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イギリス「EU離脱」の損得勘定〜経済的デメリットはむしろEU側にある
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48985
2016年06月23日(木) 安達 誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 現代ビジネス
イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票がいよいよ23日に迫ってきた。メディア報道等によれば、EU離脱反対派のジョー・コックス下院議員の射殺事件以来、EU残留派の勢いが増しているとされている。
例えば、イギリスのブックメーカー(賭け事サイト)の一つである「Predictwise」では、EU残留確率が75%に達し、EU離脱確率を大きく上回る展開となっている。
それにともない、イギリスのEU離脱を懸念したマーケットでは、「リスクオフ」モードの強まりから株価下落と円高が進行していたが、その動きも一服した感がある。このままイギリスのEU残留が決まれば、マーケットは何事もなかったかのように元の状態に戻るだろうが、新聞等の世論調査では、なお、残留派と離脱派は拮抗しており予断を許さない。
また、イギリスのEU離脱が多数になったところで、実際にEU理事会などの手続きやその後の貿易協定のやり直しなどのプロセスを考えると、離脱後の新しい体制が判明するためには、2年から5年程度の時間がかかるといわれている。
現在の近視眼的なマーケットがそこまでの長期の見通しで動くとは考えられないので、イギリスのEU離脱問題は、マーケット変動の単なる「ネタ」に過ぎず、あくまでも短期的なショックにとどまり、その後はリバウンドする事態も考えられる。
■大陸欧州という「単一市場」の価値
ところで、メディアの報道やその元となったOECDやLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の調査や論文では、今回のイギリスのEU離脱問題(「Brexit」)は、もっぱらイギリスの問題として捉えられている感がある。
EU残留派の主張は以下のようなものである。
(1)イギリスはEUへの加盟(1972年1月より)によって、大陸欧州という「単一市場」へのアクセス権を有したが、それがこれまでのイギリス経済の成長を支えてきた。よってイギリスがEUから離脱するということは、このメリットを放棄することに等しい。
すなわち、EUという単一市場を失うことによって、イギリスを拠点としてきた金融業や製造業が、イギリスを離れ、代わって大陸ヨーロッパのどこか(最有力候補はドイツのフランクフルトのようだ)に新たな拠点を設けることになりかねない。
(2)このことは、イギリスへの直接投資の急減をもたらすことになる。さらには、ロンドンを中心とする金融仲介基地としてのイギリスの金融機能も失うことになれば、イギリスの国際収支は大幅に悪化し、国際収支危機(もしくはイギリスに集まっていたマネーの大量流出)からポンド暴落のリスクがある。
(3)さらに、EU離脱によって、イギリスは各国と貿易協定等を締結し直す必要が出てくる。このとき、EU離脱のペナルティとして高い関税をかけられると、必要な生活物資の多くを輸入に頼っているイギリス経済は、消費の減少を中心に大打撃を被りかねない。
以上の影響について、LSE、及び、PwC(プライスハウスウォーターズ・クーパース、世界的な会計事務所)が具体的な試算を行っているのでそれを紹介しよう。
2020年時点でのGDPは、主に高関税による輸入の減少とそれにともなう消費の減少(高関税によるインフレ率の上昇が実質所得を押し下げる効果も考慮すると)はイギリスがEUに残留した場合と比較して、3.0〜5.5%程度減少することになる(平均成長率に換算しなおすと、EU残留の場合、2.3%程度であるのに対し、EU離脱の場合、1.1〜1.7%程度の成長率まで低下する)。
また、直接投資は今後10年間で22%減少し、イギリスの経常収支赤字はGDP比で7%程度にまで拡大する(ちなみに2015年は約5%であった)。
さらにいえば、イギリスの自動車産業が直接投資の減少(もしくは生産拠点の移転)によって大打撃を被ることになり、生産量は昨年から12%減少すると試算されている。
■離脱派の意見は「感情的」過ぎる
一方、EU離脱派は、大量の移民(もしくは難民)流入によるイギリス国民の雇用阻害、及び、社会保障支出の増大による財政負担の増大を主に懸念している。さらにいえば、大量の難民流入がもたらす社会不安とテロへの恐怖という一種の安全保障問題を指摘する向きもある。
このように両者を比較すると、EU離脱派は、どちらかというと、ナショナリズムや不公平感といった国民感情に訴える側面が強く、経済的合理性にはやや欠ける。
確かに先日、某TVニュースでも放映されていたが、欧州の最貧国の一つであるルーマニアは、EU加盟によって、労働者が国境を越えて自由に他のEU加盟国に出稼ぎに行くことが可能となったが、その流入先の第1位は、リーマンショック後の危機からいち早く立ち直りつつあったイギリスであった。
このTV番組によれば、イギリスでの出稼ぎの給料は、ルーマニアで働いた場合の5倍以上にもなり、ルーマニアの首都ブカレストの郊外には、イギリスに出稼ぎに行った労働者が立てた豪邸が立ち並ぶ「出稼ぎ労働者のビバリーヒルズ」が存在するという。
また、イギリス国内では、社会保障関連給付を違法に獲得する移民が数多く存在しており、彼らがイギリスで不正蓄財を行い、その貯蓄で母国に豪邸を建てるということも多々あるらしい。
だが、現在、イギリスの完全失業率は2%であり、現行統計になって以来の過去最低水準を更新し続けている。これらの移民はイギリスでは低賃金労働者になるケースが多い。従って、移民がイギリス国民の雇用機会を奪っているという批判は当てはまらないし、社会保障の不正給付がイギリスの国家財政を揺るがすほどのインパクトを持っているとも思えない。
イギリスの国家財政の悪化は、リーマンショック、及び、その後のイギリスの不動産バブル崩壊に端を発した金融危機への対応(銀行への公的資金投入)が主な理由であろう。従って、現在のEU離脱派の意見は感情的過ぎるきらいがある。
■スイスやノルウェーはEU非加盟だが…
一方、EU残留派の意見も一見もっともらしいが、説得力に欠ける。
そもそも、イギリスがEUから離脱して、大きな経済的な打撃を被るのであれば、現時点でEUに参加していないスイスやノルウェー、及びアイスランドは、EU残留派が懸念する要因によって、長期低迷しているはずである。だが、そうではない。
特に、「金融インフラ」喪失の懸念については、スイスやノルウェーをみれば、影響は極めて軽微であることは自明である。「金融インフラ」には強い「履歴効果」があると思われる。
すなわち、国際金融センターとして極めて長期間かけて築き上げた金融仲介や資産運用のノウハウがEU離脱によって失われるとは考えにくいし、そもそもイギリスがEUに加盟しているがゆえに世界中からロンドンにマネーが集まっているとは思えない。
また、EUに加盟していないことが金融センターにとってのデメリットであるなら、極論すれば、スイスという国は成立しないはずである。
また、製造業の製造拠点を失うデメリットであるが、イギリスのGDPに占める製造業のウェートは10%程度であり、建設業やサービス業といった内需型のサービス業が90%近くを占める。直接投資の引き揚げ等によってイギリスの自動車生産が12%減少するという試算を紹介したが、それ自体がイギリスのGDP全体に与える影響はそれほど大きくないのではなかろうか。
さらにいえば、イギリスのEU離脱によって、ポンド安になれば、状況が変わってくる可能性もある。すなわち、ポンド安が進行すれば、それだけイギリスから大陸ヨーロッパやその他地域への輸出は有利となる。そうなれば、その後の関税率との兼ね合いになるが、イギリスから引き揚げるインセンティブは低下するかもしれない。
また、イギリスは2020年までに法人税を現行の20%から18%に引き下げる方針を決めている。もし、イギリスがEU離脱を決めた後、イギリスから海外現地法人の引き揚げが相次ぐとすれば、法人税をさらに引き下げることによって対応が可能ではなかろうか。
■EU離脱のメリットは大きい?
それよりも、筆者が大きな違和感を持つのは、「イギリスはEUに加盟したからこそ、ある程度高い経済成長を享受できた」という残留派の説である。
筆者の理解では、70年代前半から90年代前半にかけてのイギリス経済は極めて厳しい長期停滞状態にあった。しかも、インフレ率は相対的に高く、一種の「長期的なスタグフレーション状態」にあったと理解している。
そして、それを打破したのが、マーガレット・サッチャーが主導した「規制緩和」であり、さらには、1997年10月より採用された「インフレ目標政策」であったと考えられる。
もっといえば、この90年代後半に採用された「インフレ目標政策」の成功が、それ以前から実施されてきた規制緩和の効果を実際の高成長という形で実現させたのではないかと考えている。
図表1は、1956年以降のイギリスの実質GDP成長率とインフレ率(消費者物価指数の対前年比上昇率)の推移を示したものである。
この図をみると明らかにインフレ目標政策を採用した1997年10月以降、イギリスのインフレ率が沈静化し、実質GDP成長率が安定的に2%台半ばの水準で推移するようになったことがわかる。
ちなみに、リーマンショック前までのイギリスの実質GDP成長率、及びインフレ率の平均値を計算すると、インフレ目標政策採用前の実質GDP成長率の平均が2.7%であったのに対し、インフレ目標採用後の平均が2.8%であった。インフレ率は、インフレ目標政策採用前が7.5%であったのに対し、インフレ目標政策採用後は2.4%であった。
さらに驚くべきは、その振り幅の大きさである。この「振り幅の大きさ」を標準偏差で示すと、インフレ目標採用前は、実質GDP成長率が2.8%、インフレ率が5.4%であったのに対し、インフレ目標採用後は実質GDP成長率が1.2%、インフレ率が0.8%となっている。
すなわち、インフレ目標政策の採用によって、実質GDP成長率はより安定的にそれまでの水準を維持し、インフレ率は低位安定したのである。
リーマンショック後のイギリスにおける不動産バブルの崩壊は、ユーロ発足に伴う「ユーロユーフォリア」にともなうヨーロッパへの資金流入とその後のリスクオフによる流出がもたらしたものであるとすれば、イギリスはEU加盟によるマネーフローの大変動の悪影響を受けたとの解釈もできるのではなかろうか。
その意味で、筆者は現在のEU離脱派とは異なる理由で、イギリスはEUを離脱した方が、独自の経済政策運営が可能となり、メリットを受ける部分が多いのではないかと考える。
■ユーロ圏が被るデメリット
一方、イギリスがEUから離脱してデメリットを被るのはむしろ大陸ヨーロッパ、特にユーロ圏ではないか。
中東から流入する大量の難民に対する財政支出拡大の懸念、EU財政への拠出金の減少による中東欧新興国への補助金の削減懸念など、イギリスがEUから離脱することによるデメリットは大きい。
また、イギリスのEU離脱後に、ドイツが緊縮財政路線を堅持した場合には、統一通貨ユーロ採用のメリットを一心に受けてきた感の強いドイツに対して他国の反発が高まる事態も想定される。
また、一種の「懲罰」として、EUから離脱したイギリスに対して強硬的な態度に立って、関税等の交渉がうまく進まない事態となれば、経済政策の自由度を失い、景気低迷に拍車がかかるのはむしろEU加盟国、特にユーロ加盟国のほうではないかと考える。
そう考えると、売られるのはポンドではなく、むしろ、ユーロの方ではないかと思うのだが。
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