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コスタ・ビクトリア 〔PHOTO〕gettyimages
「爆買い観光客」がどれだけ増えても、人口減少に苦しむ地方は救われない 地方はどう変わればいいか?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49069
2016年07月11日(月) 貞包英之 現代ビジネス
■「カーゴ船来訪」に期待する地方都市
2016年5月、新潟東港に乗客定員2400名近くを誇るクルーズ船「コスタ・ビクトリア」が入港した。韓国の東海港を出発し、ウラジオストックを経て、室蘭、青森に立ち寄り、さらに新潟の後には金沢を経由し、一週間ほどで釜山へ帰港する予定の国際旅客である。
こうしたクルーズ船に今、地方から大きな注目が寄せられている。少子高齢化やそのための人口減少に苦しむ地方の都市では、海外から来る観光客に買い物や食事で金を落としてもらうことが期待されているのである。
新潟でもコスタ・ビクトリアは歓迎を受け、乗客は郊外のイオンモールや酒蔵、温泉、街なかの商店街に案内された。大半が韓国からの客であることや、すでに室蘭や青森に寄港していたこともあり、かならずしも「爆買い」という状況がみられたわけではない。
それでも客たちは絆創膏や正露丸、ピップエレキバン等の医薬品、カレー、せんべい、醤油などの食料品を中心に買い物をし、短い観光を楽しんだ後、次の目的地へと旅立っていった。
「カーゴ信仰」というものが、太平洋の島々にある。海からやって来る貨物船(カーゴシップ)が、富をもたらしてくれると信じ、それを呼ぶための儀礼をおこなうものである。
地方都市にとって、観光客を乗せたクルーズ船は、今いわばそうしたカーゴ船として大いに期待されているのである。
■急増するアジア内からの訪日外国人
こうした光景を一例として、中国や台湾、ベトナムなどから大量の観光客が訪れ、多くの買い物をしていくことが「爆買い」と呼ばれ、近年、注目を集めている。
たとえば東京の銀座や新宿、大阪や福岡や沖縄の百貨店、家電量販店、ドラッグストアでは、訪日客が毎日訪れ、医薬品や化粧品、菓子や家電をしばしば複数、大量に買って行く姿がみられる。
統計的にも、「爆買い」をおこなう観光客の急増が目立つ。2015年に訪日外国人は、10年前の2005年の627万人を3倍以上上回る1973万人に達した。そもそも1000万人を超えたのが2013年にすぎないことを考慮すれば、政府や観光業界が期待するように、観光客が3000万、4000万人にのぼることも夢ではないと思われる。
この訪日外国人の大半を占めているのが、アジア内からの客である。2015年にはアジア内からの訪日外国人は、1664万人と全体の84.3%を数えた。
なかでも中国からの観光客は2005年の65万人から2015年の499万人にまで急増し、それに続き、韓国(400万人)、台湾(367万人)、香港(152万人)から多くの客がやって来ている(「日本政府観光局(JNTO)」)。
中国を中心とするこれら訪日客の大きな楽しみになっているのが、「買い物」である。たとえば2015年には、中国からの訪日客の94.1%がショッピングをおこない、一人あたり16万9260円を費やした。
金額では、ベトナム(8万4471円)、香港(7万2865円)、台湾(6万1368円)がそれに続くが、いわゆる先進国のアメリカ、ドイツからの旅行者のショッピング経験率が5割程に留まり、購入額もそれぞれ3万6112円、3万182円にすぎないことと較べれば、中国を中心としたアジア内の訪日客は消費に貪欲であるといってよい(観光庁「訪日外国人消費動向調査」)。
■「爆買い」の背景――特別の商品が買える意味
ではなぜ中国を中心としたアジア内から多くの人びとが来日し、買い物をしているのだろうか。
それについては、@中国人をおもな対象としたビザ発給条件の緩和、A2014年以降、免税を食品や医薬品、化粧品にまで拡充したことなど、法制度的改革の効果がしばしば指摘されている。
さらに、Bアジア地域の経済的成長や、C円安の進行、または、D日本国内の長期のデフレ傾向も当然見逃せない。アジアの経済が成長し購買力が増加するなかで、日本のモノやサービスは割安に映るようになった。そのおかげで訪日旅行は、アジアで増大する中間層にまで解放されたのである。
ただしそれだけでは訪日客が増加し、「爆買い」していく根拠としては貧弱である。世界でみれば、渡航にかかる時間や費用の大きさや、外国人に対する「おもてなし」の点で、実は日本は望ましい観光地とはなおみられていないためである。
たとえば『観光白書』が紹介する「国家ブランド指数」で日本は、総合で6位に入っているにもかかわらず、「歓迎されていると感じられるか」(13位)、「その国の人を身近な友達に欲しいか」(14位)、「相当期間その国に住み、働きたいか」(18位)の点では、日本語という壁のせいもあり、かならずしも高く評価されてはいない。
それでもなぜ多くの人びとが、近年日本に来て、大量の商品を買っていくのか。そのひとつの理由として、日本で特別の商品が買えることが、やはり大きいと考えられる。
たしかに近年のグローバル化のおかげで、日本の多くの商品が海外で買えるようになってきた。ただしそれらの商品は、@関税のためにしばしば高額になるか、A規制や消費者の好みのせいで日本オリジナルのものとは別物であることが多い。とくに医薬品や化粧品は、各国の薬事法の関係から、同じ商品名でありながら成分がしばしば異なっているのである。
そのため日本に来て直接、商品を手に入れることが好まれている。8割を超える中国からの訪日客がドラッグストアを、また7割以上が百貨店を訪れ、化粧品や医薬品、菓子類、電化製品などを買っている。そうして持ち帰られた商品が土産として親類や友人に配られ、またなかば業務としてネットで転売されているのである。
この意味では「爆買い」の構造的土台として、日本の「消費社会」が積み重ねてきた歴史の厚みが重要になる。冷戦の崩壊以後、中国の経済成長やネットの膨張を大きなきっかけとして、アジアの国ではこれまでの歴史的関係を問い直すさまざまな対立が生まれている。だがそれとは別に、日本の「消費社会」に対する信頼はなお大きい。
日々商品を選ぶことで、私たちは割高で品質の怪しい商品を淘汰している。たしかに日本の市場でも純粋な日本製のモノは少なく、多くが中国や東南アジアで生産されている。けれどもモノの出所以上に、日本の市場でくりかえされる「競争」のほうが大切に扱われる。
つまり訪日客は自分の「国家」や「市場」以上に、日本の「消費社会」で積み重ねられてきた私たちの選択を信用し、わざわざ日本に来て商品を買っていくのである。
もちろんアジアで「消費社会」がまったく広がりをみせていないわけではない。日本の消費者の選択が場合によっては過剰に持ち上げられるのは、それが商品に特別の「差異」をもたらすいわば後見人として信憑されているからである。
2015年の一人あたりのGDP(ドルベース)をみれば、シンガポールや香港は日本をとうに超え、韓国や台湾は日本のバブル期の水準に達し、中国やマレーシアは日本の高度成長以後に匹敵するまでに成長している。そうして豊かさを増した社会のなかで、自国では買えない安全で洒落た商品として、日本の商品は買われ、しばしばSNSのなかで持ち上げられている。
こうして一段上の消費が目指されているという意味で、「爆買い」現象は、アジア諸国への「消費社会」の急展開をあくまで踏まえたものといえる。アジアに拡がり始めた「消費社会」が、商品を格上にみせる秘密の価値の源泉として、日本のより歴史を持った「消費社会」を「発見」することで、「爆買い」は生じているのである。
■地方都市における爆買いの展開
その意味では、地方都市に観光客を呼び寄せようとする施策も、まったく見込みがないわけではない。
拙著(『地方都市を考える』花伝社、2015)でも指摘したが、「消費社会」は大都市だけではなく、地方都市でも一定の厚みを持って展開している。安価な生活コストを背景に活発な消費が続き、それが地方都市のとくに郊外で買える商品の質と量を底上げしてきた。
そのおかげで、消費のためだけなら、今ではわざわざ大都市に行く必要は少ない。地方のショッピングストアやドラッグストアでは豊富な商品が安価に売られ、それを人混みの少ない快適な環境で買うことができる。
だからこそ沖縄のイオンモール沖縄ライカム、愛知のイオンモール常滑など街の中心部を離れたショッピングモールが、しばしば主要な観光の目的地になっているのである。
実際、買い物を大きな目当てとして、昨今、地方都市でも観光客が増加している。西日本を中心に、またクルーズ船やLCCの便が良い場所に偏っているとはいえ、2014年から2015年にかけて地方では、三大都市圏の41.6%を超える59.9%の外国人宿泊数の増加がみられた(『観光白書』)。
■「爆買い」の行方――日本に立ちはだかる最大の問題
ただしこのまま地方、または日本全体で、買い物を中心とした訪日客の増加が続いていくとは考えにくい。最近の急激な円安のせいだけではなく、さらにそれを阻む構造的な要因が考えられるためである。
最大の問題は、アジアにおける「消費社会」のいっそうの進展である。単純化すれば、自国で買えない商品を求めて、多くの観光客は日本にやって来ている。しかしアジア地域で購買力が成長し、輸入の増加や自国の市場の充実がみられるなかでは、わざわざ日本という外部の「消費社会」に幻想をみる必要はなくなる。
その意味で、先にみたように中国からの訪日客が、2015年に買い物に一人あたり16万円を超える額を使っているのは、やはり「異常」とみるべきだろう。
この金額は2010年の9万円台から1.7倍以上急増したものだが、たとえば同期間の韓国からの訪日客では、買い物で使った額は2万4823円から2万3516円へとむしろ減少している。
為替や日本からの近さに加え、「消費社会」の成熟度の差異が、おそらくこうした違いを生んでいる。韓国では部分的には日本以上にモールやネットが発達し、そのためコモディティに限れば韓国で買えない日本の商品は少ない。だからこそ日本にわざわざ来てモノを買う必要はないのだが、同様にグローバルな物流の成長を前提に「消費社会」が中国でも成熟していけば、中国人訪日客の消費額もいずれ同程度の水準にまで落ち込んでいくと考えられる。
実際、以前は訪日客を多く受け入れていた量販店や百貨店の苦戦が最近伝えられることからみれば、中国人の「爆買い」離れは、すでに始まっているというべきだろう。
■「爆買い」のその先へ
もちろん、それで観光産業がすぐに立ち行かなくなるわけではない。現在、アジアで急拡大している中間層が日本の観光にいっそう目を向けていくとすれば、たとえ買い物金額が減ろうと観光業が成長を続ける可能性も考えられるためである。
そうして買い物を主目的としない観光を増加させるために、現在、官民がさかんに唱えているのが、いわゆる「モノ消費」から「コト消費」への転換である。帰国しても買える商品を訪日客に売るのではなく、温泉でのくつろぎや登山、医療、伝統行事への参加といったサービスや「経験」を売ることが、期待されている。
ただしこうした変化が必要だとしても、それがすんなり実現されるとは考えにくい。とくに地方ではそうである。最大の難問は、地方都市に本当の意味で多数の客を招き寄せ、「モノ」であれ「コト」であれ、より多くの消費を促す魅力が備わっているかということである。
先にみたように、地方都市では「消費社会」の浸透に伴い、たしかに快適な消費の環境が実現されている。だがそれは郊外の住人といった同質性の強い集団を満足させるものに留まり、それをはみだす住民や来訪者の消費を促すものにはなっていない。
もちろん地方はこれまでもビジネス客や団体旅行、帰省客を受け入れてきた。とはいえ、そこに収まらない多様な「他者」に対して魅力となる消費環境が整えられてきたかといえば、疑問が残る。
たしかに地方にも自慢の社寺や名所、自然があるかもしれない。しかしそれが多くの人に「価値」として認められるためには、アクセスを容易にする宿泊施設や交通手段、それに光を当てる知や情報の集積、さらにそれに隣接し地域の魅力を高める商業・娯楽施設の充実が必要になる。
定住者は気にならないかもしれないが、しかし地方都市ではそうした消費環境がしばしば充分ではない。個性的な街並みが壊され、首都につながる以外の交通が不便であることなどが、その地域を訪れ、「消費」することをむずかしくしているのである。
そしてそれは、外部からの来訪者に対してマイナスになるだけではない。むしろ問題は、そもそも多くの者が住みやすく、魅力的と感じていない街にいくら観光客を引き寄せようとしても無理があるということである。
近年、訪日観光客を増やすことが、人口減少に苦しむ地方を救う特効薬のように望まれているが、そうした期待は多くの場合、裏切られるといわざるをえない。
ある場所で人口減少が進むのは、厳しくいえば、交通が不便で、特別の産業や文化がなく、さらには外来者が住みにくいからである。そうして多くの人に暮らす魅力が感じられない場所に、いくら訪日客を集めようとしても、なかなかむずかしい。
■多様な者にひらかれた地方へ
もちろん人跡未踏で、他に観光客がいない地を求める人もいる。ただしそれは僅かであり、多くの人が訪れるのは、むしろその街が地元の人を含め、滞在者や観光客など多様な人びとの暮らしを肯定するひとつの「世界」をつくっているためである。
シンガポールやバリのウブドが代表的だが、「消費社会」のさらなる展開に応じて、アジア各地に、魅力的で、交通の便がよく、それゆえそこに集まる多様な人や情報のおかげで、あらたな知やビジネスチャンスを得ることのできる観光地が拡がりつつある。
それに対抗して、多くの観光客を持続的に集めようとするならば、地道ではあれ、地方を多様な者にひらかれた場所に変えるという試みに取り組んでいくしかない。
そのために暮らしやすい住居を整え、短期滞在のみならず、たとえばアジア内からのマルチハビテーションを促すこと。車を持たない外来者のためにも便利で安全な交通手段を導入すること。首都をバイパスした情報や交通の回路をつくり、それを通して独自の知や文化を集積するとともに、留学や移住といったアウトバウンドを積極的に支援すること――。
その結果、地方が定住者と移動者の混在する場所となるならば、インバウンドの最大の呼び水になる友人・知人関係をグローバルに拡大させることができるとともに、「他者」に向けられた多様な消費の環境も自然に増えていくことになるだろう。
定住者から既得権益を得ている行政や一部の民間は嫌がるかもしれないが、「爆買い」以後、なお訪問客を求めるならば、こうした地域の将来の姿は、到来しないカーゴ船をただ待つより、よほどましな像といえるのである。
貞包英之(さだかね・ひでゆき)
山形大学准教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程単位取得満期退学。専攻は社会学・消費社会論・歴史社会学。著書に『地方都市を考える 「消費社会」の先端から』『消費は誘惑する 遊廓・白米・変化朝顔〜一八、一九世紀日本の消費の歴史社会学〜』など。
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