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欧米市場に潜伏する4つの金融リスク
倉都康行の世界金融時評
政策依存の株高ムードにご注意
2016年8月1日(月)
倉都 康行
イタリア最古の銀行、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ(写真:ロイター/アフロ)
7月は米国市場でのダウが9連騰してS&P500とともに最高値を更新し、円高で出遅れ気味であった日経平均も政策期待やポケモンGO効果で大きく切り返した。株式市場だけを見ていると、世界の景気が上向いたかのような錯覚を受ける。実際には、IMFが今年の世界経済見通しを下方修正したように、各国は成長ペース失速の瀬戸際に立たされている。
ブレグジット・リスクはむしろこれからが本番であり、世界経済は反自由主義の波に押されて袋小路に追い詰められようとしている。中国ではいま開催中の非公式会合「北載河会議」において、政治リスクが経済リスクに点火しかねない情勢が浮上しつつある。景況感がまずまずの米国にあっても、世界最大の資産運用会社ブラックロックの創設者であるラリー・フィンク氏は、企業決算次第では現在の株高は短命に終わる可能性がある、と警告している。利上げ観測に伴うドル高は、確かに潜在的な米国経済リスクになり得るだろう。
日本ではあまり報じられていないが、世界貿易にちょっとした異変が起きていることも注目に値しよう。オランダ経済統計分析局のデータに拠れば、2016年4月の世界貿易量は2014年12月の数字とほぼ同水準となっていることがわかる。つまり、貿易量はここ1年半で殆ど増えていない「ゼロ成長」に陥っているのだ。これは、景気後退期を除けば極めて珍しい状況である。
この背景には、原油に代表される商品価格の急落やグローバル・サプライチェーン拡大の一服などが影響していると思われるが、貿易分析に定評のある英国のGlobal Trade Alertは、そうした要因よりも反グローバリゼーションの機運拡大に伴う貿易縮小の影響度が大きい、と分析している。11月の米国大統領選挙に向けて「アメリカ第一」を叫び続けるトランプ氏への支持率は持ち直しており、その保護主義的政策は経済縮小傾向を加速しかねない。
そうした分析をベースラインにおいて金融システムを眺めてみると、脆弱なポイントが幾つか浮かんでくる。本コラムで既に何度か指摘している中国金融以外の要因として、イタリア金融システム、ドイツ銀行の経営、英国不動産市場、米国の資産バブル、という4つについて、現時点で気になる点をチェックしておこう。
いずれも、直ちに危機を引き起こす可能性は低いように見えるが、金融システム・リスクにおけるバタフライ効果を読み解くのは年々難しくなっている。トルコのような地政学リスクも、思わぬ攪乱材料になり得る。この段階で一度、市場に潜伏する金融リスクの症状を診断しておくことは決して無駄な作業ではないだろう。
イタリア銀行の経営不安でPIIGS懸念が蘇る?
まずイタリアである。ユーロ圏に金融危機が襲い掛かって以降、米銀に比べて欧州の銀行は不良債権処理に後れを取っていたが、その中でも最も対応が遅れていたのがイタリアだ。公的債務が日本やギリシアに次いで高く、政府の処理能力に限界があったことも影響していた。そして大胆な政策を打ち出せない中で、ブレグジット・ショックが発生し、その問題があらためて浮き彫りになったのである。
具体的には、世界最古の銀行であるモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナの経営不安である。1472年に設立された国内三番手の同行は、昨年末時点で不良債権額は融資の35%に相当する469億ユーロと悲惨な状況にあり、不良債権比率は41%と瀕死の状態にある。昨年実施されたECBのストレス・テストでも最下位であり、同行は今後3年間で100億ユーロ以上の不良債権削減を求められている。
同行を含めた国内の不良債権処理に関し、対応遅延のツケを背負ったレンツィ首相は400億ユーロ規模の公的資金投入をEUと協議し始めたが、面倒なことに今年から運用が本格的に開始されたEUの「新救済ルール」に従えば、約2000億ユーロの銀行債を保有すると言われる個人投資家が損失を被ることは避けられない。
ルールを導入したばかりのEUには早々に例外措置を許容するのは相当の抵抗感があるだろうが、ブレグジット・ショックの余波も無視できない。混乱を恐れるEUは、イタリア政府による個人投資家救済を容認する妥協的な姿勢を示す可能性が高い。従って、イタリア政府が大胆な支援策に乗り出して事態収拾に向かえば金融不安は封じ込められようが、それは公的債務を一段と拡大させることを意味する。
また欧州委員会は先月、ブレグジットに代表される反EU勢力の拡大を恐れ、財政再建が進まないスペインとポルトガルに対する制裁発動を見送っている。それは公的債務水準に対するブレーキが緩んだことを意味する。
欧州は、共同体理念を守るためにその基本条件を自ら壊そうとしているようにも見える。政治的にやむを得ない判断とはいえ、欧州市場に数年前のPIIGS懸念のような危機的ムードが蘇らないとは限らない。
システミック・リスクの最右翼候補、ドイツ銀行
イタリアの金融システムと並んで、市場が警戒感を抱き続けている金融問題がドイツ銀行の経営不安だ。同行に関しては、今年2月にも偶発転換社債の利払い停止観測で株価が急落したことがあった。現在では、マイナス金利の進行でその収益環境が一段と悪化しており、4-6月期決算も良いところを探すのが難しい状況である。
業績低迷で有力幹部の流出も目立つ同行の株価は、2007年のピークから約8分の1の水準にまで落ち込んでおり、いまや資産価値の約25%に過ぎない。世界の大手銀行の株価も軒並み資産価値割れしているが、ドイツ銀行はその中でも際立って評価が低い。世界的投資家であるジョージ・ソロス氏が同行の株を大量に空売りしていたことは周知の事実である。
マイナス金利幅の拡大や訴訟費用の増加、そしてデリバティブズなど市場取引シェアの大きさなどからくる不安感が、ブレクジットを契機にあらためて増幅されている。英国がEUを離脱すれば、同国向け輸出の多いドイツ経済にも深刻な影響が及ぶ。それはドイツ銀行の収益悪化も連想させる。
その不安の源泉が、自己資本比率の低さにあることは明らかだ。イタリアの銀行同様、増資へのアクションが遅過ぎたのである。だが、世界的な景気不安が高まる中で、懸念材料の多い銀行が市場で資本調達を行うことは容易ではない。
資金確保のために決断した中国華夏銀行の保有株売却も進捗せず、2010年に傘下に置いたポストバンクの処分も思うように進んでいない。特にマイナス金利が蔓延する環境では後者のようなリテール金融ビジネスへの関心は乏しく、高値で売り抜くことは難しそうだ。
一部の悲観派が騒ぎ立てるほど同行が経営破綻の瀬戸際にあるとは思えないが、経営の軸足を定めて収益構造を再建するには相当の時間がかかるだろう。その間に、市場不安が何度も同行に襲い掛かる可能性は否定できない。IMFは同行を「システミック・リスクの最右翼候補」と見て厳しい評価を与えているが、その懸念もあながち誇張表現とは言えないのである。
英国の住宅価格は30%以上下落するとの見方も
次は、英国の不動産である。株式市場が徐々に回復軌道に乗り始めた7月上旬に、英国の商業用不動産ファンドが相次いで顧客解約の受付停止を発表した。この問題は、資産と負債のミスマッチ構造が生んだもの、という意味では特に目新しい話ではない。
オープンエンドの流動的な資金を不動産という非流動的な資産に投資するが故に、市況が悪化すれば運用が行き詰まるのは当然のことである。英中銀に拠れば、第1四半期の海外勢に拠る英国不動産購入は、既に前年同期比50%減となっていた、という。
英国が最終的にEU離脱決定をひっくり返す可能性もゼロではないが、当面は不動産市況が一段と悪化する可能性は高い。今後はファンドだけでなく融資する銀行や保険会社などに悪影響が及ぶことも避けられまい。その余波は英国内に止まらないだろう。
商業用不動産のみならず住宅の価格も下落傾向が顕著になっている。王立公認不動産鑑定士協会の6月調査では、ロンドン地区の住宅価格指数が大幅悪化したと報じられており、調査会社ローレンスは、国民投票後の数週間で同地区における高級住宅販売件数は前年同期比43%低下した、と発表している。ロンドン地区の高級住宅開発業者が、保有する土地評価額を14%引き下げた、との報道もある。
市場では、ドイツやスペインの投資家が大型取引をキャンセルした、投資ファンドがロンドンのビルや商業施設を売りに出した、といった噂も飛び交っており、実際に、大幅ディスカウントや家具の無償提供など、出血覚悟の販売促進サービスを始めた住宅業者もいるらしい。今後、英国の住宅価格は30%超下落する可能性がある、といった超悲観的な予想も散見される。
ファンドに関しては、万が一の大量解約に備えて現金や流動性資産を保有しているので、解約請求停止がすぐにファンドの危機を意味する訳ではない。サブプライム・ローンの頃と違って、ファンドにも運用商品にもレバレッジが掛けられていないのが救いである。ただし、その流動性資産の中には株価が急落中の不動産関連株も多く含まれており、保有物件も足許を見られて買い叩かれる可能性が高い。
経済指標だけ見れば順調そうな米国だが…
最後に、米国市場に見え始めたミニバブル的な兆候である。その根底にあるのは、世界的に蔓延し始めているマイナス利回りである。ブレグジットで大揺れした株価は回復したが、債券市場の低金利情勢はさほど変わっていない。フィッチ・レーティングスに拠れば、世界の債券市場でマイナス利回りとなっている債券の残高は、6月末時点で前月比1・3兆ドル増えて11・7兆ドルに達した、という。
国債市場は実体経済を支える背骨であると同様に、資産運用にとってのアンカーでもあり、この土台が盤石でなければ、リスク・リターンの座標で構成される運用理論など成立しない。世界14カ国に広がったこのマイナス金利が、従来の資産運用感覚を大きく狂わせ始めたように思われたのが、先月下旬の連日にわたる米国株の最高値更新であった。
米国では景況感の回復過程で利上げ再開の観測もちらつき始めているが、株式市場の地合いは強いままだ。もともと、ブレグジットの米国経済への影響は軽微と見てきた同国株式市場は、決算予想を低めに設定するという恒例のウォール街戦法で、エネルギーや金融など出遅れ銘柄にも修正が入っている。
ただし市場の一部には、株価水準は企業業績見通しにマッチせず「バブルに近い」と懸念を表明する声もある。前述した「株高は短命に終わるかもしれない」と予測するブラックロックのフィンク氏だけでなく、「最後の審判に接近中だ」と述べるアクティビストのアイカーン氏や「素人が投資する時期ではない」と警告するKKRのクラヴィス氏、「量的緩和バブルはいずれ崩壊する」と見るジャナスのグロス氏など、著名な機関投資家の中にも高値を更新する米国株に懸念を示す声は少なくない。
そんなミニバブルの風は、米国の商業用不動産市場にも吹き及んでいる。ここ数年、企業の資金需要低迷を反映して米国の金融機関はショッピングセンターやアパート、オフィスビルなどの商業用不動産への融資を大幅に増やしてきた。モルガン・スタンレーに拠れば、今年第1四半期の米銀による商業不動産向け融資額は前年同期比44%増加している。証券化商品(CMBS)の発行額は4年ぶりの低水準に落ち込んでおり、銀行が再び主役の座を取り戻しているようだ。同市場のファイナンスに占める銀行シェアは、2014年の35%から今年は50%超にまで躍進している、という。
米通貨監督庁(OCC)のカリー長官は「米国の商業用不動産市場の一部でバブルが形成され始めている」と述べ、レバレッジド・ローンや自動車ローンよりも商業用不動産が最も危険な状態にある、と警告している。ここに何らかの規制が入れば、融資の過熱化が一気に冷え込み、市況が一転悪化に向かうリスクもある。
ちなみに、セントルイス連銀勤務の長かったダニエル・ソーントン氏は、米家計の株式・不動産など保有資産価値の合計と可処分所得との割合が、1990年と2007年の過去2回の資産バブル崩壊の時点と同じ水準にまで上昇してきた、と警告している。経済指標だけに注目すれば米国経済は順調そうに見えるが、市場に危うい雰囲気が滲んでいることには注意しておきたい。
政策依存症に陥り軽薄さが感じられるリスク資産市場
こうした潜伏中の金融リスクの発症を誘うような事件は、トルコの例を挙げるまでもなく、いつどこでも起こり得る。経済成長ペースが鈍化し、ブラックスワンがあちこちに溢れかえる市場において、安定的な株価上昇継続など望むべくもないことは確かである。日本をはじめ、政策依存症に陥った昨今の世界のリスク資産市場には、実体経済を直視しない浮ついた軽薄さが感じられなくもない。
米国が利上げしない限り金融リスクが暴発することはない、との期待感がある一方で、利上げの先送りがバブルを加速して早期の破裂を誘う、との警戒感もある。そして、市場が全く消化していないのが「トランプ大統領誕生」のシナリオである。景気対策だけに目を奪われる刹那主義は、高いツケを払わされることになるかもしれない。
『世界経済の新リスク』(ムック)8月8日発売!
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≪主な内容≫
■巻頭インタビュー イアン・ブレマー氏(国際政治学者)
■Chapter1 寄稿 世界の知の巨人が読む 英離脱後の世界
ジョセフ・スティグリッツ (米コロンビア大学教授)
ローレンス・サマーズ (米ハーバード大学教授 米元財務長官)
マーティン・ウルフ (英フィナンシャル・タイムズ チーフ・エコノミクス・コメ ンテーター)
ほか全7人。
■Chapter2 日本も直撃「失われる」10年
■Chapter3 寄稿 5つの論点で考える?来るべき新たなリスク
ドイツ:強まるEU内の遠心力 ポピュリストを止められるか 熊谷 徹
金融:日本にも波及しかねない「既知の未知」リスク 倉都康行
政治:なぜ英国の有権者は「損」な選択を行ったのか 加藤創太
ほか全5人
■Chapter4 世界を覆う「低成長」の雲
激震 パナマ文書
ほか
【発行:日経BP社 定価:907円+税】
このコラムについて
倉都康行の世界金融時評
日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/230160/072800015
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