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カーテン屋と老舗旅館、矜持の行方
遙なるコンシェルジュ「男の悩み 女の嘆き」
減ずれば鈍す。しかし嘆かず進むべし
2016年5月13日(金)
遙 洋子
(ご相談をお寄せください。こちらのフォームから)
ご相談
仕事を辞めようかどうしようか、迷っています。辞めてどうするんだと言われて、確たる答えがあるわけではないのですが、はっきりしているのは、今の状況のままでは、未来が見えない、描けないということで…。(40代男性)
遙から
「仕事を辞めることにしました。世界を旅行してみたいと思います」
そう連絡をくれたのは長年、私のいろいろな我儘を聞き入れてお付き合いくださった“カーテン屋さん”だった。その男性の「匠」としての腕の確かさを私はこの目で見てきた。
良いカーテンには価値がある
ホームセンターやネットスーパーなどで販売されている手頃なカーテンと違い、いわゆるカーテン専門店に直接オーダーするカーテンはかなり高額だ。しかし、イメージした通りのものが仕上がり、部屋に掛けると、突然、無機質だった部屋が息吹を得て、生命を吹き込まれた空間へと変化した。実は部屋のクオリティを決めるのは、カーテンだったのだと気付かせてくれる。心地よさを増し、ほっとさせてもらう。良いカーテンは投資の価値あり、だと私は知ってしまった。
しかし、私は大阪のねーちゃんである。作ってもらう時に「いいカーテンが、安くできたらうれしいなあ」は当然だ。
そのカーテン屋さんは「当店は高級な素材を使っておりますので…」などと慇懃に拒絶したりせず、廃版間近の布地の中から、「あ、これいいな!」と思えるものを選び出し、かなりお安い価格で作ってくれた。「引越しした」と言えば、新しい部屋の窓枠に合わせて仕立て直してくれ、「光が入らないように」と願えば、針ピンできれいに壁に止めてくれた。
カーテンは飾り物ではなく、日々の生活を上質にするもの。彼のカーテンは、そのことを改めて教えてくれた。
彼のカーテン屋としての矜持を感じる瞬間がある。
それは出来上がったカーテンを箱から取り出し、レールに設置する時だ。
まず、カーテンの入った段ボールをまるでお殿様への献上品のように部屋に運び入れる。気概を持って運ばれる段ボール箱は桐の箱のように見える。そこから抱き上げられるカーテンは、貴族に捧げる新調のドレスのよう。そして次の瞬間が、私の一番好きな光景だ。
それは受け継がれたもの
抱きかかえたカーテンを自らの片方の肩に宝物のように乗せ、真剣な眼差しで窓に向かう。そして、美しく折りたたまれたカーテンが、するするとほどけるように窓枠に広がっていく。
彼が若いころに先輩の作業を見て覚え、教えられてきたのであろう滑らかな動きがそこにある。その向こうに、一つ上の世代の職人さんの凛とした作業姿まで見えるようだ。
そんなカーテン屋さんが異動となり、彼が育ててきた2人の後輩が私の担当になった。が、2人ともやがて辞めていった。
その後、久しぶりに会った彼に「部下を育てるのは大変ね」と声を掛けると、「そうなんですよ」と苦笑いが返ってきた。
その時、彼に上司から電話がかかってきた。聞くとはなしに耳に届いたやり取りに驚かされた。
「ですから、2000万円は…」
に…にせんまん。カーテン屋さんが口にする、2000万円とはどういうお金だろう。
厳しい表情でその金額が何度も会話に登場した。電話を切るのを待って、聞いてみた。
「今の話の相手、上司?」
「そうです」
「2000万って言ったよね。なんのお金?」
「上から言われている今月売り上げなければならない金額です」
「それが、に、にせんまん!?」
「そーです。にせんまんです」
こんなべらぼうなノルマを課せられていたのか…。そんな彼に安くカーテンを作ってもらったことを今さらながら申し訳なく思った。
彼は大阪から横浜に異動していた。
「心配しないでください。まけて!というのは関西の方だけでした。横浜ではどなたも口にしません。大変、商売がしやすいです」と笑った。
彼は長年、匠の仕事を続けるうちに、ウン千万というノルマを抱える上司の立場になっていた。しかし、部下はなかなか育たない。顧客のニーズにとことん応えるには、相応の覚悟と気概が要る。彼の仕事ぶりは文字通りプロフェッショナルだが、それが優れていればいるだけ、継げる者を育てるのは容易ではない。
「高価でも良いもの」を選ぶ人は少なからずいる。しかし、それが飛ぶように売れる時代ではない。「安価でもそこそこ良いもの」が手軽に手に入る今、彼のような「職人的生き方」は大変そうだ。それでも好きな道を極め、自分の力で、自分の食い扶持は稼ぐ、といった生き方を選ぶ道はありかもしれない。しかしそれを、企業的なキツいノルマと両立させるのは容易ではないだろう。
老舗らしさはどこへ
そんなやり取りがあった後、私はある温泉にひとりで行った。
子供時代に親に連れて行ってもらった情緒ある著名な温泉街。「とにかく老舗旅館を」と旅館組合にお願いし、あとはまかせた。
その日は仕事の都合で到着は夜。街で軽く夕食をと思ったが、旅館近辺は暗く静まり、食べられるところはなかった。
しかし、夜といってもまだ8時。旅館に着いて、何か食べさせてもらえませんか、と聞いてみた。
返ってきたのは「申し訳ございません」。それが老舗旅館での最初の会話だった。
不安を感じて「朝ごはんは…」と尋ねると、案の定「申し訳ございません」。
仕方なくコンビニに連れていってもらい、夜はインスタントラーメン、朝はバナナで済ませた。
翌日、「今日はお食事をしていただけます」との案内があり、広間に行くと、宿泊者全員の食事を一人の仲居さんが用意していた。
極端な人員不足なのだ。だから、かろうじてまかなっている流れ以外の要望には対応ができない。お湯や建物の風情は味わいある宿だったが、残念ながらゆったりした気分は味わえなかった。
ここにも伝統
翌日からは別の宿へ。温泉組合が予約してくれていた宿まで車で送ってくれるという。
次の宿に着いたその時だ。前の宿の男性が、玄関で大声をあげた。
「〇〇屋から、お客様をお連れしてまいりましたぁ!」
その瞬間、私は昭和初期あたりにタイムスリップしたような気分になった。年配の男性の掛け声は、この温泉街で長年育まれてきたものなのだろう。まるで歌舞伎の一場面のようだった。彼の姿の向こうに、教え継いできた先達たちの姿が見えたような気がした。そして、かのカーテン屋さんが凛とカーテンを肩に載せる姿を思い出した。
早い時間の到着で、部屋に入れるまでしばらく間があった。その日は体調がすぐれず、他の客の姿がないことを幸いに、私はロビーで横になった。すると、そっと熱いお茶を置いてくれる人がいる。ご高齢の白髪の着物姿の女性だ。
翌日、次の宿に送ってもらう時、運転する男性に聞いた。
「あの頭を深く下げてくれている白髪の女性は?」
「はい。ここの女将でございます」
そして、この地の伝統であろう「〇〇旅館から、お客様をお連れしてまいりました!」という張りのある声を再び聞いた。
次の宿の食事はバイキング形式だった。…やはり人手が足りない。
かの地に滞在中、代表的な他の老舗旅館にも足を運び、直接聞いて回った。
「もし私がここに泊まれば、食事は個室でできますか?」
すべての老舗旅館の答えは同じだった。
「皆様、食堂でのお食事となります」
人員不足は深刻だ。街は中国人の団体客でにぎわっている。だが、働き手が足りない。そんな中でも断片的に残る、一つ一つの“伝統”に出合う度、私はいちいち心を揺さぶられた。が、このままでは、そっとお茶を置いてくれる女将も、「〇〇旅館でございます!」という雄叫びも、やがて消えていくことだろう。
これが少子高齢化社会の一端か。一人にかかる負担が極端に増え、ノルマや人手不足で汲々としている状況にあっては、残したい伝統や職人芸を引き継ぐ人を、育てることもままならない。
…時代だ…と思った。時代vs個人、そんな圧倒的格差のある戦いにあっては、どれほど気概を持った人でも、その厳しい状況に耐えきれないと感じることがあるのではないか。
次のカーテンは
そこで大事なのは、取り返しのつかない負けにしないことだ。
カーテン屋さんは、世界旅行に行く理由を「ただ、見てみたいだけです」と言った。
それもいいだろう。その道一筋に頑張ってきて、それしか知らないと自認する人生を歩んできた人にとって、一歩外に踏み出す機会は決して無駄にはなるまい。
この先、彼がどんな生き方を選ぶかは分からない。
しかし、彼はカーテンを再び作るようになるんじゃないか、と私はひそかに思っている。大好きなカーテンに、世界各地で吸い込んだ多彩な空気を込めて、さらに心地よいカーテンを作るようになるのではないか、と。いや、なってほしいな、と。
そしてその時は、彼に新しいカーテンを、ちょっと奮発して作ってもらおうと思っている。
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このコラムについて
遙なるコンシェルジュ「男の悩み 女の嘆き」
働く女性の台頭で悩む男性管理職は少なくない。どう対応すればいいか――。働く男女の読者の皆様を対象に、職場での悩みやトラブルに答えていきたいと思う。
上司であれ客であれ、そこにいるのが人間である以上、なんらかの普遍性のある解決法があるはずだ。それを共に探ることで、新たな“仕事がスムーズにいくルール”を発展させていきたい。たくさんの皆さんの悩みをこちらでお待ちしています。
前シリーズは「男の勘違い、女のすれ違い」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/213874/051100025
- 最後に「すごい」って言われたのはいつですか? ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」 ミドルが職場で孤独にな 軽毛 2016/5/13 13:54:53
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