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人工知能、ホワイトカラーの仕事の大部分を代替可能に…人間でいえば上位16%のレベル
http://biz-journal.jp/2016/02/post_13962.html
2016.02.25 文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授 Business Journal
人工知能である米IBMのワトソンが、2011年2月に米国の人気クイズ番組『ジェパディ!』に挑戦し、2ゲームを通じて人間のチャンピオンを破り最高金額を獲得し、世界の大きな注目を集めた。日本でも、日本将棋連盟会長も務めた故米長邦雄永世棋聖が引退後の12年に、人工知能ソフトウェア「ボンクラーズ」と対局して敗れている。15年には、グーグルの関連企業が開発した人工知能ソフトウェアが、将棋よりも難易度が高いといわれた囲碁のプロ棋士を破っている。
ムーアの法則が示すように、物理的な制約を受けにくいデジタル技術の急速な進歩によって、雇用喪失の議論は、グローバル化による先進工業地域から開発途上地域への事業移転による前者における雇用喪失から、機械による人間の仕事の代替へと変わりつつある。
米国では11年10月に出版された米マサチューセッツ工科大学のエリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーによる『Race against the machine』(邦題:機械との競争/日経BP社/13年2月刊)が、機械による雇用喪失に関する議論の端緒を切り、13年9月に英オックスフォード大学のミッシェル・オズボーンとカール・ベネディクトフレイが論文『THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?(雇用の未来―コンピューター化によって仕事はどのくらい影響をうけるのか)』を発表。702の職種を挙げて、そのすべてについてコンピューターによって取って代わられる確率を子細に試算したことで、議論は日本でも一気に高まった。
日本におけるコンピューター技術よる雇用喪失の確率を議論する本や記事が多く出て、一種のブームのようになる。昨年12月には、大手シンクタンクの野村総合研究所が、日本における601の職種についての代替確率の試算を発表し、「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」なるとしている。
14年1月には、『機械との競争』の著者が『The Second Machine Age』(邦題:ザ・セカンド・マシン・エイジ/15年8月/日経BP社)を著し、人類社会における工業化の歴史の文脈において、急速に進歩するコンピューター技術が人間の仕事に与える影響を巨視的に論じ、コンピューター技術と人間の共存に関する政策論にも踏み込んでいる。今後を考えるうえで、大変参考になる論考である。
これらを背景として、日本において仕事が、コンピューター技術によってどのように代替される可能性があるのかを、文化と人口動態も視野に入れて多面的に論じてみたい。
■雇用状況の見方
論考を進めるにあたり、いくつかの前提条件を確認しておく。
ひとつ目は、現在の日本の雇用状況である。有効求人倍率(職を探している人1人に対して、いくつの求人があるかを示す指数)は、正規社員が増加していないという指摘(15年は8年ぶりに増加したようだが、26万人と1%に満たない増加である)はあるが、数値的には昨年12月に1.27となり1991年12月以来24年ぶりの高水準であり、厚生労働省と総務省は「雇用は好調である」と胸を張っている。
しかし、生産年齢人口(15歳から64歳)は、10年が前年から24.2万人増加、11年から減少に転じ39.3万人の減少となって以降、減少数は急激に増加し一気に100万人を超え、12年は116.7万人、13年が116.5万人、14年が116.0万人と3年連続で100万人を超えている。毎年100万人ずつ生産年齢人口が減少することの有効求人倍率へのインパクトは、かなり大きいといえる。
加えて、1940年代後半生まれの団塊世代が、政府の指示による雇用延長があり、60〜65歳の間で定年を迎えるのが07年から14年であり、08年のリーマンショックの影響による09年の有効求人倍率の底値からの自然回復も勘案すると、ここ数年の有効求人倍率の上向きの傾向は、政府と役所が自画自賛するアベノミクスの恩恵(景気が良い)というよりも、労働人口の需要と供給の要因によるといえよう。日本経済は好調なので雇用は大丈夫、という判断は、リスクが高い。
今後の生産年齢人口の減少を見てみると、国立社会保障・人口問題研究所発表の「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)によれば、生産年齢人口の減少は15年の約100万人から減少に転じ、22年の45.8万人まで減少するが、その後再び増加に転じ、35年には再び100万人の大台に戻ると予想されている。
ここまで見てくると、日本においては労働供給力が継続的にマイナスなので、たとえ現状の仕事の一部がコンピューター技術によって代替されるとしても、多くの人間が仕事を奪われるという可能性は低いように思われるかもしれない。しかし、労働供給量が継続的にマイナスで雇用のコストが上昇すれば、経営者サイドにコンピューター技術により人間の仕事の代替をしようとするインセンティブが強く働くことになる。
加えて、昨今のような政府による企業に対する越権的な賃金引上げや雇用保護の要求が強くなれば、そのインセンティブはよりいっそう強くなる。つまり、「労働者にとってのメリット」が増えるほど代替のリスクが高まるという「トレードオフの事態」を想定しておく必要がある。
■人工知能=人間の脳、ではない?
2つ目は、コンピューター技術に支えられた人工知能は、人間の知能に近づくかという点である。ディープ・ラーニングなどに代表されるように、人工知能は急速にその能力を高めてきている。確かに、人間の反応は、単純にいえばシナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)を通したニューロン(神経細胞)間の電気信号の伝達と理解することができる。
しかし、人間が人間である根幹は、自分は「一なる存在である」という意識であろうが、意識がニューロンよって既定されているわけではない。脳にある千数百億個のニューロンのうち、意識とはほとんど無関係の小脳に約8割のニューロンが存在する。つまり、電気信号を伝達するニューロンそのものに意識の核があるわけではない。意識にとって重要なのは、ニューロンの数ではなく、組織化されたニューロンが統合と差異を同時に存在させる、言い換えれば、最大の多様性を抱合するひとつの統合された単体であることといえる(詳細は『意識はいつ生まれるのか』<亜紀書房、M.マッスィミーニ&J.トノーニ著>参照)。実は、コンピュータシステムにとって、「最大の多様性を抱合する一つの統合を設計する」ことは、非常に難しい課題である。
以上より、デジタル部品の集合体であるコンピューターを基とする人工知能が、人間のように意識を持つようになるとは考えにくい。『ポスト・ヒューマン誕生』(NHK出版)の著者であるR.カーツワイルが想定するほど容易ではない(同氏の主張については『How to Create a Mind』<12年>を参照)。この意味では、人間は容易には人工知能に駆逐も同化もされないのではないだろうか。
■ショッキングな数字
しかし、安心してはいられない。最近、「東ロボくん」が話題になっているが、これは国立情報学研究所が中心となって11年に立ち上げた「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトにおいて、研究・開発が進められる人工知能の愛称である。東ロボ君の進歩は著しく、現在、偏差値は60を超え、国立33大学合格のA判定を得ているが、この研究リーダーである新井紀子教授は、東ロボ君の偏差値が東大に合格する70以上になることは難しいと考えているようだ。
「やはり、人工知能では東大には入れないのか」と安心をしてはいけない。偏差値60というのは、上位から15.9%ということであり、100人なら16番目という意味で、その下位には84人もいることになる。つまり、人工知能がホワイトカラーの一般的な仕事のかなりの部分を代替することが可能であるということである。これは、かなりショッキングな数字ではないであろうか。
次回は、本稿における考察を踏まえ、技術革新がもたらす経済システムの成り立ちの変化について考えてみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)
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