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「太洋社 HP」より
また取次会社が破綻!取次業界、本格的崩壊期へ突入か…出版業界で連鎖破産の兆候
http://biz-journal.jp/2016/04/post_14502.html
2016.04.01 文=佐伯雄大 Business Journal
2月5日に自主廃業を宣言し私的整理を進めていた太洋社が3月15日、ついに自己破産を東京地裁に申請し、法的整理に移行した。同日には出版社や書店に「万策尽きた」とするファックスが送信され、翌週の22日には東京地裁から「破産手続開始通知書」が出版社など債権者らの元に送られた。
それによると、太洋社がどの程度の支払い能力があるかを債権者らに知らせる「財産状況報告集会」は9月20日に開催されるという。東京商工リサーチによると、破産申請時の負債は43億7635万円。その9割近くに相当する39億260万円が出版社の債権者1877社に対するものだという。
2月8日に開いた出版社・書店向け説明会で太洋社の國弘晴睦社長は、「現時点では自主廃業できると考えている。特別清算などに移行することは、現時点ではない」と法的整理をきっぱり否定。債権者にとって太洋社の支払いを期待させる「自主廃業」を強調した。それにもかかわらず、突如債権者にとって回収見込みがほぼなくなる自己破産を申請してしまったのだ。
事情に詳しい出版社営業担当者は語る。
「太洋社は2000社近くもの債権者を抱えているため、私は自主廃業できるとは思っていませんでした。それだけ多くの出版社に満額支払いを期日通り続けていけるのなら、廃業はしませんよ。2月8日の出版社向け説明会で同社は、 3月5日までは支払うと明言していました。裏返せば、それ以降は手当てできていないということです。しかも、今回自己破産を申請した理由が『3月15日の支払いができないため』でした。太洋社から出版社への支払いは、月末払い、5日払い、15日払いが多かったようです。國弘社長はもちろん、弁護士たちもそのあたりで行き詰まることを確実に予見できたはずです。自己破産は当然の選択肢だったと思います」
では、なぜ自主廃業から一転、自己破産に移ったのか。出版社が“國弘通信”と呼んでいた、太洋社が3度にわたって取引先に送付したファックスの内容と出版社の反応から、状況の推移をみていきたい。
■芳林堂の自己破産
まず、2月8日の説明会から2週間が経過した2月22日の第一報である「中間決算書送付および弊社の状況ご報告」と題した文章には、説明会の席で出版社から質問があった2015年7〜12月までの中間決算の概況と、帳合変更などによる書店への売掛金の回収状況、資産売却の見通しなどが綴られているが、そこには次のような驚くべき内容が記されていた。
「売掛金額が1210百万円の大口お取引書店様につき、(中略)事業譲渡や資本参加などの方法による支援によって売掛金の焦付き懸念は一掃されるものと業界内でも信じられていたところ、(中略)そうした支援策の具体化が危ぶまれる事態が生じかねない状況に直面することになりました。こうした事態が現実化すれば、およそ売掛金の半分近くが焦付くこととなります」
「その他の主要延滞売掛先の財務状況の精査をすすめたところ、いずれも業容が悪いうえ、取得していた抵当権や連帯保証などによる回収も、それらの内容が当初取得時に比し劣化していることが明らかとなってきた」
その通知が送られてきた4日後の2月26日午前、芳林堂書店が自己破産を申請し、書店事業は書泉に売却したという通知が取引先に流れた。
出版社取締役は語る。
「大口取引書店が芳林堂だとはわかっていました。太洋社が自主廃業を発表した週の2月3日から太洋社から送品を止められていましたし、比較的大きいほかの書店さんは日販への帳合変更(他の取次会社との取引に変更すること)に移行するが決まっていました。残るは老舗書店の芳林堂のみ。その進退に注目が集まっていました。東京・高田馬場店で開催を予定していたイベントが、急きょアニメイト渋谷に場所を移して開催されたこともあり、アニメイトや中央社、トーハンが芳林堂に手を差し伸べているのでは、という憶測が流れていました」
芳林堂の自己破産の報を受けた出版社らは、太洋社の12億円もの債権が焦付くことは容易に想像できたという。しかし、3月1日付の國弘通信「ご報告とお願い」では、芳林堂の件には一切触れられていなかった。
「8割を超える書店様の帳合変更が決まり、2月中には弊社に対する買掛金の支払を含めた帳合変更に伴う決済もほぼ完了致しました」
帳合変更が峠を越えたとして、3月3〜4日の搬入を最後に書籍と雑誌の取り扱いを終了するという、いわゆる事業停止のお知らせにとどまっていた。
■債務超過に陥った本当の要因
ある出版社幹部社員は語る。
「確かに通知の通り、2月末に太洋社から入金がありました。その後も3月5日払いの出版社にも入金されたと聞きました。この時点では、2月8日の説明会の約束は守ったことは認めます。しかし、芳林堂の影響については何も触れられていませんでしたので、太洋社が自主廃業できるかどうかは相当怪しい雰囲気でした」
また、事情に詳しい出版社営業担当者は語る。
「メディアでは連鎖倒産として、芳林堂書店の自己破産が伝えられました。しかし、太洋社の営業赤字の原因となり、債務超過に陥る要因はむしろ芳林堂にあったようです。つまり、芳林堂は銀行ばかりに支払って、太洋社には払わなかったと聞きました」
3月15日、「ご報告とお詫び」と題する最後の國弘通信が流れ、次の内容が説明された。
(1)帳合変更はほぼ完了
(2)芳林堂の自己破産によって11億6000万円(2月末)の売掛金のうち、8億円が焦付く
(3)芳林堂にある書籍・雑誌などの在庫を3億円で売却
(4)帳合変更に伴う決済で2億円が未回収
最後に「もはや万策が尽きたものとして、自主廃業を断念し、この度、本日の午前10時をもって東京地方裁判所に対し破産申立をするに至った」と伝えた。
「芳林堂が原因となって、太洋社も自己破産に至ったのは事実なのでしょう。しかし、年商約40億円程度の芳林堂で、12億円もの売掛金が未回収になっているのは、いくらなんでも多すぎでしょう。結局、芳林堂も太洋社も一蓮托生の関係だったのです。どちらかがコケれば、そこで共倒れ。ならば、太洋社は自主廃業を決めた時点で、芳林堂への売掛金が焦付く可能性があることも承知していたはずです。芳林堂には支払い能力がありませんから。しかも、これだけ財務が悪化した書店の借金をほかの取次が肩代わりするのは容易なことではありません。
結果的に、芳林堂は自己破産を申請し、書店事業をアニメイトグループの書泉に約1億5000万円で売却しました。抜け殻となった芳林堂はS企画と名前を変え、太洋社への債務を抱えたまま清算されることになりました。借金を切り離して、社員と店舗を存続させるのが最上の策だったということです。とすれば、太洋社も自主廃業できないことを承知していたのではないでしょうか」(出版社幹部)
わずか1カ月足らずで自主廃業から一転して自己破産に転落した太洋社。出版社のコメントの通り、太洋社と芳林堂がそれだけ大きな債権債務を抱えていた、一蓮托生の関係だったがゆえの自己破産なのだろう。
■不可解な支払い猶予
しかし、芳林堂は出版業界では老舗書店として知られてはいるものの、一般的にはそれほどの知名度はない。そのレベルの書店に、なぜ太洋社は自社の経営がこれほど深刻になるまで、支払いを猶予してきたのだろうか。
「どうやら、芳林堂への売掛金は支払い棚上げだけではないようです。芳林堂は太洋社と取引する以前、日販と取引していました。その前はトーハンです。業績が悪化した芳林堂は、太洋社に救われるかたちで取引先を変更したのですが、その際に芳林堂の日販への未払い金を太洋社が肩代わりしたそうです。その金額は一説には10億円ともいわれています。ほかの取引書店とは異なり、そうした特別な関係に両社はあったのです。その当時の借金が残っていて、未払い金が12億円にも上ったのではないでしょうか」(中堅出版社社員)
出版界では、こうした芳林堂との経緯を踏まえて、太洋社への同情論が高まっているが、東武ブックスや文真堂など多くのチェーン書店が太洋社から日販やトーハンに帳合変更してしまったのはなぜなのか。
かつて青山ブックセンターが取次の栗田出版販売より銀行への支払いばかりを優先させ、業を煮やした栗田が債権者として青山の自己破産を申請したことがあった。こうした“お手本”があるにもかかわらず、太洋社はなぜ体力のあるうちに芳林堂を自己破産させるなどの手を打たなかったのか。
「相次いで書店が太洋社から離れていったのは、トーハンや日販による書店の引き抜きだけではありません。書店自ら離れていったというケースもあるようです。芳林堂1社に命運を握られるほどまでに太洋社を弱体化させ、最後は出版社に迷惑をかける自己破産に至った責任は、ひとえに経営トップにあるといえるでしょう」(専門書系出版社の営業担当)
いずれにせよ、出版不況を物語る今回の太洋社の破綻劇といえよう。
(文=佐伯雄大)
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