元ブラック役員はどうやって「社員が17時に帰る会社」を作り上げたか POL Bookshelf 2016年03月06日(Sun) 山口 邦夫 離職率100%企業での経験が原動力昨年来、違法労働を行う企業に対する風当たりが強さを増しつつある。ABCマート、ドン・キホーテが違法長時間労働の疑いで厚生労働省内に設置された過重労働撲滅特別対策班、通称カトクに摘発され、ワタミの過労自殺訴訟の和解では初の懲罰的慰謝料が認められた。カトクによる摘発、ワタミが受け入れた厳しい和解条件は一罰百戒というべきもので、いかにブラック企業が社会問題化しているかを示している。 『ほとんどの社員が17時に帰る10年連続右肩上がりの会社』岩崎 裕美子著 クロスメディア・パブリッシング 納得のできない労働条件、職場環境に対して、問題意識や責任感の強い社員ほど違和感を持つ。職場を選んだのは自分の責任、仕事をこなせないのは自分の責任だと考え、懸命に折り合いをつけようとするが、不信感がオーバーフローしてしまった瞬間、その会社で頑張り続ける意欲が消失してしまう。こうして、心が折れて退職するケースは言うに及ばず、過労に伴う突然死、自殺に追い込まれてしまうことすらある。
長時間労働、パワハラなどで心身をすり減らし、やむなく会社を辞める社員が後を絶たない。某大手アパレルチェーンでは過酷な研修、恒常的な長時間労働を指摘する声が多く、希望を持って入社した人材が疲れ果てて退職するケースが相次いでいる。新卒を大量採用し使い捨てする企業などは、この上なく罪深い存在と言わざるを得ないだろう。 本書の著者は、従業員43人で年商75億円という高収益企業を経営する女性社長。自らがブラック企業の取締役だったという経歴の持ち主でもある。なんと離職率100%の会社で仕事をした経験を原動力に、長時間労働、残業をせずに収益を上げる会社を作り上げた。しかし、超ホワイト企業というべきいま現在の姿は一朝一夕で実現したわけではない。 業績を伸ばしていくために、残業・長時間労働は必要ない。本書はこの真理を実証しているが、社員が専念すべき仕事にあてる時間をいかに作りだすかを突き詰め、自前でやる必要のない業務は専門業者にアウトソーシングするなど、体制整備に取り組んだ。 トップの粘り強さが会社を変える かつて、オリジナリティに富んだ製品を生みだしたパイオニアは、指名解雇という米国流の愚策を強行したことで社内の雰囲気が悪化し、それにつれて業績も下方線をたどった。会社をよくするも悪くするも、経営陣の考え方にかかっているのだ。 とはいえ、会社のカルチャーを改善していくためには、社長が粘り強く取り組むことが欠かせない。社員がどうすれば生き生きとして働くことができるか。その答えは簡単に見つからないからだ。著者が悩んだように、社員の求めるものは給与だけではなく、単に残業がなければいいというわけでもない。 コンサルタントなど外部の助けを借りながら取り組んできた、著者の試行錯誤の軌跡は、モチベーション理論の一つである、マズローの欲求5段階説を見事なほどにステップアップしたことに驚かされる。 すなわち、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求である。働きに見合った給料を得るのはもちろん、周囲に認められたい、自分自身の能力を高めたいといった社員の欲求を満たす環境を作り上げる。これが、脱ブラック企業を果たし、優良企業を作り上げる上で欠かせない条件といえるだろう。 著者が経営する会社は従業員が35人の時点で新卒の採用に踏み切り、社内の雰囲気が目に見えて改善したという。社員に成長してもらいたい、全員が存分に力を発揮してほしいという経営者の欲求がバックボーンとなっているが、著者自身の経営者としての成長の軌跡でもある。 安倍政権は一億総活躍社会の実現を政策課題として掲げているが、掛け声倒れに終わらせないためにも、民間の取り組みを大いに参考にすべきだと思われる。 http://president.jp/articles/print/17498 「仕事内容」より「労働条件」ばかりを聞く学生はいらない あなたの出世、採用、給料、リストラはこう決まる【13】 2015年08月05日(Wed) 溝上 憲文 8月1日、大学生の就職・採用活動が開始された。いま企業の採用面接が盛んにおこなわれているだろう。当然、学生もブラック企業には就職したくない。そのためには労働条件を細かく聞いておきたいもの。ただし、そんな思いも採用担当者からは好意を持たれないという現実もある。『人事部はここを見ている!』(溝上憲文著 プレジデント社)より、「就活」最新事情をお届けする。 評判が悪い労働法の出前講義 長時間のサービス残業など若者に違法労働を強いる“ブラック企業”が問題となっています。そのため学生の企業選びに役立てようと厚生労働省が就活学生向けに労働法の出前講義を実施しています。講義内容は労働契約締結の際の注意事項から賃金、労働時間、退職・解雇に関するもので、学生の評判も上々のようです。 それにしても驚くのは学生の労働法知識の欠落です。埼玉労働局がアンケート調査をしたところ、ハローワークを知っている学生は87%と高いのですが、失業給付がもらえる雇用保険を知らない学生が33%、残業代の割増賃金を知らない学生が60%、違法事案を取り締まる労働基準監督署の存在を知らない学生が78%もいました。 これなら出前講義をやる意味もありそうですが、しかし、企業の評判はあまりよくありません。 『人事部はここを見ている!』溝上憲文著(プレジデント社刊) 中堅商社の採用担当者はこう言います。
「学生の中には『勤務時間は何時間ですか、残業はありますか』と聞いてくる人もいます。労働条件のほうが優先度が高く、仕事に対する情熱を感じない学生が非常に多い。そんな学生に労働の権利だけを断片的に教えるのは危険だと思います。働くとはどういうことか、働く喜びや意義を大学で教えてほしいですね」 IT系のベンチャー企業の採用担当者は、ブラック企業叩きに絡めてこう言います。 「もちろん、社員のことを考えずに悪意をもって働かせている企業は問題だが、労働法を順守していない企業は山ほどあります。うちのような中小ベンチャーは、法律ギリギリのラインで働かなければ、それこそメシのタネがなくなってしまうのが現状。労働条件がよいから入りたいという学生はこちらから願い下げです」 採用担当者が強調するのは、労働環境がよいか悪いかよりも、仕事にやりがいを持てるかどうかを重視してほしいということです。中堅商社の採用担当者は「労働者の権利だけを振りかざすような社員は会社のリスクにつながり、排除したいと思う経営者も多いのではないか」と指摘します。 付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識の前に教えるべきことがあるのかもしれません。 ※本連載は書籍『人事部はここを見ている!』(溝上憲文著)からの抜粋です。 http://president.jp/articles/-/15860 「同一労働同一賃金」で企業が恐れる「給与差」立証責任 人事の目で読み解く企業ニュース【44】 2016年04月08日(Fri) 溝上 憲文 同じ仕事の正社員と非正規の賃金差がなくなる?
安倍晋三首相が打ち出した「同一労働同一賃金」の実現が経済界と労働界に波紋を呼んでいる。 首相が最初に発言をしたのは、1月22日の施政方針演説だった。一億総活躍社会を実現するには非正規労働者の処遇を改善し、能力を十分に発揮することが重要であるとの観点から、白羽の矢が当たったのが同一労働同一賃金だった。 同一労働同一賃金とは、職務や仕事の内容が同じである労働者に対し、同じ賃金を支払うべきとする考え方だ。
だが、一口に同一労働同一賃金といっても、そもそも誰と誰を比べて同じにしなければいけないのかという議論がある。歴史的には差別防止の観点から性別、国籍、人種の違いによる賃金の差別的取扱いを禁止してきた。日本でも労働基準法3条と4条で同じような差別を禁止している。 また、同じ仕事や職務であっても異業種や企業規模(大企業と中小企業)による賃金の違いもあり、これも同一にするべきなのかという議論もある。 そもそも日本は欧米と違って職種別労働市場もなく、企業間の賃金格差も大きいので実現は容易ではない。 ただし、今回、注目すべきは安倍政権は「同一企業内の正社員と非正規社員(パート・契約・派遣社員)の賃金の違い」をターゲットにしていることだ。つまり、正規・非正規を問わず同じ企業に勤める職務が同じ労働者であれば同じ賃金にしていこうというものだ。 ▼日本の常識を覆す大胆な改革 それでもこの考え方は従来の日本の常識を覆す大胆な改革だ。 なぜなら、同じ職場で同じ仕事をしている正社員とフルタイムの非正規社員がいると仮定し、非正規の時給が1000円、正社員の月給を時給換算した場合に2500円だったとすれば、パートも2500円にしなさいということになる。また正社員が100万円のボーナスをもらっていたら同じ額を支払うことになるからだ。 だが日本の実態はそうではない。 正社員は年齢や勤続年数で賃金が上がる年功序列型体系がベースにあるが、非正規にはそういう仕組みがない。それだけではなく正社員は終身雇用(無期雇用)というだけでボーナスや退職金、家族手当などの諸手当、福利厚生を含めた手厚い処遇を受けている。しかも同じ正社員でも高卒の一般事務職や工場で働く社員と大卒・院卒を対象に採用された総合職とでは賃金の上がり方も違う。 こうした点だけを見ても日本は「同一労働同一賃金」ではないと言える。 同一労働不平等賃金 裁判所の判断は? また社会的実態だけではなく、裁判所も同一賃金同一労働でなくともよいとの判決を出している。 具体的には学歴、勤続年数の違いだけではなく、正社員と非正規社員の待遇格差を違法ではないとの判決が相次いで出されてきた。 社会的かつ司法上も“同一労働不平等賃金”を許容してきた日本でそれを変えるというのだから、大胆な改革というしかない。 そんなことができるわけがない、安倍政権の参議院選挙前のイメージ戦略だという見方もあるが、確かに実現するのは容易ではない。 なぜなら正社員と非正規社員の賃金を揃えるのは個別企業の労使の問題であり、政府が介入する余地は少ない。 ▼政府は法改正して同一労働同一賃金を推進 欧米の企業では正規・非正規を問わず職務内容を評価して賃金を決める職務給が一般的であるから同一労働同一賃金と調和しやすい。だが年功序列中心の正社員と単に時給払いの非正規社員の賃金を同じにしていくには正社員を含めた賃金体系の見直しが不可欠になる。こうした賃金制度の観点から同一賃金にもっていくのはかなりの時間がかかるだろう。 政府ができることは法的にそうした動きを促すことしかない。現在、政府がアプローチしようとしているのは法改正による同一労働同一賃金の推進だ。 今年、2月23日の第5回一億総活躍国民会議でその概要が明らかにされている。制度化に向けた中心的役割を担っているのが労働法を専門とする水町勇一郎東大教授であり、水町教授はヨーロッパと同じような法律の日本への導入を提案している。 では、どのような法改正を意図しているのだろうか。 EUの労働指令ではパートタイマーや有期契約労働者であっても、下記の原則がある。
「雇用条件について、客観的な理由によって正当化されない限り、有期労働契約であることを理由に、比較可能な常用労働者(正社員)より不利益に取り扱われてはならない」 EU各国はこれに基づいて法制化している。 たとえばドイツのパートタイム労働・有期労働契約法では、こう規定している。 「パートタイム労働者は、客観的な理由によって正当化されない限り、パートタイム労働を理由にして、比較可能なフルタイム労働者より不利に取り扱われてはならない」 つまり、「客観的・合理的な理由がない限り、非正規労働者に不利益な取扱いをしてはならない」というものだが、水町教授はこの規定を労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法に盛り込むべきだと言っている。 会社に立証責任「賃金差の合理的理由」 では、そうした条文を作った場合にどんな法的効果があるのか。 水町教授は国民会議でこう述べている。 「同一労働同一賃金原則と異なる賃金制度をとる場合には、どうして同一労働同一賃金原則ではない賃金制度等をとっているのかという理由、考え方について会社側に説明させることによって、賃金制度の納得性・透明性を高めることになる」(議事要旨) つまり、非正規社員に対する合理的理由のない不利益取扱いの禁止を条文に明記すれば、賃金差を設ける合理的理由を会社側が立証する責任を負うということだ。 通常なら非正規社員が正社員と給与が違うのはおかしいと裁判所に訴えた場合、非正規の側が正社員と同じ仕事内容であるのに給与が違うことを立証しなければならない。 ▼企業は賠償義務を負うリスクも だが、この場合は会社側がなぜ違うのかといった合理的な理由に基づいた格差であることの立証責任が生じ、合理的な理由を裁判所が認めなければ企業は賠償義務を負うことになる。 ヨーロッパも同じような仕組みであり、情報量も少なく、立場的に弱い労働者にとっては有利な制度であることには間違いない。 たとえばフランスにはこんな規定がある。 「期間の定めのある労働者(有期契約労働者)が受け取る報酬は、同等の職業格付けで同じ職務に就く、期間の定めのない労働者が同じ企業において受け取るであろう報酬の額を下回るものであってはならない」(労働法典)
この規定が法改正に盛り込まれるかどうかわからないが、もしそうなると裁判以外でも効力を発する可能性もある。 法学には行為規範と裁判規範がある。 行為規範とは、正社員となぜ違うのかと聞かれたときに会社側に説明責任が発生し、その場で違いについて答えられなければアウトになる。 次に裁判所に持ち込まれたときに裁判規範としての立証責任が会社側に生じる。こうした2段階による規制によって同一労働同一賃金を促していこうというのが法改正の趣旨だ。 ただし、問題となるのがどんな違いが合理的であり、合理的でないかという点だ。 正当な賃金差、正当でない賃金差の境界線 年功序列賃金が浸透している日本では、経営側に限らず労働側もこの仕組みを良しとしている。 法改正後の裁判によって、 「年功序列賃金は同一労働同一賃金に反する」 「非正規社員も正社員と同じ年功序列で処遇すべき」 という判決が下れば大変だという意識が経営・労働側にあるだろう。 事実、国民会議の議員である三村明夫日本商工会議所会頭は次のようにと不安を口にしている。 「たとえば合理的理由の立証責任が、企業側のみに課せられる。とすれば、現場に大変な混乱を引き起こすことになります。たとえば終身雇用、年功序列との関係をどう整理するのか」 ▼終身雇用・年功序列との関係は? これに関して水町教授は欧州の裁判例を示し、こう答えている。
「欧州でも、労働の質、勤続年数、キャリアコースなどの違いは同原則(同一労働同一賃金名)の例外として考慮に入れられている。このように、欧州でも同一労働に対し常に同一の賃金を支払うことが義務づけられているわけではなく、賃金制度の設計・運用において多様な事情が考慮されている」(2月23日国民会議提出資料)としている。 ヨーロッパの裁判でも学歴・資格、勤続年数や総合職などのキャリアコースの違いによる賃金差を認める判決が出ているので安心してほしいと言っている。 じつは経済界のこうした不安を受けて安倍首相も「どのような賃金差が正当でないと認められるのかについては、政府としても、早期にガイドラインを制定し、事例を示してまいります」(議事要旨)と発言している。 その結果、3月23日からガイドラインに関する政府の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」がスタートしている。 合理的理由の範囲を示すガイドラインがどうなるのかわからない。経済界が要望するような勤続年数や年功序列、総合職などのキャリアコースの違いによる賃金差を合理的理由に含める可能性もある。 しかし、政府のガイドラインは法律ではない。しかも民事訴訟で争われる以上、裁判所がガイドラインに拘束されることはない。政府がフランスではこうなっているからという立派なガイドラインを作っても裁判所にこれに従えという権利はない。裁判官にしてみれば余計なお世話だと言ってもおかしくないのだ。 初の同一労働同一賃金原則の導入となる日本で、いったいどういう法律になるのか、ガイドラインがどういうものになるのか注目するべきだ。 http://president.jp/articles/-/17774 なぜ公務員の給与が増え続けているのか 2016年01月26日(Tue) 磯山 友幸 厳しい財政赤字でもバラマキは止まらず
国家公務員の給与とボーナスが2年連続で引き上げられた。安倍晋三内閣は12月4日に、2015年度の国家公務員の月給を0.36%、年間の期末・勤勉手当(ボーナス)を0.1カ月分それぞれ引き上げることを閣議決定したのだ。年収にすると0.9%の増になる。4月に遡って支給されるため、1月に調整額として支払われることになる。まさに安倍首相からの“お年玉”だ。 月給とボーナスが2年連続で引き上げられるのは24年ぶりという。1991年度以来だから、まさにバブル期以来ということだ。この2年間での引き上げは10%を超えている。安倍首相はアベノミクスの効果が給与の増加に結び付く「経済好循環」を掲げている(※1)が、真っ先にその恩恵を受けているのが公務員なのだ。
この2年間で最も大きかったのは、東日本大震災による減額措置をすっかり白紙に戻したこと。東日本大震災の復興財源を確保するために、所得税などに上乗せする復興特別税を創設、国家公務員も「身を切る」姿勢を示すために、給与が平均7.8%、賞与も約10%減額された。12年度と13年度の話だ。 それを安倍内閣は14年4月、元に戻したのである。7.8%減を元の水準に戻したので、給与は前年度比で8.4%増加。ボーナスも10%減が元に戻ったので11%以上増えた。さらに人事院が勧告した月給の0.27%アップと、賞与の0.15カ月分引き上げも実施したため、人によっては2割近くも年収が増えたのである。 14年4月といえば、消費税率が5%から8%に増えたタイミングである。国民に負担を求めながら、一方で公務員に大盤振る舞いしたのには唖然としたが、メディアはあまり報道せず、批判の声は盛り上がらなかった。ちなみに7.8%の削減で浮く財源は3000億円。復興特別税での所得税上乗せ分も約3000億円である。復興税の方は2037年まで25年間も永遠と続く。 国家公務員給与の総額は財務省が公表している15年度当初予算ベースで3兆7975億円。これが0.9%増えるから3兆8300億円程度になる模様だ。一律削減で大きく減った13年度は3兆5018億円(当初予算ベース)だったから3300億円近く増えている。 財務省は国債の発行残高など「国の借金」が1000兆円を突破した、このままでは財政破綻しかねない、と国民に危機感を煽っている。財政破綻を避けるには消費税を引き上げる他ないというのだが、その一方で、自らの給与は着々と引き上げているのである。単年度赤字を出し続けている会社が、給与やボーナスを大幅に増やすなどということは、民間の常識では考えられない。なぜこんな理不尽が許されるのか。 図を拡大 国家公務員のモデル給与例 国家公務員の給与やボーナスは、「民間並み」になるよう人事院が「引き上げ」や「引き下げ」を勧告。それに従って内閣が決定する仕組みになっている。あくまで「民間並み」が原則なのだ。15年度の改訂でも、民間給与が41万465円なのに、国家公務員の給与は40万8996円である、として格差を解消するように求めた。だが、実態は違う。勧告の計算の対象から国家公務員の管理職以上を外し、平均額が低く見えるような仕組みにしているのだ。50歳を超える公務員になると、給与は民間よりも高いのだ。
人事院が資料に示す「モデルケース」でも、35歳の本省の課長補佐の年収は741万円、45歳の本省の課長は約1195万円、局長になれば1729万円に跳ね上がる。 公務員が人気職種に迫る「ギリシャ化」 しばしば公務員の給与は安いと言われる。確かに「現場」のヒラ公務員の給与は30歳で376万円である。ところが、ポストをよじ登るにつれ、給与が大きく増えていくのだ。 民間企業では、係長や課長といった「中間管理職」が廃止されたり、ポストが大幅に減らされて久しい。役所はいまだに階級社会。しかもよほどのヘマをしない限り、入省年次に従って同期と共に昇進していく。それに連れて給与も増えるのだ。 なぜ安倍首相はそんな大盤振る舞いが可能なのか。 背景には好調な税収がある。15年度の一般会計税収は56兆円台と当初見込んでいた54兆5250億円から2兆円近く増える見通しだという。1991年度の59兆8000億円以来24年ぶりの高水準だ。アベノミクスによる円安で企業収益が大幅に改善、法人税収が増えたことが大きい。さらに株価の上昇による所得税の増加もある。デフレのどん底だった09年度の税収(38兆7000億円)に比べると18兆円近くも増えたのだ。 まさにバブル期以来の税収好調を背景に、バブル期以来の2期連続の給与・ボーナス引き上げを行ったわけだ。要はバラマキである。 安倍首相が公務員に甘い顔を見せるのは、過去のトラウマがあるとされる。第1次安倍内閣では公務員制度改革に斬り込み、霞が関を敵に回したことから、短命政権になったと安倍首相は信じているのだという(※2)。民主党政権が実現した給与削減の特例法を廃止したうえ、さらに上乗せの改訂を続けている。長期政権を実現するには、霞が関は敵に回さないに限るというわけだ。 政府の中には、公務員の給与引き上げは、アベノミクスが目指す「経済好循環」に役立つという“解説”もある。いくら財界人に安倍首相が働きかけても、民間給与の引き上げは簡単にはできない。まして地方の中小企業の給与は上がる気配に乏しい。だが、政府が国家公務員の給与を引き上げれば、それにつれて地方公務員の給与も上がる。人事院勧告に連動して地方の人事委員会が給与改訂を勧告する仕組みだからだ。 地方自治体は財政難のところが少なくないが、それを見越してか、15年末に閣議決定した補正予算には1兆2651億円の地方交付税交付金の上乗せ配分が含まれている。税収増を地方にもバラまき、それを人件費として配ろうというわけだ。 「県庁や市役所の職員の給料が上がれば地方経済は良くなります。地方で飲み屋街を支えているのは県庁職員ですから」とある県の県庁職員は悪びれずに言う。中には、「官官接待を無くしたから地方の消費が落ち込んだ」と真顔で言う人もいる。官官接待とは、地方自治体の幹部が国の公務員などを接待する慣習である。 確かに、公務員におカネをバラまけば、目先の消費は増えるかもしれない。だが財政赤字が続く中で、人件費の増額のツケはいずれ増税の形で国民に回って来る。増税になれば消費の足を引っ張ることになる。 さらに民間よりも待遇の良い官公庁に若者が集まれば、民間の力はどんどん疲弊していく。資格取得の予備校で最も人気のあるのが「地方公務員講座」という状況が続いている。 公務員への大盤振る舞いに反発する声は意外に小さい。国会でも公務員の労働組合を支持母体にする民主党は、公務員給与の引き上げに賛成の立場だ。統一会派を組むことになった維新の党は「公務員給与の引き下げ」を政策の柱にしてきた数少ない政党だが、民主党と一緒になることで、声高に叫ぶことができなくなりつつある。 「公的セクター」の役割は重要だが、大きな収益を稼ぎ出すわけではない。民間が萎縮し「官」がどんどん肥大化していけば、国民の多くが経済的にも精神的にも「官」にぶらさがることになりかねない。それこそ日本の「ギリシャ化」である。 ※1:2015年6月に閣議決定した「『日本再興戦略』改訂2015」では、経済政策「アベノミクス」は第2ステージに入ったとして、「経済の好循環の拡大」「未来への投資・生産性革命」「ローカル・アベノミクスの推進」を謳う。 ※2:第1次安倍内閣は2006年に佐田玄一郎を「公務員制度改革」の担当大臣に指名。以来、民主党政権でも担当大臣は引き継がれ、2012年に発足した第2次安倍内閣では稲田朋美が担当大臣に指名されたが、2014年の第2次安倍改造内閣では担当大臣が廃止された。 http://president.jp/articles/-/17165
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