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三菱自動車の燃費不正問題で特別調査委員会が報告書を公表。席上、日産出身の山下光彦副社長は日産流のコミットメント経営の導入と組織のフラット化を表明した 写真:つのだよしお/アフロ
三菱自動車は日産流経営で本当に再生できるのか
http://diamond.jp/articles/-/97791
2016年8月5日 井元康一郎 ダイヤモンド・オンライン
三菱自動車は第三者委員会による調査報告を発表した。その会見の席上、日産自動車(元開発担当副社長)から転じた山下光彦副社長は、三菱自の体質改善策として日産流の“コミットメント経営”を導入し、組織のフラット化に取り組むことを明らかにした。しかし、上意下達の社風が色濃い三菱自の性格にそれが馴染むかどうか不透明だ。(ジャーナリスト 井元康一郎)
■三菱自はこれまで幾度となく
第三者委員会を立ち上げてきた
燃費不正問題で危機的な状況に陥っている三菱自動車は2日、第三者委員会による調査報告を発表した。報告の中には、「燃費審査のための走行抵抗値の測定方法を正しいものにすべきだ」と新人社員が具申しながらも、社がそれを黙殺していたといったひどい内容のものまで含まれていた。
製造業として、これほどの赤っ恥はないであろう。
三菱自は過去にリコール問題が起こった時も、幾度となく外部の有識者からなる第三者委員会を立ち上げた。直近では2013年にエンジンのオイル漏れに関するリコール(メーカーによる無償回収・修理)に消極的だということで国交省から厳重注意を食らったときの改革諮問委員会がそうだ。
「今まで何度も不祥事を起こした末に今回の騒動。致命的だという思いは彼らにもあるでしょうに、それでも第三者委員会を立ち上げないと、自分たちの何が悪かったのか調査もできなかったのか」
ライバルメーカーの開発部門幹部はこう呆れ顔だ。
益子修会長は「開発に対する経営陣の関心が薄かった」と自省の弁を口にした。だが、もともと社長は技術屋だろうと間接部門畑であろうと、開発の実態を細部まで把握することが仕事ではない。会社の目標を決め、どういう精神でその目標を達成していくかという方針を大局的に示し、人心を掌握して会社全体を動かしていくのが役目である。
開発に関心が薄かったというのは、「自分は本当に不正を知らず、やったのは手下なのだが、トップを務めてきたのが私である以上、当然全責任を負うのだ」という、巧妙な自己弁護の心理が働いていると受け取られても仕方がない。
そもそも、先に述べた新人による意見具申を経営陣の誰が「問題なし」とした責任者なのかといったことも判然としていないのだ。トップが本当にそのような体質との決別を表明するのなら「これまでは社内の論理を重んじてルールを軽視してきた。それを改める」と言うべきだろう。
■「フラットな文鎮型の組織にする」と
しなやかに生きてきた山下副社長は意欲
何度も危機に陥り、そのたびに生まれ変わるチャンスを迎えながら、それをフイにしてきた三菱自。今回の生まれ変わりへのトライを指揮するのは、三菱自の筆頭株主となった日産自動車から送り込まれた山下光彦副社長である。
山下氏は会見で「(ピラミッド型のタテ組織ではない)フラットな文鎮型の組織にして、開発に近いところにマネジメントを置く」とし、自ら開発陣と意見交換できるようにしたいと、改革への意欲を示した。
山下氏は一貫して日産の開発畑を歩んできた人物だ。日産がルノー傘下に入る前、日産の技術開発部門は元役員の一人が「伏魔殿」と評したほどに激しい権力闘争が展開されたところだった。ルノー傘下入りし、カルロス・ゴーン氏が日産社長に就任してからは一転、ゴーン氏一流のコミットメント経営が導入され、細かいことまで何でも数値化することを要求された。
両極端な2つの時代を、左遷されることもなく、一応の成果を出しながらしなやかに生きてきた山下氏。その人生経験は、法令より組織の論理が優先するような三菱自の社員たちのホンネを推し量り、ごまかしや言い逃れを見破り、意識改革を進めていくにはうってつけに見受けられる。
■コミットメント経営が徹底していれば
今回の三菱自の不祥事は防げたはずだ
もっとも、本当に改革を成し遂げられるかどうかは未知数だ。今の世間の論調としては、困難を克服して倒産の危機から立ち直った経験を持つ日産が、今どうしようもない状況に陥っている三菱自を救う――といったものが主流だ。
でも、考えてみてほしい。今回の三菱自の不祥事のなかでも最もタチの悪い燃費不正は、日産とのジョイントベンチャーによって生まれた軽自動車で行われたのだ。
日産は今回の問題について「開発行為は三菱自がすべて行った」ということでケリをつけようとしているが、日産ご自慢の「コミットメント経営」が本当に徹底したものであるなら、企画段階でクルマの商品性や性能目標について三菱自と合議した後、開発を丸投げしたり、三菱自の出してきた数値を鵜呑みにするようなことはそもそもなかったはずだ。日産の開発部門におけるコミットメントもまた、首脳、あるいは上司に対する“説得材料”という性格を強く帯びているのだ。
三菱自の研究開発部門は車体、エンジン、実験など部門間の連携がうまく取れておらず、部門が異なると相手が何をやっているのかさっぱりわからないという状況だったという。日産は横の連携については三菱自に比べて明らかに優れている。少なくとも今より悪くなるということはないだろう。
■組織のフラット化は本田技術研究所が失敗
上意下達の社風である三菱自に馴染むのか
しかし、三菱自の体質がそれで改まるかどうかは別問題だ。カギは山下氏が考える組織改革が三菱自の社としての性格に馴染むかどうかだ。
昨今の経営の世界ではピラミッド型からフラット型への移行はある種のブームになっている。が、フラット型の組織をうまく機能させるのは難しい。少数の中間管理職が膨大な情報を自分で咀嚼する必要に迫られるからだ。
ライバルメーカーを見回しても、ホンダの研究開発子会社である本田技術研究所が2000年代に一度、フラット型を目指したことがあるが、高度に専門的であるクルマの要素技術や開発手法について幅広く熟知しているような人材はそもそも数が限られており、上司が専門外のことについて変に口を挟むような事例が増えるなどして結局うまくいかなかった。その反省があればこそ、今のホンダは自らの元々の社風であるチーム制への回帰を謳っているのだ。
三菱自はどうか。その組織を見る限り、上意下達の“武士文化”である。それがゆえにピラミッド型になっているのだが、それは本質的に悪とは言い切れない。同じようなやり方で企業統治がうまく行っているのは、三菱自の一大開発拠点である岡崎と矢作川を挟んだ豊田市に居を構えるトヨタ自動車だ。三菱自という企業の人格改造に踏み込まなくても、自分の与えられた役割を誠実にこなすよう精神を叩き直すことで蘇らせることができる可能性があるという点では、本来はトヨタが乗り込んだほうが相性は良かったかもしれない。
■救世主のように振る舞う日産
まずは人心掌握の素地づくり?
日産がそういった企業文化の違いを乗り越えて三菱自を根底から変えるのは大変なことだ。それを成し遂げるには人心掌握、すなわち末端の社員たちに日産を侵略者ではなく、自分たちの救世主と感じてもらうことが不可欠だ。
今回の日産-三菱自の提携では、日産が救世主のように振る舞い、三菱自側の益子氏もジョイントベンチャー相手でありながら日産には一切の責任はないと、それを追認するような態度を見せていた。今となってはそれも社員が日産にシンパシーを覚えてもらうための素地づくりだったのではないかとすら思える。
が、そういったイメージ戦略の賞味期限は長くない。限られた時間の中で、果たして日産が三菱自の体質を日産流にスムーズに変えられるか。賽がすでに投げられた今、それが日産-三菱自の提携が上手くいくかどうかの第一歩であり、山下副社長にとっては必達のコミットメントとなろう。
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