http://www.asyura2.com/16/hasan108/msg/671.html
Tweet |
“現状維持”が最悪の選択である
【第6回】 2016年5月17日 井堀利宏
消費増税を景気対策とリンクすべきではない!
アベノミクス新旧「三本の矢」を徹底検証
【翁邦雄×井堀利宏 対談前編】
東京大学の井堀利宏名誉教授は、著書『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか「世代間格差拡大」の財政的研究』中で、アベノミクスに対して「財政健全化に消極的である」と批判しています。金融政策の専門家である京都大学大学院の翁邦雄教授を迎えてお送りする本対談では、非伝統的金融政策(質的量的な金融緩和)を強力に推進してきた現政権アベノミクスの政策に対する評価や、金融政策と財政の持続性との関連、春先から迷走している消費税引き上げを巡る問題などについて議論が広がります。
安倍政権の発足から3年余が経ちました。アベノミクスが実施した「三本の矢」(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)の効果について、どのように評価されていますか。
井堀短期の景気対策として偏った金融政策を実施し、それを財政出動で補正しました。中長期の財政健全化は棚上げされたまま、財政政策の時間軸や意義が分からなくなってしまっています。
そして、成長戦略としての規制改革は中途半端に終わっています。
本来であれば、長期的な視点のもと経済成長にプラスとなる規制改革を実現すべきだったと思いますが、やはりアベノミクスは、短期の景気を上げることが最大の目標だったのでしょう。期待を裏切ることで市場にショックを与える異次元の金融政策頼みになり、効果が消化されてしまうと、次のサプライズを演出する、という繰り返しになっています。
翁さんは、特に「第一の矢」である金融政策をどのように評価されていますか。
翁金融政策の効果は、一般に言われているよりはるかに小さかったと思います。そもそも安倍政権の発足前後に大幅な円安・株高になったのは、ファンダメンタルズの変化の影響が大きかったと言えます。
2012年11月、総選挙に向けた選挙戦の中で安倍首相が円安誘導を明言し、そこから円安が急速に進行しましたが、その少し前に、ドラギ欧州中央銀行総裁の「(ユーロを守るためなら)何でもやる」という発言で欧州債務危機が後退し、他方で、それまで日本は恒常的な黒字国だったのに東日本大震災の影響で貿易収支の大幅な赤字持続が避けられない見通しになりました。
日本経済が「四季のような循環的な冬ではなく、氷河期の冬のような状態」なら、これからどこへ向かうのか?
この2つはそれまでの円高トレンドの背景を逆転させていたのですが、安倍さんはこの基調変化を絶妙なタイミングで後押しし、それが劇的な政策変更の効果であるように感じさせることに成功したと思います。
2012年11月から2013年3月ぐらいまで急速な円安が進み、その効果によって最初は物価もかなり上昇しましたが、インフレ期待の上昇は一時的で、これが高まることで物価が押し上げられる、といった、黒田日銀総裁が当初に強調されていた効果はあまり見られないまま減退したと思います。
井堀あれだけ数値目標が大切だと強調して「2年間でインフレ率2%」を掲げておきながら、実際の現状のインフレ率はゼロのままという現状をみれば、明らかにインフレ期待への効果は失敗だったと言っていいでしょう。
翁クルーグマン(1953、ニューヨーク市立大学大学院センター教授、08年ノーベル経済学賞受賞)は金融政策で期待にはたらきかける効果について早くから指摘していました。当時の彼の議論は景気循環を四季の変化になぞらえるとわかりやすいと思います。
1990年代後半の日本経済はバブル崩壊後のバランスシート調整で委縮していました。これは、大寒波の到来で例年より格段に厳しい「冬」が到来したようなもので、誰も買い物に出ず、家に引きこもっているような状況です。厳冬のため、自然利子率(景気刺激的でも引き締め的でもない均衡実質利子率)もマイナスになっている状況、と解釈できます。
このとき、中央銀行は金利をゼロ以下に大きくさげることはできないから、冬のさなかにはインフレを作るほどの刺激はできない。しかし、やがて春が来れば、人々が活発に動き出す。そのタイミングで中央銀行がインフレを思い切って容認する政策をとる、とコミットすれば、春が来ると値上がりするという予想を起こせるのではないか。人々がインフレ期待をもてば、寒いうちにいろいろ資材を買っておこうか、と厳冬期に活動し始める、というストーリーになります。
井堀しかし、現在起きていることはそれとは違う、と。
翁そうです。いま多くの先進国で起きているのは、自然利子率が四半世紀にわたってトレンド的に下がってきてマイナスに突入している状況です。このトレンドが今後も続くのでは、というのがサマーズ(1954、元米財務長官、元ハーバード大学学長)の長期停滞仮説です。こちらと組み合わせて考えると、多くの先進国で起きているのは、四季のような循環的な冬ではなく、氷河期に突入したような冬の状態に近い。
つまり、バランスシート調整のあとの一過性の厳冬ないし不況ではなく、いつまで経っても春は来ない。だから、期待にはたらきかける金融政策だけではうまくいかない、ということになる。日本の人口動態についての理解を深めたクルーグマンが、このサマーズの議論を踏まえ、自分でも期待に働きかける金融政策の有効性に懐疑的になった、というのが「期待に働きかける金融政策」論の現状ではないでしょうか。
今は景気循環より潜在成長力低下トレンドの影響が大きい
経済成長がマイナスになる前提でシナリオを描くべき
井堀中長期的な視野で見ると、やはり人口減少の影響は非常に大きいんですよね。
翁確かに日本の場合は中長期的な人口減少の影響は大きいと思います。将来的に国内需要が減り続け国内で投資をしても仕方がないと思われるなか、金融政策だけでインフレ期待を押し上げることができ、それで実質金利を低下させれば国内投資が増える、という、機械論的なストーリーには無理があると思います。
翁邦雄(おきな・くにお)プロフィル/京都大学公共政策大学院教授。1974年東京大学経済学部卒業。同年、日本銀行入行。シカゴ大学Ph.D.(Economics)取得。日本銀行金融研究所長を経て、2009年4月より現職。専門は金融論、金融政策論、国際金融論。『期待と投機の経済分析ーー「バブル」現象と為替レート』(東洋経済新報社、1985年、日経図書文化賞受賞)、『ポスト・マネタリズムの金融政策』(日本経済新聞出版社、2011年)、『日本銀行』(ちくま新書、2013年)など著書多数。近著に『経済の大転換と日本銀行』(岩波書店、2015年)。【写真:住友一俊】
今の日本の最大の問題が景気循環上の不況か、トレンド的な潜在成長力の低下なのかといえば、人口減少によるトレンドへの影響が圧倒的に大きいのではないでしょうか。ところで井堀さんは「三本の矢」の特に第二の財政政策について、どのように評価されていますか。
井堀翁さんが言われたとおりですね。景気循環のなかで今たまたま景気が悪くても、今後は景気がよくなっていくという局面であれば、財政状況も短期的によくなると思います。一方、景気に変動はあるけれども潜在的な成長率がトレンドとしてかなり下がっている昨今のような状況において、一時的に景気がいいときは自然増収で増えますが、また景気が後退すれば逆のことが起きるので、ならしてみるとトレンドの影響のほうがずっと大きいわけですよね。
トレンドとして今後の経済成長率が10%とまでいかなくても5%を超えるような水準が2020年代以降も維持できて、かつ社会保障費を本当に抑制できるという甘いシナリオが描ければ自然体で財政再建することも可能かもしれません。しかし、それはあまりにも現実的でない、というのが私の認識です。
翁井堀さんは著書で、2020年代に経済成長率はマイナスになるのではないかとも指摘していましたね。
井堀政府の財政再建目標も2020年代初めぐらいまでのシナリオなので、景気にしても経済成長にしても当面は良くなるという前提でしか描かれていません。しかし、中長期的には人口減少の影響がさらに深刻化します。2020年代に経済成長率がマイナスになるというのは、良い・悪いは別として、客観的な予想としてはかなりもっともらしいのではないかと思っています。
つまり、経済成長がマイナスになるという伸長なシナリオの前提で財政再建も社会保障制度改革もきちんと考えなければならないはずです。
もちろん、経済成長がプラスに転じるために、イノベーションや、それを生み出すためのさまざまな規制改革も必要でしょう。たとえばアメリカでは沢山の移民を受け入れて、異質な人の交流やプレッシャーのなかで多くのイノベーションが生まれている側面があると思います。でも日本の場合は移民政策ひとつとっても消極的ですし、多くの国民が安心・安全な今の生活を維持して、このまま静かに一生暮らせればいいなと思っている状態ですから、イノベーションも期待できません。ダイナミックな社会では摩擦や失敗はつきものです。そうしたマイナス面を甘受しても、活性化のメリットを求めるのであれば、国民にもそれなりの覚悟が必要でしょう。
翁この対談の冒頭で井堀さんは、アベノミクスの三本の矢について「短期の景気対策」と述べられましたが、安倍さんは、本来取り組みたい憲法改正などを実現するまでは、なんとしても国民の支持をつなぎとめておきたいのだと思います。そのために短期決戦的な経済政策を採っているのではないでしょうか。安倍政権は株価を重視しているといわれていますが、悲願の政治的目標の達成まで高い支持率を維持しておくために、経済活動を高水準に保ちたい、その手っ取り早いメルクマールになるのが株価、ということではないか、と思います。
問題は、金融政策に短期的に景気を持ち上げる力があったとして、井堀さんが著書でも指摘されていたように、長期的な視点でみてそれがプラスと言えるのか、ということをよく考える必要があると思っています。
井堀金融政策はアベノミクスの「第一の矢」として非常に重視されてきました。当初の量的・質的緩和策から、今やマイナス金利も導入されました。
翁金利政策というのは、景気をならすための政策です。つまり、景気が過熱したきには金利を上げてーーたとえば住宅ローン金利が今は高いから家を建てるのは少し先にしようという人を増やすことでーー需要を先送りさせ、逆に景気が悪すぎるなら金利を下げて、お金を今すぐ使ったほうが有利だ、という判断を促して需要を先食いさせる。それが景気の安定化につながり、トレンドからの乖離を小さくさせる、という政策です。しかし、トレンドを変える力はない。たとえば、持家の需要トレンドは人口に規定されるので、金利で変わることはほとんどないはずです。
こうした景気安定化のための金融政策をトレンド的な人口減少のもとでの景気下支えに使い続けると、将来何が起きるのか。日本の人口が減少しているなかでは住宅需要も先細りしますから、その住宅需要をとにかく先食いして今の景気を支えようとすると、先では、さらに需要は細っている。すると、さらに大きく先食いしないと需要を維持できないから、マイナス金利の深堀りが必要になる、といった話にならざるをえない。「今年の需要」を強引に喚起する金融政策は、来年や再来年の需要をどんどん減らすでしょう。金融政策による好循環論はトレンドについての中長期的視点が欠落しているのではないでしょうか。
手段である「三本の矢」と目標である「新三本の矢」
それぞれバラバラに出てきた
「三本の矢」につづく「新三本の矢」(2020年度頃にGDP600兆円突破、20年代半ばに出生率1.8(現在1.4強)を実現する子育て支援、社会保障の充実のため介護離職ゼロ)の狙いは妥当でしょうか。
井堀アベノミクスの最初の「三本の矢」は金融政策、財政政策、規制改革という“政策手段”だったのに対し、「新三本の矢」はGDP600兆円、介護離職ゼロ、待機児童ゼロという“政策目標”ですよね。手段と目標がそれぞれバラバラに出てきた印象です。
井堀利宏(いほり・としひろ)プロフィル/
東京大学名誉教授。政策研究大学院大学教授。1974年東京大学経済学部卒業、81年ジョンズ・ホプキンス大学大学院経済学博士課程 修了(Ph.D.取得)。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授、95年同教授を経て、97年から同大学院経済学研究科教授、2015年に同名誉教授。同年4月より現職。2011年紫綬褒章受章。『現代日本財政論財政問題の理論的研究』(東洋経済新報社、1984年、日経・経済図書文化賞)、『財政赤字の正しい考え方政府の借金はなぜ問題なのか』(東洋経済新報社、2000年、石橋湛山賞))、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA/中経出版)など著書多数。
「新三本の矢」というのは、政策手段を示さないまま政策目標だけなので、何の政策手段を用いてどのように実現するのか具体的な道筋が分かりません。しかも、その政策目標も、子育てと社会保障という、若い世代と高齢者の両方に配慮する内容ですから、それをどう実現するのかますます混迷している印象です。
安倍政権は与党が3分の2を占める安定政権なので、社会保障制度や財政制度を含めて、もっと中長期的に日本経済をどうしていくのか、真剣に取り組んでほしいですね。
翁「新三本の矢」は少なくとも将来のトレンドに目を向けているという点では良い方向を向いていると思います。ただし、井堀さんがおっしゃるとおり、そのために具体的に何をやるのか、どんなふうにお金をかけるのか、といった具体策が十分ではありません。そのため世論は批判的なのだとおもいます。でも、せっかくベクトルの方向はよいのだから、もっと具体的なアジェンダ、それも最初の「三本の矢」のときのようなマクロ政策的な切り口だけでなく、日本の経済や人口の構造を踏まえた内容に肉付けしていく必要があると思います。
たとえば、希望出生率1.8というのも、今の社会環境を前提に出てきた目標であって、(人口が増減しない)人口置換水準(2.0強)に届きません。フランスのように人口置換水準をほぼ回復させることに成功した国や、ロシアのように出生率を急上昇させることに成功している国もありますから、それらの経験からいろいろ学ぶ必要がありますが、なんといっても日本もまずは社会全体が子育てをしやすい社会環境にしていかないといけないのではないでしょうか。
金融抑圧によって財政負担を減らす
ウルトラCをやったら何が起こるのか?
翁高い名目経済成長率ーーたとえば先ほど井堀さんが言及された5%や10%といった水準ーーを達成するのは、2%のインフレ目標を前提にすれば当然無理なわけですが、むしろこのインフレ目標を捨てて、高い率のインフレーションを目指し、それが実現した場合にも金利を低く抑え、(債務の一部を非常な低金利でファイナンスする)金融抑圧といわれるような政策をとることで、財政の負担を減らすという考え方もありますね。著書では、この点については触れられておらず、暗黙のうちにインフレ目標2%で議論されていますが、そういうシナリオについてはどう考えますか。
井堀そういう状況が一番極端に起きたのは、戦後ですよね。ハイパーインフレーションによって、戦前あるいは戦中に出していた公債を、実質的に帳消しにしました。今の日本の国債残高はGDP比200%超という戦争終結時を超えるレベルに達しているし、政府が歳出削減や増税で財政再建できないとすると、おっしゃるようなインフレで全部相殺するという非常時の方策が思い浮かべられるのだと思います。
もちろん、これは起きなくはないシナリオです。全国民が財政再建をどのぐらい信じるかにかかっているでしょうが、みなが危ないと思ってお金をモノに替えようとし始め、急に物価が上がって…というハイパーインフレ状況は起こり得るけれど、非常に混乱を招くプロセスではないでしょうか。
日本の場合は、増税なり歳出削減をすれば、いくら国債が積み上がっても何とかなるだろうとみんなが思っているから、物価もまだそんなに上がっていないのだと思うのです。でも、これは期待次第ですから、何とかなるとみんなが思えなくなったら、貨幣や国債に対する信認が低下して物価が急上昇するでしょう。
翁現状を放置した場合、2%のインフレ目標と財政の持続性がどこまで両立するでしょうか。インフレ期待がどんどん低くなっているのが先進国のここ四半世紀の状況ですが、私は、日本の場合は金融政策以外の要因でインフレになる可能性はあると思っています。
たとえば、この2年ぐらい、団塊の世代が退職していくなかで、有効求人倍率や完全失業率は明らかに好転してきています。まだ賃金は上がっていないわけですが、どこかの段階で労働市場の需要超過をきっかけにした賃金上昇を起点とするインフレが起きてもおかしくない。これはいまアベノミクスで期待されているシナリオの一部にもなっています。
しかし、このタイプのインフレが実際に始まったときに適当なところで歯止めがかけられるのかどうかが問題だと思います。今はデフレなので、国債をいくらでも買ってマネタリーベースを増やし、金利をマイナスにまで誘導し、それを与件として財政が運営されていますが、インフレが2%を超えかけたときに止めようとして金利を上げ始めたらどうなるのか、インフレの加速が防げる水準に金利を誘導できるのか、という点は財政の持続性との兼ね合いも含めて非常に疑問です。
井堀財政の持続性に関連して最近よく聞く話として、どんどん国債を買った結果、(政府と日銀を連結した)統合政府で見ると国債はすごく減っているから財政の再建は進んでいるのだ、という見方があります。たしかに統合政府の国債は減っていますが、代わりに負債として日銀当座預金が増えているのだから、国の債務が消えたわけではありません。増税や歳出削減をしないのであれば、いずれはインフレで債務を帳消しにするしかありません。日銀が国債を保有すれば、すべての問題が片付くというのは非常に危険な見方だと思います。
翁日銀が国債を大量に購入しても、統合政府の民間に対する負債が減っているわけではなく、バランスシートの構成が変化しているだけだ、ということですね。しかもバランスシートの構成変化は政府にとってより危険な方向です。
つまり今までは短期金利が上がっても急に金利が上がらない長期国債が債務の大半を占めてきたのに代わって要求払い預金である日銀当座預金が急激に増えている。結果として、短期金利上昇がすぐ統合政府の金利負担に直結する構造が強まっているといえます。財政は金利上昇に対してより脆弱になっているので、2%のインフレ目標維持のために短期金利を思い切って上昇させる、といったことはきわめて難しくなってきていると思います。
アベノミクスが強調する「期待」ですが、期待の変化というのが一番鮮明に現れるのが金融市場です。労働市場の景色が変われば、金融市場の景色も変わる。
特に、巨額の短期負債を抱えた中央銀行が金融抑圧を強いられると、その影響はすぐに為替レートに飛び火します。今は円高になっていますが、また局面が変わればアベノミクスの当初のように円安に振れるかもしれない。しかし、今回、円高に流れが変わって政府・日銀が困惑しているように、トレンドに変化が起きると、それを後押しすることは簡単ですが逆回転させるのはとても難しい。その意味で、いつコントロール不能な事態に陥ってもおかしくないというリスクをはらんでいると思いますね。
井堀そういうリスクシナリオは十分起こり得ますね。
歳出の効率化や消費税の増税が予定通り実行できなくなってきた場合、日銀がいつまで国債を買い続けられるのかというのがひとつの焦点になります。当然限度がありますし、今後の日本の財政状況が改善する見通しが立てば、極端なインフレ圧力というのは起きない一方、プライマリーバランスの黒字化が不透明になっていったときもなお、日銀が今のように国債を買い続けるシナリオが中長期的に続くだろうとみなが思ってしまうと危ないですね。
日本経済が活性化して、財政健全化努力も進展する中で、日銀が国債の買取を縮小し、(もとの金融政策に戻す)出口戦略に向けば、なんとかなるかもしれませんが、同時にそのときは金利上昇リスクも吸収しなければならない。
いずれにしても、歳出削減や増税を回避しつつも財政健全化が可能であるかのようなウルトラCと言えるうまい手はないと思う。
しかも、金利が上がらない状況が続くと、国民全体に危機感がなくなるんですよね。ギリシャでも金利が上がることでプレッシャーを受け、歳出削減や増税を受け入れる気持ちができてくる。日本の場合、それもなくズルズル財政赤字が拡大しています。
デフレ脱却が展望できたら本当は困る?
日銀の金融政策の枠組み
翁今の日銀の金融政策は、マーケットからのシグナルを遮断していますからね。今回、量的・質的緩和策に付け加えるかたちでマイナス金利を導入しました。マイナス金利下では、投資家は償還価格より高い価格で国債を買っているということを意味します。だから、日本国債は安全だから投資家も損失覚悟で買っているなどと言われますが、投資家が損をしてまで国債を買うはずはありません。実際、投資家は当然利ざやを稼ごうとして動いています。
つまり、国債を理不尽なほど高い値段で買っても、量的緩和を続けるために日銀がもっと高く買ってくれる筈だから買っておくんだ、という構造ですよね。こんなふうに、ある資産が値上がり期待だけで本来の価値以上に高値が付くという現象は、まさに典型的な“バブル”です。日銀の今の政策というのは、国債市場に人為的にバブルを作りだしているわけです。
バブルが崩壊するときは必ず金融市場は大きく混乱しますから、出口戦略もいっそう難しくなる。いつになるかわかりませんが、賃金上昇などで2%のインフレ目標達成に成功すれば、日銀は自分が政策的に作ったバブルを崩壊させる必要がでてくるわけですけれど、その時、どうやれば市場を安定化させつつバブルを潰せるのかはとても難しい。
ただ、デフレが続き、緩和政策を強化する方向ならこうした副作用はすぐには表面化しない。出口戦略が不透明というより、当面デフレ脱却は期待できないので将来については、思考停止状態になっているのかもしれない。出口が視野から遠すぎて不可避的なリスクを無視している気がします。だから、今の政策は、もしデフレから脱却することが展望できはじめたら本当に困る枠組みになっている、と思うんですよ。
井堀インフレが実現したらね(笑)。
翁それに、いまの日銀の金融政策の「サプライズ効果を重視してわざと唐突に政策を変える」、という特徴がマーケットに刷り込まれているので、もし多少なりとも出口に近づけば、ちょっとしたショックでも大きく予想外の方向に反応するかもしれない。だから、これまでのようにサプライズを演出し続けるのは、本当に危険ですね。今回のマイナス金利導入時には、最初に起きた反応が銀行株の暴落や銀行のベア凍結でした。預金者のデフレ心理も増幅され、金庫が飛ぶように売れはじめたりしましたね。
いったん2017年4月に先送りした消費増税を、再び延期するという観測が強まっています(対談実施時点で政府の正式発表はなし)。その背景や影響をどのように見ていますか。
井堀消費税の8%から10%への増税は、政府の方針として「リーマンショック級のマクロの底割れのような非常事態が起こらない限り予定どおり実施する」と表明しています。政府はこの非常事態を“100年に1度”レベルと表現している通り、そんな危機は10年に何回も起きないし、いまはそういう状況にないと思います。4月中旬に起きた熊本地震は不幸なショックですし、補正予算などで財政面から対応することも必要です。しかし、被害規模からいってこれを口実に消費税増税を延期するのは難しいと思います。
もちろん、原油価格の低迷や中国のバブル崩壊など不安要素はありますが、リーマンショック級でないことは明らかです。それで増税を先送りするという言い訳は苦しいでしょう。
それより私がおかしいと思っているのは、マクロ経済環境と消費税引き上げをリンクさせて考えていることです。基本的に、マクロ経済の見通しは、主に景気循環の判断によります。景気がいいのか悪いのかという景気循環サイクルは重要な問題ですし、たとえば金利政策として金利を調整するほか、財政政策としても公共事業の増加、所得税の減税、社会保障の給付といったさまざまなメニューがあり、こうした短期的な景気変動に対する調整策をとるのが常道でしょう。消費税というのは、社会保障の中長期的な課題を財政面からケアする方策ですから、これを短期的な景気対策の手段として使うべきではない。
もちろん、ほかにも短期的に景気対応するための財政金融政策はいろいろあるわけです。財政で一番重要なのは、財政の中に常に組み込まれているいわゆる自動安定化(Built in Stabilizer)という仕組みであり、景気が悪くなると政治的判断によって消費税や所得税が減税になる。それが効かなければ公共事業で対応するというのが筋ですから、そもそも消費税の話を景気と絡めること自体がおかしい。
翁井堀さんの本のタイトルは「消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか」、というものですが、井堀さんは、財政至上主義的な観点から消費税を出発点と考えているわけではないと思います。財政運営の基本的な判断基準は何になるのでしょうか。
歳出削減と組み合わせても、510年内に
消費税15%程度までの引き上げは必要
井堀私の判断基準は、世代間の公平です。財政市場主義の立場から消費増税ありきで考えているわけではありません。歳出削減も重要です。ただし、歳出削減との組み合わせで財政再建をするとしても、中長期的に510年の時間軸で考えれば消費税は15%ぐらいまで増税の必要が出てくるでしょう。
経済成長率の向上が見込めず、しかも高齢化のスピードがあがってくるなか、消費税増税を先送りしていると、さらに5〜10年経っていざ増税しようとしたとき15%でも足りずに20%30%でないともたなくなるのではないか、と懸念しています。将来に追い込まれて大増税するのはまずい事態です。そうした大増税を回避するには、早めに小規模の増税を実施するのが望ましいと思います。
特に消費税に固執しているわけでなく、所得税でもいいんです。若い人から見れば、一生の間に負担する額が同じなら、どちらでもいい。ただし、今の高齢者にもきちんと負担してもらうためには、公的年金控除を見直すとか、年金をきちんともらっている人から税金をとるといったことのほかに、消費税をきちんと上げることが必要だと思います。
これは消費税に限った議論でなく、歳出削減も含めて財政再建についてはすべからく景気判断とは切り離して、現代世代と将来世代のどちらが大変かという世代間公平の観点から議論すべきだと思います。要は、世代間公平の観点から見ると、早めに増税や歳出削減などの財政健全化努力をすることが重要で、若い世代、将来世代にとってメリットが大きいという点です。
小刻みに増税していくフェルドシュタイン方式なら
毎年インフレ期待を織り込める!
翁景気循環の観点から消費税を考えるべきでない、という指摘はその通りだと思います。永田町の人たちは、不況のときでなく好況のときに消費税を導入すべきだ、という点にこだわりがあるように思いますが、こういうことを考え始めると、常に増税はできないという話になるように思います。
というのは、景気循環的には、消費税を導入すると駆け込み需要が起きて、その後に反動がくるという、景気の波を起こすことが懸念されるわけですが、好況のときに実施すると経済をさらに過熱させた後に大きく落ちる結果を招き、景気循環は増幅されるはずです。しかし、だからと言って不況のときに増税したほうが駆け込み需要を起こすことで、景気循環を平準化するカウンター・シクリカル(変動を抑制できる)な政策かもしれない、という人はいない。これは政治的にはアピールしない議論だからでしょう。つまり景気循環論的な議論をし始めると、導入のタイミングがなくなりかねない。
井堀景気循環と絡めて話をすると混線するから、やはり切り離して考えるべきでしょう。
翁増税の際の“上げ方”に工夫はできるかもしれませんけどね。何ポイントかまとめて上げると影響が大きいというなら、フェルドシュタイン(1939〜、ハーバード大学教授)の提案を検討してみてはどうでしょう。彼が十数年前に提案したのは、日本は消費税を毎四半期に1ポイントずつ、5%から20%になるまで、小刻みに増税する、というものでした。ごく最近、毎年1%ずつ数年間、という同様の提案をしています。こうした漸進手法も一考の価値があるでしょう。実務的には煩雑になるでしょうけれど。
井堀でも昔と比べればIT化は進んでいますから、小刻みな増税でも対応は可能でしょう。たとえば、消費税が5%から8%に上がった際に電車や地下鉄の運賃が半端な額になったけど、駅の表示や切符の購入機の変更は昔よりずっと少ない手間で変更できたと聞きます。
翁井堀さんがいわれるように消費税を15%まで上げる必要があるとすれば、あと何回か、毎回上げるの上げないのと大騒ぎになる。それは大変だから、毎四半期は無理筋でも、毎年1%ずつ小刻みにスケジュールどおり上げていくというのは一つのアイデアですね。
井堀そうすると、消費税率引き上げによる住宅や車などの耐久消費財の駆け込み需要やその反動減というマイナス効果も緩和できます。また、日銀がやりたがっているインフレ期待を毎年織り込むことになる(笑)。
翁その通りですね。毎四半期1%づつ上げる、というフェルドシュタインの最初の提案のポイントも、消費税を毎四半期上げ続けることでインフレ期待をつくることができる、ということでした。当時の学界の関心は、デフレ脱却のためのインフレ期待醸成だったので所得税の増収分は所得税を減税することで税収には中立的にする、そういう提案でした。これに対して、毎年1%ずつ上げる、という直近の提案のほうは、所得税減税とのセットではなく、財政の持続性をより強く意識したものになっていますね。【後編(5/18公開)に続く】
http://diamond.jp/articles/-/91162
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 経世済民108掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。