓し、クライアントのポートフォリオを管理することだった。彼は2013年12月24日に解雇された〉
私は矢継ぎ早に質問した。
——なぜ、あなたが狙われたのですか。
「簡単ですよ。親、兄弟が亡くなり、妻とも離婚して、娘とたった二人だけでしょ。私はカネを持っていて年寄りだ。若い奴が死んだら事件だけど、私ぐらいの人間が死んだら心臓麻痺か病気で死んだとしか思われない。犯罪をする側からいえば、安心なターゲットですよ」
——富裕層同士の連絡、つながりはないんですか?
「情報交換したいんだけど、横のつながりはゼロ。金持ちは友達が少ないです。孤独ですよ」
取材に同席した彼の知人が言う。
「バンコクにはBOSの日本人顧客だけで十何人もいるらしいですが、金持ちの顔を知っているのはプライベートバンカーだけです。彼らは生活面まで立ち入って資産から家族まで全部知っています。だからサインも偽造できるのでしょう」
■横領してから口封じ
プライベートバンカーは、富裕層の資産を管理・運用し、信託報酬を受け取る、資産家の「マネーの執事」である。大衆の預金を広く集めて貸し付ける一般銀行員とはビジネスモデルが全く異なり、大金持ちの資産を守るために存在するので、「カネの傭兵」とも呼ばれる。
私は彼らの生態を追った近著『プライベートバンカー』の取材中、このタイの事件にぶつかった。
判決によると、梅田はカンボジアのゴム農園を購入しようと考え、2013年にパートナーのK(記事は実名)とともにプノンペンの商業銀行に口座を開設。12月13日、元病院長を装って送金指示書を偽造した。送金書類に署名を模倣していた。
そのうえでシンガポール銀行系の信託会社に偽造した送金指示書類をメールし、100万ドルをプノンペン商業銀行の口座に送金させていた。その資金は事件発覚後、BOSから返却されている。
——プライベートバンカーに殺されかけたと主張していますね。
「梅田を逮捕したシンガポール警察の犯罪捜査局で教えられました。『今回の犯罪は大金を横領し、口封じのために被害者を殺める恐ろしい陰謀です』と。その時のconspiracy(陰謀)という言葉と、『安全に気を付けて』という忠告は忘れられません。うなされて起きることもあります」
事件が発覚した理由について、関係者の一人はこう言う。
「梅田の仲間が密告したからです。密告がなかったらお金を取られ、元病院長はやられている」
シンガポールには報道の自由がないこともあって、この資産家詐欺事件はいまだに謎に包まれている。殺人未遂疑惑は結局、藪の中だ。だが、「犯行直前に密告があった」という証言はほかにもある。BOSに近い人物は「梅田の共犯者が、元病院長を殺害する計画を立てながら直前になって恐ろしくなり、BOS幹部のところに駆け込んで告白した」と話している。
■税金を払わない「終身旅行者」
——それにしても、なぜBOSと取引を?
「管理手数料が安かったからですね。BOSがまだINGというオランダ系銀行の子会社だったころ、シンガポール人のプライベートバンカーのおかげで資産が2倍に増えたこともある。梅田は彼らの後任です」
——資産が2倍に?
「病院を売り7億円ぐらい持っていて、あと3億は先物取引で儲けました。日本では利息もつかないが、こちらに来てうまいことやれば間違いなく2倍に増えます」
日本は利殖できない国だ、と彼は言う。だから、富裕層は日本を見限らざるを得ないのだと。
一方で、プライベートバンクや海外節税を推奨する本が氾濫し、資産フライトを煽っている。「プライベートバンクはセレブリティの常識」と謳う本もある。元病院長の愛読書の一つが『税金を払わない終身旅行者 究極の節税法PT』(総合法令出版)だ。副題のPTは「Permanent Traveler(終身旅行者)」という意味だ。それは、「日本の非居住者」になり、外国のビザを取得して海外に住所を移したり、滞在したり、あるいは日本と海外を行き来したりすることによって、税金を払わないまま永遠に旅行を続ける「究極の節税」スキームである。
——その本で勉強をして、どうしたのですか。
「プライベートバンカーの手で(タックスヘイブン=租税回避地の)ケイマン諸島に会社を設立してもらいました。その無税地帯にお金を置いて、BOSに管理してもらっています。私は手堅い海外債券を運用しているが、私が注文したらそれが(形式上)ケイマンの会社に伝えられ、OKを取って運用するんです」
——しかし、実際はそのケイマン資金の管理はBOSの中でやっているのでしょう。
「そうそう」
——無税にするための措置?
「そうです。二重になっている」
——今住んでいるタイの銀行で運用をしたら?
「タイはシンガポールのようなオフショア(租税優遇地)の国ではないから、課税されるでしょう。でも、タイにいてシンガポールに海外投資したら無税です。タイは海外所得に課税しませんから」
——資産フライトする人が続出する傾向をどう思いますか。
「オフショアの国に甘い汁を吸わせ過ぎないようにしないと、日本はつぶれますよ。日本政府は国外財産調書制度や出国税などで網をかけ、抑えようとしていますが、遅きに失した気がします」
元病院長のように節税スキームを構築するとカネは貯まる一方だ。とても使いきれない、という。
「いまさら何を買うというんですか。以前は6000万円の船でクルージングをやってました。でもオーシャンライフもあほらしい。ヘリコプター?飛行機は恐ろしい。せいぜいランボルギーニとか、車にお金をかけるぐらい。食事に莫大なお金をかけたら、体がぽしゃってしまいますよ」
結局、残った選択肢は愛娘に残すことだ。朝起きて娘の弁当を作り、日本人学校に送り出す。それからベンツで食材や娘の弁当のおかずを買いにスーパーに行く。
「娘が健康でいるようポリフェノールと食物繊維が多い黒米を炊いて、白米と混ぜて食べさせています。いつも弁当のおかずを考えていますね。腹巻きも必ずさせています」
使いきれない資産と娘の弁当。この落差ある悩みのうちに富裕層の一日は過ぎていく。そして理解しがたいのは、あれだけひどい目にあっていながら、信じられる係累がいないため、未だにプライベートバンカーを頼みとせざるを得ないことである。
「プライベートバンクで運用して金を儲けるということを娘に少しずつ教えています。ポートフォリオを見せるのはまだ早いがね。梅田の後任のバンカーと三人でご飯を食べたりしているんですよ」
■逃げ足も速い
だが、そのプライベートバンカーの側は少しずつ間合いを変えようとしている。シンガポールや香港の銀行では富裕層との距離を保ち始めているのだ。
その理由の一つが、パナマ文書の暴露だ。富裕層とタックスヘイブンのペーパーカンパニー、それをマネジメントするプライベートバンクの三角関係が浮上する中、銀行側は国税当局の追及を受けぬように必死に身を翻そうとしている。
もう一つの理由は、来年から海外に置いた銀行口座(非居住者口座)情報が各国の国税当局の間で本格的にやり取りされるからである。「自動的情報交換制度」という。
これに備えて、香港にある欧州系銀行のジャパンデスクは昨年末、3週間をかけて全国行脚を繰り広げた。
〈私は日本の税務当局に対し、この銀行で保有している資産を申告しています〉という書類にサインしてもらうためだ。
「サインをいただけないのであれば、ほかの銀行に資産を移管して下さい」とまで言っている。これからは国税当局に申告できないグレーな顧客はお断りということだ。顧客を手放してしまうことになりかねないが、それ以上に銀行の看板に傷がつくようなことは避けなければならないのだという。
ヨーロッパやアメリカに本社を置く世界規模の会社にとっては、会社の看板そのものが資産だからだ。プライベートバンカーの一人はこう説明する。
「何かあったら東京の支社も処罰の対象になるという事情もあります。金融庁に人質を取られているようなものですね。それに、国税局が入って何かあったときにはニュースに銀行の名前が出てしまう。そのリスクを考えて、『オープンにするか口座を閉めるかどちらかにして下さい』と迫っているんですよ」
10億~20億円程度しか持たない富裕層は切り捨てられるかもしれない、と別のバンカーは言う。
「20億円の富裕層5人と取り引きするよりも、100億円を持つ資産家一人と契約するほうがずっと効率的でしょう。『カネの傭兵』は厳しいビジネスですよ」
蜜月を楽しんできた富裕層とプライベートバンカーは、各国の国税当局の追及の前に新たな時代を迎えようとしている。
きよたけ・ひでとし/'75年読売新聞社入社。警視庁、国税庁などを担当。'04年より読売巨人軍球団代表。'11年同代表等を解任され、係争に。現在はノンフィクション作家として活動。著書に『しんがり 山一證券 最後の12人』『奪われざるもの SONY「リストラ部屋」で見た夢』(講談社+α文庫)など
「週刊現代」2016年8月6日号より
資産を巡り、暗闘を繰り広げる男たちの実像に迫る著者の近刊
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