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間もなく「マイナス金利の深堀り」という一手を打ちそうな日銀・黒田総裁が、絶対にやってはいけないこと
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49330
2016年08月02日(火) 町田 徹「ニュースの深層」 現代ビジネス
■内部からも反対の声
黒田日銀総裁が先週金曜日(7月29日)の金融政策決定会合で決めた追加の金融緩和策を巡って賛否の議論が沸騰している。
関心が高まっていた「マイナス金利の深掘り」や、「ヘリコプターマネー導入」の議論を脇に置いて、安倍政権サポートのための株価対策としか思えない「上場投資信託(ETF)の年間購入額拡大(3.3兆円から6兆円に増額)」という些末な施策だけを打ち出したからである。ETFの購入拡大には、足もとの日銀政策委員会でさえ、複数の審議委員が反対を唱えたという。
その一方で、報道によると、黒田日銀総裁は、「量的・質的金融緩和導入以降の経済・物価動向や政策効果について、次回(9月)の金融政策決定会合で総括的な検証を行う」と自ら強調することで、かろうじて政府や経済界、株式市場の日銀に対する信認を繋ぎとめた格好だ。
では、日本経済のために、黒田日銀はいったい何をすべきなのだろうか。また、何をしてはいけないのだろうか。実情を探ってみよう。
今回の追加緩和策への揺れる評価を顕著に示したのは、株式市場の値動きだろう。
29日の13時過ぎ、追加緩和策の情報が市場に伝わると、日経平均株価は2度にわたって前日比で300円以上安い水準まで売り込まれた。
その後、黒田総裁の次回会合に期待をもたせる記者会見発言が伝わったことから買い戻されて、終値は前日比92円43銭高の1万6569円27銭とかろうじて反発して取引を終えた。
乱高下の原因となった追加緩和策は、日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)に連動する上場投資信託について、日銀の年間購入額をこれまでの2倍近くに増やすというものだ。
■快楽を得るための麻薬、か
皮肉なことに、市場通で知られる2人の日銀政策委員会審議委員が「市場の価格形成に及ぼす悪影響が過大である」(佐藤健裕委員)、「(日銀が)株価を(政策)目標にしているとの誤ったメッセージになる」(木内登英審議委員)と反対したにもかかわらず、7対2の多数の賛同を取り付けた黒田総裁が断行したものである。
ところが、当の株式市場は一報を聞いた段階で、「(追加緩和策が)株式市場対策だけでは不十分だ」と失望売りに回った。次回の金融政策決定会合での大胆な決断を示唆する黒田発言が届いたことで、なんとか冷静さを取り戻すという展開だったのだ。
では、いったい市場は、日銀にどんな追加緩和策を期待していたのだろうか。
このところ俄かに注目されているのが、ヘリコプターに乗って空からお札をばら撒くかのように減税や給付金といった財政政策で国民にお金を配る「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」の導入論だ。FRB理事時代の2000年代にヘリマネを論じ、「ヘリコプター・ベン」の異名をとったベン・バーナンキ前米連邦準備理事会(FRB)議長が7月12日に来日して、安倍首相と会談したことが、そのきっかけである。
政府は参議院議員選挙での連立与党の勝利のお礼、かつ、年内にも予想される衆議院議員選挙向けの大型経済対策として、28兆円を超える経済対策を表明したが、その有力な原資のひとつとして、日銀に元本償還の必要がない永久債を直接引き受けさせる案などが急浮上、実現が取り沙汰されていた。
しかし、過去にハイパーインフレーションに陥った国々の歴史を振り返っても、日本国債に対する信認の維持を考えても、日銀に財政ファイナンスを担わせようというのは論外だ。当の黒田総裁も7月29日の会見で「中央銀行による国債の直接引き受けを含めて財政政策と金融政策を一体して運営するということであれば、我が国を含む先進国では歴史的な経験を踏まえて制度上禁じられている」と繰り返したように、期待すること自体が間違いなのである。
医療上の必要から痛み止めとして麻薬を使うことは認められても、快楽を得る手段として麻薬を使うことは許されない。同様に、日銀が金融の異次元緩和策としてマネーを市場に供給するために国債を市場から購入することが許容されるからといって、財政の資金源とするため日銀が国債を直接引き受けすることは破滅への道でしかないのだ。
■もっとも気を付けなければならないこと
そもそも、いつの時代も、財源がないのに、目先の人気取りに走って規模の大きな経済対策を打ち上げたがることが政治の問題だ。内閣府が7月26日の経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)に提出した「中長期の財政試算」によると、国と地方の基礎的財政収支は、2020年度に5.5兆円の赤字になるという。同年度を目指してきた黒字化が難しくなっているのだ。放漫財政のツケとしか言いようがない。
その一方で、金融政策としては、ずるずると達成目標が後退しているデフレ経済からの脱却問題を放置してよいのかという問題がある。
そこで、黒田日銀に残された選択肢は、今年2月に導入したマイナス金利政策の深掘りという施策だ。銀行が日銀に預ける余資の一部にかけている金利(マイナス0.1%)をさらに拡大することが、その柱とみられている。
ただ、以前から本コラム(2016年6月14日付『三菱東京UFJが日銀に「ノー!」を突きつける異常事態』)でも指摘してきたように、マイナス金利政策には様々な問題がある。
次回の金融政策決定会合で「マイナス金利政策の深掘り」を断行するならば、日銀がもっとも気を付けなければいけないのが、日本固有の「イールドカーブのフラット化」だ。
イールドカーブというのは、国債などの償還までの残存期間を横軸に、金利を縦軸にとって描いたグラフ(曲線)のことである。曲線が右上がりの場合を順イールド、右下がりの場合を逆イールドと呼ぶ。償還までの期間が長いほど貸し手にとってのリスクは大きいので、通常は順イールドとなることが多いが、近い将来、金利が下がると予想する向きが多い時には逆イールドになることもあり得る。
早くからマイナス金利政策を導入している北欧の2カ国をみると、スウェーデンは政策金利のレポ金利がマイナス0.5%、デンマークは同じく譲渡性預金金利がマイナス0.65%と、日銀が一部に適用している当座預金金利のマイナス0.1%に対してかなり深掘りが進んでいる。
ところが、先週末の終値で北欧2国の10年物国債の利回りはスウェーデンが0.101%、デンマークが0.085%といずれもプラスを維持しており、イールドカーブは右上がりでしっかりと立ったものになっている。半面、日本の10年物長期国債の利回りはマイナス0.195%とイールドカーブが右下がりのうえ、勾配もほとんど立っていない。
■実に厄介な状態
この状態は、実に厄介だ。もともと資金需要が乏しいうえ、将来、さらに金利が下がると考えられるため、企業が急いでカネを借りて投資をするとか、家計が好機と見てローンを組んで住宅や耐久消費財を購入するといったインセンティブが生じにくいからである。つまり、本格的な資金需要の創出が望むべくもないのだ。
一方で、金融機関にとっては収益の大黒柱である利ざやを稼げない環境といえ、長引けば金融システム不安の火種になりかねない。
振り返ると、黒田日銀は、マイナス金利政策の導入時に、イールドカーブ全体の水準を一段と引き下げることに成功した。しかし、長期金利が予想を超えて大きく下がり、イールドカーブをフラットにしてしまう行き過ぎがあった。
その背景として、黒田総裁の就任以来、日銀が徹底してきた、量的金融緩和が存続していることが重要なポイントだ。日銀が、量的緩和によって毎年80兆円もの長期国債を買い上げると公約しており、イールドカーブのフラット化が進みやすい環境になっているからである。言い換えれば、ゼロ金利政策と量的金融緩和を併存することは至難の業なのである。
とはいえ、エコノミストの間では、歴代の政権が構造改革を怠ってきた結果、日本の潜在成長率は名目で年マイナス1%前後まで落ち込んだとの見方が有力だ。この成長率に適合する金利水準を目指すためにはマイナス金利政策の深掘りは必然だろう。
加えて、物価上昇率年2%というインフレターゲットを速やかに達成して、デフレ経済からの早期脱却を図るためにも、マイナス金利政策の深掘りは避けて通れないかもしれない。さらに、その長期化の必要性も高そうだ。
こうした中で、日銀が次回の金融政策決定会合で、マイナス金利政策の深掘りを断行するのならば、フラットなイールドカーブの是正は絶対的な必要条件となってくる。
そのためには、量的金融緩和として公約している長期国債の年間買入額(80兆円)を段階的に縮小して、償還までの期間の長いものも日銀が買い上げてくれるという市場心理を是正することが不可欠だ。
ただし、量的金融緩和策の見直しには大きな痛みを伴うリスクがある。まだまだ下がると考えていた長期金利が上昇に転じるとなれば、長期国債の相場が崩れて、年金を始めとした機関投資家や金融機関が大きな評価損を抱える懸念が、それである。特に、量的緩和をいきなり全廃するような宣言をすれば、日本の長期国債に対する信認が根底から揺らぎ、日本と世界の経済を混乱させる恐れもある。
これまでサプライズの大きい緩和策の導入を常とう手段としてきた黒田日銀だが、マイナス金利政策を深掘りするならば、そうした手法は禁物だ。むしろ、サプライズを抑えるために、投資家心理に配慮した市場との対話を行うことが重要になっている。
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