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マイナス金利政策の功罪
(上)「現金の金利ゼロ」、効果制約
通貨安競争、招く恐れ
植田和男 東京大学教授
日銀は1月29日の金融政策決定会合で、大方の予想を裏切ってマイナス金利政策(金融機関が日銀に預ける日銀当座預金の金利をマイナスにする政策)の導入を決めた。
背景には、3年に及ぶ未曽有の量的・質的金融緩和にもかかわらず、狙い通りにインフレ率が上昇せず、年初来大荒れとなった市場の動きにより、一段と停滞する懸念などがあったと推察される。実際、指標として問題はあるが、金融派生商品の一種であるインフレーション・スワップ市場から読みとれるインフレ期待の動きをみると、2012年暮れ以降のインフレ期待上昇の3分の2が昨年半ば以降に消滅している(図参照)。
日銀以外の先進国の中央銀行も金融政策を巡る困難に直面している。米連邦準備理事会(FRB)は昨年12月に利上げを決めたものの、やはり市場動向もあり、その後の一段の利上げに関する明確な展望を描けていない。欧州中央銀行(ECB)は日銀と同様、追加緩和の可能性を模索している。中央銀行の苦悩の背景には、最近の金融緩和政策の様々な限界を敏感に感じとった市場の動きが存在する。
08年のリーマン・ショック以降の非伝統的金融緩和政策の一つの限界は、金融資産価格が金融政策に強く反応してきたにもかかわらず、実体経済の資産価格に対する反応が鈍いことである。
ここ数年の市場は、円安や株価の動きに代表されるように、大方の予想以上に金融緩和政策に強い反応を示してきた。さらには、経済に関する悪いニュースさえも、それが一段の金融緩和政策につながるとの期待から、市場はかえって好材料としてとらえるというほどの金融政策依存が昨年の途中までみられた。
これに対して生産や物価などの実体経済指標の金融緩和に対する反応は鈍い。日本だけでなく、ベースマネー(現金と準備預金)が大幅に拡大した欧米でも賃金や物価上昇率の動きは停滞している。マネーの伸びが高まれば、2〜3年程度の期間でそれにほぼ見合ってインフレ率が高まるという貨幣数量説は、ここ数年の経験の説明には無力だ。
欧米で非伝統的金融政策に対する実体経済の反応を限定的にしてきた一つの要因は、世界的金融危機の後遺症だろう。金融危機後のリスク回避的な動きは、金融政策の効果が期待できる金融資産投資では和らいだが、実物資産投資ではまだ続いていると考えられる。深刻な金融危機をはるか前に経験した日本では、むしろ長引いたデフレによるインフレ期待の低迷や人口減少に伴う成長期待の喪失が足を引っ張っているといえよう。
加えて、長い検討期間を要する実物投資の判断は、一時的かもしれない金融資産価格動向に速やかには反応しにくいということがあろう。例えば2〜3年程度の円安では、生産拠点の国内回帰にはなかなか踏み切れないといえる。
もう一つ、市場が感じた金融緩和策の限界は、緩和手段が底をつきつつあるのではないかとの懸念だ。そもそも最近の量的緩和策などは、政策金利がゼロに接近し、それ以上は下げにくいという制約の中で採用されてきた工夫だ。しかし例えば、日銀の国債買い入れオペ(公開市場操作)については、現時点では日銀の保有国債は総残高の3割強程度だが、当面オペが続けられることを考慮すると、今後どれだけ拡張余地があるかは不透明だという懸念が昨年来強まっていた。昨年後半に日銀が追加緩和を見送ったこともこうした観測を強めた。
前述した実体経済の資産価格に対する弱い反応は、それが結果的に金融緩和を長引かせるという意味で、市場にとっては好都合であった。しかし昨年12月のFRBの利上げに加えて、金融緩和政策の実体経済への影響が弱いにもかかわらず、日本や欧州で追加緩和の余地が狭まったのではないかという懸念は、金融政策頼みを強めていた市場には大きな不安材料となった。折からの中国経済悪化懸念もあり、年初来、原油などの商品を含むリスク資産の売却、新興国からの資金引き揚げの動きが強まったとみられる。
もちろん中央銀行サイドからすれば、単に資産価格を支えるためだけの金融緩和策の強化はあり得ない。しかし資産価格も大幅に下落すれば、金融システム不安再燃の可能性も含め、実体経済への負の影響を無視できない。日本についていえば、企業収益を支え、物価にも緩やかにだがプラスの影響を及ぼしてきた円安が反転すれば、デフレ脱却は遠のいてしまうだろう。
結果的に、ECBのドラギ総裁は3月の追加緩和を示唆し、日銀はマイナス金利を採用。大きく崩れたリスク資産価格もいったんは反発した。
それでは欧州に続き日銀が採用したマイナス金利政策にはどの程度の可能性があるのか。大きな問題は、現金の金利がゼロである以上、その他の金利をあまり大きなマイナスにはできないという点だ。人々がマイナス金利の資産から現金にシフトしてしまい、マイナス金利の波及効果を弱めてしまうからだ。そのため今回の日銀の枠組みでは、銀行の現金保有にブレーキをかける工夫がなされている。
しかしスイスやデンマークの最近の経験は、小口銀行預金の金利をゼロ近辺に据え置いたまま、マイナス1%前後まで中央銀行預金の金利引き下げが可能なことを示唆している。ならば日銀もあと2〜3回分の「追加利下げ」余地をつくり出したことになる。
マイナス金利の経済への影響については不透明な面が多い。国債買いオペと相まって、国債金利、さらには高格付け社債金利などには強い押し下げ圧力が働くだろう。しかし貸出金利、実物資産投資などへの波及効果は欧州の経験をみても不確かだ。またマイナス金利を準備預金のごく一部に限定したことが、波及効果を弱める懸念もある。
為替相場もマイナス金利に一時強く反応した。しかしここには大きなリスクが潜んでいる。金融緩和の波及経路が通貨安に集中すればするほど各国が自国通貨高を避けようとするので、世界全体としては緩和効果がゼロに近づく。
加えて中国が日欧の緩和を受けて、通貨安政策を強化すれば、世界的な為替切り下げ競争に陥る可能性もある。そもそも昨年夏以来の世界的な市場の混乱は、FRBの利上げをにらんだドル高がドルにおおむね連動する中国経済に負の影響を与えるのではと懸念されていたところへ、中国がわずかにせよ元安を容認したことに起因した面がある。
日欧の中央銀行は「ゼロ金利制約」の下限を試すという非伝統的金融緩和政策の新たな局面に入った。しかし、貨幣制度への信頼を毀損するリスクを抱える「現金の金利のマイナス化」という劇薬に手を付けない限りは、下限はそう深くはないだろう。限定的ながらも、広がった追加緩和余地が尽きないうちに、実体経済のより力強い上昇が期待されるところである。
しかし2月に入ってからの市場は落ち着いたという状態には程遠い。途上国経済成長モデルの行き詰まり、中国の4兆元対策の後遺症、長引いた先進国の金融緩和による様々な不均衡の蓄積など、資産価格・経済の下押し圧力は枚挙にいとまがない。日銀をはじめ一部の中央銀行は、これらにさらなる金融緩和で立ち向かわざるを得ないわけであり、悩みは尽きない。
ポイント
○金融緩和に対する実体経済の反応限定的
○量的緩和の拡張余地限られるとの見方も
○不安定な市場情勢続き中銀の苦悩深まる
うえだ・かずお 51年生まれ。MIT博士。元日銀政策委員会審議委員
[日経新聞2月8日朝刊P.17]
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