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日本型資本主義の課題 企業間格差拡大、停滞招く
S・ルシュバリエ 仏社会科学高等研究院准教授
本稿では、日本の資本主義が1980年代以降、どのように変容してきたのかを取り上げる。最初に、方法論について触れたい。筆者が所属するフランス社会科学高等研究院(EHESS)の特徴をよく表す方法論なので、独自性を説明することにもなろう。
第1の特徴は、経済・社会的な変化の分析に学際的なアプローチをとることだ。多くの外国人研究者も日本人自身も、80年代から日本は変わっていないと考えているが、決してそうではない。これが筆者の最も訴えたい点である。
誤った見方が生まれたのは、変化というものの認識が不十分だったためだと考えられる。80年代以降に制度変化は進んだが、徐々に進行したため、従来の変化の概念ではうまく分析できなかった。また変化したといっても米国に近付いたわけではなく、日本は独自の道をたどった。こうした理解に至るには、歴史的な視点に立つ必要がある。
第2の特徴は、不平等の問題が社会経済学の基盤に置かれるべきだと考えることだ。不平等に着目すれば、様々なタイプの資本主義の本質を見抜くヒントが得られる。なぜなら不平等は、付加価値やリスクの分担に関する社会的妥協そのものだからである。
近著「日本資本主義の大転換」でも触れたが、日本で不平等が拡大していることは、日本の資本主義が変容したという筆者の主張を十分に裏付けている。筆者の研究は、産業の質的変化と福祉制度の欠陥に伴って起きた労働市場の動きが不平等拡大の主因となったことを明らかにした。
EHESSの同僚であるトマ・ピケティ氏が、日本での最近の不平等の変化を説明できなかったのはこのためだ。資本の動きに注意を払うあまり、労働市場への目配りが欠けているように思われる。
欧州に暮らす人々に向けて、日本を忘れてはならない、欧州は日本のたどる道から学べることがあると訴えたい。筆者も多くの外国人と同様、当初は日欧の違いに目を奪われたが、15年に及ぶ滞日経験を通じ日欧の道のりの相違よりも類似性に目を奪われた。
その具体例としては、「改革」を巡る議論が挙げられる。まず欧州で、続いて日本でも、市場機能を重くみる「新自由主義」的な構造改革は避けられないという論調により、改革は正当化されてきた。
90年代前半以降の日本経済に関する主流的な見方は次のように要約できる。日本が「衰退」(その象徴は人口構成)したのは、グローバリゼーションや技術進歩が新段階に達する新しい環境が出現し、旧来のモデルの大胆な改革が必要になったのに、それを怠ったためだ。こうした日本に対する見方は「欧州動脈硬化症」と名付けられた欧州に対する見方と非常によく似ている。
ここでは新自由主義自体を批判するつもりはない。批判したいのは次の2点だ。一つはすべては技術的条件やグローバル環境により決定され、進む道がおのずと決まるという「唯一最善の道」が存在するという思い込みだ。だが資本主義の比較研究は、歴史(初期条件)や制度などの補完的要因次第で複数の道が可能であることを教えている。
もう一つは、唯一の解決策として示された構造改革自体がしばしば問題の一部となることだ。新たな調整手段を設けずに自由化を推進すれば、従来の制度や取り決めの一貫性を損ないかねない。構造改革が長期的な停滞を招くことがあるのはこのためだ。日本経済の危機の原因も、自由化に伴う企業間格差の拡大に対して、調整が欠如していたことにあると考えている。
よって筆者は、日本の停滞は急場しのぎの政策の失敗が重なった結果だとする説明にはくみしない。もちろんそうした失政も一因だが、停滞の長さにまで責任はない。そこには構造的な要因がある。中でも注目すべきは、組織面でも収益面でも企業のばらつきが大きくなっていることだ。
すでに技術の最先端にいる企業がさらに新分野を開拓するためにイノベーション(技術革新)が必要だとしても、こうした創造的な企業を後続企業がキャッチアップすることこそが、持続的な成長にとって最も重要というのが筆者の基本的な主張だ。キャッチアップはスピルオーバー(漏出)効果により容易になろう。
企業全体の潜在的な成長力を高める方法は2つある。第1はトップ企業の成長を押し上げることだが、多くの研究が示す通り、企業全体にとっての効果は限られる。第2は平均的な企業や遅れた企業にトップ企業のキャッチアップを促すことだ。創造的な企業から後続企業への技術・組織両面でのスピルオーバー効果を高めることが必要だ。
このプロセスの一部は民間企業が担う。例えば下請け関係や系列構造が技術や組織のイノベーションの伝達に寄与してきた。トヨタ自動車やパナソニックが代表例だ。その一方で、政府が重要な役割を果たしうる面も存在するが、安倍政権の経済政策アベノミクスはこの面では不十分だ。
第1に厳格な知的財産権の保護は、発明者にとってはインセンティブ(誘因)になるが、イノベーションの拡散にとっては障害となる。ここで求められるのはバランスだ。近年の日米の知的財産権制度は少々厳格すぎてイノベーションの浸透を阻害している。第2に政府が産学協同の研究開発を活用し、イノベーションの移転を推進することが望ましい。参加者間の信頼醸成にも役立つと期待される。
日本の危機に関する筆者の分析が正しいとすれば、日本経済の再生は経済の再調整にかかっている。アベノミクスがうまくいかないのは、日本の現状に対応しうる新たな社会的妥協が定義されなかったため、日本型資本主義の一貫性を回復できなかったことが原因だと考えられる。
新たな社会的妥協を形成するには、次の4つの問いに答える必要がある。(1)成長モデルは何か(2)世界の工場として中国が台頭する中で、産業空洞化にどう対応するか(3)グローバリゼーションにどう対応するか(4)福祉制度はどうするか――の4つである。
ここでは当面の最大関心事である福祉制度の問題を取り上げる。2009〜12年の民主党政権が失敗に終わったのは、広く明確な社会的妥協に基づく新しい福祉のあり方を定める機会を逸したからだ。今こそ民主党政権の失敗を乗り越え、不平等の拡大を防ぐべく福祉制度改革を断行し、30年に及ぶ新自由主義的政策の惨憺(さんたん)たる結果を是正しなければならない。
福祉制度の改革により初めて、国民が共通の目標に向かい、日本の若者に将来展望を開くような社会契約の再構築が可能になる。そのためには、グローバル化と自由化が進む中で保護の強化を求める声に応えることが重要だ。社会的妥協の再定義に当たっては、財政にも目配りする必要がある。大切なのは包括的なビジョンを描き、費用と便益を世代間でどう分け合うか、また世帯と企業でどう分け合うかを明確にすることだ。
日本型資本主義の未来は前述の4項目(成長モデル、産業空洞化対策、グローバリゼーションへの対応、福祉制度)にどう取り組むかにかかっている。これらの問いを適切な形で示し、民主的な手続きで市民の参加を得て答えを探さなければならない。これが、新たな社会的妥協を形成し経済を再調整する条件となる。
ポイント
○産業の質的変化と福祉制度の欠陥に注目
○組織面でも収益でも企業のばらつき拡大
○30年に及ぶ新自由主義的政策の是正必要
Sebastien Lechevalier 73年生まれ。経済学博士。専門は日本経済。パリ日仏財団理事長
[日経新聞2月11日朝刊P.29]
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