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トヨタ社長の豊田章男氏
「世界最強企業」トヨタ、飽くなき激烈改革…日産、1千万台のワナにはまるか
http://biz-journal.jp/2016/06/post_15446.html
2016.06.12 文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家 Business Journal
日産自動車は三菱自動車工業を傘下に収めることにより、1000万台クラブの有資格を得た。しかし、ヘタをすれば、それは“地獄への一歩”になりかねない。
というのは、自動車業界には販売台数が1000万台に近づくと、経営が揺らぐというジンクスがあるからだ。「1000万台の壁」である。
米ゼネラルモーターズ(GM)は2000年代初め、小型車軽視が致命傷となり1000万台を目前につまずいた。トヨタ自動車もまた09年、1000万台を目前にして品質問題に見舞われ窮地に陥った。独フォルクスワーゲン(VW)は15年上半期、トヨタを抜いて世界一の座を手に入れた瞬間に排ガス不正が発覚し、いまも経営危機から抜け出せない。いずれもジンクスを破ることはできなかった。
3社に共通するのは、無理を重ねて規模を追ったことにより、管理しきれないリスクを抱え1000万台達成前後にあえなく挫折していることだ。早い話が、安全で燃費のいいクルマを世界規模で年間1000万台生産、販売して、なおかつ顧客満足を得るのは至難の業だ。1000万台には“魔物”が潜んでいるといわれる所以だ。
■トヨタの3つの構造改革
「自動車業界は、規模や質で異次元の競争に突入した」と、トヨタ社長の豊田章男氏は語る。年間販売台数1000万台は、規模のメリットを生むのは確かだが、しかし、ビジネスレベルは複雑かつ高度になる。まさしく「規模や質で異次元」の世界となり、異質なO&M(オペレーション&マネジメント)が求められる。
ホンダのような500万台弱規模のメーカー、マツダや富士重工業のような100万台以上規模のメーカーとでは、開発、調達、生産、サプライヤーの関係などのオペレーションおよび組織を束ねるマネジメントのあり方が、まったく異なるのだ。豊田氏は13年から15年にかけての期間を「意志ある踊り場」と位置づけ、ブレーキを踏んだ。明らかに「1000万台の壁」を意識しての対応である。
そもそもトヨタは章男体制になってから、3度にわたって構造改革に取り組んでいる。
第一の構造改革は、11年3月の「トヨタグローバルビジョン」である。地域主導の経営を打ち出すために、各地域に大幅に権限を委譲した。
第二の構造改革は、「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」の導入である。豊田氏の言葉を借りれば、「もっといいクルマ」をつくるためのグループをあげた取り組みだ。
その背景には、大いなる反省があった。トヨタはバブル期に拡大路線を突き進み、急速に車種を増やした。結果、プラットフォームと構成部品は必要以上に多種多様化し、開発費は巨額に上った。このままでは、クルマづくりが破綻するというので、プラットフォームの共用化などモジュール戦略を導入した。それが、TNGAである。
これまでのように個別車種ごとに企画、開発するのではなく、複数の車種を同時に企画するグルーピング開発を取り入れ、プラットフォームをはじめ部品を賢く共用して開発費を抑える。それによって浮いた資金を原資に商品力強化を図る。
TNGAの第一弾は15年12月に発売され、大ヒット中の新型「プリウス」である。ドライビング・ポジションやバッテリーの位置を工夫して車高を下げ、走行性能を向上させて燃費40km/lを実現するなど、TNGAの成果がふんだんに盛り込まれた。
第三の構造改革は、組織改編である。13年4月、レクサス事業を担当する「レクサス・インターナショナル」、北米・欧州・日本事業を担当する「第1トヨタ」、中国・豪亜中近東、アフリカ、中南米を担当する「第2トヨタ」、ユニット系を集約した「ユニットセンター」の4つの組織に分割し、それぞれに副社長を事業責任者として配置する大規模な組織改編を行った。しかし、思ったように成果が上がらないとして、再び組織体制の改革に取り組んだ。
16年4月、より責任態勢を明確にしたカンパニー制の導入がそれだ。導入されたのは、「レクサス」「乗用車」「小型車」「商用車」「先進技術開発」「パワートレーン」「コネクティッド」の7つのカンパニーである。従来の機能軸から製品軸に移行し、「機能の壁」を壊して調整を減らすのが狙いだ。また、各カンパニーごとにプレジデントを置き、責任と権限を集約するとともに、企画から生産まで一貫したオペレーション体制に変えた。
カンパニー制により、意思決定や実施のスピード化のほか、各部門の収益の見える化を目指したのだ。すべては、「1000万台の壁」を突破するためである。果たして、トヨタはカンパニー制のもとでその壁を乗り超えられるのか。真価が問われるのだ。
■ゴーン氏の野望は成就するか
「私どもには、世界トップ3に入る実力があります」
日産CEO(最高経営責任者)のカルロス・ゴーン氏は、5月12日に開かれた三菱自との資本業務提携に関する共同記者会見の席上、いつも以上に自信に満ちた強い調子でそう語った。会見場のゴーン氏は、明らかに高揚していた。1000万台の悲願が達成されようというのだから当然だろう。
仏ルノー・日産連合のグローバル販売台数は現在、852万台で世界第4位だ。三菱自の販売台数109万台を加えれば、その数は1000万台に限りなく近づき、トヨタ、GM、VWと肩を並べる。トップグループへの仲間入りが視野に入った。トップグループへの仲間入りこそが、ゴーン氏の野望であり、今回リスクをとって三菱自との提携をスピード決断した理由である。
ゴーン氏は、共同会見の場で次のように1000万台が必須条件である理由を語った。
「10年後、15年後を見て、自動車メーカーは、さまざまな技術開発に投資をしなければいけません。エンジンのラインアップも増やさなければいけないし、地理的な拡大もしていかなければいけません。相対的に規模の小さいメーカーは生き残りが難しくなるでしょう」
その通りである。しかし、ゴーン氏の思惑通りにコトが運ぶかどうかは保証の限りではない。なぜなら、ルノー・日産は、魔物の潜む1000万台を突破し、安定成長を続けられるかどうか、わからないからだ。トヨタやVWのように、1000万台を目前に窮地に陥る轍を踏むことは十分に考えられるのだ。本当に三菱自との提携効果を思惑通りに上げることができるのだろうか。
日産は、会長や複数の取締役を三菱自に送り込む方針だ。また、燃費データ不正問題を起こした開発部門の態勢を抜本的にあらためることが必要だとして、元日産副社長の山下光彦氏を開発部門トップに送り込む人事を固めた。しかし、日産からの人材投入によって、三菱自の経営風土が一新されるかといえば、簡単ではないだろう。
■「壮大なる実験」の成果は
それより何より、問題は“稼ぐ力”である。かりに日産が1000万台クラブ入りを果たしたとしても、“稼ぐ力”がなければたちまち「1000万台の壁」に押しつぶされ、破綻する可能性があるということだ。
世界の大手自動車メーカー17社の中で、営業利益率が10%を超えるのは、トヨタとBMW、富士重工業だけである。このうち、BMWはミニとロールス・ロイスを合わせても販売台数は224万7485万台、富士重工業は91万700台にすぎない。つまり、販売台数1000万台で営業利益率が10%を超えているのは、トヨタだけである。トヨタが世界最強の自動車メーカーといわれる所以だ。
日産の営業利益率は現在、6.5%である。16年度末までに8%を目標に掲げているが、かりに8%を達成したとしても、トヨタの営業利益率10%に追いつかない。利益ある成長を目指すのは簡単ではない。量の拡大はできても、質の向上は別の問題なのだ。
現実問題として、“稼ぐ力”が弱ければ研究開発費を十分に確保できない。環境対応、自動運転、安全など、次世代車の最先端技術の開発には巨額の費用がかかる。それだけに、稼ぐ力がなければ熾烈な技術開発競争を勝ち抜くことはできない。
また、トヨタの研究開発費が約1兆円に対して、日産は約5000億円で半分にすぎない。潤沢な研究開発費がなければ、技術開発競争を勝ち抜くことは不可能だ。
それから、1000万台となれば、前述したようにそれにふさわしいO&Mの構築が求められる。その点、日産にはトヨタのカンパニー制に代わる秘策があるのかどうか。
ルノー・日産は14年4月、業績向上のテコ入れとして「4機能統合」による経営体制強化策を発表した。研究・開発、生産技術・物流、購買、人事の主要4機能をバーチャル上で統合したのだ。各機能は、両社の副社長が統括し、これまでの業務の提携から統合へと一歩踏み込んだアライアンス体制に移行した。同時に、ゴーン氏自ら新設された「アライアンス・マネジメント・コミッティ」の議長に就任した。
しかし、必ずしも成果が上がっているわけではない。16年3月、ルノー・日産は4機能統合のさらなる強化を発表した。より緊密な連携を図ることにより、18年に年間55億ユーロ(6870億円)のコスト削減効果を上げる目標を掲げた。
ルノー・日産アライアンスによる「壮大なる実験」は、いまだ道半ばである。果たして「4機能統合」は量とともに質がともなった成長を実現させるための秘策として機能するのか。また、三菱自の強みをグループに取り込むことができるかどうか。
つまり、日産にとって1000万台は吉と出るのか、凶と出るのか。“魔物”の存在を肝に銘じて、経営に当たらなければ、それこそ地獄への一歩を踏み出すことになるだろう。ゴーン・マジックの真価が問われる。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)
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