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コラム:マイナス金利がもたらす「水没世界」=竹中正治氏
http://jp.reuters.com/article/column-masaharu-takenaka-idJPKCN0W33X3
2016年 03月 3日 15:53 JST
竹中正治龍谷大学経済学部教授
3月3日、龍谷大学経済学部の竹中正治教授は、日銀のマイナス金利政策がもたらす効果と影響については、誤った理解が流布していると指摘。提供写真(2016年 ロイター)
[東京 3日] - ケビン・コスナー主演の米SF映画「ウォーターワールド」(1995年)をご存知の方は多いだろう。水没した世界で、人々はわずかに残る水上の空間や陸地を求めてもがき争う。
欧州諸国のマイナス金利に加え、日銀のマイナス金利導入によって10年物前後までマイナス利回りとなった国債市場は、債券投資家にとってさながらこの「水没世界」の到来だろう。その中長期的な効果と影響について考えてみよう。
その前段として、日銀によるマイナス金利導入について、誤った理解が流布しているので、まず、それについて2点、解説しておく必要がある。
<誤解その1:銀行が日銀当座預金に資金を寝かしているから融資が増えない>
メディアの解説などでよく見かける誤りの第1は、「日銀が民間銀行から国債を大規模購入しマネーを供給しているのに、民間銀行は日銀の当座預金に資金を寝かしておけばリスクなしに0.1%の利息が得られるので融資を十分に伸ばさないでいた。今回のマイナス金利導入でようやく銀行の尻にも火がつくだろう」という理解である。
これは全くの間違いだ。実は民間銀行が融資を伸ばしても、日銀当座預金残高は変わらない。具体的な例で示そう。単純化して民間銀行は1行だけだと想定する。私が銀行から5000万円の住宅ローンを借りると、銀行のバランスシート上に資産として「住宅ローン5000万円」が計上される。同時に銀行の負債サイドにある私の普通預金に5000万円が入金され、預金残高が増える。私が住宅の売り主に5000万円を払うと、私の預金はその分だけ減り、売り主の預金が5000万円増える。以上の金融取引は銀行が日銀に置いている当座預金残高をなんら変化させない(下の図表1参照)。
もちろん現実には複数の銀行があり、私の支払先が他の銀行(B銀行)の預金口座であれば、私に融資した銀行(A銀行)の預金は5000万円減り、同時に銀行間の決済によりA銀行の日銀当座預金残高はその分減り、B銀行の同残高が同額増える。しかし、銀行業界全体の日銀当座預金残高は全く変わらない。これは融資と預金が両建てで増減する銀行の信用創造の基本原理である。
正確に言うと、銀行は預金残高に応じて一定の残高を日銀当座預金に置くことを義務付けられている。これを所要準備額と呼び、現在約9兆円だ。融資(=預金残高)が5000万円増えると、銀行の所要準備額が5000万円に準備率を掛けた分だけ増える。
「日銀当座預金残高=所要準備額+超過準備額」であるから所要準備額が増え、超過準備額は同額減る。今回導入されたマイナス0.1%金利は、超過準備額の今後の増分にのみ課され、所要準備額には課されないので、銀行にとってその分だけ損益的な変化が起こる。ただし、現行の準備率は流動性預金の場合、最高でわずか1.3%なので、極めて微細な損益変化でしかない。
<誤解その2:銀行が国債保有を増やすと融資が増えない>
第2の誤解は、「銀行は融資が伸びないので(あるいは伸ばさないで)国債での資金運用を増やした。ところが今回のマイナス金利導入で期間10年近くまで国債利回りがマイナスになったので、銀行がもっと融資を増やす圧力になるだろう」というものだ。これもマクロで見ると基本的に間違いである。
銀行業界全体のバランスシートで資産サイドの主要な項目は、融資残高が709兆円、国債と財融債が245兆円(そのうち、ゆうちょ銀行の保有が98兆円)、日銀当座預金残高が233兆円、一方負債サイドの預金は1337兆円となっている(日銀資金循環表、2015年9月末時点)。すなわち預金残高が融資残高を上回る「預貸超過」である。
この預貸超過の度合いは銀行により違うが、銀行業界全体で預貸超過になっているのは、別に銀行が貸し渋っているからではない。その原因は、実は政府の毎年30兆円を超える財政赤字と国債発行の結果である。
これも銀行が1つだけ存在する単純化した例で考えるとわかりやすい(次ページの図表2参照)。政府が30兆円の財政赤字予算を組んで、30兆円の国債発行で資金を調達するとしよう。国債が民間銀行によって引き受けられると、銀行の資産サイドに国債保有30兆円が計上される。その対価として日銀当座預金から30兆円が引き落しされ、日銀に置かれた政府口座に30兆円が入金される。その後、財政支出が行われると民間銀行は政府の支払い依頼を受けて受け取り手である個人や企業の預金口座に30兆円を振り込む(預金増)。同時に政府口座から民間銀行の日銀当座預金に30兆円が振り返られて決済が終了する。
もちろん国債の購入者は銀行だけではないので、法人や個人が銀行から国債を購入すると銀行の資産サイドから国債保有は減り、同時に購入者の銀行への支払いで預金も減る。証券会社を経由して投資家が国債を購入した場合も、経路が長くなるが、同じことになる。すなわちノンバンクの法人や個人投資家が発行された国債を全部購入するという極端なことがない限り、銀行には国債保有増と預金増が資産負債両建てで残ることになる。
融資による信用創造のケースと国債引き受けのケースの違いは、前者は民間銀行限りの信用創造で起こるが、後者の銀行の国債引き受けは最初に日銀当座預金残高がないと起こり得ないという点である。もちろん銀行業界全体が融資を増やしても、既述の通り融資と預金両建ての原理が働くだけなので、国債保有額が減少することはない。こうしたマクロの金融の原理については、銀行関係者でも勘違いしている場合が少なくない。
<量的金融緩和の本質>
以上理解すると、日銀の量的金融緩和の本質もはっきりする。日銀に保有国債を売るたびに民間銀行の国債保有残高は減少し、代わりに日銀当座預金残高が増える。ただそれだけのことだ。ゼロ金利下で銀行が所要準備額をはるかに上回る日銀当座預金残高を保有している現状では、融資の増減と銀行の国債保有残高や日銀当座預金残高との直接的な関係性は失われている。
では、量的金融緩和や今回のマイナス金利は、どのように効果をあげるのか。リフレ派は一般に次のように理解している。
1)時間軸効果:ゼロ金利(あるいはマイナス金利)が長期に持続するという予想から生じる長期金利の低下。
2)ポートフォリオバランス効果:日銀が国債を大規模に購入すると、その分だけ民間のポートフォリオが変化し、民間投資家が社債や株式、不動産、海外証券の購入を増やす効果(資産効果や円安効果への波及)。
3)インフレ期待効果:長期間にわたる「異次元緩和」がインフレ期待を高めることで実質金利(=名目金利−期待インフレ率)が下がり、借り入れによる投資や消費が増える。
ただし、昨年10月27日の本欄「日本に灯る円高デフレ回帰の黄信号」で書いた通り、雇用の回復にもかかわらず賃金上昇率が抑圧されている現状では、こうした金融緩和もその効果は限界に近づいており、このままでは景気回復の持続もインフレ目標の達成も危ういと私は考えている。
現在の株価の下落や円高への戻りは、中国リスクを筆頭に新興国経済の不振やそれと表裏をなす資源価格の下落による投資家層のリスクオフ(リスク回避)による部分が大きいが、同時にアベノミクスが掲げてきた「インフレ期待」の剥げ落ちという面もあると警戒的に考えておくべきだろう。
<マイナス金利の波紋はどこまで広がるか>
今回のマイナス金利効果の別の側面にも目を向けておこう。まずインフレ目標が未達成のまま現行の量的緩和やマイナス金利が解除されることはなさそうなので、長期国債のマイナス利回りを含めて現下の事態は長期化するだろう。その結果、第1に長期債券投資主体の機関投資家にとってマイナス金利は長い「水没世界」の始まりとなる。
長期債券からの収益依存度が高い機関とは、ゆうちょ銀行、生保、年金、一部の地銀などである。現時点では債券価格が一段と上がった(利回りが下がった)ことで評価益が発生しているが、問題は今後の新規債券投資がマイナスリターンになることだ。
また、住宅ローンをはじめ各種融資金利も一段と下がり始めているが、銀行にとっては一般の預金金利がゼロ金利の壁でマイナスにならない以上、利ザヤはさらに圧縮され、逆転すらあり得る。ゆうちょ銀行をはじめ銀行株全体が大幅に下がっているのはそのためだ。
ただし、銀行にも逆転のチャンスがないわけではない。これを機に銀行が普通預金や当座預金に手数料を求めるようになるかもしれない。これは他国を見ても決して異例なことではない。例えば米銀では小切手の決済サービスを提供しているチェッキングアカウントなどには昔から手数料が課せられることが一般的だ。一方、日本の銀行は自動引き落としという便利な決済サービスを提供しながら、これまで預金者から手数料を明示的に徴収することはなかった。例えば、ゆうちょ銀行が手数料徴収を開始すれば、他の民間銀行も追随するだろう。
第2の効果は、財政収支に与える効果だ。発行されている国債の平均残存期間は8年である(15年3月末時点)。15年度の予算では約10兆円の国債利払い費が計上されている。この国債利払い費はかねてより毎年度実際よりも大きめに計上されてきたものだが、今後次第にゼロ金利あるいはマイナス金利の新規債に乗り換えられれば、利払い費もゼロに近づく。10兆円は消費税率4%分に匹敵する規模だ。
ただし、マイナス利回りで発行された新発債は「市中消化」されても、その多くは日銀が保有することになるだろう。その場合はマイナス利回りによる財政的な損得は、ほとんど政府と日銀の間の損得に過ぎない。将来国債利回りが上昇した場合、日銀は既存の国債保有残高から莫大な損失を被る。それは政府がマイナスの資金コストを享受した益と表裏一体であり、政府・日銀間の損得の振り換え(政府による日銀への資本補填など)をすれば済む問題だとも言える。
<現金通貨の廃止で可能となる「完全水没世界」>
さらにマイナス金利の深化はあり得るだろうか。黒田日銀総裁は必要ならもっとマイナス幅を拡大することができると語っている。しかし、一般の預金金利がゼロの壁に阻まれてマイナスにならないとすると、既述の通り銀行の利ザヤは圧縮されるばかりで、合理的な金利形成が阻害される。一方、現行のまま一般銀行預金にマイナス付利をすれば、預金者は大規模な現金(日銀券)引き出しという防衛行動に出るので、無効化されてしまう。
その限界を破る方策はある。ちょっと空想的になるがご説明しよう。例えば、日銀券とコインを廃止して、すべて銀行預金とつながったキャッシュカードで決済することにすれば可能だ。今日これは技術的には全く可能だ。海外からの旅行者にはプリペイドカードでも買っていただこうか。
例えば、預金金利はマイナス1.5%、融資金利(例えば短期プライム金利)はマイナス0.5%というマイナスの金利階層が合理的に形成されれば、金融システムはマイナス金利下でも正常に機能し得る。この例の場合、銀行は預金者からより多くの利息を徴収することで1%の利ザヤを確保しながらマイナス金利で融資をすることになる。
ゼロインフレ下でも名目金利がそれ以下のマイナス0.5%であるから、企業や個人は融資を受けて0.5%の利息を受け取りながら、投資や消費をするモチベーションが高まり、景気浮揚効果が生じるだろう。このようなことが実現できれば、デフレに対して完全マイナス金利という究極の金融政策を日本は確立したことになる。これは金融政策史上の画期的なイノベーションになりそうだ。
ただし、マイナス金利は、資産価格について理論的に興味深い問題を提起する。金融投資理論では株式のファンダメンタルな価値とは、将来にわたって得られる配当(あるいは残余利益)を期待リターン(割引率)で割り引いて計算する現在価値の合計だ。例えば、半永久的に存続できる企業が毎年1株当たり100円の配当をすると予想できるなら、期待リターン10%(=無リスク資産利回り5%+リスクプレミアム5%)の場合、ファンダメンタルな株価は1000円(=100/0.1)となる。
ところが、無リスク資産としての国債利回りがマイナス5%に近づくと割引率は急速にゼロに接近するので、現在価値の合計は急増し、割引率ゼロで無限大になってしまう。半永久的に存続する企業も、無限大の株価もあり得ないので、あくまでも理論的上の問題に過ぎないが、マイナス金利は原理的には株式をはじめ不動産など収益性の資産に対して価格押し上げ効果があるということだ。
ともあれ、最終的に物価が上がり始めたら、日銀は当座預金金利のマイナス付利をゼロ、さらにプラスに戻すことで現在の米連邦準備理事会(FRB)と同様の手法で利上げが実施できる。当座預金金利の付利を0.5%に上げれば、銀行間の資金貸借市場であるコール市場やレポ市場の金利も0.5%に上がる。後は先ほど述べた国債利回りの上昇(価格下落)による日銀の損失をマイナス金利の利益の最大の享受者だった政府が補填すれば済む。
預金金利がマイナスになることには預金者は強い不満を抱くだろうが、インフレ率が例えば2.5%だった時に金利1%の預金で1.5%の実質マイナス金利(購買力の減少)を甘受していた80年代までの事情と実質では同じである。
以上のような「完全水没世界」が黒田総裁の胸中にあるかどうかはわからない。しかし現実には、強い貨幣錯覚を抱いている預金者は多いので、このような「完全水没世界」は、その前提となる日銀券の廃止など制度変更を要するために政治コンセンサスを得られそうにない。残念なことだ。
*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)
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