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日本をヘリコプターマネーの実験場にしてはならない
http://diamond.jp/articles/-/96177
2016年7月21日 山田厚史の「世界かわら版」 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] ダイヤモンド・オンライン
参議院選挙で勝利した安倍政権は「アベノミクスは信任を得た」として、「道半ば」の政策を加速する、という。とはいえ金融緩和はすでに行き詰まっている。次は「政策の総動員」の掛け声と共に財政の大盤振る舞いが始まるだろう。「10兆円の景気対策」が打ち上げられた。問題は財源だ。増税は封印され、法人税は減収が予想される。浮上したのが財政投融資の活用。郵便貯金の潤沢な資金で賄われた財投も、郵貯が民営化された今、頼る原資は財投債。政府の借金、つまり国債である。マイナス金利では国債の買い手がない。結局は日銀が引き受けることになる。
財政の尻を日銀が面倒見る「財政ファイナンス」が刻一刻と深まっている。そして「ヘリコプターマネー」が取り沙汰されるようになった。空からカネを撒くような、究極の不健全財政。亡国のリスクを孕む奇策が、日本で社会実験される可能性が膨らむ。
■「通貨の乱発」と「財政の拡大」
歴史に学べば危険で手を出せない奇策
「アベノミクスの加速」を安倍首相が記者会見で語った翌日、官邸にアメリカの中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長、ベン・バーナンキ氏がやってきた。
「ヘリコプター・ベン」と呼ばれるほど、ヘリコプターマネーに関心を寄せる経済学者だ。官邸は「表敬訪問」としているが、安倍首相の経済ブレーン本田悦郎氏(内閣官房参与からスイス大使に抜擢)が間に入って会談をセットしたという。
官房長官の定例会見で「ヘリコプターマネーは話し合われたか」と問われ菅長官は「特段の言及があったとは承知していない」としながらも「バーナンキ氏は金融緩和の手段はいろいろある、と言っていた」と答えた。
翌日の産経新聞は「ヘリコプターマネー検討へ」と一面に打った。首相周辺で、日銀が国債を買い切って財政資金を提供する政策が検討課題に浮上している、として本田氏が首相に「今がヘリコプターマネーに踏み切るチャンスだ」と進言した、とも書かれている。
安倍をバーナンキに会わせヘリマネを政策課題に載せようとする意図が見え見えだ。
そもそもヘリコプターマネーとは何か。
提唱者はバーナンキ氏の師匠筋に当たるノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏である。
デフレは市場に出回る通貨が足りないから起こるマネー現象と見て、金融緩和によってデフレは解消するという考えに基づいている。中央銀行が資金を供給しても、経済が委縮して家計や企業にマネーが浸透しない時は、空からカネを撒いて使いたい人に拾わせればいい、という手法。中央銀行が発行する通貨が末端まで届き、デフレから抜け出すことができる、という理屈だ。
「空からばら撒く」とは話を分かりやすくするための比喩で、現実の政策としては「財政を使って資金をばら撒く」ということになる。
ヘリコプターマネーは、中央銀行による「通貨の乱発」と、政府による「財政の拡大」を組み合わせたものと考えればいいだろう。
お分かりと思うが、中央銀行が無制限に通貨を発行し、財政がこれを使って公共事業の大盤振る舞いをすれば、何が起こるか。
財政出動で消費は拡大し、需要は膨らんで景気はよくなったかのように見えても、内実は「キツネが木の葉で作った小判」で需要を創造しているようなものだ。
通貨の乱発は歴史を振り返ればしばしば起きている。江戸時代、財政難に陥った幕府は金の含有量を減らした小判を作り、インフレを招いた。第二次世界大戦で政府は戦時国債を発行し日銀に買い取らせ、戦費に充てたが戦争が終わった途端、猛烈なインフレに見舞われた。
歴史に学べばヘリマネは危なくて手を出せない奇策だが、首相の周辺で真剣に検討されているらしい。
真夏の怪談のような怖い話が、なぜ政治の中枢で囁かれるのか。アベノミクスが上手くいっていればこんなことにはならなかった。
■自民党の2大流派を満足させる
究極のポピュリズム政策
2012年12月、自民党総裁選挙で勝利した安倍晋三は、「日銀にお札をじゃんじゃん刷ってもらい銀行を通じておカネを流せば景気はよくなる」と言いだした。
ポイントは二つ。第一はインフレターゲット。物価上昇率を目標として定め日銀に達成を義務付ける。もう一つが銀行が保有する国債を日銀が買い上げてベースマネーを注入すること。これがアベノミクスの原型である。
今でこそ「一億総活躍社会」などと看板は新しくなったが、アベノミクスの中核は「常識にとらわれない大胆な金融緩和」にある。金融を潤沢にすれば物価は上がる、という学説に沿って、物価目標を達成するまで日銀はマネーを注入し続ける。物価はが上りそうだ、と多くの人が思えば、今のうちにカネを使おうと消費が盛り上がり、物価が上がり、デフレから脱出できる、という筋書きだった。
白川前日銀総裁は「期待に働きかけて物価を上げることができるのか。物価を自在にコントロールできると考えるのは甘い」と否定的だった。
こうした日銀を批判したのが「デフレ克服はインフレに誘導すること」とするリフレ派の学者やその同調者たちだった。このグループが安倍首相の周囲を固め、インフレ政策に理解を示す黒田東彦氏を日銀総裁に据えた。
「2年後には2%の物価上昇を達成する。そのために日銀の資金供給をこれまでの2倍、年50兆円にする」という異次元の金融政策が黒田総裁によって2013年4月に発動されたのはご存じの通り。
ところが2年経っても物価は上がらない。上昇率ゼロ近辺をさまよったままだ。当初は一気に進んだ円安・株高も勢いを失った。
約束の2015年4月に物価目標を達成できなかった黒田総裁は、「2016年度中に」とさらに2年間延長したが、それでも達成は危ぶまれている。
お囃子ばかりで成果はちっとも感じられない、という庶民の声は日増しに高まり、自民党は「まだ道半ば」と言い逃れるしなかった。選挙で加速を約束した以上、成果を見せなければならない。窮余の一策がヘリマネなのか。
自民党の内部には経済政策を巡り、二つの流れがある。財政を膨らませて公共事業で景気を拡大しよう、というケインズ流の考えと、財政に頼らなくても金融緩和で景気は活性化できる、というフリードマン流の考えだ。後者は財政拡大にも増税に批判的で、財政再建は物価上昇を伴う経済成長で解決することを説き、日本ではリフレ派とも呼ばれる。
財政拡大、公共事業増額を主張する政治家は守旧派とされ、金融緩和で軽微なインフレ成長を求めるリフレ論者が改革派と見られてきた。
空からカネを撒く「ヘリマネ」は両者を合体させる究極のポピュリズム政策である。
■財政や通貨は国民生活の土台
一発逆転狙いの危ない政策は御免だ
国際通貨基金(IMF)などで議論されているヘリマネの骨格は、政府が金利ゼロ、無期限償還の国債を発行し中央銀行に引き受けることとされる。償還に期限がない、というのは「返済の必要なし」ということ。政府の債務にもならない。空から撒くように、政府の事業などで使いまくる。狙いは出まわる通貨を増やすことだ。
金利ゼロ・償還ナシというのはお札と同じだ。政府が勝手に紙幣を発行するようなもので、究極の「キツネの小判」である。増税も歳出削減もいらない。うまい話には毒があるものだ。
(1)財政節度が吹っ飛ぶ、(2)日銀の資産を酷くして信用秩序が壊れる(3)ひどいインフレを招く恐れがある、などだ。
これまでの金融常識では「論外」のアイデアで、議論の場になったIMFでも、大方は否定的だという。だが一部には「論議から外すのはもったいない」とする支援者がいる。
世界がこぞって金融緩和に走りながら、不況から抜け出せないなら、これまでの常識に囚われない挑戦をしつつリスクを回避する方策を考えるべきだ、という主張だ。バーナンキ氏はこの側に立っている。
13日に首相と会談した時、内閣官房参与の浜田宏一イェール大学名誉教授が同席した。首相の厚い信任を得ている浜田氏は「一度限りという条件ならヘリマネを検討してもいい」と関係者に語ったと産経は書いている。
浜田氏が担いだ「金融の異次元緩和」も、従来の金融常識を踏み越えたものだった。
ところが年50兆円つぎ込んでも物価は動かない。80兆円に増やした。それでも効果がない。マイナス金利にまで突入した。
「短期決戦」のつもりで始めた非常識政策が、止められなくない、ズルズルと深みにはまる。そうこうしているうちに、日銀は政府が発行する国債の30%を抱え込む事態になった。
日銀がお札を刷って政府財政を支える異常事態、「中央銀行がやってはいけない一丁目一番地」(白川前日銀総裁)とされる国債の日銀引き受けと同じ状況が生まれている。
お札を刷って国債を買いまくる、国債はマイナス金利。こんな異常はいつまでも続けられない。だがここで止めれば経済は大混乱。そんな政策をさらに「加速」することに有権者は一票を投じたのだろうか。
ヘリマネに理解を示すバーナンキ氏も、さすがアメリカでは実施しなかった。FRB議長の責任は重い。在任中には「ヘリマネ」を口にしなかった。
外国がやるなら知恵を貸す、ということのようだ。日本は、ヘリマネを試す実験場として注目されている。大胆に金融緩和を進めながらマネーが不足している。財政は赤字だが対外純資産は世界一。冒険する体力はある。そして常識破りの政策を加速したい政治家がいる。
しかし「やってみなければ分からない」と一発逆転を狙うような危ない政策は御免である。財政や通貨は国民生活の土台だ。
経済政策の舵を握っているのは誰か。官邸で何が行われているのか。日本で一番不透明な場所、それは首相官邸でないか。
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