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英国がEUを離脱したらどうなるか
英国のEU残留は楽観できない、離脱なら世界恐慌の懸念も
http://diamond.jp/articles/-/92974
2016年6月14日 真壁昭夫 [信州大学教授] ダイヤモンド・オンライン
■最近の世論調査を見れば
予断を許さない状況だ
6月23日、英国のEU離脱=Brexit(ブレグジット)を問う国民投票が実施される。投票が近づく中、各種世論調査などを見ると、EU残留派と離脱派がほぼ拮抗している。
一時、英国民はEUに残留によるメリットを評価し、「離脱は選択しない」との見方が有力だった。しかし、最近の世論調査の結果を見る限り、その見方は楽観過ぎるかもしれない。ロンドンのアナリスト連中に聞いても、予断を許さない状況だという。
金融市場では、大手投資家が英国のEU離脱のリスクに備えて、ポンド関連のオペレーションを控えるなどの影響が出始めている。実際に英国の離脱が現実のものになると、そのインパクトは計り知れない。影響はEU域内にとどまらず、世界全体の政治、経済、金融市場に無視できない大波となるだろう。
足元の世界経済を概括すると、米国の景気回復が世界経済を支えてきたものの、その米国経済の先行きにもやや陰りが出始めている。そうした状況下、英国のEU離脱をきっかけに世界の金融市場が混乱すれば、世界の経済が大きな低迷に陥りかねない。
やや荒唐無稽だが、もし英国がEUを離脱することになった場合、具体的に、どのような影響が発生するか、(1)金融市場への影響、(2)英国離脱がEUに与える影響、そして、(3)世界経済へのリスクの3つの視点からシミュレーションしてみる。
■短期の視点では
ポンドや英国株の急落
足元の英国の世論調査を見ると、EUへの残留賛成派、離脱派は見事に拮抗している。調査の時期などによって結果にはばらつきも見えるが、EU離脱を支持する割合が残留支持を上回るケースも目立っている。
特に、離脱派としては、キャメロン首相のライバルであるボリス・ジョンソン前ロンドン市長が離脱を説いていることが重要とみられる。そうした動きが、当初、想定していたよりも英国のEU離脱が実現する可能性を高めているといえるだろう。
仮にEU離脱が選択された場合、どのような影響が金融市場に及ぶのかを考えてみる。一般的に、英国のEU離脱が、ポンドや英国株を急落させ、世界の金融市場が一斉にリスク回避に向かう“リスクオフ”につながるとの見方が多い。それは、短期の視点に基づいた予測といえる。
ただ、国民投票で離脱が多数になっても、離脱のプロセスはすぐに進むわけではない。国民投票で離脱決定後、2年間はEUのルールが英国に適用される。そのため、短期的な混乱の後、どう市場が動くかも十分に考える必要がある。
ここからは、やや長めの視点で英国がEU離脱を選択した後の各市場の動向を考える。まず、為替相場では、ポンドがドルや円に対して売られる展開が想定される。注意したいのは、英国の離脱が欧州全体の政治・経済体制を後退させる恐れが高いことだ。
英国がEUから離脱し、欧州全体での意見統一への懸念が高まれば、財政動向への懸念から大陸欧州の国債が売られるかもしれない。その場合、徐々にユーロ売りの圧力が高まり、懸念は欧州全域に広がりやすい。その結果、ユーロ圏と経済的つながりの強い中東欧、ロシアなどの通貨への売り圧力の高まりも懸念される。
■EU離脱すれば
ロンドンの市場機能は低下
株式市場では、英国内外で株価が軟調に推移するだろう。英国にとって最も重要なことは、EU離脱が経済の地盤沈下に直結する恐れがあることだ。端的に言えば、EUから離脱することで産業活動が大きく低下する懸念が高まりやすい。
また、EU離脱が選択されれば、英国は自力で世界各国との通商交渉を進め、自由貿易協定や投資に関する協定を策定しなければならない。EUという大きな基盤がなくなった中で、英国がスムーズに各国との交渉を有利に進められるかは不透明だ。
そのため、離脱決定後、ニューヨークなどと並ぶ世界有数の金融市場であるロンドンの市場機能の低下は避けられない。金融機関、一般企業が拠点をフランスやドイツに移す可能性が高い。
金融セクターは英国のGDP(国内総生産)の10%超を生み出しており、影響は甚大だ。それが他の地域に波及するリスクにも注意が必要だ。それによって、英国の財政リスクが高まるだろう。中長期的にみれば英国債の格下げリスクが高まり、金利が上昇するシナリオもある。
■各国はEU残留に懐疑的になり
EU崩壊につながる
次にEUのレベルで、英国のEU離脱の影響を考える。最も重要なことは、ブレグジットが“EU崩壊の始まり”になる可能性だ。英国の離脱を発端に、EUに残留することへの懐疑的な見方が増え、欧州の統合ではなく、EUの崩壊が進みやすくなる。
そうなると、EUの連携は弱体化し、経済力のある国が離脱し、南欧の重債務国など相対的に競争基盤の弱い国だけがEUに残ることも考えられる。それを延長すると、長期的にはユーロの存続すら困難になり、ギリシャなど財政が悪化した国は厳しい状況に直面する。
そもそもEU創設の目的は、独仏の資源争奪戦から発生した戦乱を回避し、欧州の恒久的平和と安定を実現することだ。こうして、EUは経済の強い国が経済の弱い国を支える仕組みを強化してきた。
この理念の下、加盟国は、EUの経済基盤を整備するために、資金を拠出してきた。これは、自国の財政の一部をEUに移し、中東欧諸国などの発展を支えてきた。EU財政にとって、独仏に次いで英国は第3位の財政拠出国である。英国の離脱は欧州の安定を大きく低下させるはずだ。
一方、EU加盟国には、自由なヒト・モノ・カネの移動に支えられた単一市場へのアクセスというメリットがある。言うまでもなく離脱は、そうしたメリットの喪失だ。EU対米国、EU対世界という、規模の論理で経済外交を進めることもできなくなる。こうしたメリットが加盟の負担を上回るからこそ、EUの拡大と収斂が進んだ。
■欧州統合という壮大な実験を
終焉させるほどのマグニチュード
英国が国民投票でEUから離脱する前例を作ってしまうと、“自国の決定権を回復させる”という考えが各国に広まる恐れがある。足元を見れば、欧州各国にはメリットを強調する材料よりも、むしろ、不満を掻き立てる要因が多い。ドイツが主張してきた財政緊縮の結果、欧州経済は低迷している。移民、難民問題への批判や不満も高まっている。それらは、ポピュリズム政治の躍進を支えるため、EU離脱の動きは広まりやすい。
すでに、オランダでは英国が離脱を選択するなら、「自分たちも国民投票で是非を問うべき」との考えが高まっている。EU・ユーロ圏の中心的存在であるドイツでさえ、反ユーロを掲げる政党“ドイツのための選択肢”が台頭している。フランスやスペイン等でも、世論は緊縮疲れが鮮明であり、「移民や難民に職を奪われている」という批判も根強い。
英国がEU離脱を選択すれば、こうした“欧州懐疑主義”への支持が高まり、欧州の拡大・統合よりも欧州からの離反・分裂が進みやすくなる。これがEU崩壊の始まりになるかもしれない。
その結果、長期的な目標と考えられる“ユナイテッド・ステーツ・オブ・ヨーロッパ”の考えも大きく後退するだろう。それは第2次世界大戦後70年以上かけて進んできた、欧州統合という壮大な実験の失敗と終焉すら想起させるほどのマグニチュードを孕んでいる。
■無視できない
世界経済への影響
英国がEU離脱を選択した場合、世界経済に対する影響も無視できない。
足元の世界経済を見渡すと、今後の成長を牽引できる国が見当たらない。これが世界経済にとって、最大の課題だ。
リーマンショック後、世界経済の牽引役を担った中国などの新興国経済の成長率は、低下しており、経済状況は不安定だ。中国を中心に新興国では債務が膨張し、景気の下方リスクは高まっていると考えられる。
過去数年の間、米国の景気回復が不安定さを補い、世界経済を支えてきた。しかし、米国の経済がいつまでも堅調な回復を維持できるわけではない。第2次世界大戦後、米国は平均的に約5年の景気拡張を経てきた。2009年6月、米国経済がボトムアウトしてから、はや7年が経過している。
米国の企業業績の動向などを見ると、景気回復のペースは徐々にスローダウンしている。5月の雇用統計の数字を見ても、米国経済の先行きに対する懸念は高まりやすい。
最も懸念されるシナリオは、英国のEU離脱と米国経済のピークアウトが重なることだ。その場合には、世界経済は大きな苦境に直面する恐れがある。
■景気が悪くなれば
下支えの手段はほとんどない
現在、日・米・ユーロ圏を中心に主要国が金融・財政政策を総動員しており、追加的な経済政策の発動余地は限られる。景気が悪化した場合、景気を下支えできる手段はほとんど見当たらない。
英国がEU離脱に傾くと、欧州の金融市場は大きく荒れるだろう。市場を統合し、需要を喚起するための欧州統合が崩壊したことへの失望が高まるからだ。
そうしたリスクシナリオを防ぐためには、主要国の“協調”が不可欠だ。G7を中心に、各国が一時的な財政支出を許容し、需要の喚起を重視する姿勢を鮮明に打ち出すことが求められる。それが危機の波及を食い止めるために重要だ。
しかし、5月の伊勢志摩サミットでも明らかになった通り、各国間の考え方の違いは大きく、協調体制を築くことは容易ではない。英国がEU離脱を選択するなら、各国の内向き志向はさらに強まり、協調は更に遠のくだろう。
その中で、世界的な金融市場の混乱が発生すれば、1930代のような厳しい景気後退に陥る懸念が残る。国民投票が実施される23日に向けて、投資家のリスク削減が進み、金融市場が不安定になる可能性にも注意が必要だ。
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