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「日本円=安全資産」神話はウソだった! リスク回避局面で「円高」になる本当の理由 投資家に見透かされた日銀の無能
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49114
2016年07月07日(木) 安達 誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 現代ビジネス
■「日本破綻論」はどこへいったのか
今回のBrexit問題においてもそうだったが、グローバル規模の外的ショックがマーケットを席巻すると、円やスイスフランが他の通貨に対して増価する(すなわち円高になる)現象がよくみられる。
メディアでは、このような局面の説明として、「安全通貨といわれる日本円を購入する動きが強まった」などと表現されることが多い。
円高は、基本的には、外国為替市場で日本円を買いたいと考えている投資家の数が日本円を売りたいと思っている投資家の数を上回っているために起きる現象である。そのため、正しいといえば正しい表現ではあるのだが、筆者はこのフレーズを耳にするたびに、なんともいえない違和感を持ってしまう。
その理由は明らかである。つい先月までは、安倍首相の消費税率引き上げの見送り決定について、ほとんどすべてのメディアが、「日本破綻論」を唱えていたからだ。
「日本経済は財政破綻寸前の危険な状態にあり、ここで増税しないと日本の国家財政はもたない」とか、日銀が追加緩和を実施するたびに「これ以上、日銀が国債を購入すると、財政規律が緩んでしまい、日本の財政赤字に歯止めがかからなくなるため、やがて財政破綻するリスクが高まっている」といった話である。
当たり前のことだが、国の財政が破綻すれば、日本円の価値は大きく毀損してしまうだろう。すなわち、「円暴落」が起きるはずである。
ついさっきまで、財政規律の緩み、過度の金融緩和(この場合は国債の大量購入によるマネタリーベースの拡大)が、円を暴落させかねない要因だとさかんに喧伝していたメディアが、手のひらを返したように、日本円が世界で最も安全な通貨の一つであるかのような表現を用いるのは不思議な現象だ。
ただ、無数にあるニュースに日々追われまくっているメディアが、その場限りの「条件反射」をするのは致し方ないとも思う。だが、全く同様の解説を、経済の専門家であるエコノミストや為替アナリストが平気で行っているのには正直いって閉口する。
まあ、TVニュースや雑誌で垂れ流されるその手のコメントは信じないに越したことはなく、結局は自分で考えて納得のいく結論を導き出すしかないのだが(その場合は、自分が間違っていても納得がいくし、なぜ、自分が間違っていたかを後から反省することができる)、それでもなお、気になることがある。日本円は本当に「安全通貨」なのだろうか?
■そもそも「安全資産」とは何か?
最近の為替レートの理論に、「Safe Haven」という考え方がある。これは、日本語に訳すと、「安全逃避先」という意味である。
つまり、世界のマーケットが何らかのショックによって、「リスクオフ・モード」になる(投資家がハイリスク・ハイリターンの投資戦略を回避すること)と、一般的には株が売られ、国債が買われ、同時に通貨投資では、ある特定の「安全通貨」が買われる傾向がある。
筆者の記憶では、この「リスクオフ」という言葉は、リーマンショック後に普及したように思うが、その前から、グローバル規模で大きな外的ショック(例えば、「ブラックマンデー」のような株の大暴落や「9.11同時多発テロ」のような大事件)が発生すると、世界の投資家は損失を最小限に抑えるために、「安全資産」といわれるものに資産を逃避させていた。
そして、代表的な「安全資産」の一つとして、従来から、日本円やスイスフランが選択されることが多かった(ちなみに今回の「Brexit」問題が起こるまでは、これにイギリスポンドが含まれることが多かった)。
さらに、もう一つ、忘れてはならない逃避先の代表格としては「金」が挙げられるだろう。
筆者は、居住地の通貨(すなわち、日本でいえば、為替リスクがない日本円のキャッシュということになる。ただし、インフレによる目減りのリスクは考慮しない「名目」の世界であるが)以外で、本当に世の中に「安全資産」なるものが存在するのかどうか確信が持てない。
そこで、ここでは、いわゆる「リスクオフ・モード」の局面での「安全資産」の代表格といわれる日本円、スイスフラン、金の3つに投資した場合、どの程度の収益が得られるのかを、1990年1月から2016年5月までの期間について計算してみよう。
■収益率がプラスとなったのは日本円のみ
重要なのは、「リスクオフ」をどのように定義するかであるが、ここでは、CBOE(シカゴオプション取引所)におけるVIX指数の対前月比上昇率が37%以上(VIX指数が前月比で37%以上上昇する確率は統計学的に5%未満である)である局面を「リスクオフ」とした。
ちなみにVIX指数とは米国のS&P500を対象とするオプション取引の「ボラティリティ(価格変動のちらばり)」を元に算出された投資家の先行きの投資心理を示す指数であるとされている。このVIX指数が急上昇した場合、投資家は「リスクオフ・モード」に入ると考えてよいだろう。
対象期間は月ベースで合計317あるが、そのうち、この定義での「リスクオフ・モード」の期間は全部で10回存在した。その10回の「リスクオフ」期間におけるドル円レートの平均変動率は前月比年率換算で12.9%の円高であった。また、同じくスイスフランは6.2%のスイスフラン安、金は6.0%の下落という結果となった。
すなわち、「リスクオフ・モード」でこれらの3つの「安全資産」に資産を移した場合、収益率がプラスとなったのは日本円のみという結果になった(ちなみに「リスクオフ・モード」ではない期間の平均変動率は前月比年率換算で、日本円が0.7%の円高、スイスフランが1.9%のスイスフラン高、金は4.4%の上昇であった)。
次に、この「リスクオフ・モード」における日米のマネタリーベース比率の対前月比上昇率をみると、平均で+2.4%の上昇であった。ここでのマネタリーベース比率は「米国÷日本」で計算しているので、マネタリーベース比率の上昇は、米国の増加率の方が日本の増加率よりも高かった。つまり、米国の方が金融緩和の度合いがより高かったことを意味している。
ちなみに、「リスクオフ・モード」ではない期間の平均は+0.1%の上昇であった。また、スイスフランでも同様の計算を行ったが、マネタリーベース比率は、「リスクオフ・モード」の期間と、そうではない期間とで大きな差はみられなかった。
また、日銀が現在の黒田総裁の体制になって以降、この定義での「リスクオフ・モード」は一回もない。
■「リスクオフ」局面での円高が意味するもの
ちなみに、「リスクオフ・モード」を先ほどのVIX指数の対前月比上昇率から、VIX指数の水準に変更すると、「リスクオフ・モード」は13回に増える。だが、結果は同じである。
「リスクオフ・モード」において、日本円は12%の円高、スイスフランは7.5%のスイスフラン安、金は5.8%の下落となっている(いずれも対前月比年率換算)。また、その期間の日米のマネタリーベース比率は平均で5.5%の上昇であった。
ここでのマネタリーベース比率は「米国÷日本」で計算しているので、相対的に米国のマネタリーベースの拡大ペースが日本を上回った。すまり、米国が「リスクオフ・モード」の期間ではより積極的な金融緩和を実施していたことを意味している。
また、「リスクオフ・モード」ではない局面では、日本円は平均で0.6%の円高、スイスフランは2%のスイスフラン高、金は4.5%の上昇であった。日米マネタリーベース比率は平均で0.1%の下落であった(日本の金融緩和が米国よりも大きい)。
この検証結果から言えることは、リスクオフでの円高局面の解説で、メディアの報道等でよくいわれる「比較的リスクの低い安全資産である円が買われる動き」は必ずしも正しくないということだ。
すでに言及したように、これまでは「リスクオフ・モード」で、日本の金融政策がより消極的であったことが、円高をもたらした可能性が高い。
そして、この「リスクオフ・モード」の局面での円高は、日本経済自体にも深刻なダメージをもたらしたことは言うまでもない。
このように、「リスクオフ」局面での円高は、同局面において日本の金融政策が機能しないことを投資家(特に海外投資家)が見透かしているために発生していると思われる。
■今こそ追加緩和を実施すべきとき
そして、このインプリケーションがなお有効であるとすれば、「Brexit」以降の円高進行は、日銀が有効な追加緩和策を打てないと海外投資家が考えているために起こっているのではないか(もっといえば、「マイナス金利」は従来のQQEが何らかの事情でできなくなった証左だと考えているのではないか)。
「Brexit」以前から、米国景気の先行きにやや不安要因が台頭し、FRBによる利上げが見送られるどころか、マーケットでは「利下げ」の可能性すら出始めている。米国の金融政策に対する見通しは極めて短期で右往左往するため、これが再び、「FRBの利上げ近し」という見通しに変わり、また再びドル高・円安要因になる可能性もある。
だが、筆者個人の見解としては、もし、これ以上の円高進行が、日本経済にとってネガティブであると考えるのであれば、日銀は、「QQEでの追加緩和はまだ可能である」というスタンスを見せ付ける必要があるのではないかと考えている。
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