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英国 EU 離脱に伴う金融市場の大混乱は、リーマンショックを彷彿とさせた。しかし、その連想は正しくなさそうだ
英EU離脱のリスクはリーマンショックと全く異なる
http://diamond.jp/articles/-/93855
2016年6月29日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト] ダイヤモンド・オンライン
■EU離脱で不安視される影響は
リーマンやギリシャと違う
6月23日の英国の国民投票は、大混乱の引き金になった。多くの人にとって、リーマンショックを彷彿とさせる出来事に見えるだろう。本稿では、その連想が正しいかどうかを考えてみたい。
まず、やや過剰反応だと感じる根拠は、英国がEU離脱をするにしても、それは先の話であるからだ。英国がEU離脱を欧州理事会に通告してから2年以内の交渉期間がある。離脱のルールは決まっていないし、交渉期間が長引く可能性もある。
英国に拠点を置く企業が、他地域への移転するリスクが強く警戒されているが、その判断は、離脱後のデメリットがどこまで大きいかを見定めてからではないとできないはずだ。つまり、当面、多くの企業は新しいルールの内容がどうなるかを様子見しようとしている段階なのだろう。
はっきり言えば、実体的には、投票結果が出ても何も変わっていないのが実情である。何も変わっていないのに、マーケットが激震するのは信認が崩されたからだ。英国がEUに加盟するメリットを捨てるという意思決定のショックが先取りされて、ユーロ圏をはじめ世界経済への悪影響が連想された。円高・株安はその連想によるものだ。
実体経済には、投票直後に悪影響がないとしても、今後株安・円高などの金融混乱が長引くことによって、ネガティブフィードバックすることが予想される。今のところ、EU離脱問題の影響は、実体よりも「連想」のところにポイントがある。ネガティブフィードバックが始まる手前で、政府・日銀が機動的に動けば、円高・株安をある程度は反転させることができると考えられる。
さて、今回のEU離脱とリーマンショックは実体面で全く異なる。リーマンショックは実体面で金融機関の経営悪化があって、それに反応した連鎖破綻への強い警戒から、あらゆる金融取引が停止した。それが貿易金融の取引にも飛び火したから、日本経済への甚大な打撃になった。実体面で、証券化商品の損失が連想を通じて拡大したことも重要である。
それに対して、今回は実体面で経済は悪化していない。むしろ、政治的決定によって大きく揺さぶられている点では、ギリシャ問題に似ている。ギリシャの場合は、最終的に債務返済案を受け入れて、波乱を回避した。
一方、実体面でギリシャは、多額の債務を抱えて、当分の間、緊縮財政の痛みを我慢せざるを得ない点で、今回の英国とは全く違う。たとえて言えば、英国は健康体であるにもかかわらず、冷水に自分から飛び込んで病気になろうとしている。しかも、その被害は欧州全体に及ぼうとしている。
筆者から言わせれば、今後の離脱交渉で、キャメロン政権の次の政権が、実体面で悪影響の少ない落としどころをいくらでも探すことはできると考える。仮に、英国民にとって不幸な結果を招く選択をすれば、それは政治判断の過ちということになる。
■連鎖リスクはあるのか?
疑心暗鬼に揺れるマーケット
筆者は、リーマンショックやギリシャ問題のときは、同様の問題が他の金融機関や債務国に飛び火するリスクが疑心暗鬼を生んだと考える。負の連鎖(伝染、コンテージョン)により傷口を広げたことが特徴であった。マーケットの心理が悪材料にばかり反応したのは、この疑心暗鬼からである。
では、EU離脱問題は同様の道筋を歩むのであろうか。多くの識者は、そうした「離脱ドミノ」のシナリオを口にしている。一方、筆者は必ずしもそうでないと考える。
他のEU加盟国と英国との間には違いがある(注)。英国は自国通貨ポンドを持ち、すでにユーロを流通させているギリシャなどとは事情が異なっている。すなわち、自国通貨を持っていないギリシャは、英国に比べると離脱のコストは格段に大きかった。
英国以外のEU加盟国は、独自通貨を採用する必要があるぶん、離脱コストが大きくなり、英国のように離脱を決定することはできない。この点は、連鎖の歯止めになる。ポンドを流通させる英国は、例外なのだという見方が定着すると、その事情を考慮して、次々に離脱が意識されることにはならないのではあるまいか。
(注)EU加盟国のうち、ユーロを用いていない国は、英国のほか、デンマーク、スウェーデン、ブルガリア、チェコ、ハンガリー、クロアチア、ポーランド、ルーマニアの8ヵ国。
また、これからEU離脱交渉が進んで、英国の後に続きそうな加盟国が現れた場合に、厳しいペナルティを課することを想定したルールづくりが行われると考えられる。そうしたルールは、将来の離脱を抑止することにもなろう。
■もうひとつのトランプ・リスク
本当の正念場は米国大統領選?
英国のEU離脱を賞賛するのは、米共和党のトランプ候補である。その姿は、未来のトランプショックを十分に意識させるものである。このトランプショックは、米国が震源になるだけに、英国のEU離脱問題よりもマグニチュードがはるかに大きい。
しかも、英国が2年間の準備期間を持っているのに対して、トランプショックは、より手前の2016年11月以降に起こりそうなリスクである。具体的には、メキシコなどとの関係が悪化して、NAFTAの見直しが行われたり、TPPの解消などが不安視される。
トランプが大統領になることが決まって、ドルが暴落することになれば、今よりも激しい円高を覚悟しなくてはならない。FRBの独立性が脅かされると、ドルの信認が低下し、中央銀行とマーケットのコミュニケーションも取れなくなる。孤立主義を実行することは、米経済を停滞させて、英国の想定を上回る成長率の下押しが予想される。
今回のEU離脱問題を見て、「終わりの始まり」などという人もいるが、その見解はトランプ候補が勝利したときに現実味を帯びる。すでに対するヒラリー・クリントン候補は、TPPに懐疑的な見解を加えるようになった。より選挙で有利となる内容へ選挙公約が収斂されていくことは、よくある話である。
しかし、孤立主義を称えるトランプ候補の姿勢に同調してしまうことは、クリントン候補にとって禁じ手であろう。むしろ、国際協調派からそっぽを向かれる危うい“毒饅頭”である。ここは、孤立主義を徹底的に批判して、トランプ候補と対決すべきところであろう。
政治的判断が経済的自滅を導くという悪しきパターンが繰り返されないために、本当の正念場が米国の大統領選挙のときにやってきそうだ。
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