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ロシア東部シベリアのヤマル半島で見つかった大きな穴。温暖化の影響か(2014年8月25日撮影)〔AFPBB News〕
ロシアが密かに大転換、天然ガス販売政策 中ロ蜜月時代も去り、価格よりシェア拡大に軸足移す
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46883
2016.5.19 W.C. JBpress
今月6日に安倍晋三首相がロシアのソチを非公式に訪問し、夕食つきの歓待を受けた。35分間のヴラジーミル・プーチン大統領との1対1の内緒話も含め、領土問題から世界情勢の様々にわたり3時間以上も話し合う首脳会談だったという。
領土問題でどのような進展があったのか(なかったのか)は超国家機密として明かされはしないが、会談の3日後に行われたロシアの第71回対独戦勝記念式典でプーチン大統領は、昨年同じ場で使った「軍国・日本」という表現は避けた。
今回は出席しなかった中国からの客人へ、リップサービスをする必要がなかったこともあろうが、大統領なりに安倍首相との会談が満足のいく結果に終わったからとも想像させる。巷では、安倍首相が「2島(+α)」で腹を括ったのではないかとの憶測も流れる。
その交渉の行く末がどうなるのかは神のみぞ知るとして、日本側が首脳会議に向けて準備した8項目の対露経済協力提案は、それが過去の同類の提案を焼き直したものに過ぎないと陰口を叩かれようと、両国の経済関係促進に向かって政府が改めて走り始める契機になるだろう。
■日本の出資を期待するロシア
その8項目の中で、4番目に定番の「エネルギー」が挙げられている。具体的な案件名は述べられてはいなが、日本のロシアに向けての積極的な資源開発投融資を眼目にした話であることは想像に難くない。
昨年末あたりから取り組みを始めた東シベリアの油田開発権獲得の話は、知らぬ間にインド勢に攫(さら)われる結果になり、日本の実務レベルは出鼻をくじかれた形でやや憮然としていたのではなかろうか。
ロシアはそれを宥(なだ)める意味もあって、自国側でその話の責任者だったロスネフチのイーゴリ・セチン社長を首脳会談に同席させたのかもしれない。まさか、「中国に持って行かせなかっただけでも有り難いと思え」などとは言わなかっただろうが。
ロスネフチの守備範囲の石油開発と並んで、天然ガス開発が「エネルギー」のメニューになる。ロシアの報道を見ると、このガスの分野で協力対象候補の中には、北極海に面したヤマール半島での新規LNG生産計画となる「北極海LNG」が数え挙げられているようだ。
これはノヴァテック社が現在建設中の「ヤマールLNG」の拡張版であり、ここへ日本資本の参画や、日本の金融機関からの融資を露側は期待しているようだ。
計画はまだ青写真の段階で、生産したLNGをどう捌(さば)くかの案も聞こえてこない。にもかかわらず、カネを貸してくれるのかどうか、と迫るようなロシア側(それもなぜかセチン社長)の対応からは、対露経済制裁解除へ向けての雰囲気作りを日本が担ってくれることに向けられた、どうにも過剰なばかりまでの期待が感じられる。
こうした対日・対アジアのガス案件で、ロシアがこれからどう出てくるのかを占うには、日本や極東から1万キロメートルも離れた欧州での彼らの動きを浚(さら)っておく必要があるだろう。ロシアのガス輸出での主な政策は、まずそこから生まれてくるからだ。
2008年以来その対欧では、ガス価格、EUのアンバンドリングや反独占政策、ウクライナ通過回避のためのノルド・ストリーム増設とサウス・ストリーム建設案の復活いかん、といったトピックスが列挙され続けてきた。
どの話も過去4〜5年はEUといろいろ揉め続けているだけで、物事が大きく進展したようには見えなかった。そこで、最近会ったロシアの専門家にその旨を伝えたところ、「とんでもない、ガスプロムの販売政策には大変な変化が起こっている」と反駁されてしまった。まるで、君の眼は節穴かと言わんばかりに、である。
要は、従来の油価連動のガスプロムの対欧輸出価格を、公言せずにハブ価格(取引所価格)へ修正し始めているというのだ。それが何を意味するのかを納得するためには、面倒でも2008年以降で欧州のガス市場がどう変わったかを振り返ってみるしかない。
リーマン・ショック後に一度暴落した油価は、その後元に戻り始め、さすがに2008年7月の最高値(1バレル150ドル弱)再現にまでは行き着けなかったものの、2011年から2013年にかけては、史上初めて3年連続で年間の平均価格(ブレント)が100ドルを超えた。
ガスプロムの対欧輸出は、その輸出価格が欧州市場での石油製品(重油、軽油)に連動するような契約になっている。従って、原油価格の上下動に伴って、それを原料とする石油製品の価格も、そしてそれを変数として一定の公式に放り込む結果で得られるガスの価格も(大体、6〜9カ月遅れで)変動する。
■価格が石油に連動するようになった背景
ガスの価格が石油の価格に連動するようになったのは、それなりの経緯がある。石油に80年以上も遅れた1960年代の後半から始められようとしたガスの国際取引には、当然ながらその時点では前例がなく、どうやってその価格を決めるのかで皆が頭をひねる。
その結果、当時は石油が電力燃料として使われ、ガスはその単なる代替物(環境面での優位性はさほど問題にされず)に過ぎないとみなされていたことから、ならば石油に準じる形でよかろう、に落ち着いた。
石油に比べて扱いにくい気体だから、熱量換算で石油よりある程度安い水準に収めるような価格算定式が考案される。それがその後の半世紀を超える間、契約ごとの細かい違いはあっても多くのガス取引で概ね援用されてきた。
ところが、そのガス価格の大元になる原油価格が2003年から急上昇を始め、教科書にあるように実際の需給関係で価格が決まるとはおよそ言えなくなってしまった。投機資金が大量に流入するようになったからである。
ガスの価格も当然それに引きずられて、2003年に120ドル台/1000m3(単位は以下同様)だったガスプロムの欧州向け平均輸出価格は、2008年の10月に史上最高値の490ドルをつけ、その後一度は原油価格同様に下がったものの、2011年〜2013年は上述の原油価格水準に連動して、大体380〜400ドルで推移することになった。
10年で3〜4倍の値上がりである。こうまで上がってしまうと欧州の買い手は堪らない。リーマン・ショックの余韻冷めやらずで金融不安の声が駆け巡り、そこへギリシャが厄介な問題を持ち込んで欧州経済全体が迷走状態に陥っていた時だったからなおさらである。
高いものは買えない。ならばどうするかで、ガスに代えて発電用の石炭の需要を増やすことになる。リーマン・ショックと同じ年に顕在化した米国のシェール革命で、米国ではガスの価格が大幅に下がり、発電燃料から石炭が駆逐され始める。
そうして追い出された石炭は行き場を欧州に求めて流れ込み、そこで高値のガスに取って代わる。「米国のガス価格<米国の石炭価格<欧州のガス価格」という不等式ができてしまったからだ。
ドイツを例に取れば、2009年〜2014年で石炭の需要を600万トンも増やし(2013年なら1000万トン増)、対照的にガスの需要はその間で1割に近い70億m3の減少となっている。
しかし、一方で石炭の需要を増やしながら、他方ではそのドイツを始めとして、西欧諸国は脱二酸化炭素にも走り出していた。そして、二酸化炭素の排出に無縁な再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、バイオマス)の生産コストが現状では高いものについても、ドイツなどはその高値で全量買い取るという問題含みの方向に突き進む。
ガスがいくらその排出量で石炭や石油に比べてクリーンだと喧伝したからとて、炭化水素に変わりはないから、燃やせば出るものは出てしまう。二酸化炭素を排出しない原子力発電は、3.11の後ではドイツでもはや問題外とされてしまい、その分余計に再生可能エネルギーへの期待値が高まる。
安いからという理由で石炭の需要を増やしながら、再生可能エネルギーの普及に邁進するという、二酸化炭素排出抑制という題目から見れば何とも矛盾に満ちた動きなのだが、経済全体がどうなるかで皆が右往左往しているドサクサに紛れてか、正面切ってその実情を説明しようという公式見解は見当たらなかった。
■ロシア脅威論が拍車かける
3,11後の原子力発電に対する強烈な逆風の中で、だから環境面で比較優位に立つガスの需要が伸びるはずだとして、一時はガスの黄金時代到来か、と騒がれたものだったが、少なくとも欧州では油価に引きずられたその高価格と再生可能エネルギー推進との間でガスはサンドウィッチにされてしまい、そうはならなかった。
こうして対欧輸出はその量の面で減少、よくて停滞という時期を迎え、そこにロシアならではの理由が加わる。2014年に勃発したウクライナ問題は、欧州の一部にヒステリックな程のロシア脅威論を醸成し、その結果ロシアへのガス依存を極力減らすことが特に中東欧諸国の至上命題になり、これにEU委員会も突き動かされることになる。
ロシアが欧州向けのガスを全部止めてしまったら欧州はどれだけもつのか、という予測の検討が大々的に行われる。ロシアに依存しなくとも済むなら、高かろうとLNGの輸入に切り替える。ロシアがガスの輸出を政治的に使うかもしれない、使うだろう、絶対に使う、とエスカレートした挙句の欧州側の騒ぎはそれ自体が政治そのものである。
クリミヤの次にロシアが攻めてくるのはバルトだ、東欧だ、という叫び声の中では、冷徹に相手を見る目は失われる。今日欧州で問題になっているナショナリズムの拡大は、あるいはその底流に流れる何かが、こうした叫び声に目を覚まされた結果なのかもしれない。
話を元に戻そう。問題はガスの量だけではない。価格が高いからとて、需要家はそのガスの需要を明日からゼロにするわけにもいかない。まだ相当の量は買い続けなければならない。ならば、契約に従えば油価連動の規定で価格は確かに高くなってしまうが、そこを何とか、の対ガスプロム交渉が始まる。
この契約価格の引き下げ交渉に援用されたベンチマークが、欧州での取引所取引で形成されるガス価格(ハブ価格、あるいは「市場価格」)だった。1990年代にガス生産国・英国で始まり、それが大陸諸国にも伝搬していったもので、米国に倣い、原油価格には支配されないガスの需給関係で決まる価格形成がその目的だった。
その結果、欧州のガス価格は油価リンクの長期売買契約で決められる価格と、このハブ価格との二本立てとなった。その価格差は概ねハブ価格の方が多少低かったが、2003〜2006年では油価リンク価格の方が安くなる、といった具合に、どちらかが一方的に常に高いとは言えるものではなかった。
しかし2009年以降になると、その取引市場へシェールガス革命で米国市場という当てにしていた先を失ったカタール他のLNGが殺到し、高騰する原油価格とそれにリンクする長期契約ガス価格とは対照的に、欧州のガスのハブ価格を引き下げた。油価リンクのガスプロムのガス価格はこれをかなり上回る結果に陥ってしまう。
この状況下では、切羽詰まった欧州のガス需要家の要求を全く無視するわけにもいかない。そこでガスプロムは、既存契約の根本を変えはしないものの、2013年初めから部分的にハブ価格を導入するという契約内容の修正を、全需要家向けに合わせて60回以上も行うことでこれまでは対処してきた。
その後の2014年末あたりからの原油価格暴落は、こうした諸状況を一気に変えて、再び2009年前の世界に戻り得るだけの衝撃を持つはずだった。油価リンクのガス価格も、今年に入ってからは150〜180ドルにまで下がり、ハブ価格と大差がなくなった。そして2013年から減少していた輸出量も、2015年の2月から増勢に転じている。
だが、今度はガスプロム自らが、父祖伝来の油価連動方式への絶対固執を捨て始めたようなのだ。これが、ロシアの専門家が言う、ガスプロムの販売政策の大変化なのだが、それを言い換えれば、価格よりもシェア確保を優先するやり方に切り替わったということになる。
■まともな企業になりつつあるガスプロム
ガスプロムは、2015年にオークション方式と名づけた一定量のガスの競り売りを外国企業に向けて始めた。この試みは販売条件の設定で成功したとは言えなかったため、その経験を生かして今年行うオークション販売での同社の条件は劇的に改善されているらしい。この動きをもって、ガスプロムがEUのアンバンドリングを始めとする取引自由化政策への抵抗をやめた証左と見る専門家もいる。
ガスプロム自身はその販売政策を変えたのかについては触れていない。以前同様に、油価連動の長期契約が本来あるべき姿、との主張を表向きは維持している。しかし、専門家の間でこれを信じる向きはむしろ少なくなっており、実際の行動から見ると同社はやっとまともな企業になりつつある、と評価する声すらある。
欧州市場向けの同社の価格はこの夏頃までは下がり続け、130ドルあたりになると見られている。ここまで下がると、一度は石炭に奪われた電力向けのシェアを回復する可能性も出てくる。
そして、その後もし多少値上がっても150ドル近辺の価格が続くなら、米国内のガス価格が70ドル(2ドル/MMBtu弱 )であっても、その液化と輸送のコストを考えれば欧州市場への米国産LNGの参入は採算面でかなり困難になってしまう。ロシアのガスの競合先は、ガスの生産コストが極端に低いカタールのLNGだけになるだろう。
ガスプロムの欧州向けでの輸出採算分岐点については95〜170ドルの間で諸説あるが、仮に低い方を取って100ドルと見れば、それを下回らぬ範囲で他の供給者を駆逐する価格競争に挑み始めたということになる。
今後原油価格が上昇軌道に乗り、1バレル50ドルを突破する可能性もないとは言えない状況のようだ。まともにそれを今のガスの契約に反映させれば、200ドル近辺にまで、また価格が上がる。それによって、やはりシェアより価格だ、とガスプロムが古(いにしえ)の道に舞い戻るような事態だって絶対に来ないとまでは言えまい。
しかしその反対に、今後数年間で供給量が大きく増加するLNGとその流入で欧州市場のハブ価格が低位で推移することを念頭に置いて、価格での果実を犠牲にしてもガスプロムがシェア確保優先を貫くこともあり得る。その可能性が以前と異なり、全く否定はできなくなったという点だけは確かなようだ。
では、アジア・太平洋方面へのガス輸出計画で、ロシアは同じように価格よりもシェア確保を求めるような動きに出てくるのか。その答えは、大陸部とサハリン島とでは大きく異なってくるだろう。
まずは、東シベリア・極東の大陸部からの中国に向けてのガスの輸出計画である。これがぶつかる最大の不確定要因は中国のガス需要動向である。それは中国経済そのものの成長の度合いやその構造(電力多消費型産業のシェア)の変化、国産ガスの生産量見通し、石炭需要抑制策の帰趨などに依存し、そのどれにも大方の一致を見る予想なるものはでき上がっていない。
ガスの需要が年々政府予想を上回る状況が続いている時なら、何はともあれ、ガス調達源の確保が至上命題になり、当該機関もそれに従って動けばよい。
しかし、現在のように“それ行けどんどん”の火が消えかかってしまうと、先行きが全く読めない状態に陥る。そうなると誰もが後になって、「ヘタなものを掴まされた」「見通しが甘かった」などとその失敗を責められたくはないから、輸入拡大策への動きは必要以上に鈍くなるだろう。
■希望の星ではなくなった中国
そして、海外出張が反腐敗運動で血祭りに上げられかねないといった懸念まで蔓延するなら、事務方の中堅は誰も動かなくなる。
もはや、「いくらでも買ってやろう」の中国ではない。その輸入需要がどうなるか分からないという問題は、既に売れている量の維持や拡大が焦点の欧州向けとでは、ガスプロムにとってまるで意味合いが異なる。中国はまだ1m3も売れていない新規開拓市場なのだ。
価格では、原油価格が1バレル100ドルに戻る日が近い将来やって来るとは、さすがにロシアも考えていないだろうから、東方に向けてももはやボロ儲けの可能性はないと諦めているだろう。問題は、欧州市場と同様に原油低価格とLNGの供給増から生じるアジア市場でのガス価格低下(既に150〜180ドル)に、ロシアが簡単には追随できないところにある。
欧州に向けての輸出は、その多くがソ連時代に建設されたパイプラインなどのインフラに依存できる。欧州向けの採算分岐点が100ドルであれ、それ以上であれ、それらの数値は皆この前提の上に成り立っている。
しかし、東シベリア・極東ではそれらをゼロから建設しなければならない。ここが欧州向けと根本的に異なる点なのだ。そして、サハリンを除く大陸部のガス田は、不幸にして輸出点からかなり離れた地域に賦存する。
いや、かなり、なんてものではない。シベリアと言えば欧州人からは人跡未踏のとてつもなく離れたところといったイメージがあり、それを数値で示すなら、欧州向けガスの(西)シベリアから対EU国境までの輸送距離は経路によって4200〜4600キロになる。
しかし、東シベリアからのガス輸送も、中国国境まででも最も遠いコヴィクタから3000キロ、太平洋岸までならやはり4000キロに達するから、その距離では欧州にとっての西シベリアの感覚とさほど大きく異なるものではない。
日本では、ロシアの東シベリア・極東が太平洋に比較的近い地域と誤解されておられる方も時たま見かけるが、それは「欧州からはるか遠いシベリア」という西側での表現が、シベリアがかなり東にあるというイメージを生み、無意識にロシア領土の上での引き算を行っておられるからではなかろうか。
東シベリア・極東を合わせると、その面積はロシア全土の3分2に達するのだ。その中での建設対象なのだから、長大極まりない。
2014年5月にロシアが中国向けのパイプライン・ガス輸出について合意した時点では、輸出価格がどうなったのかがメディアでも盛んに論じられたが(実際には価格は決まっていなかった)、ロシア側の総投資コストとその回収を考えれば300〜350ドルあたりだろう、とかの推定が有力だった。
だが、アジアのLNG市場での価格が150〜180ドルに下がってきている現状で、中国が300ドル以上といった価格水準を唯々諾々と呑むはずもない。
■100ドル台では採算割れ
そうなると、運開後に建設コストの減価償却をどう見込むのかで、採算がとれるのかどうかの議論が分かれ、100ドル台なら東シベリアからの対中ガス輸出は絶対にペイしないと言い切る論者も少数ではない。
買いつけ可能量も価格も不安定・未確定という話の上に、供給面での懸念も拭えないから始末に悪い。最近になっても、対中輸出に想定されているガス田の埋蔵量や予定生産量の数字が変更になる有様だから、中国側は中国側で、ガスプロムが約束した公称期限までに彼らが東シベリアのガス田開発(チャヤンダ、次にコヴィクタ)をやり果(おお)せるのか、半信半疑になっている。
だから対露国境で受け取ったガスを河北省/上海地区に至るまで輸送する自国内パイプラインの建設は、その正式着工がアナウンスされても、中国にしては甚だ緩慢な工事の進捗が伝えられる。ロシアにガス代金の前払いを行うとかの話もいつの間にか立ち消えとなった。
中国側のガス輸入予測では、2025年〜2030年のパイプライン・ガス輸入量には変化が想定されていない、との指摘もある。つまり、この時期でのロシアからのパイプライン・ガス輸入増量は期待されていないということになる。
少なくとも2020年頃までは、世界市場でLNGが供給過剰になると見られていることや、原油価格値下がりに追随を強いられて、トルクメニスタンの中国向けガス価格が引き下げられていることも、中国のロシアへの対応に影響を与えているだろう。
ロシアがそうした値下げに応じられないなら、無理してまで買ってやる理由は何もない、当てにはしない、政治は政治、経済は経済、ということなのか。
こう見てくると、どうにも熱が入らない。その傍らで、輸出価格の決定方式が纏まらぬうちに始められてしまったパイプライン(「シベリアの力」)の建設工事は、その完工予定が当初の2018年から2019年、そして2021年に順延されてきている。
ロシアの対中専門家の意見を聞いてみると、皆が一様に2015年半ばあたりから顕在化し始めた対中熱の冷却を指摘している。あたかも、それを象徴しているかのような「シベリアの力」のように見えてくる。
その対中熱の冷却については、2国間協議では総額350億ドルの投資を約束しているものの、縮小内需の下にある多くの中国の企業にとっては外に向けての自社の生産物販売拡張こそが現下の最大の関心事であり、対露投資そのものや、露側が期待するような、ロシアの産業発展への寄与などにはほとんど興味がない、などの指摘が出てくる。
かつては安価で重宝がられた中国製品も、ルーブル相場の大幅下落で今では割高になってしまい(それはそれで、一部の中国企業の沿海州移転構想などを生むのだが)、露中の銀行間協力では、中国が人民元・ルーブルともに不安定であることから米ドル建でやろうと提案しても、露側は意地でもこれは受けつけない。
中国主導の「一帯一路」構想の下で、中国の新植民地主義への警戒が拭えないロシアの姿勢に、今度は中国側の失望が生まれる、といった具合である。
■中国企業への警戒感が高まる
こうした経済での中露蜜月冷却の要因は、末端の中露の企業双方が相手のビジネスでの考え方をよく理解していないことからも生じている。政治面や地政学的云々から中露接近が盛んに説かれてきたが、個別企業同士の動きや交渉となるとそうはいかない。
露側が、中国企業なら細かいことを言わずに直ぐに大金を詰め込んだ袋を担いで押しかけてくるであろう、といった夢に等しい期待感を持ち、他方で中国企業はこうした露企業の性向とは全くといってよいほどつき合いの経験を欠いていることからのミスマッチが随所で、のようだ。
極東と中国を結ぶ新たな道路建設計画2件(Primorje-1、Primorje-2)では、中国が資金を出す見返りに道路の所有権を要求したために話が行き詰まったという。これは、中国側がBOOT(Build, Own, Operate and Transfer)方式を提案し、恐らく露側がそれを十分には理解できず、自国領内の道路の所有権は握らせるわけにいかないと反発して話が暗礁に乗り上げたのだろう。
これが露内では、中国が露側の足元を見て無理難題を吹っかけてくる、といった形で伝えられてしまう。まずは露側の現場に中国からの投資を受け入れるだけの周到な準備があったのかに疑問符をつけねばなるまい。
これを敷衍すれば、中国企業との物事に限らないロシアの一般問題にもなる。これまでロシア向けに日本企業が散々舐めてきた現場での苦労を、中国企業もようやく経験し始めたと捉えることもできるだろう。
その中で纏まった話と言えば、「ヤマールLNG」向けの中国国営銀行による大型融資がある。だがこれも、纏まるのにかなりの時間を要した。このケースでも、中国の金融機関が西側流の案件査定方式を学び、その視点で融資可能案件かどうかを見定めようとすることに露側が恐らく鈍感だった。
中国の金融マンには西側留学組が結構いるらしい。ならば、国外案件を扱う際の彼らの金融やリスク管理に対する思想は、米銀のそれと大して変わらないものになりつつあると考えるべきなのだ。
ちなみに、この融資での合意がメディアで伝えられたのは、安倍首相の訪露1週間前だったから、日本の資源分野での対露積極攻勢を予想し警戒した中国が、最後は政治判断で踏み切ったものなのかもしれない。もしそうなら、「ロシアが日中を競い合わせて果実を得る」という見方は、それが露側の意図ではなかったとしても、当たっている結果になる。
問題は企業間だけではなく、ロシアの政府レベルにもある。露側では対中熱沸騰の時期に、中国との政府間委員会を3つも立ち上げ、その委員会同士の連携が全く取れていないことから、中国側は懸案事項をどこに持ち込めばよいのか分からずに困惑し切っているともいう。
AIIB(アジアインフラ投資銀行)の副総裁の座をロシアがもらえなかったことが、中国のロシアに対する見方を表していると報じられたが、情報通によれば話は全く異なり、人選を巡って露側の3委員会同士の話が何時まで経ってもつかず、時間切れで中国が見切り発車せざるを得なかったことが真相らしい。
当初のかけ声とは裏腹にどうにもぎくしゃくしている。そうした雰囲気が広まる中では、東シベリアからのガスの対中輸出の先行きはどうなるのか、不透明感が増すばかりだ。
■浮上したサハリンー2増設案の背景
基本合意すら出来上がっていない西シベリアからの中国西端部へのガス輸出構想(「シベリアの力―2」)に至っては、いつ物事がまとまるのか全く不明の状態に置かれている。
一説によれば、この経路でのガス輸入に必要となる5本目の西気東輸の建設に関し、中国はロシアに対して、「どうしても売りたいというなら自分の資金でこの5本目を建設してくれ」と言ったとか。
見込みが立ちそうにもない話である。唯一の救いは、もし欧州向けでのシェア確保優先策の結果、対欧輸出の減少をさほど懸念しなくてもよいということになるなら、ガスプロムも「シベリアの力―2」の実現を今直ぐに図らねば、という焦りから解放されるということだろう。
LNGでは、極東方面の「サハリン―2」増設、「ヴラジヴォストークLNG」、「極東LNG」が、いずれもサハリン近辺のガスを使う構想であることで、東シベリアの呪縛からは逃れている。
その中で後2者は新規の案件であることから、初期投資の負担を避けられない。そのためガス価格の下落を受けた現状では、その実現が不透明なままになっている。その結果、「サハリン―2」の増設案が浮上してきたようだ。
もっとも、経済面での比較優位性を「サハリン―2」が持っているとしても、そうした案件ですらこれまでその実現に時間が懸かるというロシアの問題は何か、という問いは残る。100ドルを超える原油価格へのユーフォリアに惑わされて舞い上がり、あれもこれもと追っかけ過ぎた結果、がその答えの1つになるだろうか。
5月1〜2日に北九州市で開催されたG7/エネルギー相会合で、日本はLNGの国際取引市場創設を提案、これを2020年前半までに日本で、と表明した。取引市場創設という考え方そのものが、油価リンクとの決別を意味し、取引の流動性を高めるためにも、従来のLNG取引に課せられていた仕向け地制限条項の撤廃などが目標として掲げられた。
各国政府が主導して物事を変えようということではなく、実際の取引の世界で生じていることを彼らが公式に追認したという点での意味合いが大きい。それを受け入れるか否かは、ロシアのような売り手側の自由ではあるが、受け入れずに販売拡大が可能になるという保証はどこにもない。
「サハリン―2」の増設であろうと、あるいは「ヴラジヴォストークLNG」や「極東LNG」であろうと、自ら欧州で示し始めた時代への適応をロシアがアジア市場でも見せることでしか、恐らくガスでの「東進」策の出口はない。
その先に待つものは、まだ誰にも分からない。ハブ価格が今後の世界のLNG取引で主流になっていくのかどうかは、現時点ではまだ予想が難しい。
原油取引のような形になっていくなら、そこに参入してくる投機資金が需給の上に成り立つ価格形成を歪める問題をガス取引がどう解決できるのかが、日露間のガス取引も含めて将来の課題になっていく。ガス市場でのプレーヤーの1人として、ロシアがその課題を真剣に捉えるまでには、まだ間がありそうではあるが。
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