今週もナナメに考えた 鈴木貴博 2016年2月26日 鈴木貴博 [百年コンサルティング代表] 預金金利ほぼゼロ時代、自分の資産をどう守るべきか?マイナス金利時代に、最も低リスク高リターンの資産運用とは? ゆうちょ銀行が一般銀行の普通預金にあたる通常貯金の金利を0.001%に引き下げた。上限預入額の1000万円を預けたとして、一年後に受け取る金利は100円ということになる。
過去、金利が高かったころを思い出すと、平成2年には3年以上の定額貯金の金利が6%台だった。この時期にゆうちょに最長の10年預けた場合の複利の年平均利回りは8%を超えていた。遠い昔のような気がするが、確かにそのような時期があったのだ。 1000万円預けて金利が年間80万円という夢のような時代と比べると、今手に入る100円の金利というのはほぼゼロと言っていい。今は預金金利ほぼゼロ時代なのだ。 細かい変化を指摘するが、従来はゆうちょ銀行はメガバンクよりも少し高い金利を提示してきた。ところが今回の0.001%という金利は大手銀行と横並びである。というのも仕方ないことだがゆうちょ銀行は主に国債で資金を運用している。大本の国債金利がマイナスで発行される時代なのだ。このまま長期間マイナス金利という状況が続けば、いずれゆうちょ銀行も金利は払わないという水準に突入せざるを得ないだろう。 さて、今の時代、最も低リスク高リターンの資産運用は何だろう? 実はこれは私のプライベートで今、FAQといっていいぐらいとてもよく聞かれる質問だ。銀行預金ではお金が増えない。一方で株も為替相場も先行きが読みづらい。この状況下で、どのように自分の資産を守り運用すれば将来安全かというのが、誰からも聞かれる質問である。 この質問に関しては経済の専門家として私は3つの答えを用意している。「身も蓋もない話」と「知っておいて損はないけれど悪い話」と「私が実際にやっている話」の3つだ。どれも残念そうな雰囲気の話に聞こえるかもしれないが、順にお話ししていきたいと思う。 「身も蓋もない話」 まずは「身も蓋もない話」。そもそも最も低リスクで高リターンの資産運用とは何だっただろう?経済学の答えは国債への投資である。老後資金など、減らさずにしっかりと貯めておかなければいけない資金は、安全投資先である国債で運用するのが一番いい。 ところが今、問題になっているのはその国債がマイナス金利で発行されるようになったことだ。国債を買うと資産が減る時代。つまり身も蓋もない話をすると、最も低リスクな投資先が世界から消えてしまった、ということが今の時代の問題なのだ。 ということでリターンを求めたければリスク投資をする以外にないというのが、身も蓋もないが、まずわれわれが認識しなければいけない現実だ。低リスクでリターンが高い投資など今の世界には存在しないのだ。 「知っておいて損はないけれど悪い話」 ではリスクをとってリターンを狙う投資はどうだろう?そこで次に「知っておいて損はないけれど悪い話」を教えよう。 この話、私が去年耳にした一番重要な経済ニュースだと思っているが、なぜかそれほど世の中では有名になってはいない。それはGEのCEOであるジェフ・イメルトが語ったGEの戦略の話である。 GEは2015年を転機に、金融事業を売り払う計画でいる。 GEつまりゼネラルエレクトリックという会社が過去30年間で世界最高水準の事業価値を持つ企業であり続けた最大の理由は、電機メーカーから金融会社へと中身を変えたことにある。GEはソニーやシャープの経営危機が訪れるはるか以前にテレビの製造部門を売り払って、リースや消費者金融のような金融事業をたくさん買収していたのだ。 ところがジェフ・イメルトCEOが昨年、そのGEの事業資産の4割を占める金融事業を随時売却していくと宣言した。理由はフィンテックと呼ばれる金融工学の潮流が変わったことで、金融事業について今後は「期待されるROI(収益率)が低くなる」ことがはっきりしたからだという。 ではGEは金融事業を売り払って、どこに投資をしようというのか。実はその答えは製造業だという。IoT(インターネットオブシングス)によるイノベーションが期待される製造業領域こそが今、一番高いリターンが得られるリスク領域だとジェフ・イメルトはインタビューで語っていた。 つまり悪いニュースだが知っておいて損がないのは、世界で一番お金を増やすのが得意な会社が、金融から手を引くと宣言をしている、という残念な事実なのである。 世界の金融事業のROIが低くなった理由は何だろう?それは世界のマネーがグローバルにリンクするようになって、そこで大量の金余りが起きているからだ。世界中の金が余っているのに、いいリターンで運用できる商品など簡単に見つけることはできないのだ。 つまり金融投資の利回りは今後全体的に少なくなる。その一方で原油安、中国ショックなど世界経済の先行きがあやしい現在は、リスク投資には相応以上のリスクが伴う。リスクは高いがリターンは低い時代が目の前にあるのだ。 「私は何をやっているのか?」 では経済の専門家である「私は何をやっているのか?」。実は昨年の後半、私はガラッと金融資産のポートフォリオを変更した。それまで投資していた米国株のS&P500指標に連動するETFをすべて売却した。 実は経済学が教える「長期的に一番最適な資金運用」は、市場全体に投資をすることだ。私ももう50歳を過ぎたので、個別の株で運用する資産は一部だけにして、資金の大半は市場インデックスに投資する。 その前提で私は過去5年間、間違いなく世界の中でアメリカ経済が一番強いと信じていたので、アメリカの代表的な株式インデックスであるS&Pに投資をしていたのだ。ところが昨年夏以降、中国ショックがかなり深刻で、アメリカ経済にもブレーキがかかりそうだという判断をしたので一旦全額現金化した。さらにドル安のリスクもあるということで日本円に戻した。 つまり今いちばん安全なのは現金を持っていることだと私は判断している。 もちろん現金というのは比喩で、基本的には銀行の普通預金に預けておけばいい。これから先の経済がどちらに向かうのか不透明でわからない。今年一年は本当にどうなるかわからないと思ったほうがいい。 だからこそ今、リスク資産に投資することはない。株の格言に「休むも相場」という言葉がある。いずれはリスクをとって投資を再開しなければいけない時がくるにせよ、少なくとも今年いっぱいは「待ちの一年」だと思って、手元に利息のつかない普通預金の形で現金を置いておくことが一番いいのではないかと私は思っている。 http://diamond.jp/articles/-/86955 2016年2月26日 週刊ダイヤモンド編集部 【三菱東京UFJ銀行】マイナス金利導入でにわかに脚光 日銀“ブタ積み”マネーの行方 鈴木崇久) 1月29日、日本銀行がマイナス金利政策の導入を決定。銀行から個人・企業への負担転嫁の有無が話題となる中、注目されるのが国内最大手である三菱東京UFJ銀行の対応だ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 日本では前代未聞となるマイナス金利政策の導入。それによって、今まで銀行決算ではほとんど注目されたことがない、ある数字がにわかに脚光を浴びている。 それはバランスシート上に記載されている「現金預け金」だ。その背景には、日本銀行が設計したマイナス金利政策のルールがある。 日銀は2月16日から、銀行が日銀に預けている日銀当座預金の残高を三つに分け、それぞれにプラス・ゼロ・マイナスの金利を適用。各行が今後積み増す日銀当座預金の残高分に対して、0.1%のマイナス金利を課す方針だ。 マイナス金利政策は、銀行の収益に大きく二つの悪影響を及ぼす。 一つは、マイナス金利による実質的な課金だ。日銀の試算によると、0.1%のマイナス金利を課す日銀当座預金の残高は「当初は約10兆円」だという。つまり、業界全体として約100億円を徴収されるかたちになる。 もう一つは、さらにインパクトが大きい、資金運用利回りの低下だ。融資や債券の金利が下がることで、銀行の稼ぎ頭である事業の利ざやが圧縮されてしまうのだ。 そのため、金融関係者や投資家たちは、各行における日銀当座預金の動向に注目している。ただ、その数字は非開示なので、代替指標として銀行の現金預け金に焦点が当たっているというわけだ。その中には小切手や手形も含まれるが、中心は日銀当座預金だからだ。 異次元金融緩和が 始まって2年半で 現金預け金30兆円増 そこで、3メガバンクの現金預け金の推移(銀行単体ベース)を示した下図を見てほしい。 拡大する 2013年4月、日銀がいわゆる異次元金融緩和を導入し、市場に大量の資金供給を行ったため、それを契機に3行そろって現金預け金が急拡大している。 その中でも注目すべきは、国内最大手の三菱東京UFJ銀行だ。13年3月末に約8.9兆円だった現金預け金が、直近15年9月末には約39兆円にまで膨張。異次元金融緩和の期間中における伸び率は約4.4倍と、3行でトップだ。 その膨張分の「ほとんどが日銀当座預金に流れた」(三菱東京UFJ銀行関係者)とみられている。 日銀当座預金残高の伸び率が高いということは、マイナス金利政策が銀行の収益に与える悪影響が大きいということだ。今後の日銀当座預金の残高増加分が対象となる、マイナス金利の適用範囲が大きいことを意味するからだ。 一方、マイナス金利を避けるために余剰資金を他の運用先に振り向けることも可能だが、その際にも苦労が予想される。 日銀のシナリオとしては、その余剰資金が企業融資につながり、経済の好循環を生むことが理想だ。ただ、それができなかったので、今のように“ブタ積み”といわれるほど日銀当座預金が積み上がってしまったといえる。 また、余剰資金を融資以外の運用先へ持っていこうにも、「数兆円単位の資金を突っ込める市場なんてそうそうない」(別の三菱東京UFJ銀行関係者)のだ。 加えて、マイナス金利政策の余波で「マネーの行き場がなくなり、大量の資金が銀行に流入してくるリスク」(大手銀行幹部)もある。 実際に、短期国債などで運用するMMF(マネー・マネジメント・ファンド)は、国内で事実上購入ができなくなった。マイナス金利政策導入による債券市場の利回り低下で、安定運用ができなくなったからだ。こうした路頭に迷った資金が流入してくれば、悪影響はさらに度合いを増すだろう。 もう一つ、「マイナス金利騒動」で三菱東京UFJ銀行が注目される理由がある。それは、2月3日に出た「日本経済新聞」の1面記事だ。三菱東京UFJ銀行が大企業などの預金口座に手数料を導入することを検討すると報じたのだ。 口座手数料は欧米では導入済みで、日本でも導入の議論は何度となく行われた。しかし、そのたびに「お金を預けてお金を取られるなんてことは日本の常識にはない」(大手地方銀行幹部)という個人・企業の強い拒否反応を受けて、今もって実現には至っていない。 そんなデリケートな話題がこのタイミングに飛び出してしまった。三菱東京UFJ銀行は「検討すらしていない」と、すぐさま火消しに回ったが、マイナス金利政策の影響が銀行のみならず、個人や企業という銀行の顧客にまで及ぶ可能性を意識させられる一件だった。 こうした観点からも、日銀当座預金の代替指標である現金預け金の注目度は増しているのだ。 日銀が異次元金融緩和に踏み切って以降、「緩和マネー」は市場に出回ることなく、日銀当座預金に“ブタ積み”状態だった。 その“ブタ積み”マネーは、マイナス金利を嫌って動き出すのか。マイナス金利のコストは陰に陽に銀行の顧客へ転嫁されていくのか。また、マネーが動き出すとしたら、その先の市場で何が起こるのか。 16年3月期決算で明らかになる三菱東京UFJ銀行の現金預け金の動向からは、目が離せない。 http://diamond.jp/articles/-/86237 2016年2月26日 大槻奈那 [マネックス証券チーフアナリスト] メガ3行で2200億円の収益減 マイナス金利が銀行収益に与える影響 邦銀にとって、マイナス金利の「破壊力」はどの程度なのだろうか。収益への影響と今後の見通しを検証する 去る1月29日に日本銀行が「マイナス金利」の導入を発表してからの半月で、邦銀の株価は一時2割以上も下落した。欧州がマイナス金利を導入したときには、当初銀行株は上昇する場面もあったのとは対照的であった(グラフ参照)。 下落の背景には銀行の収益が圧迫されるのではという懸念がある。実際には、邦銀にとってマイナス金利の「破壊力」はどの程度なのだろうか。収益への影響と今後の見通しを検証してみたい。 銀行収益への直接的影響 国内資金利益の減少 銀行の経常的な収益は、1)貸出金利や受取配当利息などの資金収益、2)手数料収益、3)国債の売買が中心のトレーディング収益の3つに大別される( 図表1参照)。このうち金利低下の直接的な影響を受けるのは、3割以上を占める国内資金収益の部分だ。 ◆図表1:3メガバンクの収益構造(15/9月期) 3メガバンクの適用金利が、中長期ゾーンについては前期比20bp(1bp=0.01%)、短期ゾーンについては10bp低下すると仮定し、わずかながらではあるが調達コストである預金金利引き下げメリットを考慮した場合、資金利益への影響度は3行合計で2200億円程度となる。これは今期の会社計画経常利益の6%程度にあたる( 図表2参照)。 ◆図表2:マイナス金利:3メガ合計影響度の試算 意外と少ないという印象かもしれないが、それは今回日銀が既存の当座預金の付利を10bp(0.1%)に据え置いたためである。銀行は支払準備や余剰資金を日銀の当座預金に預けているが、今回のマイナス金利は当座預金を3段階に分け、政策金利残高と呼ぶ部分にだけマイナス金利がかかるようにした。もし、既存の超過準備預金(法律で決めらた準備預金を上回る当座座預金)にまでマイナス10bpの金利を適用した場合、損失率は、前述の試算値のほぼ倍の11%程度に膨れ上がる。3段階型のマイナス金利で銀行収益はひとまず大いに助かったことになる。 それでも、顧客の預金金利がすでにほぼゼロに近い邦銀では、預金金利を引き下げて調達コストを減らし、影響を緩和している欧州の銀行に比べて、貸出利回り低下の影響をもろに受ける。頼みの綱は、金利引き下げにより企業や個人の借入のモチベーションが高まるかどうかである。 先行する欧州では、一連の利下げで一時期の貸出の減少からは抜け出したが、増加ペースは1%前後のままと、ぱっとしない( 図表3参照)。そもそも景気が悪くデフレ気味であるから金利を下げるので、資金需要が弱いためだ。 貸し出しによる収入は貸出「量」×貸出「金利」で計算できる。日本では、金融緩和後、金利と貸出ボリューム(量)がある程度連動している(図表3参照)。これによれば、仮に10bp金利が低下すれば4%程度貸出が増加する計算となり、欧州より反応は良好にみえる。しかし、ボリューム(量)が4%拡大しても、貸出利回りが10bp低下してしまったら、現在の平均貸出利鞘ざや(貸出利回り−預金利回り)約1.0%の10%程度に相当するため、ボリューム増加では収益減少分は補い切れない。 ◆図表3:銀行平均金利(横軸)vs貸出(縦軸) 出所:日銀データよりマネックス証券作成 なお、他国ではやはり預貸利ざやは大きく低下しており、一部の住宅ローンの金利が引き上げられているスイスでも、他の分野ではやはり金利は低下している。 銀行収益への間接的影響 リテール手数料引き上げは困難 銀行収益の2番目の要素は手数料収益である。これが、預貸収益が減少する中では最も期待されている分野だ。他国では、以前から預金口座の管理手数料を取得する例は珍しくない。その代わり、金利優遇やカード・サービスを拡充したりしている。しかし、邦銀の競争環境の厳しさを考えると、特にリテール顧客向けの手数料を引き上げるのは、なかなか難しいのではないだろうか。 日本でも様々な口座管理手数料導入の動きがあった。2000年代初頭に三菱東京UFJなどの大手行が、高い優遇金利を払う代わりに、残高が一定以下の口座に手数料を課すという新型預金を導入した。しかし、恐らくその後の競争環境に鑑みてか、数年で手数料は廃止された。2005年のペイオフ解禁のときに、新たに金利ゼロの決済用預金が導入された際は、預金保険料率が普通預金金利より高いことや管理に手間がかかることから、口座管理手数料を取得する地銀もあったが、結局、手数料徴収は主流にはならなかった。現在でも残っている手数料としてはATM手数料があるが、これも大手行が2000年代初頭に土曜日のATM手数料を相次いで引き上げた際には、メディアなどから批判を浴びた。 むしろ、今後、債券投信など、利回りの低下に引きずられて手数料圧縮のプレッシャーがかかる商品も出てきかねない。また、もし金利の低下で「タンス預金」が増加してしまった場合、顧客獲得のために手数料やサービスを引き下げる銀行が出てきても不思議ではない。銀行たちは、過剰な預金は欲しくなくても、顧客は決して失いたくない。このため他行が手数料の引き上げを断行しない限り、自行もできない「囚人のジレンマ」に陥ることになる。 今後の見通し 注目は日銀政策金利の下限 このように、金利の低下に対して邦銀の収益は他国以上に脆弱である。では、日銀が適用する政策金利はどこまで下がるのか。技術的にはどこまででも下げられるが、日銀は、マイナス金利の問題点として、「マイナス金利による金融機関収益の圧迫があまりに大きいと、金融仲介機能を弱める懸念がある」と述べている。したがって、マイナス金利の限界点を探るには、銀行の収益がどこまで耐え得るかが焦点となる。 銀行収益に直接的に影響を及ぼす金利は、政策金利ではなく貸出金利の過半が連動しているTiborレート(東京銀行間取引金利)と短期プライムレートである。このうちTiborについては、2月18日時点で発表前の0.171%から0.106%へと、大幅に低下した。 一方、短期プライムレートは、2009年1月から今日まで1.475%程度に据え置かれている。これらの高めの基準金利のおかげで、銀行の平均貸出金利はまだ1.1%程度にとどまっている。ところが、ここから調達コストや経費を差し引いた「総資金利ざや」は、全国銀行平均で0.10%しかない(15年3月末時点、 図表4参照)。これがゼロ以下まで低下してしまうような政策金利は考えにくいだろう。このため、日銀が引き下げられる政策金利のひとまずの節目は、マイナス0.4%〜0.5%程度までではないかと考える。 ◆図表4:全国銀行の総資金利ザヤの推移(%) 出所:INDBデータよりマネックス証券作成 銀行の対策 ビジネスモデルの抜本的な転換 このような環境下で、邦銀はどうするべきなのだろうか。貸出ボリューム増だけでは下落影響を打ち返せず、手数料引き上げも容易ではない。となると、短期的に効果があるのは経営の効率化であろう。統合による規模の経済追求もこれまで以上に検討する価値があるだろう。また、近年議論が活発化しているFinTech(フィンテック)がその一助となるかもしれない。たとえば、決済分野では、これまで以上にモバイル端末などを活用することにより、銀行へのアクセスを支店から各個人の端末に分散させることにより、店舗関連費用やそれにかかわる人件費を圧縮することが可能となるだろう。 いずれにしても、様々な費用はかかるが、今の低金利下では1兆円貸しても40億円程度の粗利しか取れないという計算になる(現在の新規貸出の利回りから10bp低下を想定)。それでもサービスを下げずに利益を確保するためには、ビジネスモデルの抜本的な転換が必要になると思われる。 http://diamond.jp/articles/-/86953 金融市場異論百出 2016年2月26日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
市場に流布する「為替介入」説 当局が実現困難な二つの理由 日本銀行がマイナス金利政策を導入した動機の一つは、1ドル=115円を超す円高を食い止めること にあったと思われる。 12月の「企業短期経済観測調査」(短観)で集計された2015年度における大企業の想定為替レート は119.40円だ。110円台前半かそれ以上の円高が続いて、春闘の賃上げ率が失望に終わることを日 銀は恐れたのだろう。 また、インフレ率を2%に押し上げたい日銀にとって、円高によって輸入物価が一段と低下するこ とは避けたかったようだ(生活者にとっては喜ばしいが)。 実際の為替レートはマイナス金利政策決定後に大幅に円高になった。このため「110円を割り込み そうになったら、政府・日銀は為替市場介入を実施するだろう」と予想する声が、国内外の市場関 係者から少なからず聞こえる。 しかしながら、為替介入を行うには乗り越えなくてはならない高いハードルがある。 第一に、海外の当局者の目には今までが過度な円安だったと映っている可能性が高い。例えば、国 際通貨基金(IMF)は、1ドル=102円程度だった14年7月時点に「円は経済の中期的なファンダ メンタルズと大体において整合的」と評価していた。 また、米財務省が昨年10月に議会に提出した「為替報告書」は、次のように述べていた。 「円はいくらか過小評価されている」「日本は11年11月以来、為替市場に介入していない。他のG 7諸国と同様に、日本は経済政策を国内目的のために用い、競争的な通貨切り下げは行わず、あら ゆるかたちの保護主義に抵抗する、と他のG20諸国に約束している」。まさか介入しないだろうな 、とけん制しているかのような書き方だ。 第二に、環太平洋経済連携協定(TPP)の問題がある。昨年4月の安倍晋三首相の訪米時に、米 紙「ワシントン・ポスト」に中小企業経営者のロビー団体がTPP反対の全面広告を載せた。 「1991年以来、日本は直接的な為替市場介入を376回も行った。為替操作は米国の仕事を奪う」。 全米最大の労働組合の本部ビルに掛けられていた、TPP反対の巨大な垂れ幕。「仕事をわれわれ
に示せ!」と訴えている。Photo by Izuru Kato 昨年6月に筆者が米ワシントンへ出張した際には、ホワイトハウスの近くで、「仕事をわれわれに 示せ!」と書かれたTPP反対の巨大な垂れ幕を見掛けた。そのビルは、全米最大の労働組合であ る米労働総同盟産別会議(AFL・CIO)の本部だった(写真)。近くのバス停にも、別の労働 組合の「TPPにノーと言おう!」の大きなポスターが貼られていた。 また、日本のTPP加盟に批判的な経済学者も何人かいる。アーサー・ラッファー氏は、「日本の 攻撃的な量的金融緩和策は円の減価のために行われてきた」「そうした不正な為替操作を行ってい る国とTPPを結ぶなら、為替操作を禁じるか、報復的な関税をかけるべきだ」と昨年主張してい た。 マイナス金利政策の目的の一つは、自国通貨の減価にあることを多くの人が知っている。TPP締 結予定国でこの政策を行っているのは日本だけだ。その効果に限界があったために為替介入を実施 したと見なされたら、米国のTPP反対派は再び激しく勢いづくだろう。今年、米国は大統領選挙 の年であるため、多くの議員が日本の介入を非難し、TPP締結が困難になる恐れもある。 よって、日本の当局としては、介入よりもまずは2月下旬のG20で協調的なムードを形成して、金 融市場の国際的な動揺を落ち着かせたいところだろう。 (東短リサーチ代表取締役社長加藤 出) http://diamond.jp/articles/-/86690
欧州銀行を襲った信用不安の元凶「AT1債」とは ビジネスモデルを変えられなかったツケ 2016年2月26日(金)菅野 泰夫 2月16日から日本銀行が導入したマイナス金利は、事前の予想を覆すイベントであり、その政策効果を見極めるためには当面の時間が必要だろう。その将来を考える上で参考になりそうな欧州では、マイナス金利の実施からすでに1年以上が経過するが、必ずしも中銀の思惑通りの政策効果が現れている訳ではない。むしろ銀行セクターの減益や赤字決算を契機に、マイナス金利が銀行収益を著しく悪化させたという見方が再び強まっている。 まず、マイナス金利が欧州金融機関にもたらした影響について振り返っておこう。 ユーロ圏の銀行においてマイナス金利の導入以降、貸出で伸びているのは家計向け貸出の殆どを占める住宅ローンであり、法人向けは伸び悩みを見せているのが現状だ。さらに家計の金融資産に占める有価証券投資比率を確認しても、マイナス金利が導入された2014年6月の前後1年間に大きなポートフォリオリバランスは無く、個人が積極的に預金から投資へシフトする様子は確認されていない(2013年第2Q:29.5%、2014年第2Q:29.8%、2015年第3Q:29.3%)。 むしろ個人や企業は、マイナス金利導入以降、見通しの不透明さからキャッシュを保持したいというインセンティブが強くなったといわれる。 図表1 ユーロ圏の家計金融資産の推移 (注)有価証券比率は債券、投資信託、株式・出資金の総額 (出所)ECBより大和総研作成 [画像のクリックで拡大表示] スイスでは法人・富裕層から利子徴収を開始 マイナス金利導入国の1つであるスイスでは、銀行の資金利ざやの低下に何とか対応するため、大手行を中心に法人預金・富裕層向け預金の利子徴収を開始するケースも散見される。 その一方、中小規模の銀行は苦しくても他行よりも有利な預金金利を設定し、預金獲得競争を実施せざるを得ない。コストを強いられる分、経営体力が低下していることに違いないが、マイナス金利導入以降も大手行の預金量は減少傾向にある一方、地域金融機関の預金量は逆に増加するなどの状況も確認されている。 スイスの銀行セクターはもともと住宅ローン貸出の占める割合が大きく、マイナス金利は住宅価格をさらに押し上げた要因になったといわれている。かつては、低金利・ユーロペッグを背景に、スイスフラン建ての住宅ローンが東欧諸国(ハンガリー、ポーランド等)などにおいても広く利用されていたなど、その認知度は自国に留まらない。 さらに、スイスと同様にデンマークやスウェーデンも住宅ローン貸出が急増しており、マイナス金利継続が住宅価格の過熱化につながる恐れもある。特にスウェーデンでは深刻な住宅バブルに見舞われており、家計部門の債務残高は過去最大を記録している。 このためスウェーデン中銀が家計部門の過剰債務問題に警告を発している。さらにデンマークでも同様に家計の過剰債務問題に直面しており、マイナス金利の住宅ローンも出現。住宅価格高騰に歯止めが掛からない状態が指摘されている。 マイナス金利が増幅させたAT1債の信用不安 そんな中、2016年2月には、欧州金融機関の信用不安を巡る報道が世界を駆け巡った。その引き金となったのは、「偶発的転換社債(CoCos=ココス)」と呼ばれる債券に対する信用不安。原油価格の再下落や世界経済が景気後退に向かうかもしれないという心理不安とあいまって、世界の株式市場に動揺が広がった。AT1債とも呼ばれるCoCosとは何で、なぜ今回の世界的な動揺につながったのか。その背景にはマイナス金利の影響もあるのだが、順を追って説明していきたい。 欧州では、国際的な金融機関の自己資本規制「バーゼルIII」実施を契機に2014年から2015年にかけて、CoCos(AT1債)と呼ばれる債券の発行が急増した。当時、英国やドイツ、スイスの大手行がバーゼルIIIのレバレッジ比率規制の強化に伴う基本的項目であるTier1資本の不足への対応を急いでいた。しかしながらバーゼルIIIのルールも分かり辛い上に、過去の劣後債や優先出資証券と同じ利回りでは、投資家への魅力は乏しいと言わざるを得ない。 そこで、CoCosの利回りは通常の債券よりも相当高い部類に設定されている。当初は銀行の資本調達手法としてはその資本設計思想やリスク評価の難しさから、投資に慎重な姿勢も見られていたが、次第にCoCosは債券の利回り不足に悩む機関投資家からの投資が増えていった。ユーロ圏やその周辺国がマイナス金利や量的緩和を導入して以降はその傾向がさらに強まった。 加えて、2016年1月からスタートしたEUの銀行再建・破綻処理指令(BRRD)や2015年11月に金融安定理事会(FSB)がその詳細を発表した総損失吸収能力(TLAC)により無担保シニア債も損失吸収債券となることへの不満も、CoCosへの投資を促した。これは損失リスクがある「無担保シニア債」が、AT1債と比較して利回り水準が低すぎるために、AT1債への投資が優先されたことが原因にある。 結果的に、消去法のような形で増え続けたAT1債への投資だが、懐疑的な見方は従来からあった。AT1債は、普通株式等Tier1比率が5.125%を下回った場合に元本削減や株式転換させる仕組みを内包する必要がある。そのリスクプレミアムに加えて、商品特性を浸透させることを目的に、従来発行された同等の返済順位の資本性証券より高い利率が付いている。このため、本当にこの高利率を支払い続けられるのかという意見は多かった。 また銀行が実際に(公的資金注入等で)破綻した場合の債務の返済順位についても、懸念材料が指摘されている。普通株式等Tier1比率のフロアー(銀行が最低保持する必要がある資本)である4.5%の前に5.125%の元本削減や株式転換のトリガーが引かれると、発行体が存続するために、本来は返済の優先順位の高いデットの投資家の利払いがエクイティ投資家より先に停止する形になる。 バーゼルIII規制上の(その他Tier1である)AT1債の設計では、発行銀行が一定の利益を下回ると、まず初めにクーポンの任意停止を判断、その後、普通株Tier1比率が5.125%を下回った場合に元本削減もしくは強制株式転換される仕組みとなっている。 発行銀行はクーポンの支払い停止判断に関して完全な裁量を保持している一方、支払停止が発行銀行の債務不履行を意味するわけではない。「AT1債のクーポン支払い停止は事実上の債務不履行」という誤解が広がり、今回の欧銀株式急落による市場混乱につながった。 投資商品としてかなり複雑な上、これを理解している投資家でも、次のステップでは株式に転換され希薄化することへの不安心理が増幅し、欧銀の株式(特に決算が悪いドイツ、英国、スイスの銀行)は大きく売られることとなった。 図表2 規制資本比率とレバレッジ比率のAT1債の位置 (出所)バーゼル委員会、FSBより大和総研作成 [画像のクリックで拡大表示] さらに、各行が定めたバーゼル規制資本のバッファー(資本保全バッファー、カウンター・シクリカル・バッファー)においても、普通株式等Tier1比率の求められる最低所要水準を下回った場合、AT1債のクーポンや株式配当、変動役員報酬等に対して、支払いに制限が設定されていることも混乱に拍車をかけた。 ただしバッファー自体、2016年から2019年までの段階的な実施でかつ多くの欧銀がバーゼルV規制資本対応として資本増強を行っていたため、投資家はこの資本不足を懸念した訳ではないといえる。 むしろ、真の懸念は、AT1債のクーポンは、欧州各国別(の会計基準で)設定されている分配可能額の範囲内から支払わねばならないことであり、利益が一定水準を下回ることでクーポンが停止されることを問題視したことだ。 この一定水準の利益(分配可能額)は公表されておらず、かねてから透明性の欠如がAT1債の発行に関して指摘されていた。利益水準の多寡によりAT1債がいつクーポン停止になるかが不明であったため、減益、赤字決算を発表した欧銀に対する信用不安が加速することとなった。 不安の連鎖は解消しつつあるが… 今回の一連の騒動を受けて、急遽、欧銀は、今期の分配可能額やAT1債のクーポン可能額等を発表し火消に躍起となった。ただし、欧銀も3月上旬には最終的な決算数値が発表されることで、分配可能としたクーポンが本当に支払われるか分かることとなる。予想外の引当金や追加損失などの状況に注意が必要となるであろう。また4月下旬に発表される第1四半期の収益状況においても、来年度以降支払い可能とされていたAT1債のクーポンの支払が可能か否かも注視する必要がある。 AT1債は複雑な仕組みで投資家に損失を負わせる可能性もあり、適合性原則の観点から英国では個人向け販売が禁止されている。結果的に欧州のAT1債の主力の投資家は、ロンドンの金融街(シティ)のヘッジファンド等となっている。ただし、結果的に良くわからないから売却するという不安の連鎖は、サブプライムローン問題の二の舞ともいえる。 当時は、サブプライムローンが全く含まれていない証券化商品の流動性スプレッドが大幅に拡大したことが問題となった。当時の教訓から、AT1債の問題が引き金となる無用な信用不安の連鎖には注意を払う必要があると同時に冷静さも求められるといえよう。 欧州銀行の株式の売却が加速したのは2度と銀行が公的資金で救済されないのではという不安も一因といえる。公的インフラである銀行を救わないという判断は、金融安定化という意味ではマイナスの側面が強いという意見もシティでは未だ優勢である。 無論、欧州のマイナス金利が銀行の資金利ざやを低下させ、銀行経営を苦しくさせたという見方に対する異論は少ない。金融危機以降、欧銀は収益性を強化させるために、投資銀行部門のリストラを強化していたが、高額年収のスタッフを多く抱えている点に変わりはなく、想定していた収益を上げられていなかったのが実情である。 現在の欧州銀行は、ビジネスモデルの改革を図るというよりは、利上げの時期をひたすら待っていたというのが適切な表現であり、FED(米連邦準備委員会)の利上げにECB(欧州中央銀行)や日銀が追随しないことが明らかになると、収益性についての疑問が再度浮上しつつある状態だ。シティでは2015年には再度大規模なリストラが実施されていたが、欧銀は不採算部門から撤退した後に続く収益性の高いビジネスモデルを見つけられてはいない。どの銀行もウェルスマネジメントビジネスの拡大を狙っているが、米銀ほどの成功モデルを確立できていないのが実情であろう。 今回の欧州銀行株急落の原因は、様々な要素が絡みあった結果といえる。マイナス金利による収益悪化、規制強化による銀行経営の行き詰まり、過去の不正に対する訴訟費用などが重なりAT1債への信用不安が引き起こされたといっても過言ではない。決してCoCosへの理解度不足や偏った報道だけが、その理由とはいえないことに留意する必要がある。 今回の反応により、金融危機後に資本増強や規制強化を図り金融機関をより堅牢なものにしていたにもかかわらず、欧州銀行セクターは未だ脆弱であるとの懸念が改めて認識された。リーマン・ショック後に初めて銀行システムの健全性に対する不安が浮上し、金融危機の新たな局面に入ったとの見方までも議論されているのは興味深い事実であろう。 ECBの次回会合(3月10日開催予定)でドラギ総裁は、マイナス金利幅の拡大を含む追加緩和を検討することを示唆している。さらなるマイナス金利幅拡大に伴い、欧銀が新しいビジネスモデルを見つけ危機の連鎖を断ち切れるかに市場は注目している。 (本コラムの詳細はこちらをご覧下さい) Money Globe ― from London 環境、会計など様々な分野で影響力を誇示する欧州の経済情勢を、現地の専門家がマクロ、為替、金融政策、M&A(合併・買収)など様々な観点から分析する。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/185821/022400002/?ST=print
今の中国経済は日本の1992年ごろに似ている
経済統計の問題は強調されすぎ 2016年2月26日(金)宋 文洲 中国経済の今の状況は日本のバブル崩壊後の1992年頃と似ている。中国の高度経済成長は2013年に終わった。不動産の価格が右肩上がりでグイグイ上昇するようなことはもう二度とない。しかし、中国人の消費が冷え込むようなことは起きていないし、中国の経済成長が急激にゼロに落ち込むようなことはまず起こらないだろうと宋文洲氏は予測する。中国の経済統計の信頼性を疑う声が強くなっているが、統計の問題は強調されすぎているとも言う。 私から見ると、今の中国経済は日本のバブル経済崩壊後の1992年ごろの状況とよく似ています。中国の高度経済成長は2013年に終わりました。中国が10%とか9%といった高い経済成長をすることは、もう二度とありません。 そのことは、中国人の企業経営者ならみんな分かっています。不動産の価格が一本調子でグイグイ上昇するようなことはもう起こりません。製造業では企業の選別が進み、付加価値の低い製品しか作れない会社は淘汰されていきます。このことも、中国人の経営者なら誰でも分かっていることです。 消費の冷え込みは起こっていない 宋文洲(そう・ぶんしゅう)氏:1963年中国山東省生まれ。中国国費留学生として85年に北海道大学大学院に留学し、工学研究科の博士課程修了。89年に起きた天安門事件のため帰国せず、札幌の会社に就職したが、すぐに倒産。92年にソフトブレーンを創業し、独自開発の営業支援ソフトの販売やコンサルティング業務で会社を成長させた。2005年に東証1部に上場。42歳でソフトブレーンの経営から引退し、生活の拠点を北京に移す。
では、中国の一般市民には何が起きているでしょうか。中国人の消費が冷え込むようなことは起きていません。実際、日本では中国人観光客のいわゆる「爆買い」ブームが続いていますし、中国人の海外旅行者は2015年に年間1億2000万人を突破しました。
高度経済成長が終わっても、それが一般の中国人の生活にまで大きな影響を与えるようになるのは数年後のことかもしれません。日本でもバブルが崩壊してから市民の生活に大きな影響を与えるまでに数年かかったように、それは十分にありうることです。 しかし、中国の経済成長が急激にゼロに落ち込むようなことはまず起こりません。中国経済の成長率は今後の10年間、ゆっくりスローダーダウンしていって5〜6%、悪くても3%といったところで落ちつくでしょう。 中国経済の統計の信頼性が問題視されることがよくあります。この問題は確かにあるにしても、強調されすぎているきらいがあります。GDP(国内総生産)などの統計の誤差はせいぜい1〜2%にすぎません。 中国経済の本当の姿はなかなか正確に報道されることがありません。最近は中国経済の報道で「崩壊」といった言葉をよく目にしますが、報道を鵜呑みにせずに「ホントかな」と思う気持ちを持つようにしたいものです。 中国には世界市場でしのぎを削っているハイレベルな企業がたくさんあります。中国製品は「安かろう悪かろう」だという先入観にとらわれた人が今でもいますが、事実はそうではないし、中国の貿易が成長したのは「安かろう悪かろう」ではない証しです。先入観にとらわれていたら、ビジネスで確実に負けます。 企業が世界の進んだ技術を吸収し、身に付けるには5年から10年あれば十分です。私は手ぶらで何も待たずに日本に来て、北海道大学で勉強して、土木のソフトを作りました。日本一の土木のソフトを作るのに、私には5年で十分でした。 中国の高速鉄道と新幹線を乗り比べる インドネシアの高速鉄道計画で日中が競り合い、日本が負けたことが昨年10月に大きく報道されました。技術では日本の新幹線のほうが上だと固く信じている人もたくさんいるに違いありません。そういう人は中国の高速鉄道に一度乗ってごらんなさい。乗り心地では新幹線よりも中国の高速鉄道のほうが優れていることに驚くのではないでしょうか。中国の高速鉄道は確かに2011年に事故を起こしていますが、最初は誰でも失敗するのです。いろいろな経験を積むことによって、良いものをつくれるようになっていきます。 日経BP社は、宋文洲氏がソフトブレーンの経営者時代から始めたメールマガジン「論長論短」を書籍化した『日中のはざまに生きて思う』を刊行しました。生活の拠点を北京に移してから宋氏は中国経済を内側からつぶさに見て、その光と影を「論長論短」のエッセイで率直に語ってきました。本書は、日本と中国の両方で暮らし会社を経営した経験を持つ宋氏だからこそ語れる珠玉のエッセイを収めました。詳しくはこちらまで。
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1963年中国山東省生まれ。中国国費留学生として85年に北海道大学大学院に留学し、工学研究科の博士課程修了。89年に起きた天安門事件のため帰国せず、札幌の会社に就職したが、すぐに倒産。92年にソフトブレーンを創業し、独自開発の営業支援ソフトの販売やコンサルティング業務で会社を成長させた。2005年に東証1部に上場。42歳でソフトブレーンの経営から引退し、生活の拠点を北京に移す。著書に『やっぱり変だよ日本の営業』、『宋 文洲の傍目八目』、『日中のはざまに生きて思う』などがある。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020400003/022200006/ メルケルを待ち受ける「3月危機」
トリプル地方選挙が下す難民政策への審判 2016年2月26日(金)熊谷 徹 今年のドイツは異常な暖冬に見舞われた。2月だというのに、時折4月並みに暖かい日がある。すでに野の花が咲き始め、小鳥が囀り始めている。春がすぐそこまで迫っている感じだ。 眉間に皺を寄せる独首相のメルケル(写真:代表撮影/ロイター/アフロ) だが首相のメルケルを初めとする大連立政権の幹部たちは、春に似つかわしくない重苦しい空気の中にいるはずだ。メルケルは最近、公の場でも眉の間に深い皺を寄せて、厳しい表情を見せることが増えてきた。
「難民を歓迎する文化」の終焉 政権内部の空気が重苦しさを増しているのは、来月、つまり3月がメルケルにとって、大きな正念場となるからだ。3月13日には、ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州、ラインラント・プファルツ州、そして旧東ドイツのザクセン・アンハルト州で州議会選挙が行われる。ドイツ人たちは現在、この選挙の行方を固唾をのんで見守っている。 これらの州議会選挙が注目されている理由は、ドイツの有権者たちがメルケルの難民政策に審判を下す最初の機会となるからだ。これらの選挙は、メルケルにとって「運命の分かれ目」となるかもしれない。 メルケルの難民政策は現在、国論を真っ二つに割っており、連日、侃々諤々の議論が行われている。 昨年9月5日にメルケルは、ブダペストで立ち往生していたシリア難民らに対して国境を開放し、ドイツで亡命を申請することを許した。EUの「ダブリン協定」によると、難民は通常、最初に到着したEU加盟国で亡命を申請しなくてはならない。メルケルが、すでにハンガリーにいた難民たちに、ドイツでの亡命申請を許可したのは、ダブリン協定に違反する「超法規的措置」だった。大半の難民は、ハンガリーやオーストリアではなく、社会保障が手厚く、難民の受け入れに寛容なドイツに亡命申請することを望んだ。 この決定により、9月には一時、ドイツに到着する難民の数が1日あたり約1万人に達した。ミュンヘンやベルリンの駅では当時、ドイツ市民が難民たちを拍手で出迎えたり、子どもたちに玩具を贈ったりした。大都市では数千人のボランティアたちが、難民の収容施設で衣服を与えたり、ドイツ語を教えたりした。 当時、英仏や東欧の国々が難民に対して冷淡な態度を見せる中で、ドイツ人たちが示したこの姿勢は、「難民を歓迎する文化(Willkommenskultur)」と呼ばれた。米国やイスラエル、国連関係者らは、「メルケルはヨーロッパの良心だ」と絶賛した。米国のタイム誌は昨年、メルケルを「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。普段はドイツに対して舌鋒が鋭い英国のエコノミスト誌も、「今日のヨーロッパは、メルケルを必要とする」と彼女の功績を称えた。 だが今日では、ドイツでも「難民を歓迎する文化」は影をひそめつつある。日本とは異なり、ドイツの行政当局は外国人が「亡命を申請する」という言葉を発しただけで、宿泊場所や食事、医療の世話をする義務がある。昨年ドイツに到着した亡命申請者の数は110万人に達し、難民に対し衣食住の世話をしなくてはならない市町村は、「受け入れ能力の限界に達した」と悲鳴を上げている。 亡命申請を審査するのは、連邦難民移住庁(BAMF)。110万人の難民のうち、審査が終わったのは約28万人。全体の25%にすぎない。亡命を認められたり、人道的な理由により滞在を許されたりしたのは、約14万人にとどまっている。今年1月の時点でBAMFでは約34万5000人分の申請書が山積みとなっている。BAMFは昨年末に職員の数を増やしたものの、難民数の急増に対応しきれていない。 また昨年9月には一時、毎日1万人を超える難民がドイツに流れ込んだため、指紋採取や出身国の聞き取りなど、到着時の登録作業もきちんと行われなかった。行政機関に全く把握されていないまま入国した外国人の数も約20万人にのぼると推定されている。 保守政党、20万人の上限を要求 大連立政権を構成するうちの一党、キリスト教社会同盟(CSU)で党首を務めるホルスト・ゼーホーファーは、昨年9月の時点ですでに「メルケル首相の国境開放は、大きな誤りであり、我が国に長期的な悪影響を与えるだろう」と警告していた。 ゼーホーファーは、バイエルン州政府の首相でもある。バイエルン州は、ドイツの南部に位置するために、オーストリアを通過してドイツに流れ込む難民たちの「玄関口」となった。彼は、今年1年間にドイツが受け入れる難民の数を、20万人に制限することを要求している。ゼーホーファーは、「ドイツに入った難民の数が20万人に達したら、少なくとも内戦が起きていない安全な国から来た難民については、国境で追い返すべきだ」と主張する。彼は、今年1月に「今日のドイツでは無法状態が支配している(die Herrschaft des Unrechts)」と発言してメルケルを批判した。 バイエルン州政府財務大臣のマルクス・ゼーダー(CSU)によると、昨年ドイツに入国した110万人の難民のうち、亡命する資格があるのは約67%。彼は「亡命の要件を満たしていない残りの約35万人は、ドイツから追い出すべきだ」と訴える。またゼーダーは、「EUではドイツとフランス、英国、東欧諸国との間で難民の扱いをめぐって不協和音が高まり、分裂の危機さえ生じている。ドイツが昨年、他国と事前に協議することなく、独断で国境開放に踏み切ったことが、現在のEUの混乱の大きな原因となっている」と述べ、メルケルの決定を強く批判している。 さらに同党は、メルケルが難民政策を根本的に変更しない場合には、連邦憲法裁判所に対して違憲訴訟を提起することも検討している。連立政権の一翼を担う政党が、「首相の政策が憲法に違反している」として、裁判を起こす―――。ドイツの政治史上でも例のない事態だ。 特に前回お伝えしたように、昨年の大晦日から元日にかけてケルンやハンブルクで約1000人の女性が、難民らによって取り囲まれて携帯電話や財布を奪われたり、性的暴力の被害にあったりした事件は、多くのドイツ市民にショックを与えた。この事件以来、市民の間では、治安の悪化について懸念が強まっている。 メルケルは、国内の批判に応えて、難民の数を減らさなくてはならないと発言しているものの、「ドイツの憲法(基本法)で保障されている亡命権に上限はない」として、毎年の難民受け入れ数に上限を設定することには反対している。ただし最近ではメルケルも徐々に難民に対する態度を硬化させつつある。 メルケルは1月30日にメクレンブルク・フォアポンメルン州で開かれたCDU(キリスト教民主同盟)の集会でこう述べた。「シリアが平和になり、イスラム国(IS)が撃退されたら、シリア難民はドイツで学んだ知識を持って、シリアに戻ってほしい」。これは、難民たちが祖国に帰還することを望むメルケルの心情を示した初めての発言として、ドイツの政治家やメディアに注目された。彼女は心の中で、「難民に対して寛容な姿勢を見せ続けた場合、3月の州議会選挙での得票が低下する」と計算しているのだろう。 崩壊した「欧州の連帯」 メルケルにとって最大の誤算は、他のEU加盟国が難民の本格的な受け入れを拒否したことだった。この結果、ドイツに大きな負担がのしかかることになった。 メルケルは昨年9月にシリア難民らの受け入れを決めた時、難民の一部を英仏など他の国々に配分できると期待していた。だが彼女の期待は完全に裏切られた。 たとえばEUは昨年9月に、ギリシャやイタリアに到着した16万人の難民を、人口やGDP、失業率などに応じてEU加盟国に配分することを決めた。しかし、この16万人のうち、これまでに各国に配分された難民の数は、1000人にも満たない。わずか0.6%である。 ハンガリーなど東欧諸国は、EUが難民を各国に強制的に割り当てることに頑として反対しているほか、すでに多くの移民を抱えている英仏も、受け入れに消極的なのだ。これまで難民の受け入れに比較的前向きだったスウェーデンとデンマークも、今年1月から国境での検査を開始し、難民数を制限する動きを見せ始めた。 今年1月にドイツの隣国、オーストリアは、「2019年までに受け入れる難民の数を12万7500人に制限する。今年の受け入れ数の上限は、3万7500人」と発表した。同国政府は、1人あたりの難民受け入れ数を80人に限る。ドイツに行くためにオーストリアを通過する難民の数も、1日あたり最高3200人にする。 欧州委員会は「オーストリア政府の決定は、EUの精神に反するものだ」と警告したが、同国政府は聞く耳を持たない。オーストリア外務大臣のヨハンナ・ミクル・ライトナーは、「我々はヨーロッパを要塞化しなくてはならない」と発言したことがある。 ハンガリー、スロベニアなど東欧諸国も、ギリシャからドイツに至る難民の移動ルートにあたる国境地域に防護フェンスを建設しつつある。 昨年の9月以降、ドイツ以外のEU加盟国政府がとった態度は、欧州の政治統合やシェンゲン協定に象徴される国境の開放、移動の自由の確保が、平時だけに可能な、一時的な現象だったことを示している。シリアからの難民流入という異常事態が起こるや否や、各国は国家エゴをむき出しにし、「ヨーロッパの連帯」は死語となった。 現在ドイツでは、「欧州連合の崩壊」を危惧する声があるが、EUの凋落は昨年の9月からすでに始まっている。メルケルは2005年に首相に就任して以来、欧州の政治統合を深化させるために力を注いできた。このため、昨年9月以来の各国の態度を見て、いたく失望しているはずだ。 ヨーロッパ各国から見捨てられたも同然のメルケルにとって、唯一の頼みの綱は、トルコだ。トルコ政府は、すでにシリアからの難民を260万人も受け入れているが、メルケルは同国が難民キャンプを拡大・整備するとともに、金を取って難民をEU圏内に送り込む「人間運搬業者」に対する取り締まりを強化して、ヨーロッパへの難民流入に歯止めをかけることを望んでいる。EUが同国に30億ユーロ(約3900億円)という巨額の援助を行うと決めたり、トルコのEU加盟交渉を再開する姿勢を見せたりしている背景には、メルケルの強い希望がある。 メルケルが最も信頼している部下の一人で、難民対策を取り仕切るペーター・アルトマイヤー連邦首相府長官は、ドイツのメディアに対して、「トルコ政府は、あたかもEU加盟国であるかのように、立派に振る舞っている。難民対策におけるトルコの貢献は、EU加盟国を上回る」とほめちぎっている。 英国のEU脱退問題と難民危機 2月20日にブリュッセルで開かれたEU首脳会議でも、最大の焦点は英国のEU脱退を防ぐための改革案となったため、難民の公平な配分についての合意は得られなかった。このためドイツ政府には大きな不満が残った。 だが英国のEU脱退問題は、ヨーロッパ大陸での難民危機と密接に絡み合っている。EU加盟国首脳は今回、英国の要望に応えて、域内の移民を制限するための方策について合意した。たとえば、各国政府は、他のEU加盟国から入国する外国人に対して、社会保障サービスを最高4年間にわたって禁止できる。さらに、EU加盟国政府は、「EUの新しい法案が自国の利益を侵す」と判断した場合、EUの法案提出を早い段階で阻止することも可能になる。これは、「加盟国の議会の権限を強めるべきだ」と主張する、英国内の反EU勢力の意見に配慮したものだ。 英国首相のキャメロンは、ブリュッセルでの合意を「英国の勝利」と位置づけ、EUに残留するべきかどうかについて、今年6月23日に国民投票を実施する。キャメロン自身は英国がEUに残留することを希望しているが、脱退を求める意見は彼が属する保守党内でも強まっている、ポピュリスト政党だけが求めているのではない。 2月21日に、同じ保守党に属する議員で、ロンドン市長でもあるボリス・ジョンソンが英国のEU脱退を要求し、注目を集めた。確かに、キャメロンがブリュッセルで獲得した合意案は、英国の反EU勢力が要求するものには程遠い。英国の反EU勢力は、EUの憲法に相当するリスボン条約を改正して、域内での移動と就職の自由を制限することを求めていたからだ。だが移動の自由は、EUの基本精神の1つである。このためメルケルなどEU擁護派は、条約改正に難色を示した。 4月以降はヨーロッパでも気温が上昇し、海も穏やかになるため、エーゲ海や地中海を渡って西欧を目指す難民の数が再び増加し始めるので、大きな混乱が予想される。だが既に、東欧の国々が部分的に国境を封鎖しているために、多くの難民がギリシャやマケドニアなどで立ち往生しているのだ。東欧の一部の国々は、国境地域に軍隊を投入することも計画している。入国を求める難民と軍隊・警察の間で小競り合いが起き、死傷者が出るかもしれない。 その模様はテレビなどを通じて、世界中に流される。EUは新たな難民危機に十分に対応することができず、各国政府はお互いの利害をめぐって激しく衝突するだろう。英国市民の中にはこの様子を見て、「EUの状態は、これほどひどい。EUに加盟し続けたら、難民危機に対処するために、どのような負担を課されるかわからない」と考えて、EUから脱退するべきだと考える人が増えるかもしれない。 今年2月に行われた世論調査では、EU残留を支持する市民が約48%で、脱退派(33%)を上回っているが、19%はまだ意見を表明していない。今後ヨーロッパ大陸で難民をめぐる混乱がさらに深刻化した場合、英国のEU脱退支持派にとって追い風となるだろう。 ドイツでも右派ポピュリストが躍進へ さてドイツで難民危機によって追い風を受けているのが、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だ。ユーロ圏からの脱退やギリシャに対する金融支援の停止を求めるこの政党は、今年3月の州議会選挙で大きく躍進するものと予想されている。 公共放送ARDが今年2月に行った世論調査によると、AfDの支持率は約12%に達し、CDU・CSUと社会民主党(SPD)に次いで、第3党となった。右派政党が、緑の党や自由民主党(FDP)を追い抜いたのである。 さらに「連邦政府の仕事に満足している」と答えた回答者の割合は、昨年7月には57%だったが、今年2月には、19ポイントも下がって38%になった。メルケルに対する支持率は今年1月には58%だったが、2月には12ポイントも下がって46%になった。 また、「連邦政府は難民問題にきちんと対応していると思うか」という設問に「ノー」と答えた市民の割合は、81%にのぼった。 これらの数字は、難民危機に対する既成政党の対応に不満を抱いた有権者たちが、抗議の姿勢を示すために、AfDを支持し始めていることを表している。AfDが、バーデン・ヴュルテンベルク州など3つの州議会で議席を獲得することは、ほぼ確実だ。特に、難民の流入に批判的な市民の比率が高い旧東ドイツでは、AfDに票を投じる有権者が多くなるだろう。 ドイツでは来年、日本の総選挙に相当する連邦議会選挙も行われる予定だ。全国レベルでもAfDは10%を超える票を確保すると見られている。 だがAfDには、ネオナチに近い過激思想の持ち主も加わっている。今年1月には、同党の幹部が「ドイツは国境を閉ざすべきだ。もしも難民が警官の制止に逆らって国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。ドイツの法律は、警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じている。 一方、社会主義時代の東ドイツ政府は、国境警備兵に対し、ベルリンの壁を越えて西側に逃亡しようとした市民を見つけた場合には、射殺してでも逃亡を食い止めるよう命じていた。AfD幹部の発言は、民主国家ドイツを、社会主義時代の東ドイツのような国にすることを求めるものであり、噴飯物である。この発言は、今日のドイツ社会における議論が難民危機のために、いかに感情的なものになっているかを浮き彫りにするものだ。このような政党が、世論調査で10%を超える支持を集めるという事態に首をかしげざるを得ない。 難民危機はメルケルの「アゲンダ2010」 こうした世論調査の結果を見て、メルケルが率いるCDU内部でも、不協和音が高まっている。たとえばバーデン・ヴュルテンベルク州とラインラント・プファルツ州で首相になることを目指すCDUの2人の候補者たちまで、メルケルに対して難民政策を根本的に転換するよう要求し始めた。彼らは、「このままでは州議会選挙で、十分な票が集まらない」と訴えているのだ。そのうちの1人、バーデン・ヴュルテンベルク州首相候補のユリア・クレックナーは、CDUの中でメルケルの後継者の一人と見られている人物。昨年9月にメルケルがシリア難民に対して国境を開放した時には、メルケルの決定を全面的に支持していた。彼女はわずか5ヶ月で、「メルケル批判派」に転向したことになる。メルケルは、クレックナーの風見鶏のような態度に失望しているに違いない。 州議会選挙の候補者が党首に政策の変更を迫るのは、事実上の造反である。CDU内の危機感は、それほど強まっているのだ。CDUの議員たちは、トリプル州議会選挙で、多くの有権者がメルケルの難民政策に「ノー」という審判を下すのは、ほぼ確実と見ている。 筆者は今、2005年に首相の座を追われたゲアハルト・シュレーダーのことを思い出している。彼は、2003年に労働市場と社会保障制度を大きく改革するためのプログラム「アゲンダ2010」を断行した。シュレーダーは、長期失業者のための給付金を生活保護と同じ水準に引き下げることによって、労働コストの伸びに歯止めをかけることに成功した。そして企業収益を拡大し価格競争力を強化することによって、2010年以降、就業者数を劇的に増やすことができた。 だが2003年から2年間にわたって、ドイツ全土で「アゲンダ2010」に対する抗議運動が吹き荒れた。彼が率いるSPDは、州議会選挙で連敗。SPDの地方支部には、シュレーダーに対して「有権者の評判が悪くなるから、応援演説に来ないでくれ」と言う者もあった。シュレーダーは2005年の連邦議会選挙でも敗北し、首相だけでなく議員も辞職して政界を去った。 私は難民政策が、メルケルにとっての「アゲンダ2010」になる気がしてならない。国家エゴではなく、人道主義に基づく政策を貫こうとしたメルケルの善意は、現実政治(レアールポリティーク)という巨大なブルドーザーによって押しつぶされようとしている。 3月のトリプル地方選挙の結果は、ドイツ、そしてEUの政局の今後を占う上で、重要な材料となるだろう。 このコラムについて 熊谷徹のヨーロッパ通信 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/219486/022500013/?ST=print
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