続きです。 ■体への効果の研究は進んでいる
話題の対象とすべきは、水素がH2という分子の状態として溶け込んでいる水だ。 やり玉によく挙げられている伊藤園「わたしを磨く Hyper AQUA 水素水」や中京医薬品「からだの中からキレイに 水素水」、またロート製薬「水素水 悠久の恵」などに含まれているのは、この水素分子の入った水のほうだと言ってよい。研究者やメディアの計測で、水素が0.1〜1ppm(1ppmは100万分の1の濃度)ほど含まれていることが示されていることと、上記の通り活性水素は水の中で存在しづらいことが理由だ。 水素分子をめぐっては、2007年6月、日本医科大学の太田成男氏らの研究グループが、英国の科学誌『ネイチャー・メディシン』に「水素は酸素ラジカルの細胞毒性を選択的に還元することにより治療用抗酸化物質として作用する」とする論文を発表した。水素分子は、活性酸素の種類の中で最も細胞傷害作用のあるヒドロキシラジカルを除去するなど、抗酸化物質としての能力をもつという内容だ。 これが「水素水は体によい」と一部マスメディアが書きたて、また水素水メーカーが宣伝に利用する根拠の起点になっている。 1本の論文だけが「水素水は体によい」とする根拠となっているのであれば、根拠としては弱い。だが、その後も水素分子の体への作用について報じる論文は、世界で増えている。マウスだけでなくヒトを対象にした臨床研究も進む。 たとえば、中部大学教授の市原正智氏らの研究チームは、2015年10月、米国の科学誌『メディカル・ガス・リサーチ』に「分子状水素の有益な生物学的効果と基本的機序 321の原著論文の包括的レビュー」という報告を出し、人の疾患でも病理生理学的な有効性が報告されていることや、2008年から2015年にかけてヒトを対象とする研究の論文は計32本に上ることを紹介している。 少なくとも研究ベースで言えば、「体によいなんて嘘」と一蹴できるような話とは言えなくなってきている。 ■未承認の健康効果を印象づけ となると、「水素分子には抗酸化作用がある。水素水には水素分子が入っている。だから、水素水は抗酸化作用をもつ」という三段論法が成り立つようにも思えてくる。 では、市販の水素水に健康効果はあるのか。いま国内で、健康効果が公的に認められていることを食品に示すには、「特定保健用食品(トクホ)」として消費者庁に承認されることしか方法はない。 仮に、水素水がトクホになれば、有効性や安全性について審査を受けて国の許可を受けたことになるのだから、白黒つけてすっきりしたい日本人を満足させられるかもしれない。だが、いまのところ水素水がトクホになった例は1つもない。 一応、「栄養機能食品」の基準を満たせば機能表示もできるが、規格基準の17種の栄養素に水素は含まれていない。また、「機能性表示食品」という分類もあるが、これは事業者の責任において表示をしているのであって、国が安全性や機能性の審査を行っているわけではない。 「市販の水素水の健康効果は、少なくとも公的には認められていない」というのが現状だ。 にもかかわらず、多くの水素水メーカーは、「健康との関わりを印象づけて売る」という商売根性を露呈している。健康効果が認められていない食品を宣伝するときの常套手段ともいえるが、「体によさそう」と消費者に印象づける表現を使いながら、「体によい効果は謳っていない」という態度をとるのだ。 たとえば、伊藤園は水素水関連のサイトで、「美や健康が気になる方に。輝きめざして水素水H2プラス!」などと表現しつつ、「お客様相談室」のページで「伊藤園が販売する水素水は医薬品ではないため、健康効果を標ぼうするものではありません」と説明する。「美や健康が気になる方」が「水素水H2」を「プラス」すれば、美や健康に何かしら作用があると捉える人がいても不思議ではない。 また、中京医薬品は、サイトで「『水素』そのものは(中略)優れた機能を持っていることが知られ、これからの美容健康づくりの基本アイテムと言われています」と宣伝し、かつ商品名自体に「カラダの中からキレイに」を入れている。これを飲めば「カラダの中からキレイに」なるという印象をもつのも自然な感覚ではないか。 健康との関連を印象づける宣伝や商品名。これが、消費者を困惑させている原因の1つだ。健康効果があると信用しきっている人は、困惑することさえないだろうが。健康との関わりを印象づける表現が意図的でないはずがない。 メーカーが毒にならない商品を売るのは勝手だ。だが、そのメーカーが「お客様第一主義」(伊藤園の経営理念より)を謳うのであれば、消費者を迷わせる、あるいは思い込ませるような商品紹介の仕方はしないほうがよい。 ■真の研究成果を反故にすることに 水素水の健康効果をめぐる騒ぎは、いまに始まった話ではない。これは活性水素の話にはなるが、2008年にもバナ社(現在はVanaHと改称)の「天然水素水バナH」が商品説明会で「がんが治る」などと宣伝され、週刊誌に「怪しい天然水素水」などと書かれた。同社は2012年、「バナH」の宣伝に際して「世界で初めての『国連認定証』を取得致しました」という虚偽の事実を謳い、景品表示法違反で消費者庁に措置命令を受けた。 こうした騒動が起きるたびに、「水」の正体が分からなくなっていく。多くの消費者は、五感では分からない成分を入れたことを謳う水に対して、もはや「どれも一緒」と感じているのではないか。その水素水が“活性水素水”であろうが“水素分子水”であろうが、さらに、その水が水素水であろうが酸素水であろうが、「何か入っている」くらいの感覚でその存在を知る。そして、疑い深い人は、どの水商品にも「そんな効果はない」と思い、信じやすい人は「体にいいみたい」と思う。 世界の複数の研究者が水素に活性酸素除去などの効果を論文で報じているかぎり、現時点で水素分子の入った水素水に健康効果がないとは言い切れまい。かといって、商品としての水素水自体の健康効果が認められているわけではない。 そんな状況のなかで、体によいという印象を与えながらメーカーが水素水を売り続けることは、社会にとって利があるとは言えない。この騒動で「水商品への胡散臭さ」が増すことだろうし、その胡散臭さは水素水に健康効果があることが解明された場合、それを否定しにかかる社会的バイアスになるからだ。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47047
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