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溶け始めた人間と機械の「境界」 テクノロジーの最前線はとんでもないことになっていた!AI、ロボット、3Dプリンタ…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48664
2016年05月19日(木) 海猫沢めろ 現代ビジネス
テクノロジーが不可能を可能にする──それは昔も今も変わらない。しかし、現在、テクノロジーの最先端で起きていることは、私たちの想像力をはるかに超えはじめている。
作家・海猫沢めろんが日本屈指の科学者たちを訪ね歩いた話題の新刊『明日、機械がヒトになる』より「まえがき」を特別公開します。
■あなたは本当に、人間ですか?
あなたは人間ですか?
そう聞くとほとんどの人が「YES」と答えるでしょう。
だけど、本当にそうでしょうか。
ぼくは、子供の頃、自分がロボットだと思っていました。
あまり悩むこともない単純な人間だったこともありますが、あるときに、ふと自分の行動の多くが、環境に支配されていることに気づいたのです。
そうか……たぶん自分は、ネジや電子機器を使わずに、細胞を組み合わせてつくられたロボットなので、なかなか人間たちにはバレないのだ……。検査されてもボロがでないように、臓器も脳も人間とまったく同じにつくられている。だから心もない。
……そんな設定で日々を過ごしていました。
いつしかぼくはロボットであることを忘れていました。生きていくには何の問題もなかったので、今は、自分がもしかしたら人間なのかもしれないと思っています。
だけど、初音ミクや、テレビに映るロボット、科学技術でつくられた機械に、ときどき「心」みたいなものを感じてしまうとき、ぼくはやっぱり自分がロボットなんじゃないかな、と思うのです。
あなたにもありませんか?
人と機械がどう違うのか、わからなくなるような瞬間が。
■人間の機械化、機械の人間化
普段は小説を書いているぼくが、今回なぜ科学ルポをやろうと思ったのか。理由は簡単で、テクノロジーがぼくたちの想像力を超えはじめている、その現場を見たいからです。
テクノロジーが不可能を可能にする──それは昔も今も変わりません。けれど、現在、テクノロジーの最先端で起きていることは、かつての科学の大きな目標であった、ロケットで月に行くのとはまた違った意味を持っているのではないか。そう考えています。
では、どう違うのか?
たとえばAI(人工知能)、ロボット、3Dプリンタ、データマイニング、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)、センサーテクノロジーなどなど……現在進化しているテクノロジーには「人間」や「知性」の意味を変えてしまう可能性があります。
かつてのテクノロジーは、人間が一方的に使うものだった。けれど、これからは人間がテクノロジーに使われることも問題になってくるでしょう。
そんななかでぼくは、ふと、
「今、この世界では、人間(生物)が機械化し、機械が人間(生物)化しているのではないか?」
そう思いました。
これは古くて新しい問題です。
■ぬりかえられる人間の定義
現代科学の基礎となる近代科学の精神をさかのぼると、17世紀にたどり着きます。
ガリレオ、デカルト、ニュートンらが確立した科学的視点は、それまでの古典的自然とは違い「機械論的自然観」に立脚したものでした。
中世では自然のなかに神の意志やなんらかの目的があると考えられていたのですが、人はやがて世界に「法則」を見出します。そして、すべては機械のように「法則」で動くと考えるようになり、そうした思想が近代科学の原点となりました。
しかし17世紀の人々は、人間を凌駕しかねない人工知能やロボットの登場まではさすがに予想できませんでした。その証拠に、デカルトは『方法序説』のなかで、人間そっくりの機械と人間とを見分ける確実な方法が2つあると書いています。
その第一は、これらの機械が、われわれが自分の思考を他人に表明するためにするように、ことばを使うことも、ほかの記号を組み合わせて使うことも、けっしてできないだろうということだ。
第二は、このような機械が多くのことをわれわれのだれとも同じように、あるいはおそらくだれよりもうまくやるとしても、あるほかの点でどうしてもなしえないことがあり、それによって、機械は認識することによって動くのではなく、ただその諸器官の配置によって動くだけであるのが分かることである。
ここでデカルトは、ロボットには、言葉を自由に使い、自分の意思を持つことはできない、そう主張しています。裏を返せば、人間だけが言葉を自由に使い、自分の意思で生きることができる──そういうことです。
しかしぼくはこの定義が今ひとつ腑に落ちないのです。この2つの定義は確かに、一見もっともであるように思えますが、本当にそうなのでしょうか?
そもそも、人間の定義とはなんでしょうか。
たとえばこれまでは、言葉を交わし、意思や心を持ち、生殖活動によって増え、芸術をつくり出す、そうしたことが人間であるとされてきましたが、それらすべてのことが機械にもできるとしたら?
実際、過去からは想像がつかないほど機械は生物や人間に近づいています。
もしこのまま機械が進化すれば、将来、ヒトのほうが単純な機械になるのではないでしょうか。
人間と機械の境界は、はたしてどこにあるのか? 最新の科学の現場を見れば、それがわかるのではないか?
こうした疑問からぼくは取材の旅をはじめました。
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