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EU離脱、世界的「英国離れ」加速…米中欧が同時景気後退突入&金融危機再来の兆候
http://biz-journal.jp/2016/07/post_15802.html
2016.07.08 文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授 Business Journal
足元で世界的に株価が持ち直し、徐々に金融市場は落ち着きを取り戻しつつある。すでにイングランド銀行は、英国のEU離脱をめぐる国民投票後の景気見通しが不透明になったとの認識を示し近々、金融緩和を進める意向を示している。今後の状況次第では、ECB(欧州中央銀行)なども追加緩和を打ち出す可能性もある。そうした流れが、金融市場の小康状態を支えている。
投資家の一部には、「英国の国民投票の結果は金融市場に大きな影響を与えない」との楽観的な見方もある。しかし、冷静にみると、世界経済が抱える問題は解決したわけではない。特に欧州の政治リスクを警戒する投資家も多い。欧州の政治動向を俯瞰すると、不透明要素は多い。英国だけをとっても、スコットランドのEU残留表明、保守党党首選をめぐる不透明感など政治は方向感を失っている。
また、英国の離脱問題に関して、ドイツなどのEU諸国は「英国の正式な離脱表明がなければ一切の交渉に応じない」と表明した。そこには、EU離脱を求める動きがドミノ倒しのように域内に連鎖することを防ぎたいという考えがあるようだ。
英国が置かれた状況は厳しい。今後、EU離脱の行程が明らかになるにつれ、単一市場へのアクセスが制限されるなど、英国経済の先行き懸念は高まりやすい。多国籍企業は英国から拠点を移すなど、事業戦略の見直しを進めるだろう。その動きが広がると、消費者心理の悪化が懸念される。
さらに注目すべきことがある。それは、欧州の大手銀行の株価が不安定になっていることだ。欧州の銀行の中には、不良債権の処理が十分に進んでいないところがある。マイナス金利による金融機関の経営圧迫、財政懸念の高まりなど、主要国の金融・財政政策は策を打ち尽くした状態にある。そのような状況において、欧州の大手銀行の経営不安が、欧州経済の景気後退、ひいては世界経済の混乱につながる可能性は高まっている。
■懸念高まる欧州銀行セクター
6月29日、FRB(米連邦準備制度理事会)は、33の大手金融機関に対する包括的資本分析の結果を公表した。これは銀行の健全性を審査する“ストレステスト”の一部であり、資本調達計画などを精査するものだ。この中で30の銀行が合格したものの、米モルガン・スタンレーが条件付き合格、ドイツ銀行、スペインのサンタンデール銀行の2行が不合格だった。モルガン・スタンレーは、12月29日までに資本計画を再提出しなければならない。
また、6月30日、IMF(国際通貨基金)はグローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)の中で、ドイツ銀行が金融システムに与える潜在的なリスクがもっとも高いと報告した。理由は、ドイツ銀行がほかの大手金融機関と強くつながっていると考えられるからだ。
IMFによれば、ドイツ銀行の経営不安が生じた場合、各国の大手金融機関にもリスクが波及し、金融システム全体が混乱する恐れがある。なお、IMFはドイツ銀行に続いて、HSBCやクレディ・スイスなどの欧州金融機関のリスクが高いと指摘している。
■くすぶる不動産関連
欧州金融機関のリスクの高さが指摘されている背景には、バブルの後始末としての不良債権問題が解決していないことがある。2000年代に入り世界的な不動産バブルが膨らむなか、欧州では多くの銀行が不動産関連のビジネスを強化した。
00年代半ば米国の住宅バブル崩壊をきっかけに不動産バブルがはじけた結果、欧州の銀行は不良債権問題に直面した。当該セクターが抱える不良債権の規模はリーマンショック前の水準を上回り、EBA(欧州銀行監督機構)からも収益低下への懸念が示されている。
本来であれば景気を支えるべき金融政策にも、銀行の収益を圧迫している部分がある。それが、14年6月にECBが採用したマイナス金利政策だ。それ以降、ドイツを中心にユーロ圏の国債利回りは大きく低下した。国債利回りの水準は銀行の収益に影響を与えやすく、銀行の収益懸念は強い。
すでに16年2月、ドイツ銀行が破たん時の損失吸収を目的に発行した債券の利払いを実行できないとの見方が広まり、同行の株価は急落した。この時、投資家はドイツ銀行が金融システムの混乱を引き起こすのではないかと懸念し、世界の金融市場は急速にリスク回避に向かった。FRBやIMFが欧州の銀行が抱えるリスクの高さを指摘したことは、必然といえる。すでに英国の国民投票後、ドイツ銀行の株価は年初来の最安値を更新し、上値の重い展開が続いている。
■欧州政治リスクへの懸念
国民投票の結果、過半数の投票者がEU離脱を選択し、英国、欧州の政治は混乱している。英国では国民投票の結果を後悔する市民らが、国民投票の再実施、EU残留を訴えている。北アイルランド、スコットランドの独立機運も高まり、英国の政治はどう進むかわからなくなっている。
従来、英国経済はEU加盟から恩恵を受けてきた。金融業界では、どこかひとつのEU加盟国で認可を得れば、域内で自由に支店開設などが可能だ。これを単一パスポート制度という。シティと呼ばれるロンドン金融市場が世界から資金を集め、ニューヨークと匹敵する存在を誇っていただけに、多くの大手金融機関が欧州拠点をロンドンに置き、欧州事業を展開できたのである。この結果、金融セクターは英国経済の10%程度のウェイトを占めるまでに成長した。
国民投票の結果に沿ってEU離脱が正式に進む場合、多くの金融機関は英国からの拠点の移転など、欧州事業の見直しを余儀なくされるだろう。新興国経済の減速や金融規制の強化もあり、金融機関の収益基盤は不安定だ。事業戦略の大幅な修正は、多くの銀行の経営不安を高めるだろう。
また、ドイツなどのEU加盟国は離脱を求める動きがドミノ倒しのように域内に広がることを警戒し、英国に対して一切の特別扱いはしないと表明している。欧州政治の中で、英国は厳しい状況に追い込まれたといってよい。それだけに、EU加盟のメリットが雲散霧消し、金融機関の経営基盤が脆弱になる可能性は高まっている。
政治の不安定化は、経済にマイナスの影響を与える。金融以外のセクターでも、多国籍企業が英国にある拠点を国外に移すことを検討し始めている。自動車産業の場合、現状では英国からEUに輸出する場合の関税はゼロだ。しかし、英国がEUから離脱すれば関税率は高まると考えられる。つまり、輸出には追加のコストが生じ、英国から欧州へ輸出を行ってきた多くの企業の競争力が削がれる。
国民投票の結果を英国の世論、政治家がどう議論し、EUとの交渉に臨むかは不透明だ。そうした状況のなかで投資家が積極的にリスクを取ることができるか、議論の余地が残る。国民投票での離脱支持が予想外の結果だっただけに、当面は小康状態が続くかもしれない。そのうえで、政治のリスクが高まり、金融市場が不安定に推移しやすいことは冷静に考えたほうが良いだろう。
■欧州銀行の経営不安が世界経済に与える影響
今後、欧州の銀行は経営基盤を強化しなければならない。中国経済の減速など収益機会は減っている。金融機関の経営を安定させるためには、リストラが必要だ。収益の拡大がままならないなか、リストラ費用が経営を圧迫しないかが懸念される。
ここで問題となるのが、欧州各国の財政出動が容易ではないことだ。公的資本の注入など、不良債権処理の痛みを吸収できる対策が整備できるかは不透明だ。例を挙げると、イタリア政府は不良債権を受け入れる機関(バッドバンク)の設置について、EUの支持を取り付けようと交渉を進めてきた。一部報道では400億ユーロ(邦貨換算額で4.5兆円程度)の公的資本注入が検討されているようだ。しかし、この資金規模が不良債権処理を貫徹するために十分か、状況は不透明だ。7月に入り、イタリア大手銀ウニクレディトの株価は過去5年間の最安値を更新している。
これまで、欧州経済はドイツの景気回復に支えられてきた。しかし、デフレ圧力は根強く、欧州全体の景気は堅調といいづらい。欧州の政治リスクは中国経済にも波及する恐れがある。中国にとって、欧州は最大の輸出先だ。政治の混乱が消費者心理や企業の設備投資計画の後退につながるのであれば、中国経済への懸念も高まるだろう。
そして、中国の減速は世界経済にもマイナスだ。すでに、中国の大都市では住宅価格の上昇にピークアウトの兆しが出ている。当局が下落を容認したこともあり、人民元への売り圧力も強まっている。
これまで中国経済が減速し、過剰な生産能力と需要低迷という問題が深刻化するなかでも、世界的な経済危機は回避されてきた。なぜなら、米国の景気回復が世界経済を支えたからだ。しかし、今後も米国経済の回復が続く保証はない。
リーマンショック後、09年6月に米国経済は底を打ち、足掛け7年の景気拡張のなかにある。第2次世界大戦後の平均的な景気拡張期間は約5年だ。労働生産性は低下し、企業業績への期待も持ちづらいなか、米国の景気は頂上まであと一息という状況にあるかもしれない。主要国の金融・財政政策が、追加出動の余地がないほどまでに策を打ち尽くし、景気を支える手段は少なくなっている。世界経済の減速リスクは徐々に高まっていると考えられる。
銀行をはじめ、欧州金融機関の経営不安が高まった場合、EU・ユーロ圏の経済にもスパイラル的に下方圧力がかかる恐れがある。その場合、わが国をはじめとする世界各国の景気は、相当に厳しい状況に直面することが想定される。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)
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