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「経済成長」幻想が日本を滅ぼす! 人口減少社会を「希望」に変えていく確かな方法 もう過去の“成功体験”は捨てよ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48620
2016年05月11日(水) 広井良典 現代ビジネス
文/広井良典(京都大学こころの未来研究センター教授)
かつて70年代後半に、当時のアイドル歌手だった太田裕美の「木綿のハンカチーフ」という曲が大ヒットしたことがある。と言っても、最近の学生にこの話をしてもまったく通じず、彼らにこの話をするときは“今でいうとAKBどころじゃないほど人気があった太田裕美という歌手がいて……”といった説明をしなければいけないのだが。
この曲は、「東へと向かう列車」――この“東”はもちろん東京を暗に指している――に乗って大都会に出ていった若い男性と、地元に残った恋人の女性との間のやりとりが歌詞になっており、男性は後半で東京の暮らしが楽しくて帰れないと言い、“涙ふく木綿のハンカチーフください”という女性の言葉で終わる内容となっている。
ここで「木綿のハンカチーフ」の話をしたのは、この曲は、まさにそれが大ヒットした時代の世界観やパラダイム――後でも述べる“幸福”観でもある――を象徴的に表現したものと言えるからである。その時代とはもちろん高度成長期だが、それは言い換えれば人口や経済が「拡大・成長」を続けると同時に、“すべてが東京に向かって流れていた”時代でもあった。
ただし正確に記すと、この曲がヒットした1975年〜76年という時代は、すでに高度成長の後半期であり、私は中学2年生くらいだったが、日本は次第にモノがあふれる時代になりつつあり、それまでの高度成長期的な価値観に疑問が生まれ始めていた時期でもあったと思う。かくいう私自身が、ひたすら「拡大・成長」を追求するという日本社会のありようへの疑問とともに育ったのだった。
■経済成長はすべての問題を解決してくれるのか?
ところで、ここで現在の視点から、この歌の続き、いわば“その後の「木綿のハンカチーフ」”を考えてみるとどうだろうか。
東京に残った先ほどの男性は、乗車率300%の通勤電車で会社に通い、半ば過労死する寸前まで働くことになったかもしれない。子育てもままならず――ちなみに東京の出生率は都道府県の中で最低である――、中年を迎えると、故郷に残してきた親の介護問題が発生するが、遠距離介護で親のケアもできない……。
こうした状況や事例が現に数多く起こってきたのである(ちなみに以上のような話は、数年前に参加させていただく機会のあった、東京の「大丸有(大手町・丸の内・有楽町)」地区の今後を考える研究会でも話題となっていた)。
いずれにしても私たちは、「木綿のハンカチーフ」の時代とは全く逆の状況を生きようとしている。
そして、現在の日本社会の最大の問題は次の点にあるだろう。
それは、いま述べたように私たちは「木綿のハンカチーフ」とは大きく異なる時代状況を生きつつあるにもかかわらず、現在の日本には、なお「木綿のハンカチーフ」の時代の世界観にとらわれて、その延長でしか社会や経済やビジネスや企業のあり方、東京−地方の関係、あるいは働き方や「幸福」の意味を考えることができない層が多く存在しており、しかもそうした層が社会の中枢部を実質的に牛耳っているという点である。
異論があるかもしれないが、私から見ると「アベノミクス」はまさにそうした“ひたすら「拡大・成長」を目指すことが幸福をもたらす”という世界観の典型的な象徴に映る。世代的には、団塊の世代をはさんで上下それぞれ10年くらいにわたる世代において、そのような価値観が特に強いだろう。
いささか距離を置いた見方をするならば、ある意味でそれはやむをえない面もあるかもしれない。つまりそうした世代には、高度成長期の“成功体験”――それが本当に「成功」だったと言えるかについては様々な疑問があるが――がしみ込んでおり、また“ジャパン・アズ・ナンバー・ワン”とまで言われた記憶が強固に残っていて、全体として「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という世界観から抜け出すことができないのだ。
増税をひたすら忌避し、結果として1000兆円に上る借金を若い世代そして将来世代にツケ回ししているという、現在の日本の異常とも言える状況も、そうした発想――経済成長により税収はやがて自ずと増加し借金を解消することができるという幻想――と一体のものである。
■「定常型社会」という発想――日本の長期人口カーブからの示唆
ところで今年の2月、2015年の国際調査の結果が公表され、前回(2010年)に比べて日本の総人口が初めて減少に転じたことが明らかになった。
以下の図はそうした日本の総人口の推移を、平安時代からの長期の時間軸で見たものだ。
大きく概観すると、江戸時代後半の日本の人口は約3000万で安定していたが、“黒船ショック”を通じて欧米諸国の軍事力やその背後にある科学技術力に衝撃を受け、これではいけないということでそれ以降は“富国強兵”、第二次大戦後は“経済成長”ということを国を挙げての目標に掲げ、国力の増強に努めるとともにひたすら「拡大・成長」という坂道を上ってきた。
そうした社会のあり方が、ほとんど“直立”するかのような人口の急激な増加カーブとなって示されているわけである。先ほどの「木綿のハンカチーフ」は、こうした「拡大・成長」の時代の後半期と対応しており、この歌の内容がそうであるように、この人口急増の時代とは他ならず“すべてが東京に向かって流れる”時代でもあった。
しかし2005年に前年に比べて人口が初めて減り、その後は上下する時期がしばらく続いていたが、2011年からは一貫した減少期に入り、その結果が先ほどの国勢調査結果ともなっている。そして現在の出生率(1.42〔2014年〕)が続けば、日本の総人口は図にも示されているように2050年には1億人を切ることが予測されている。
この図を全体として眺めると、それはまるで「ジェットコースター」のような図になっており、ジェットコースターが落下する、その縁に現在の私たちは立っているように見える。
私たちは今後どのような社会のありようを構想していくべきなのだろうか。
手前味噌となるが、私は今から15年前の2001年に『定常型社会 新しい「豊かさ」の構想』(岩波新書)という本を出した。その要点は次のようなものである。
すなわち、「拡大・成長」のみを求めて様々な政策を行ったり、ビジネスや社会や教育や働き方等々を考えたりしていくことは、時代状況に大きく合わなくなっていて、かえって様々なマイナスを生む。
むしろ「定常型社会」、つまり経済成長を絶対的な目標としなくても十分な「豊かさ」や、より大きな「幸福」が達成されるような社会を私たちは目指すべきである、という内容である。
定常型社会などというと夢物語のように聞こえるかもしれないが、私が見るところ、ヨーロッパの多くの国々――主にドイツ以北のヨーロッパ――ではそれに近い状況になりつつある。
■新しい発想で「豊かさ」や「幸福」を考える必要性
なぜ「ひたすら拡大・成長を追求する」ということが問題なのか。それは、現在のような状況においてそうした方向を求めると、膨大な借金の将来世代へのツケ回しに加えて、皮肉にも拡大・成長という目標とは逆の結果を生み出してしまうからである。
たとえば先ほど言及したように、出生率を都道府県別に見ると東京が最下位で、沖縄がトップという事実がある。ひたすら「拡大・成長」という方向は、バブル期に言われたような“24時間働けますか”といった発想とも重なるが、そうした姿の代表は最大のビジネス都市たる東京である。
しかし逆説的にも、そうした東京では(子どもを産み育てる余裕もないため)出生率はもっとも低く、それは自ずと「人口減少」につながり、経済成長という目標にとっての最大のマイナス要因の一つとなる。
つまりひたすら「拡大・成長」を追求するという方向が、結果として逆の帰結を招いてしまっているのだ。さらに、東京への人口集中が進めば進むほど、それは日本全体の出生率を下げる結果につながる。
沖縄の出生率がもっとも高いという点も併せて考えると、ここでイソップ物語にあったような“北風と太陽”の話が思い出されるだろう。つまり何でもかんでも「拡大・成長」という発想ではなく、少し肩の力を抜いて「歩くスピード」をゆるめるような方向が、出生率の改善を含め、かえって経済にとってもプラスの結果をもたらすのである。
関連して、労働時間と時間当たり労働生産性の関係を国際比較すると、労働時間の「短い」国のほうが概して労働生産性が「高い」という、負の相関関係が見られるという点も類似した現象と言えるかもしれない。長時間つきあい残業をすれば生産性が上がるというものではなく、むしろ逆なのだ。
さらにこれは経済成長と「幸福」という、近年活発に論じられているテーマともつながってくる。
すなわち世界の様々な幸福度指標ないしそのランキングにおいて、残念ながら現在の日本は一定の経済的豊かさのわりにずいぶん低い位置にある(たとえばミシガン大学の世界価値観調査では43位、イギリスのレスター大学の「世界幸福地図(World Map of Happiness)」では90位であり、今年3月に公表された国連の「世界幸福白書(world happiness report)2016年版」では53位)。
こうした主観面の国際比較は難しい要素を含んでいるので、それを額面通りに受け止める必要はないが、日本が先ほどの人口変動のグラフにも示されるように、あまりにも「拡大・成長」のみを追求してきたことの矛盾がこうした結果を招いている面があるのではないだろうか。
ちなみに、フランスのサルコジ大統領(当時)の委託を受けて、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツやアマルティア・センといった著名な経済学者が、2010年に「GDPに代わる指標」に関する報告書を刊行しており(Stiglitz 他(2010))、またこうした動きと関わるものとして、経済学や政治学、心理学等の関連諸分野において「幸福の経済学」と呼ばれる研究が近年盛んになっている。
これは日本に限らず、GDPあるいは経済の「拡大・成長」をひたすら追求する方向性がある種の限界に直面し、新しい発想で「豊かさ」や「幸福」の意味を考える必要があるという認識が、世界規模で共有されつつあることの証と言えると思われる。
■ビジネスと倫理の進化――定常化時代の新たなビジネスモデルへ
ビジネスや企業のあり方も同様である。モノがなお不足していて、人々の消費が大きく伸びる時代であれば、“モーレツ社員”的な働き方も一定の意味があったかもしれない。
しかし現在のようにモノがあふれる時代となり、人々の消費が大方成熟ないし飽和しているような状況において、かつてと同じような行動を続けていれば、それは企業同士が“互いに首を絞め合う”ことになり、結果として経済全体にもマイナスになっていくだろう。それはまた、近年の日本において企業の「不祥事」が後を絶たないこととも関係している。
以上のように言うと、「それは理屈としてはわかるが、しょせん実現不可能な“綺麗事”であり、ビジネスあるいは経済というのは本来『利潤極大化』が至上命令の“弱肉強食”的世界であって、変わることはない」といった反論がかえってくるかもしれない。
しかしそれは違うのである。というのも、日本つまり私たち自身の過去を振り返ると、実は現在とはまったく異なる「経済」や「ビジネス」についての考え方や実践がそこに存在するからだ。
こうしたことを、「経済(ないしビジネス)と倫理の進化」という視点から最後に考えてみたい。
「経済と倫理」というと、現在では対極にあるものを並置したような印象があるが、近代以前あるいは資本主義が勃興する以前の社会では両者はかなり重なり合っていた。近江商人の“三方よし”の家訓がすぐ思い出されるし、現代風に言えば「地域再生コンサルタント」として江戸期に活躍した二宮尊徳は“経済と道徳の一致”を強調していた。
先ほど言及した“黒船ショック”をへて日本が急速に近代化の坂道を登り始めて以降も、こうした世界観はなお一定保たれていた。「日本資本主義の父」とされる渋沢栄一は『論語と算盤』を著し、経済と倫理が一致しなければ事業は永続しないと論じたし、この時代の事業家には、渋沢や倉敷紡績の大原孫三郎のように様々な「社会事業」ないし福祉活動を行う者も相当数いたのである。
戦後の高度成長期になると、状況は微妙に変化していったように見える。“経営の神様”といわれた松下幸之助が「根源社」という社を設けるなど宇宙的とも呼べるような独自の信仰をもっていたことは比較的知られており、同様の例はこの時期の日本の経営者に多く見られる。
ただし国民皆保険制度の整備(1961年)など福祉や社会保障は政府が行う時代となり、経営者は社会事業などからは遠ざかっていった。当時はモノがなお不足していた時代であり、松下自身が考えていたように、企業がモノをつくり人々に行き渡らせることがそれ自体「福祉」でもあったのである。ある意味で収益性と倫理性が半ば予定調和的に結びつく牧歌的な時代だったとも言える。
80年代前後からこうした状況は大きく変容し、一方でモノがあふれて消費が飽和していくと同時に、「経済と倫理」は大きく分離していった(京セラの稲盛和夫やヤマト運輸の小倉昌男などは例外的ケースかもしれない)。他方では、日本がそうであるように経済格差を示すジニ係数は増加を続け、また資源や環境の有限性が自覚されるに至っている。
しかし近年、“「経済と倫理」の再融合”とも呼ぶべき動きが、萌芽的ではあるが現われ始めているように見える。たとえば「ソーシャルビジネス」や“社会的起業”に取り組む若い世代の言明などを読むと、それは渋沢栄一や近江商人の家訓など、ひと時代前の経営者の理念と意外にも共鳴するのだ。
なぜそうなるのか。もっとも大きくは、本稿で論じてきたように、経済や人口が「拡大・成長」を続ける時代から「定常化」への移行という構造変化が本質にあるだろう。
つまり経済のパイがほとんど大きくならない状況の中で「拡大・成長」時代の行動パターンや発想を続けていれば、先述のように企業や個人は“互いに首を絞め合う”結果になる。あるいは意図せざる形で不祥事に自らを追いやる結果になったり、“ブラック化”してしまったりする。
思えば近江商人の“三方よし”も、二宮尊徳の“経済と道徳の一致”も、渋沢栄一の『論語と算盤』も、それらはみな経済がある程度成熟し、限りないパイの拡大という状況が困難な時代における発想の転換あるいは新たなビジネスモデルの創造という意味をもっていたのではないか。
そこでは売り上げの「拡大」や「成長」よりも、事業の「持続可能性」や「(ヒト・モノ・カネの)循環」といったことが優先的な価値となっているように見える。
そして私たちの先人が現にこうした思想をもち実践者として活躍し、大きな足跡を残したということは、“人口減少社会のフロントランナー”たる私たち日本人が、「定常型社会」の新たなビジネスモデルを築き実現していけることを示しているのではないか。
人口減少が本格化する今、根本からこれからの経済社会のあり方や「豊かさ」、「幸福」の意味、そしてビジネスと倫理の関係性を考え直す時期に来ているのである。
広井良典(ひろい・よしのり)
1961年岡山市生まれ。東京大学教養学部、同大学院修士課程修了後、厚生省勤務をへて96年より千葉大学法経学部助教授、2003年同教授。2016年より京都大学こころの未来研究センター教授。専攻は公共政策及び科学哲学。著書に『定常型社会』(岩波新書)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』(岩波新書)など多数。『日本の社会保障』(岩波新書)でエコノミスト賞、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で大仏次郎論壇賞受賞。
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